日々の恐怖 11月27日 雨(1)
大学時代に友人が引っ越したというので、冷やかしも兼ねて数人で押しかけることにした。
友人のアパートは、大学生の下宿先としては、
“ まぁこんなものだろうな。”
というレベルだった。
新築というわけではないが、古すぎるわけでもない。
アパートは三階建てだった。
入り口に狭い階段があって、奥には一階の部屋につながる通路がある。
その向こうは駐輪場らしい。
友人の部屋は二階の角部屋だった。
その日は小雨が降っていて、近所のスーパーで買い込んだ酒やつまみをぶら下げながら、友人らとそのアパートに押しかけた。
入り口の階段のところで荷物をいったん置いて、傘をたたんでいると、友人の一人が、
「 わぁっ・・・!」
と悲鳴を上げた。
「 えっ、ちょっと何?どうした?」
「 いや、ちょっとびっくりした。」
気まずそうな友人が視線で示す先、階段奥の駐輪場に続く通路を覗き込んでみると。
“ あっ・・・。”
と思った。
薄暗い通路の電灯の下に、女が一人立っているのだ。
30代か40代くらいで長い髪をしていて、全身黒尽くめだった。
髪も真っ黒なので、駐輪場の暗闇を背にすると白い顔面が浮かんでいるみたいに見える。
彼女はその場でじっと立ち尽くしたまま、こっちを見ている。
いや、顔と目はこっちを向いているが、私たちを見ているわけではなかった。
ぼーっと遠くを見ているような感じだった。
”これはびっくりするわ・・・。”
と思いながら、私たちは小さく会釈して彼女に謝り、二階の友人宅に向かった。
友人の部屋に入るなり、私たちはさっきの女性の話をした。
「 何か下に不気味な人いた。」
「 怖っ、ていうか、あんなところで何してんだろうね、あの人?」
「 え、アパートの人じゃないの?」
アパートの人間なら、なぜ自分の部屋に入らないのだろうか。
そんな話をしていたら、アパート住人の友人が、
「 引っ越したばっかりなんだから、そんな怖い話するのやめてよ・・・。」
と、ぶすくれていた。
買い込んだ酒を飲んだりゲームをしたりしているうちに、すっかり女のことは忘れてしまった。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ