日々の恐怖 2月14日 イノウエさん
東京の会社員Tさんに話を聞きました。
三年くらい前の職場での出来事です。
その時、職場に入って一年目だったんだけどストレスも溜まる頃で、当時、家で寝るときに頻繁に耳鳴りに襲われることがあって不眠状態が続いていた。
その日も仕事終わって、12時頃に寝ようと布団に入ったけど案の定なかなか寝付けない。
枕元のPCで昔のコント番組とか流しつつウトウトしていた。
そしたら、結構強い耳鳴りがしてきて、ハッと気がついたら職場にいる。
夜中の薄暗い事務所に背広着て独りで立ってぼーっとしていた。
7つくらいデスクがある小さい事務所なんだけど、夜中でも守衛さんが随時見回りに来るから、小さい天井のライトはついてて真っ暗闇ではなかった。
でもすぐに、
「 あ、これ夢だ。」
って気がついた。
なぜかというと、寝る前に見てたコント番組の芸人の声とか客の笑い声とかがずっと遠くで聞こえたからです。
ホントに遠くの方で、
「 ハハハ・・・。」
とかネタやってる芸人の声とかがうっすらと聞こえてくる。
でもあまりにも目の前の空気感とか、デスクの手触りとかが生々しすぎて、
「 うわー、すげーこれホントに夢か?」
とか結構ビビリながら事務所をうろうろしていた。
そしたら目の前の事務所の電話が鳴った。
ふと壁にかかってる時計を見たら夜の2時頃だった。
それで、何故か受話器に手を伸ばしてしまい、会社勤めのさがというか普通に応対した。
「 はい、○○課のTです。」
すると受話器の向こうからブツブツと何かつぶやく男の声が聞こえた。
電波が悪いのか声が遠くて分かり難かったが、よく耳を澄まして聞くと独り言みたいなことを言っている。
「 ・・・ああ、やっぱり、・・・やっぱりだめだった・・だめだったんだ、ああ・・・。」
みたいな何かを残念がってるようなことを言っていたと思う。
何度か、
「 もしもし?どうかされました?」
と問いかけたけど、反応がないから切ろうとした。
そのとき、突然、
「 もしもし、Tさんと言いましたか?
イノウエです、社長は、社長はいますか?」
って声が聞こえてきて、
「 え・・・?
社長は、もう退社されましたけれども・・。」
って返答すると、またさっきのように、
「 ・・・ああ、ダメだ、ダメだった・・・社長は・・・・だめだ・・。」
みたいな独り言を繰り返してる。
で、急に、
“ プツッ。”
と電話が切れた、と思ったら目が覚めた。
やっぱり自宅の布団の上で寝てて、PCでコント番組が流れていた。
なんかホッとしたけど、あまりに生々しい夢でちょっと気分が悪くなったのを覚えています。
それで、しばらく普通に出勤してたんだけど、なんとなく夢のことが気になって、事務所で結構長くいる古株のおばちゃん社員に、仕事の合間に喫煙所で聞いてみた。
「 ここって、イノウエさんとかっていう人、いましたっけ?」
「 イノウエさん、えっ、なんで?」
「 いやなんか、この前、夢でイノウエさんみたいな名前の人が出てきて・・・。」
ここでおばちゃんの顔色が急に変わったので、
“ あ、なんか嫌な思い出とかあるのかな?”
と思ったら、
「 あのね、イノウエさんって、昔、自分で死んじゃった社員いるのよ。」
「 え・・・、そうなんですか。」
ちょっと嫌な予感はしたんだけど、その場が凍りつきそうになったのでとりあえず、井上さんとかよくある名前だから、友達にもいるし、みたいな適当なこと言って話を続けた。
おばちゃんも最初は話しにくそうにしてたけど、まぁ、おばちゃんって基本うわさ話とか、他人の不幸話とか喋るの好きだから、いくつか質問したらほいほい答えてくれた。
そしたら、そのイノウエさんっていう人、自宅で首をくくったらしいんだけど原因は不明。
遺書もなくて、結局詳しいことは知らされずに処理されたらしくて、それが10年くらい前のこと。
ただ自殺する前日に会社に何度か電話をかけてきたらしくて、おばちゃんもその電話を一回とったみたいで、その内容っていうのが、
「 社長はいますか?いないんですか、ああ、やっぱりダメだ・・・ああ・・やっぱり・・・・。」
みたいな意味不明な内容だったらしい。
そのイノウエさん、真面目な人だったけどあまり周囲と馴染む感じの人じゃなかったようです。
イノウエという名前だけならまだしも、会話の内容が夢とちょっと似てて、さすがに背筋が、
“ ぞぞぞぞっ・・・・。”
となったのを覚えています。
さすがに、おばちゃんには夢の中での電話の内容までは話さずに隠しておきました。
さらに、おばちゃんが言うには、そのイノウエさんの死亡推定時刻が深夜らしく、守衛のおっちゃんがその当日夜中に、どこかで電話が鳴り響いているのを巡回の最中に聞いたみたいです。
もう、このへんで心の中では、
“ うわーー!うわーー!”
状態で、おばちゃんもう聞きたくないから、話さないでくれと思っていました。
なんかもう偶然にしても色々ハマりすぎて怖かったです。
一番嫌なのが、俺ってバカ正直だから、あの夢の中でイノウエさんに自分の名前名乗っちゃったんです。
「 Tさんといいましたか?イノウエです。」
って声が耳から離れません。
それからしばらく耳鳴りとかも治まって夜も寝れてたんですけど、最近また耳鳴りが始まりました。
今、会社の電話をとるのが、ちょっと怖いです。
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