大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の出来事 6月24日 UFOと美空ひばり

2018-06-24 09:13:19 | A,日々の出来事_







  日々の出来事 6月24日 UFOと美空ひばり







 今日は、アメリカで初めてUFOが目撃された日です。(UFO記念日)
1947年6月24日、アメリカの実業家ケネス・アーノルドが自家用機でワシントン州レーニア山の近くを飛行中に、時速2700kmの速度で急降下や急上昇を行なっている9機の空飛ぶ円盤(flying saucer)を目撃しました。
 このニュースが報道されると、他にも目撃情報が多数出たため、アメリカ空軍がUFO(Unidentified Flying Object)と名付け調査に乗り出しましたが、正体が掴めず1969年“目の錯覚の類”との報告を出しました。
でも、UFOのマニアの中には、この時の調査でアメリカ空軍は宇宙人と接触し、秘密裏に色々な取り引きをしたと考えている人が結構います。


   サンプル

「 船長、地球人のサンプルをさらって来ました。」
「 よし、よくやった。」
「 地球を征服するため、弱点を調べるぞ。」
「 光線銃で一発ですよ。」

“ ピカッ、ピカッ!”

「 あらっ、ダメだ・・。」
「 じゃ、熱で焼いちゃいましょう。」

“ ジワ、ジワ!”

「 あれっ、ダメか・・。」
「 酸で、溶かしては・・。」

“ ピユッ、ピユッ!”

「 う~ん、ダメだ・・。」
「 よしっ、放射能だ!」

“ シュワ、シュワ!”

「 あらぁ~、全然効き目が無い・・。」
「 あれっ、船長!
 こいつ、ニコニコして、手を振ってますよ。」
「 う~ん、恐ろしい奴だ。」
「 “うらめしや~”とか言ってますけど、どうしましょう・・。」
「 地球制服は止めだ。
 こいつは、もう要らない。」
「 そうですか・・、仕方ないです。
 じゃ、もとの横浜市営日野公園墓地に返して来ます。
 うわっ、船長、こいつ歌を歌い始めましたよ!」

 『 まっかに燃えたァ~ 太陽だ~からァ~♪
  真夏の海はァ~ 恋の季節なのォ~♪ 』

 1989年6月24日、美空ひばりが亡くなりました。
美空ひばりは、死後10数年を経た現在も企画盤や未発表曲が発表され、永遠の歌姫として根強い人気を持っています。
墓所は、横浜市港南区の横浜市営日野公園墓地内にあります。







美空ひばり





















☆今日の壺々話














UFO女






 15年くらい前の話です。
ちなみに女です。
 夜出発で友達と海への旅行を控え、シャワーを浴びて髪をドライヤーで乾かしていました。
そこはお風呂場の前室で、ちょっとした小窓があります。
 暑いので窓を空けて何気なく窓の外の隣の家の屋根を見ると、その向こうの方に何か光る物が見えます。

“ なんだろう?”

髪を乾かす手を止めてじーっと見てみると、遠くの方に強く光る小さな物体がありました。

“ あっ、UFOだ!”

あまりに突然の出来事に、怖さなどよりもワクワク感が強く、こちらが見つかったら嫌なので電気を消して、またドライヤーをかけながら見ていました。
髪を乾かし終わってもまだゆらゆら動いているので、旅行の話題にもなると思い、写真に撮って見ようと、簡易ポラロイドカメラのチェキを部屋に取りに。
 戻っても、まだフワフワと動く物体。
チェキを構えてシャッターを切ると、ストロボがピカッ。

“ あっ光っちゃった!”

と思った直後、その光る物体がどんどん大きくなる。
 あきらかに物体が大きくなって来たので見つかったのかもしれないと思い、恐怖でそっと窓を締めて、まだ起きている居間の家族のもとへ。
今の出来事を母や兄に話し、カメラの写真を見せると、流石に何も写ってなくて信じてもらえない。
 旅行の為、友達の迎えも来るのであまりゆっくりも出来ず、居間で化粧などしながらUFOの事もあまり気にならなくなり雑談。
その後は何事もなく友達と海へ出発しました。


 そして一泊の旅行も終わり(実質0泊です)家に帰ると、何か問題があった感じ。

「 何かあったの?」

と母に聞くと、昨夜兄の部屋に不審者が入ってイタズラされたって大事件。
警察も来て兄も聴取されて大変だったみたいです。
当の兄からは何故か私がめちゃめちゃ怒られて、

「 どうしたの?」

と話を聞きました。
 要約です。


 昨夜寝静まってから急に金縛りみたいになり、気付いたら部屋に誰か人がいる。
それも何人か。
起きたくても体は動かなくて、その人達に体を触られまくったり何かされてる。
 それも1時間くらい長い時間に感じたらしい。
兄の体には無数のあざ。
体が動けるようになった時には誰も部屋にいなかったけれど、怖くなって母に話し、あざもあるので警察へ連絡。
 家は鍵がかかっており、押し入られた形跡もなく、思い当たるのは妹が昨夜見たUFOのことくらい。
それで、私に怒ってた。


 実際に警察も来たので、15年くらい前の神戸市内の警察の方なら知っているかもしれません。
もし私が旅行へ行かなければ私がそうなっていたかもしれないし、兄には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。


 UFO女です。
続きです。
 UFO事件のあと、兄は何事もなく今も元気に暮らしています。
そして私ですが、その後UFOに見張られているというか、付きまとわれるようなことが2年近く続きました。
付きまとわれるとはこんな感じです。
 事件から2ヶ月近く経った頃、ある日自転車に乗って街中を普通に走っていると、ふと気付いたら前方の空に何かが浮かんでる。
思わず自転車を停め、

“ あっ、UFOだっ!”

その時は兄の件があったので、正直怖くてどうしよう…って感じ。
そのUFOは光っていなくて真っ黒。
 周りの建物の感じから見て、遠くではなく本当にすぐそこ。
距離にしたら1キロないくらいに浮かんでる。
説明しにくいけれどリアルにそこにいるんです。
この時は街中もあり、もちろん人もちらほらいるので、とにかく何処かに入ろうと近くのファーストフードに入りました。
怖くて仕方なかったけれど、小一時間過ごしてお店を出るとUFOはいなくなってました。
 ただこれだけなんですが、こんなことが2年間で何度となく。
一番近くで見えたのがこの最初の時で、一番長く付いて来たのは日中ほぼまるまる。
付きまといがなくなったのには特に理由もなく、この話だけだと恐怖感が伝わらないんです。
でも私には怖かったです。





















      怖かったこと









 陸上競技の大会で、自分の試合がない日に円盤投げの補助員をやったときのこと。
俺は投げた円盤を拾って集めておく係だった。(それを別の人が選手側に届ける)
ファールゾーンで待機して、投げた円盤を目で追って着陸したら拾いに行くんだが、ある投擲の放物線が他と違う高い軌道を描いたので、視界から外れ円盤を見失ってしまった。
どこだ?と思ってたら、自分の左斜め後ろ1メートルのところに、ドスッという音がして円盤(1.5キロ)が降ってきた。
もちろんグランドにめり込んで。
ガチで血の気が引きました。


目の前に信号無視して曲がってきたトラックが迫ってきた時。
スローモーションで見えてたのに動けなかった。


温泉で背中がカラフルなおじさんにぶつかった時は死んだと思った。


バックアップとるの忘れてリカバリしちゃった時。


中学ん時に後ろに誰かいるなぁと思って振り返ったら全力にこっちに向かって走ってきたやつがいたとき。
9時ぐらいだったのに叫びながら逃げた。


トンカツ屋でバイトしてた時、見るからに893様が20名程来店したことかな。
お茶運ぶだけでも死ぬ程怖かった。
もしこぼしたりでもしたら命はないと思った。


鼻にビー玉入れて遊んでたら取れなくなった時。


3日連続で金縛りにあって3日目に足元でうごめく黒い人型の何かを見たとき。


ゴキブリが俺の乳首で小休止してた時。


任天堂の株を2000株、売り買い逆に発注したとき。


知人(既婚)が泥酔したから、自分が泊まってるホテルで介抱しつつ自分は椅子で寝た。
そのはずが、起きたら知人一緒にベッドで寝てて「責任とってよ・・・」と言われたとき。


「たけしの本当は怖い家庭の医学」見てたときに、俺の身体の症状をことごとく当てられた時。


大学四年の最終学期の授業決めるときに、卒業に単位が足りないと気付いたとき。


田舎で一人暮らししてた時、夜中に天井うらを誰かが歩く音が。
押入れに下りてきたので棒をもって殴ろうとして開けてみると、猫が逃げていった。


友達とCD買いに行って、友達だと思ってカンチョーしたら、しらない怖そうな兄ちゃんだった時。
ひたすら謝ってダッシュして逃げた。


夜中、友達んちからの帰り道を歩いていたら、右斜め後方の坂を真っ黒でばかでかい犬がグルルルガウガウガウ!!と、ものすげー勢いで吠えながら掛け降りてきた。
わけもわからず叫びながらサンダルで100メートルくらい逃げた。


雨の日の傘さしながら自転車を運転してて転んで、目の前数十センチの所をバスが通過した時。


ガキの頃プロレス会場で控え室に潜入しようとしてブッチャーに怒られたとき。


右翼の車に「待てやクソガキ!」とか言われながら追いかけられたとき。


1人で夜、9階から1階までエレベーター乗ってたら、6、4、2階でエレベーター止まったけど、誰も乗ってこなかったとき。


雨上がりでチャリ乗っててカサをハンドルにぷらぷらさせてたら、車輪に挟まって車道に吹っ飛んだ時。





















      ちょっUFO撮影した











ちょっUFO撮影したww
マジで撮った。



このUFOめちゃくちゃでかくね?
蛍光灯みたいな形してる。


うっかり屋だな。
電灯が窓に映ってるだけだよ。


電球をUFOとか。


なんだオカルトか。


電球のほうじゃねーよ。
もっとよくみろ。


おっちょこちょいすぎワロタ。


アダムスキー型の電球かー。


ちょ・・・・・。


はいはい窓に写った蛍光灯。



蛍光灯じゃねーか



窓に反射してるってことは、部屋の中飛んでんじゃね?



焼きそばだろ?

電球かよw

右下……←イマココ



外側の蛍光灯、切れてね?



それは蛍光灯だ。



蛍光灯が飛んでる、不思議。



蛍光灯の横に映ってるカナブンが邪魔



ホントに写っててワロタ。



なんだ、ネタじゃ………ない?



これだっつーの。
お前らの目はふしあなかよ。



あの二重の輪はそれぞれ役割があるのかな、何ワットかな。



ただの蛍光灯じゃないか



おいおい蛍光灯じゃねーか。



電車の中で吹いたじゃねーか。



よくみたら・・・・
これは30Wの蛍光灯か?



それ蛍光灯。



なんで蛍光灯ズームインしてんだよ見にくいだろ。



パナソニック製かな。



ワロタ。



このUFOは何ワット?



蛍光灯祭と聞いて。



おいおい
マジで写っちゃってるよ・・・・これマジモンの蛍光灯じゃね?



どう見ても蛍光灯です。
ありがとうございました。



すげぇはっきり写ってんな!
蛍光灯が。



この画像は二回笑える。



どうみても本物だ。







ボインの人じゃねぇか。



ヤメテクレ、腹、痛い・・・。
















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6月23日(土)のつぶやき

2018-06-24 09:01:51 | _HOMEページ_



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日々の出来事 6月23日 昭和新山 熊牧場

2018-06-23 10:07:50 | A,日々の出来事_







  日々の出来事 6月23日 昭和新山 熊牧場







 今日は、北海道有珠郡の火山“昭和新山”が出来始めた日です。(1944年6月23日)
1943年末から、有珠山の東麓で地震が続き、東九万坪地域で次第に地盤が隆起し始めました。
そして、1944年6月23日、ついに水蒸気爆発が発生し麦畑に山が出来始めます。
次第に大きくなって行く山は、次の年には標高400mを超え、昭和新山と名付けられました。
 当時は太平洋戦争中であったこともあり、世間の動揺を抑えるために噴火の事実は伏せられ、公的な観測を行うことができませんでしたが、地元の郵便局長の三松正夫が個人的に、この昭和新山の詳細な観察記録を残します。
そして、最終的には、この人が私財を投じて昭和新山を土地ごと購入し、世界でも珍しい私有地内にある火山となりました。

 昭和新山の麓には、熊牧場があります。
ここはエサ付きの入場券を売っていて、入場すると熊の檻を上から覗けるようになっています。
 それで、ここの熊は、エサを貰うために、それぞれが芸を持っているのです。
引っくり返って右手を出す(バレーボールの回転レシーブのようなもの)、両手をあわせてくれくれとせがむ、左手もしくは右手をあげて笑う、腕組みをして考えるなど。(芸として教えているようでも無さそうなので、自由競争の中で自ら編み出したイッパツ芸なのかなぁ。)
 私がエサを与えたのは、漫才の“いくよくるよ”のように、腹を右手でパンパン叩いて左手をあげて挨拶した熊です。
ここは、変な熊が多いのです。


       東九万坪の麦畑♪

♪(´∀`)ノ゙誰かさんと誰かさんが麦畑♪
      チュッチュッチュッチュッしている
      いいじゃないか♪
      僕には恋人ないけれど~
      いつかは誰かさんと麦畑~♪♪ヽ(´∀`)ノ

♪(´∀`)ノ゙僕だってミヨちゃんと麦畑♪
      どうしてもキスしたザマアみろ♪
      見ている君らにゃわからない~
      こんなにこんなにほんとに楽しい麦畑~♪♪ヽ(´∀`)ノ

「 ねえ、ミヨちゃん・・。」
「 何よ。」
「 なんだか、見晴らしが良くなったように思うんだけど・・。」
「 あらっ、ホント。
 高くなってる!」
「 こんなに高くなったら、僕たち丸見えじゃないか。」
「 そうね、恥ずかしいわ。
 あらっ、あそこに双眼鏡を持った人が覗いている!
 誰かしら?」
「 あっ、あれは郵便局の局長さんだ!」
「 いやぁ~ねぇ~、もう・・・。」









昭和新山






熊牧場























☆今日の壺々話












  信仰深い熊





 あるハンターが森の中で、突然とてつもなく大きく凶暴な熊に出くわしてしまいました。
彼は、恐れおののきながら熊を撃ち殺そうとしますが、失敗してしまいました。

「 うわっ、ヤバっ!!」

 ハンターは熊に背を向けると一目散に逃げ出しました。
でも、走って行った先は崖っぷちで、ハンターは追い詰められてしまったのです。
もう望みはほとんどありません。
苦しい時の神頼み。
彼はひざまずくと両手を広げ、叫びました。

「 神様、この熊に信仰心をお与えください!」

すると、稲光が走り、熊はハンターの1メートルほど手前で急に立ち止まりました。

「 やったぁ~、神様、ありがとう!」

でも、熊はしばらく困惑した表情を見せたのち、空に向かって叫んだのです。

「 神様、食べ物を与えてくださってありがとうございますっ!」





















熊のスペック





・5tを超えるマイクロバスの下敷きになっても平気&持ち上げて脱出できる。
・ライオンやトラの首を一撃で折ったり千切り飛ばす。
・体重300kg超える体重でするする木に昇る。
・20kmくらい余裕で泳ぐ。
・時速70kmくらい出てる軽トラに余裕で伴走。
・100mを6~7秒でダッシュする。
・嗅覚は生物トップクラス。
・止め足など高度な戦術を駆使して頭脳戦でも人間を凌ぐことも多い。
・爪の長さは10cmを超え、固く凍った地面でも余裕で掘れ、切れ味はカミソリなみ。
・頭を撃たれても脳のダメージが少なければダッシュしてくる。
・心臓に弾丸が直撃しても数分は生きててダッシュしてくる。
・自動ドアのボタンを自分で押して室内に入ってくる。























カエル







 熊とウサギが森を歩いていると、目の前にカエルが現れました。

カエル「私は魔法のカエルです。お二人の3つの願いを叶えましょう。」

熊は狂喜して大声を出しました。
熊「俺以外の森じゅうの熊をメスにしてくれ!」
カエル「お安い御用です。はい、これでこの森の熊はあなた以外全てメスです。」

それを聞いたウサギは少し考えて言いました。
ウサギ「ヘルメットを下さい。」
カエル「お安い御用です。」
カエルがそういうと突然空から現れたヘルメットがウサギの頭をすっぽりと覆いました。

熊はさらに興奮して叫びました。
熊「隣の森の熊もすべてメスにしてくれ!」
カエル「わかりました。隣の森の熊も全てメスになりましたよ。ウサギさんはどうしますか?」
ウサギ「僕はオートバイが欲しいです。」
目の前にピカピカのオートバイが現れました。

熊「お前は本当に馬鹿だな。一生のうちにこんな幸運は2度と無いのに!」
熊は嘲るように言った。

カエル「さて、最後の望みを仰ってください。」
熊「もう、俺以外の世界中の熊をメスにしてくれ!」
カエル「わかりました。あなた以外の熊は全てメスにしましょう。はい、これでお望みどおりですよ。」
そういうとカエルはウサギの方を見た。

ウサギは熊を指差して言いました。
ウサギ「こいつを同性愛者にして下さい。」

言うと同時に、オートバイは発車した。























熊撃ちの名人






 88歳のおじいさんが病院にやってきました。

「 先生、聞いてくださいよ!
わしの嫁は18歳なんですが、この度めでたく、わしの子をみごもったんですよ!!」

医者はしばらく考えてから、口を開きました。

「 こんな話をご存じですか。
狙った熊は決して逃がさない熊撃ちの名人がいた。
ところがある日、急いでいたのでうっかりして、猟銃の代わりに傘を持って熊撃ちに出てしまった。
そして熊に遭遇。
彼はまだ傘と気づかずに猟銃のつもりで傘を構え、ひきがねのつもりで傘の持ち手をバーンと引いた。
すると熊はパタリと倒れた。
見れば心臓を銃弾が直撃・・・・・。」
「 そんなバカな!
あるとすれば、その弾は他の人が撃ったに違いない!!」

「 そういうことです。」





















 最後の言葉集






こんな言葉を残して死んで行った人たち。
本人たちはこれが自分の最期の言葉になるとは夢にも思っていなかったでしょう。


1.これで世界記録を作ってやるんだ。

2.圧搾機に時計落としたって?俺が取ってやるよ。

3.これは耐火構造なんだ。

4.多分、冬眠してるんだろう。

5.俺が犯人を捕まえるんだ。市民のお手柄ってやつさ。

6.それで、あんたたちは人食いの習慣があるって?

7.多分ただの吹き出物だよ。

8.うん、俺の一票で陪審の決着がついたんだけど、それが何か?

9.そんなことが起こる可能性は百万分の一だよ。

10.ピンを引っこ抜いてからいくつ数えろって?

11.どっちのワイヤーを切ればいいの?

12.母熊はどこにいるのかな?

13.これ、テレビで見たことあるぞ。

14.このキノコは食べられるやつだよ。

15.俺が持ってるから、導火線に火をつけてくれ。

16.おかしいね、あんた、チャールズ・マンソンそっくりだね。

17.ネズミ捕りの毒はネズミにだけ効くんだ。

18.40日も雨が降り続くわけないさ。

19.なんか味が変だな。

20.信号が赤に変わる前に行けるよ。

21.いい犬だね。

22.目をつぶってたってできるよ。

23.今日は海水浴日和だな。

24.大丈夫、じっとしてれば近寄って来ないよ。
























石狩岳






 あまり人の多くない石狩岳でテント張って寝てたら、がさごそ音がする。
フッフッって、変な息づかいまで聞こえる。

“ 狐にしては大きいな・・・。”

と、びびっていたらどでかい熊。
 翌朝、足跡確認してその大きさに驚いた。
夜は怖くて怖くて、何がいるのか見に行けず微動だにしないで、朝が来るまで涙目。
 翌朝、隣のテントの人に熊のこと話しかけようと思ったら、隣の人おっさんなんだけど女装してピンクのミニスカートはいてる。
夏でも寒いのに、パンツが見えるミニスカ、すね毛あり。
 話せない、こんな人と話なんかしない方がいい。
誰とも話さず、熊におびえながら下山。
普通熊なんかに遭遇したら周りの人と体験話し合って一体感が生まれるのに…。
本気で泣きたくなった。























学生時代のバイト







 コンビニで深夜バイト入ってたら、くまのプーさんの着ぐるみ着た若い兄ちゃんが一人で入ってきた。

“  あぁ、DQN来やがった・・・・。”

と思ってたら、

「 すいません、蜂蜜ありませんか?」

と聞いてきた。


“ 笑ったら負け!”

と思ったので、


「 申し訳ありませんが、お取り扱いしておりません。」

と返したら

「 そうですか、すいません。はぁちみつ食べたいなぁ~。」

と店を出て行った。
この時点で笑いかけた。
 その1分後ぐらいに、今度は別の若い兄ちゃんが今度は河童の着ぐるみ(非常に精巧な作り)を着て入ってきた。

“ あかん、笑ってしまう・・・・・。”

と思いつつも、なんとかそこは耐えたが、兄ちゃんが近寄ってきて、

「 すいません、きゅうりありませんか?」

と聞かれて、ついに俺は笑ってしまった。
 河童の兄ちゃんは、

“ よっしゃ!!”

って顔してたので、

「 きゅうりはございませんが、お皿が乾いてるようなので、お水はいかがですか?」

とネタで返してみたら、

「 ほんまやっ!」

とお皿の部分を触り、六甲の美味しい水を買ってくれた。
 帰り際に、

「 3店めでやっとや、すいませんでした。」

と言ってきたので、どうやら俺は試されたらしい。
 店の外でプーさんが待ってたようで、

「 お前、なに買わされてんねん!」
「 いや、俺、笑わせたし、つっこんでもらえたで~。」

俺は別に悪い気しなかった。
客もおらずヒマやったし。
























   俺ならどんな動物でも素手で勝てる








(1)俺はゴリラみたいな人型系ならまず素手で勝てると思う。
要はデカくて力が強い素人だろ。

たぶんこんな感じで1分もかからん。



(2)ゴリラよりやや難しいけど熊もいける。
手足が短く、ゴリラのような器用さがないのでそこを付けばまあ
こんな感じ。30秒以内か。



(3)カンガルーは強いというより難しい。
人間と骨格が違いすぎるからだ。戦闘力自体は高くない。

ファーストコンタクトが全てか。



(4)カバは見かけよりもずっと危険な動物だ。
攻撃力、タフネス、スピードと揃っており、打撃も関節も通じない。

ただ方法はある。俺ならこういく。

















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6月22日(金)のつぶやき

2018-06-23 09:42:36 | _HOMEページ_



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日々の出来事 6月22日 ベンジャミン・フランクリンと凧

2018-06-22 09:09:03 | A,日々の出来事_








  日々の出来事 6月22日 ベンジャミン・フランクリンと凧








 今日は、ベンジャミン・フランクリンが雷雨の中で凧を揚げ、雷は電気であることを示した日です。(1752年)
その後、フランクリンが“雷除けには避雷針が効果ある”と発表して、避雷針を付け地面までコードを垂らした帽子が流行りました。
避雷針以外の発明品としては、フランクリンストーブ、ロッキングチェアー、遠近両用眼鏡、グラスハーモニカなどがあります。
 また、フランクリンはアメリカ合衆国の独立宣言の草案作成に参画するほどの優れた政治家でした。
でも、アメリカ憲法制定委員に選ばれはしましたが、起草メンバーからは外されています。
理由は、どうも、もともと冗談が大好きな人でしたので、憲法の文章の中にこっそりと誰にも気付かれないようにギャグを入れるかもしれない危険があったからのようです。
このことは、次の名言集からも窺えます。



  ベンジャミン・フランクリン名言集

明日なさなければならないことがあったら、今日のうちになせ。

仕事を追うべきだ、仕事に追われるな。

借金して明日起きるより、今夜食わずに寝よ。

金の値打ちを知りたいのであれば、出かけて行って、誰かに借金を申し込んでみるがよい。

酔わせる酒に害はない、溺れる人に罪がある。

愚者ほど、粗を探したり、難癖を付けたり、苦情を訴える。

愛されたいなら、愛しなさい、愛らしくしなさい。

この世で避けて通れないものがある、それは、死と税金。

女房と財布は、隠しておいた方がいい、他人に見せると、借りられる恐れがある。

誰もが長く生きたがるが、誰も年を取りたがらない。

子供には、黙ることを、教えるべきだ、ほっておいても、話すことを覚えるから。

女の欠点を知ろうとする者は、彼女の女友達のまえで彼女を褒めてやることだ。


 最後に、最も有名なのが“時は金なり”。
そして、最終的には、アメリカ100ドル紙幣でベンジャミン・フランクリンは、お金になってしまいました。









    ベンジャミン・フランクリン

















☆今日の壺々話














  “時は金なり”のお話


 フランクリンは若い頃、印刷所と書店を兼ねた店を経営していました。
ある日、身なりの立派な紳士が店にやって来て、書棚を見渡してから、一冊の本を手にし、店員に聞きました。

「 この本はいくらだね?」
「 はい、2ドルです。」
「 少しまけてくれないか。」
「 この店では値引きはしていません。」

店員は、はっきりと断りました。
すると客が尋ねました。

「 フランクリンさんはいらっしゃいますか?」
「 印刷所のほうに居りますが、とても忙しくしておられますので、
 お会いできる時間は無いと思います。」
「 いや、少しの時間でいい。」

しかたなく店員が取り次ぐと、
やがてフランクリンが顔を出しました。

「 この本は2ドル以下になりませんか?」
「 それでは2ドル50セントでお売りしましょう。」

客は機嫌を悪くしました。

「 店員は2ドルと言いましたが・・・」
「 確かに定価は2ドルです。
 しかし、私にとっては、いま2ドル50セントで売るより、先ほど
 2ドルで売っていた方が儲かっていたのです。」

客はその意味がわかりませんでした。

「 ふざけないでもらいたい。
 いくらになら値引きしてもらえるんだ。」
「 では3ドルにいたしましょう。」
「 どういうわけで、同じ本に3種類の値段がつくのかね?」
「 それは、時はすべて金だからです。
 失礼なことを申し上げますが、私はあなたの無知によって、お金以
 上に貴重な時間を無駄にしたのです。」

客はようやくフランクリンの意味がわかり、3ドル支払いました。
フランクリンは、その中から1ドル返し、言いました。

「 おわかりいただけたのなら、今日は定価どおり2ドルでかまいません。」

この話、結構、無理矢理な気がしますけど・・・・。





























 小学校低学年の頃、学校の工作時間でビニール袋で凧を作ろうという授業があった。
一通りの説明を受けた後、凧作り開始。
でもその授業中に終わらなくて残りは宿題との事で持って帰る事に。

 しかし、その持って帰る時にランドセルの蓋と箱部分?(表現が難しい)の間に挟んでしまったため、人とぶつかって割り箸で作っていた骨組みがバッキリ折れてしまい、凧台無し。
しかも、その凧に使っていたビニール袋が『水色』のモノだったから当然代わりになるモノなんて家にはなかった。
作り直せない…、とショックで家に帰った。

 事情を母に説明したところで、代わりに作ってもらえるワケもない。
人とぶつかっちゃったんだから私は悪くない!と言い張る自分に、母は、

「 だったら、そのぶつかった人を連れてきなさい!」

と言い出す始末。
明日どうしようか…、と不安でいっぱいの夜を過ごした。

 泣く泣く次の日に、皆でグラウンドで凧揚げしよう!という時間で折れてしまっている凧を持参。
水色のビニール袋に、皆が絵を描いたりして作ったカラフルな凧が揚がるのを一人見ているだけか、としょんぼり下駄箱で靴を履き替えようとしたところ、黒い物体が自分の下駄箱の中に入っているのに気付いた。
広げてみると、自宅で使っていた黒いビニール袋で作った凧だった。

「 どうして凧が…。」

と不思議に思っていると、どうやら昨夜、母が私の壊れてしまった凧の作りを見て、見様見真似で作ってくれていたらしい。
それを凧揚げの授業が始まる時間前に、自転車をこいで持ってきてくれた模様。
 その黒いビニール袋に書かれたのは、

『 ○○(私の名前)、泣いてばっかりいないで笑顔で頑張るんだよ!』

絵の上手だった母が私を描いたのか、可愛い女の子の絵が銀のマーカーで描かれていた。
その嬉しさを胸に、一人黒いビニール袋の凧だったが、一番高く空に揚げたんだ。





















タコ




タコってあんだろタコ。
オクトパスじゃなくて
ニンニン言う人が風に乗って天守閣に
舞い降りたりする方の凧な。
あれってタコよりも古い別の呼び方が
あるんだけど、何て言うか知ってる?

イカwwwちょwwまるきり逆じゃんwww
関西では凧をイカって呼んでたから
江戸っ子が対抗心燃やしてタコと呼び始めたんだってwwww
変なとこで上方を意識すんなよべらぼうめwwww

別説には火の付いた凧が江戸城に落ちて
「イカ」揚げ禁止令出されたから
イカが駄目ならタコってことにしようぜって
ふざけて呼び始めたら定着してしまったとかwwww
どっちにしろ曰く付きの呼び方wwwww

「イカ揚げ?そんな遊び見タコとない」ってやかましいわ!!






















コタツ





 昔、大学の連れの下宿で麻雀することになったんだが、ジャン卓がないとかいうので俺が持って行くことになった。
なんとかなるだろうと安易に考えて背中にくくりつけて原付で走ってたら、凧みたいな原理だと思うけど空を飛んだ経験がある。
死ななかったのが不思議だ。

というわけでコタツは危険です。






















お話“凧揚げ”







 あれは俺が小学生の頃だから、もう20年も昔の話だ。
俺の出身は北関東の寒村で、周りは田んぼと山だらけだった。
だから子供の頃は田んぼで藁の束を積んで秘密基地を作ったり、河で魚を取ったりして遊んだもんだ。
村の人たちも皆いいひとばかりで、田舎ならではの良さがある村だった。
 そんなよくある田舎の村だったが、たった1度だけ、村全体が恐怖に陥った出来事があった。
今日はその事件を書いてみる。
 その村には「絶対に入ってはいけない辻」というものがある。
辻とは言っても小さな丘のような所で、幅3m、奥行き10m、高さ1mほどの大きさだった。
そしてその辻の上には、小さな石碑と半鐘(時代劇の火事とかで登って叩く鐘)のようなものがあり、周りは田んぼに囲まれていた。
 理由はわからないが、親や婆ちゃん(父方の)からは、あそこで遊んじゃいけねぇよ、といつも言われていた。
何でもあそこをいじったりすると血の雨が降る、という言い伝えがあるそうだ。
確かに子供の俺から見ても不気味なふいんきがビンビン感じられる場所だった。

 それは2月の寒い日のことだった。
俺と友達は凧揚げをすることにした。この地域は冬はいつも大風が吹いてるから凧揚げにはもってこいだった。
いつものように近所の田んぼで揚げていると、かなり乗りがいい。
釣竿のリールに糸を巻いて凧につないでるんだが、ぐんぐん凧が昇っていった。

「 こりゃすげーや、あんなに小さくなっちまったぜ!」

俺は喜んでリールを緩め、どんどん高く凧を飛ばしていった。
 しかしこの日は風が強すぎた。
ブチッという音と同時に凧が回転しながら遠くへ飛んでいった。

「 アチャー・・・まいったな・・・。」

俺は友達のかっちゃんと凧を探しに走った。
 と、ほどなくして先を進むかっちゃんの声がした。

「 あったぞ~。」

俺は見つかって
よかったと安心したが、それはすぐに不安へと変わった。

「 どうする?」
「 う~ん・・・どうしよ・・・。」

 凧は例の辻の半鐘に引っかかっていた。
風でバタバタと揺れている。
今までここは通り過ぎることはあっても、登ったりしたことはない。
しかも親達からは絶対入ってはいかんと言われている。
そのことはかっちゃん家も同じだった。
 太陽はまだ高かった。
しばらく悩んでいたが、かっちゃんが、

「 長い棒で引っ掛けて取ろう。」

と提案した。
 俺はいいアイデアだと思い早速二人で棒を探した。
棒は意外と早く見つかった。
かっちゃんがやると言い、少し離れた所から凧に向かって棒を伸ばした。
半鐘までの高さは3m弱といったところか。
 何度か突っついたが、全然取れる様子もない。
頭にきたかっちゃんは足元の石ころを投げつけた。

“ カーン。”

半鐘に当たった。
錆付いた半鐘からはその外見からは想像もつかない程良い音がした。

「 ダメだな、取れないや。」

と、その時、凧が半鐘から外れ空高く飛んでいっちまった。
それもすんごい勢いで。
 さすがにあれは追っても無駄だと子供の俺でもすぐにわかるくらいの勢いだった。
高かったので悔しかった。
 諦めて二人で帰ろう、ということになったが急に天気が悪くなり始め、雨が降ってきた。幸い俺の家もかっちゃん家も近い。
バイバイしてすぐに家に着いた。
と、ほぼ同時に大雨。
しかも雷まで鳴ってきた。

“ 2月に雷、ありえねー。”

とか思いながらも、

“ まさかさっきのが原因じゃないよな・・・。”

と、ちょっと不安だった。

 何やら外が騒がしくて目が覚めた。

“ なんだ、こんな時間に・・・?”

時計を見たら午前零時半だ。
 親はすでに起きて外で近所の人に何事か聞いてるようだった。
戻ってきた父親は血相を変えて、

「 おい、かっちゃんがいなくなったんだと。」

と言った。
俺は、

「 えっ・・・!?」

と驚いた。
 騒がしかったのは村の皆でかっちゃんを探しているからだった。
何でも昼間遊びに行ったきり帰ってこなかったらしいが、親父さんが夜勤で帰宅が遅かったから気がつかなかったようだ(母親は亡くなっている)。

「 おまえ、何か知らないか?」
「 ・・・。」

俺は怖くて黙っていた。

 結局その晩、かっちゃんは見つからなかった。
あの時、確かに自宅の方向へ走っていく姿を俺は見た。
一体どこへ行ったのか。
 翌日、警察と村人で捜索が始まった。
俺は子供心に怖くてどうしようと悩んだが、このままじゃかっちゃんが本当にいなくなる気がしたので親に言った。

「 バカヤロー!」

俺は親父の平手で吹き飛んだ。

「 あそこには入るなといつも言ってただろう!」

俺は泣きながら謝るしかなかった。
 親父は早速、村の人たちにそのことを告げ相談を始めた。
しばらくして村のご意見番というか不思議なちからを持った婆さんがきて、

「 家の周りに小便を撒いて玄関に塩を盛るように。」

と言った。
 その婆さんの不思議なちからは何度か見たことがあり、俺も小さい頃に疳の虫がひどかったので、その婆さんに直してもらった記憶がある。
 手首に細い紐を巻いて指先をこすられたと思ったら、爪と指の間からクネクネと動く正体不明の生き物?が出てきた。
それが疳の虫なんだという。
 婆さんはそのクネクネを引っ張って巾着袋に入れて封をした。
子供ながらに不思議な婆さんだなと思っていた。
外見はナウシカに出てきた予言の婆さんにそっくりだった。

「 こりゃ大変なことになっちまったね。
死人が出なきゃいいが・・・。」

婆さんは村人全員に今すぐ家に帰り、今日は一歩も外へ出ないようにと伝えた。

「 あの辻にだけは触れちゃぁなんねぇ。
昔からあそこを崩そうとしたりすると必ず死人が出たんだよ。
そりゃぁすごい祟りが起こるんだ。」

 婆さんは俺を脅した。
俺は泣きながら震えているしかなかった。

「 いいかい、次に祟られるのはおまえだ。
今夜はずっと目を閉じているんだ。
絶対に何が起こっても目を開けちゃぁなんねぇ、いいね?」

婆さんはそうと俺の髪を何本か抜き、うちの仏壇で念仏を唱え始めた。
 俺は両親に囲まれてずっと目をつぶっていた。
時間ももう遅い。寝てしまえば楽なんだろうが、緊張でまったく眠れない。
婆さんはずっと念仏を唱えている。
 と、バチンという音とともに電気が消えた。
親父がブレーカー
を上げるも電気がつかない。

「 停電か?」

仕方ないので仏壇用のローソクに火をつけたようだ。
すると婆さんが、

「 むっ・・・・・。」

と言い念仏をやめた。

“ カーン・・・カーン・・・。”

何やら遠くから鐘の音が聞こえた。

「 来たね。」

婆さんはそう言うとガサゴソと何かをいじっているようだった。
 俺は目をつぶっているので何が起こっているのかわからない。
ただ、鐘の音がだんだん近づいているような気がした。

“ カーン・・・カーン・・・。”

俺は怖くなった。
しっかりと両親の手を握っていたが汗でぬるぬるしているほどだった。
 両親も震えている。
婆さんは相変わらずガソゴソとしてる。
 と、うちの前で鐘の音が止まった気がした。
ずっと目を閉じてるから聴覚が敏感になっていたんだと思う。
途端に玄関の戸がガタガタと言い始めた。

「 ヒィッ!」

俺と親は怖くて悲鳴を上げた。
玄関はしばらくガタガタしていたがじきに止んだ。
 と、今度は屋根の上を何かが歩いている音がした。
時折、

「 ヒ~ッヒヒヒヒ。」

というような不気味な声が聞こえてきた。
しかも複数の声だ。

「 いいかい?目をつむったまま声も出しちゃぁダメだからね?」

婆さんはそう言うと家の中央の柱に何かを打ち付けていた。
 と、何かの気配がする。
すぐ近くに何かがいる。
両親は気がついていないようだ。
 でも声を出してはいけない。
うう、でも何かが俺の近くで匂いを嗅いでるような感じだ。
気持ち悪い。
とてもじゃないがこの世のものとは思えない。
 両親は気づいていないようだった。
俺は恐ろしさと緊張で失神寸前だった。


「 見 ぃ ~ つ け た ぁ 。」


確かに聞こえた。
と同時に俺は完全に気を失ってしまった。

 翌朝、俺は外の騒がしい声で目が覚めた。

「 いたぞー、見つかったぞー。」

たくさんの人がそんな感じで叫んでいた。
 部屋の中を見回すと両親はいない。
婆さんもいない。
俺は昨夜のことを思い出して再び怖くなった。
 と、視線を部屋の中央へ向けると何か違和感がある。
昨夜、婆さんが何かをやっていた場所だ。
よく見ると中央の柱(大黒柱)が真っ黒に焦げている。
一体何があったんだろ。

と、外にいたお袋が家の中に入ってきて、俺に言った。

「 ねぇ、かっちゃんが見つかったんだって!」

 俺はすぐに飛び起きて外へ出た。
ちょうど親父が帰ってきた。
俺はそこで色々聞いた。
 かっちゃんは近所の豚小屋の中でなぜか裸で寝ていたらしい。
命に別状はないが、俺とバイバイしてからの記憶がないらしい。
ただ、手には火傷を負っていたようだと言う。
 俺はというと、昨夜失神した直後に柱が燃え上がり、そのまま鐘の音も消え無事、朝を迎えられたと聞いた。
婆さんが俺の髪を祈祷用の人形に入れ、その柱に打ち付けたことによって、家の守り神の大黒柱が身代わりになって助かったんだという。

「 婆さんは?」

と聞くとかっちゃんの体を清めに行っているそうだ。
 どうやら昨日、玄関をガタガタしたのも屋根の上で暴れたりしたのも彼なのだそうだ。
きっと取り憑かれていたんだろうということだった。
 その後かっちゃんは街の病院へ運ばれたが元気になり帰ってきた。
但し記憶は消えたままだ。
この事件を通して、子供ながらに自然には立ち入ってはいけない場所があるんだなとしみじみ痛感した。
 時が経ち、今、その辻の周辺には高速のインターチェンジが出来た。
北関東自動車道という高速らしい。
 俺は田舎を離れて数年経つが、今でも帰省するとあの時のことを思い出す。
親の話では高速のルートもわざわざあの辻を迂回して作られたということだった。
確かにもし、工事であの辻が破壊されてたらこの高速の建設計画もどうなっていたか・・・。
考えると恐ろしくなる。















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6月21日(木)のつぶやき

2018-06-22 07:38:08 | _HOMEページ_






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日々の恐怖 ワイの話2 病院2

2018-06-21 19:42:49 | B,日々の恐怖







  日々の恐怖 ワイの話2 病院2







 たまになんでか知らんけど天井裏にゴミとか落ちとることあって、普通にちょっとイラっとしたんやけど、

“ そういえば天井とコンクリの隙間10センチくらいしかないのに、ゴミ入ったりするか・・・?”

って思ってとりあえず1枚ボード落としてみた。
 そしたらその部屋だけボードの上にコンクリの天井はなくて、1mくらいの空間があった。
その空間の先に通気口かなんかがあって光が差し込んでて、ぼやっと奥の方に鉄の板みたいなんが2枚並んどるのがみえた。
そんなん気にならんわけないし、とりあえずボード固定してる鉄筋みたいなやつに乗って奥に行ってみた。
 ほんまはいかんのやけど、解体現場ってたまにヘソクリが見つかるんやけど、額がそんなに大きくなかったら、見つけたやつがネコババしたりするんよな。

“ もしかしたら奥に病院のお金があるんかもしらん!”

と思ってうきうきで奥まで進んだ。
 一番奥の鉄の板やと思ってたんはアクリル板やったみたいで、ワイが最初にのぞいた位置から死角になってたちょっと奥まったとこに布団が敷いてた。

“ なんで布団やねん!意味わからんやろ!”

って思ったんやけど、布団の奥がちょっと明るかったから見てみたんや。
 そしたら、布団のすぐ上に双眼鏡のレンズ?覗き口?みたいなんが固定してあってめっちゃ気になったから覗いてみた。
それで見えたのはワイの真下に置いてあったベッド。
何に使ってたかはわからんけど、めちゃくちゃ怖くてすぐ下に降りたわ。















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日々の出来事 6月21日 本能寺

2018-06-21 09:17:22 | A,日々の出来事_







  日々の出来事 6月21日 本能寺







 今日は、本能寺の変があった日です。(1582年6月21日)
1582年6月21日、京都本能寺に僅かな家臣と共に宿泊していた織田信長は、家臣の明智光秀の謀反により自刃しました。









       織田信長
  







織田信長さん



 織田信長は、戦国時代の日本の武将にして、三英傑の1人である。
自ら第六天魔王を称し、神の存在を堂々と否定してみせた。
簡単に言えば中二病患者である。
 残虐だけど鷹揚で寛大な面もある快活な人物、という人物評が浸透しているが、実はものっすごい猜疑心が強く、本能寺で謀反を起こされた時、最初は長男の織田信忠が叛逆したと一瞬勘違い。
 そのネームバリューゆえか、戦国時代を描いた時代劇や小説では、主人公と何ら接点がないにも関らず登場し、地方のマイナー大名・武将が好きな偏狭な戦国オタク達からは「また信長か」「いい加減かっこいんだけど」と忌避されている。
 最重要人物なので登場するのは仕方がないが、その出番の半分以上が「にんげんごじうねん~」と本能寺で占められているのはさすがにどうなのか。
まあ、現実の本人も、祭りの余興に天女のコズプレして踊ってたそうだから、的外れと言い切れない所もあるか。
 また、天下人のイメージが浸透しているが、厳密に言えば「天下人になり損ねた男」である。
信長にこの不名誉な称号を与えた明智光秀は、後世、信長アンチの人々からこの一つの功績のみを以って礼賛されている。





  信長君

身長、約170cm(当時としては、長身)
血液型、A型
特徴、甲高い声(500m先から声が聞こえる)


 ルイス・フロイスによる信長君

1,長身、痩躯で髭は少ない。
2,声は甲高く、常に武技を好み、粗野である。
3,正義や慈悲の行いを好み、傲慢で名誉を尊ぶ。
4,決断力に富み、戦術に巧みであるが規律を守らず、部下の進言に従
  うことは殆どない。
5,人々からは異常なほどの畏敬を受けている。
6,酒は飲まない。
7,自分をへりくだることは殆ど無く、自分以外の大名の殆どを軽蔑し
  ており、まるで自分の部下のごとく語る。
8,よき理解力、明晰な判断力に優れ、神仏など偶像を軽視し、占いは
  一切信じない。
9,名義上法華宗ということになっているが、宇宙の造主、霊魂の不滅、
  死後の世界などありはしないと明言している。
10,その事業は完全かつ功名を極めている。
11,人と語るときには遠まわしな言い方を嫌う。



政策


・規格や通貨の統一。
・関所をなくして楽市楽座。
・兵農分離して農民を兵隊に借り出さない。
・人が安全に通行できるように道普請(多くの大名が攻め込まれない為に酷い道のままにしておくのが普通)。
・荒れた京の町を復興し、坊主による二重の税金をなくす。
・堺の商人から税金を毟って公共事業。

戦国時代で信長ほど下々の者に良くした大名はないのです。








明智光秀さん



 明智光秀は、戦国時代の武将。
通称は十兵衛。
官職は維任日向。
マムシどのに簒奪された美濃国の美濃源氏土岐氏の一門(異説もあるけどね)。
遠祖は土岐光国の子・明智光保である。
先祖のひとりが南北朝時代に後醍醐天皇の道楽の犠牲者となった明智国益である。
子は光慶、女婿は明智秀満。
若い頃に、惣領家の土岐頼芸が斎藤道三に追われ、土岐一門は四散した。
光秀自身も会津まで放浪したものである(そこで、同族で養子に迎えた幼い舟木秀光と邂逅した)。
 後に足利義昭に細川藤孝とともに仕えた。
義昭の兄・足利義輝が松永弾正・三好長慶らによって暗殺されると、藤孝とともに義昭を奉じて越前国の朝倉義景を頼る。
だが、義景は優柔不断で上杉謙信の侵攻に悩んでいたために、光秀らはだらしがない義景に見切りをつけて織田信長を頼った。
 信長は、自分の嫁の親族ということもあってか光秀をいたく気に入り、明らかに藤孝より家柄の低い光秀を重用し、超重要地域である近畿北部を任せるほどに寵愛した。
 こうして信長と光秀は相思相愛の関係になったのであるが、気変わりしやすい信長がとある一匹の猿にあらん限りの愛情を注ぎ始めると、光秀は日増しに情緒不安定になっていった。
この頃から当項目と同様に二人の関係は一気に雲行きが怪しくなっていく。
 しかし信長は光秀への愛をスッパリ断ち切ったわけでは無く、むしろ光秀⇒ツンデレ、猿⇒デレデレという姿勢を鮮明に打ち出していったのだが、既に統合失調症寸前の状態に陥っていた光秀には文字通り逆効果。
もはや光秀の中の主君への愛は激しい憎悪へと昇華し、ついには丸腰同然の状態で熟睡していた信長を勢いのみで自殺に追い込んでしまう(本能寺の変)。
 事が全て終わった後、光秀はハタと我に帰って狼狽し、藤孝らに助けを求めるが、光秀に対して激しいジェラシーを抱いていた藤孝にシカトされてしまう。
 そうこうしているうちに関西から雲に乗って飛んで来た猿にコテンパンに打ち負かされ、最期は「鬼畜米英!!」と絶叫しながら竹槍の訓練をしていた愚民どもに誤って刺し殺されてしまった・・・と伝えられている。
一説には天海になったと伝えられている。





















☆今日の壺々話












信長と貧者




 織田信長があるとき、自分と同じ年、月、日の生まれの人間を探させました。
すると、一人の男が見つかり、御前に引っ張り出されました。
そいつは、ボロボロの大変貧しい男でした。
信長はその男を見て、不思議そうに尋ねました。

「 わしとお前は全く同じ時に生まれたのに、わしはいまや天下をつかみ、お前は貧困に苦しんでおる。
どうしてこれだけの違いが出来るのか?」

貧者は言いました。

「 いいえ、そんなに違いません。」
「 なんだと?」
「 たった1日の違いがあるだけです。」
「 1日?」

貧者は言いました。

「 はい、あなた様が富貴であり、私が貧困に苦しんだ昨日までは、既に過去の事。
私と信長様に、差があるのは、今日一日の事でしかありません。
そして信長様、あなたも、明日はどうなるか、誰にもわかりません。」

信長は一瞬苦い顔をしましたが思い直し、その貧者に褒美を与え返しました。






















     光秀君






「 どうしようかなァ~。
あいつ、腹立つなァ~。
酒が飲めないのに、のめのめって絡まれて、おまけに金柑頭って言われたし・・。
武田攻めのとき、バカにされて、小姓の蘭丸に鉄扇で叩かれ恥をかいたし・・。
折角作った家康接待用の料理を“腐っている”なんてイチャモン付けやがって・・。
 ああ、どうしようかなァ~。
今しか、天下をとるチャンスは無いしなァ~
  どうしようかなァ~。
長年仕えていた佐久間や林と同じように、結果が出なかったら追放されそうだし・・。
秀吉も不安で、“そのうち一緒にやっちゃおうか”なんて冗談言ってたよな。
それに、家康からも“やっちゃえ”って、小さな声で言われているし。
  ああ、どうしようかなァ~。
やっちゃったら、足利義昭ちゃんも将軍に復帰させられるしなァ。
今回の中国攻めも、取った分だけ領地にしてもいいって言っておきながら、今の領地は召し上げなんて・・。
 くそっ!
やっぱり、腹が立つ!!
あのバカ!!!
 そうだ、ちょっと、くじを引いて見よう。
一回目、あれっ・・・。
二回目、あれっ・・・。
三回目、あれっ・・・。

えいっ、もう、面倒だ、やっちゃえ!!」


  時は今 雨が下しる 五月哉























本能寺の恋





友人に借りた日本史のノートによると、 織田信長は「本能寺の恋」で明智光秀に破れ、自決したらしい。

つまり信長は本能寺で光秀に告白して玉砕。

そして火を放って自決したってことか。

そうか、自決するほど本気だったんだな。

熱愛だな。
























本能寺が変




「 本能寺が変!」
そのとき京都・本能寺に宿泊していた信長がそう言った。
見るとなんだか傾いているようないないような。
調査を命じられた明智光秀は、その原因がシロアリ被害によることをつきとめた。

「 敵は本能寺のアリ!」

光秀はそう言うとさっそく駆除に取りかかった。
 当時、シロアリ駆除の薬なんて便利なものはないもんだから、被害にあった柱を片っ端から松明であぶってシロアリを追い出すという地道な作業を行った。
ところが、そのうち柱に火がついて燃えだしてしまった。

「 やべっ、信長様ぁ~!」

本能寺は信長ごと燃えてしまった。
事情を知らない豊臣秀吉が信長様の仇と明智光秀を討ち、天下を取るきっかけとなったのは言うまでもない。




















本能寺





 今、本能寺にいるんです。本能寺。
そしたらなんか寺がめちゃくちゃ燃えててで出られないんです。
 で、よく見たらなんか明智軍がいて、敵は本能寺にあり、とか叫んでるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、明智の扇動如きで普段起こさない謀反起こしてんじゃねーよ、ボケが。
明智だよ、明智。
 なんか親子の足軽とかもいるし。
お家挙げての底辺からのサクセスストーリーか。
おめでてーな。
よーしパパ信長の首とっちゃうぞー、とか言ってるの。
もう見てらんない。
 お前らな、武家の称号やるからその道空けろと。
天下ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
 畑を挟んだの向かいに家の奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。
平和主義者は、すっこんでろ。
 で、やっと出られたかと思ったら、前の奴が、お命頂戴、とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、お命頂戴なんてきょうび流行んねーんだよ。
ボケが。
得意げな顔して何が、お命頂戴、だ。
 お前は本当にお命を頂戴したいのかと問いたい。
問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、お命頂戴って言いたいだけちゃうんかと。
 美濃のおおうつけの俺から言わせてもらえば今、武士の間での最新流行はやっぱり、奇襲、これだね。
奇襲で大勝利。
これが通の生き方。
 奇襲ってのはタイミングがものを言う。
そん代わり被害が少なめ。
これ。
 で、それに天下布武。
これ最強。
しかしこれをすると次から家臣にもマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあお前らド素人は、正々堂々一対一で来てくださいってこった。
























日本史なんでもランキング






 ニッカンスポーツコムで実施した「日本史なんでもランキング」のアンケートには計1370票が寄せられ、169票を獲得した信長が1位となった。2位は、わずかの差で真田幸村。幸村は父昌幸ら一族を合わせると信長を上回る票を獲得。最近の幸村人気を証明する結果となった。


1位 織田信長(169票) 
1560年、桶狭間の戦いで今川義元の大軍を破り、世に名前をとどろかせる。豊臣秀吉らを家臣に従え天下統一を実現。1582年、京都・本能寺で家臣の明智光秀の軍に囲まれ、自刃した。


2位 真田幸村(153票) 
関ケ原の戦いでは父昌幸とともに上田城で徳川秀忠の大軍を足止め。秀忠は関ケ原に間に合わなかった。大坂夏の陣では徳川家康を追い詰めるなど奮戦するが敗北。幸村は力尽きたところを討ち取られた。享年49。


3位 伊達政宗(149票) 
1589年、会津の蘆名氏を倒して奥州制覇。しかし当時最強の秀吉には臣従。謀反の疑いをかけられ十字架を背負い出頭したことも。朝鮮出兵で秀吉好みの派手な軍装をしたことが「伊達者」の語源といわれる。


4位 上杉謙信(136票) 
天才的な軍事手腕で「越後の虎」と呼ばれた。宿敵武田信玄とは川中島で5度戦い、決着が付かなかった1577年の手取川の戦いでは織田信長軍を撃破。上洛を前にして病死。生涯独身を通した。


5位 武田信玄(120票) 
「風林火山」の旗をなびかせた騎馬軍団は「最強」ともいわれた。1572年、大軍を率い京へ進軍開始。三方ケ原では徳川家康軍を一蹴(いっしゅう)するが、途上で病死。「天下」の夢はかなわなかった。




















信長Japan







   FW 柴田勝家     FW 滝川一益
          
     MF 丹羽長秀   MF 池田恒興    

 MF 佐久間信盛       MF 前田利家

         MF 羽柴秀吉

DF 荒木村重           DF 三好義継
         DF 松永久秀

          GK明智光秀




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6月20日(水)のつぶやき

2018-06-21 07:21:34 | _HOMEページ_



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日々の出来事 6月20日 土方歳三(蝦夷共和国 陸軍奉行)

2018-06-20 11:19:53 | A,日々の出来事_








  日々の出来事 6月20日 土方歳三(蝦夷共和国 陸軍奉行)








 今日は、新撰組副長、土方歳三が腹部を鉄砲で撃ち抜かれた日です。(1869年6月20日)
1869年6月20日、蝦夷共和国の陸軍奉行であった土方歳三は、政府軍との戦いである函館戦争で、五稜郭の一本木関門において馬上で指揮を執っていたところ、腹部に銃弾を受け戦死しました。
 この戦死は、敵の銃弾もしくは流れ弾に当たったと言うのが通説ですが、降伏に頑強に反対する土方に対して、味方からの暗殺とする説もあります。



 よしや身は蝦夷が島辺に朽ちぬとも魂は東の君やまもらむ(享年35歳)






土方歳三です
 ↓

市村鉄之助が佐藤彦五郎に届けた坐像の写真。
現物には何故か市村鉄之助の歯型がついているそうだ。





   土方歳三の写真



 土方歳三の生前の写真が二枚残されている。一枚は、函館戦争終息直前に土方の小姓であった市村鉄之助が土方自身に命じられて、佐藤彦五郎に届けたとされるもので、もう一枚も、同日の撮影と思われるが、刀の鞘に手をかけているもの。撮影時期は、明治2年、死の数日前に函館市内の写真館で撮影したと伝わっているが、異説もあるようだ。さて、佐藤家の「今昔備忘記」には、次のような話が残されている。


 1854(明治2)年7月のある日の黄昏時、日野宿の佐藤彦五郎宅の前に、15、6歳くらいの薄汚れた一人の若者が、古手拭を冠り、蓙を蓑代りに着て、家の中を窺うように立っている。胡散臭さいので、家人が追出そうと声をかけると、腰をかがめて台所土間へ這入ってきて、御主人様の御目にかかりたいと低い声でつぶやくように云った。 
 その物腰がいかにもいわくありげなので、中庭へ廻し、彦五郎が出て会った。若者が、きたない胴締から、取出して示めした写真一枚と小切紙を見て驚いた。その写真は、洋装に小刀を手挟む土方歳三で、小切紙は、半紙の端をニ寸ばかり切ったものだった。
 それには、「使の者の身の上頼上候  義豊」と書いてあった。間違いなく土方歳三の直筆だった。詳しい話は後でと、入浴をさせて、衣類を与えて着更えさせ、居間で襖を閉め切って話を聴いた。若者は、ようやく安心したのと、優しく労わられるのとで、今まで張切っていた気も緩み、目には涙を浮かべながら話し出した。
 「私は土方隊長の小姓を勤めていました。市村鉄之助と申す者です。去る五月五日、函館五稜郭内の一室で、隊長が私に云われるに「今日はその方に大切なる用事を命ずる。それはこれから、江戸の少し西に当たる、日野宿佐藤彦五郎と云う家へ落ちて行き、これまでの戦況を詳しく申し伝える役目である。
 今日函館港に入ったかの外国船が、ニ、三日中に横浜へ出帆すると聞いたので、船長に依頼しておいた。この写真と書付を肌身に付け、乗船して佐藤へ持って行け、なお、金子を二分金で五十両渡す。日暮も近い、時刻もよいからすぐに出立して、舟に乗込みその出帆を待っていろ」と。
 私は「それは嫌です。ここで討死の覚悟をきめておりますから、誰かほかの者にその事を御命じ下さい」と云いました。
 すると、隊長は大変に御怒りになって「わが命令に従わざれば、今討ち果たすぞ」と、いつも御怒りになる時と同じ恐ろしい権幕、私はそれでは仕方がないと断念して、「では日野へ参ります」と申しました。隊長もにっこり笑みを含まれて、「日野の佐藤は、必ずその方の身の上を面倒みてくれる。途中気を付けて行けよ」と云われました。
 案内人に連れられ、城の外へ出て振返りますと、城門の小窓から見送っている人が遠く見えました。隊長であったろうと思います。
 特別の手当が船長に行届いていたのでもありましょう。船長は大変親切に、自分の室近くの綺麗な一室へかくまってくれ、出帆を待ちました。
 十一日の正午頃、隊長は一本木と云う海岸で、戦死されてしまったと云うことを、この船中で聞きました」と・・・話の声も途絶えがちで、市村を取り囲んで聴いていた佐藤家の人々、ともに涙を流さぬものはなかった。
 さて、市村鉄之助は、当時16歳だった。美濃の大垣藩で、兄とともに新選組の最後の募兵に応募し、兄は途中で帰郷したが、鉄之助は、一人土方の側を離れず、才幹もあってよく仕え、土方もひと方ならず愛していたようだ。


 市村鉄之助は、佐藤彦五郎家に3年間滞在したと云う。やがて、世間も穏やかになってきたので、彦五郎は、鉄之助が持参した五十両のニ分金を、横浜の銀行で新紙幣に両替してやり、さらに五十円の餞別を与え、明治四年三月、大垣に帰国させたそうだ。
 その後、市村鉄之助は、官軍だった西郷隆盛を付け狙って、薩摩軍に潜り込んだが、桐野利秋に見破られたものの、桐野と接するうちに、その人柄に心酔し、桐野の馬丁となってともに西南戦争で散ったとする説がある。しかし、もしそうだするなら、かなり劇的な人生なのだが、大垣に兄と並んで墓石があるから、大垣で若死したと云うのが本当らしい。


 徹底抗戦を主張し、五稜郭の地で果てる覚悟の土方歳三は、小姓の若い鉄之助をむざむざと死なせたくはない。鉄之助に落ち延びることを命じ、「命令を聞かなければ討ち果たす」と、あえて脅しつけた。鉄之助が不承不承に承知すると、土方は、内心ホッとしてにっこりと微笑んだ。そして、「日野の佐藤は、必ずお前の面倒をみてくれる。途中気を付けて行けよ」と、鉄之介の行く末を案じながらいたわりの言葉をかけたのだった。
 夕暮れ時、鉄之助は城を出て行く。しかし、鉄之助は、もとより土方と離れがたい。土方隊長とこれが今生の別れになるのかと思うと、ぽろぽろと涙が溢れ出てきてとまらない。  
 名残惜しさの余り振り返ると、涙で曇った目に、小窓に一人佇んで、ひっそりと鉄之介を見送っている土方の姿が遠くに見えた。
 「土方隊長!」鉄之助が堪らず大声で叫ぶと、小窓から土方の姿がすっと消えた。鉄之助はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて、頬を伝う涙を拳で拭うと、深く一礼し、くるりと前を向いて歩き始めた。























☆今日の壺々話














    土方歳三君







    相撲


 土方歳三は幼少時には風呂から上がると、よく裸のまま家の柱で相撲の稽古をしていたと言う。
今も、その柱は土方歳三資料館にある。



    沢庵


 奉公をしくじって石田散薬の行商をしている時代、歳三はよく小野路村の橋本家に顔を出していた。
薬の販売もそっちのけで、好物の沢庵を食べるのがその目的だったようで、食事を摂る時は山盛りにして食べ、ある日はなんと漬物樽をそのまま持ち帰ったそうであり、相当橋本家の沢庵が大好物だったようだ。



    怪我


 実家よりも姉・ノブの婚家・日野の佐藤家が居心地のよかった歳三。
佐藤家には源之助、力之助、漣一郎、彦吉と四人の甥っ子がいた。
 文久の頃、よちよち歩きの彦吉が庭で遊んでいて、玄関わきに積んであった切石に前のめりに転んで、額をぶつけてしまった。
玄関の間で昼寝をしていた歳三が火のつくような泣き声を聞きつけてすっ飛んでゆくと彦吉を抱き上げて座敷に上げ、そこは薬の行商でもならしたもので、こまごまと手当てをしてやった。
しかも

「 男子の向こう傷だ、めでたいめでたい。」

と言ったという。




    土産



 歳三が二度目の帰郷の折、佐藤彦五郎への京土産として佐久間象山の詩書を持参した。彦五郎は以前に近藤勇から貰った頼山陽の詩書とともに家宝とした。
また、土方家には歳三の姪・ヌイがおり、行儀見習の奉公もその後の結婚も、病身のためにかなわず実家に戻されていたが、歳三は「島田髷・櫛・笄・絵草紙」などの京土産を与えて孤独をなぐさめてやったという。
 甲州勝沼の戦い争の前に日野佐藤家に立ち寄った時には、拝領の品である母衣をわざわざ持参して姉・ノブに置いていった。
他にも刀剣や鉢金、時には女たちの手紙などまで郷里に贈っており、人にプレゼントを贈っては驚かれたり喜ばせたりするのが好きだったのかもしれない。


    歳三君

 佐藤彦五郎の長男・源之助(のち俊宣)、つまり歳三の甥だが、やはり父たちを見て育つ環境か、しだいに武芸にも関心がわき、鉄砲の操銃法も修めながら成長した。
慶応の頃、歳三が公用で帰郷し、寸暇をとって日野佐藤家を訪れた頃、

「 源之助の銃はどの位うまくなったかやってみせてみろ。」

と言われ様々に実演した。
歳三はこれを大いに誉め、

「 京へ連れていき新選組隊士に教授させたい。」

と言ったが、姉ノブが猛反対して断念したという。
 歳三が江戸へ戻る時には源之助も父とともに歳三を送った。
途中の内藤新宿を通過する前に、大和屋という知人宅で休息をとり、関門の役人には使者を派遣して

「 会津肥後守預りの新選組土方歳三の供だと名乗れ。」

と命じたが、しばらくすると供の二人が戻ってきて、

「 主人も一緒でなければ通さぬと叱り飛ばされた。」

という。
 歳三はひどく立腹して大和屋を発ち、それでも含み笑いをして悠々と歩いていった。
いざ関門に着くと、立ったまま

「 拙者は供の申し述べた土方歳三である。」

と大声を上げ、大刀を引っさげ座敷に登っていき上役に直談判し、

「 偽者と思うなら上役殿を宿所まで同伴しよう。」

と言うと、役人どもが震え上がって、

「 そのまま通られよ。」

と手のひらを返して平身低頭になった。
 源之助はまるで別人のような叔父の姿にびっくりしていたが、なんなく通過して二、三丁行き過ぎると、歳三は

「 役人の眠気をさましてやったんだ。」

といって大笑いしたという。

 また別の帰郷の時には、井上源三郎と立派な黒紋付仙台平袴の武士姿で現れた。
翌日源之助を井上の馬に乗せて自分の馬と二頭の遠駆けに誘い、日野大坂上から新田まで原っぱの道を二往復し、掛け声をあげながら凄い速さで佐藤家の表庭へ乗り込んで帰ってきた。
源之助は振り落とされまいかと危険さに汗びっしょりで顔面蒼白だったが、歳三はふりかえってニコニコ笑っていた。





    戦法




 天然理心流道場では歳三は中極意目録までの記録しか現存していないが、「実戦では滅法強かった」と言われている。
斬り合いの時、足下の砂を相手にぶつけてひるんだ隙に斬り伏せたり首を絞めて絞殺したりなど、縦横無尽に戦闘をしていたという。
また、剣を持った相手に石を投げつけ、ひるんだ隙に自分の羽織を相手の首に巻きつけて、そのまま締め落とし生け捕りにした、との話が残っている。







    合理主義者



 後の洋装の写真などから、歳三は合理主義者で、

「 便利なものは便利!」

と受け取る柔軟さをもっており、舶来の懐中時計なども持っていたという。




    転生

 歳三は隊内の気の置けない仲間には、

「 自分は、信長の生まれ変わりだ。」

と言ったことがある。
 歳三は陣中法度、局中法度などの厳しい隊規を考案したとされ、裏切り者やはみ出し者に容赦の無い刃を浴びせた、「鬼の副長」と呼ばれ普段は冷酷な人物とされる。
しかし、箱館戦争にまで従った新選組隊士・中島登によれば、箱館戦争当時には、温和で、母のように慕われていたという。
 この頃には若い隊士を度々飲食に連れ歩いたり、相談事に乗ったりするようになったともいわれている。
ただしそれも、年齢を経た結果というよりも、自分の死に場所を見つけたという悟りに近い気持ちと、明日にも闘いで命を落とすかも知れない隊士の士気を上げるための、計算の上であったとする説もある。





    パフォーマンス



 多摩の郷里には、歳三は餅つきの時には、つく合間に杵を器用にまわしたり、ひょうきんなパフォーマンスを混ぜて皆を笑わせていたという。






    風呂



 歳三は、佐藤家の甥っ子たちには大変よい「叔父さん」であったようだが、ひとつだけ嫌がられていたこともある。
幼い子供を「風呂に入れて洗ってやって」と誰かしら引き受けるのはよくあることだが、当の子供たちが歳三と一緒に風呂に入るのを嫌がったというのだ。
 歳三は「熱湯風呂好き」だったという。子供はただでさえ体温が高いから熱い湯温を嫌うものであろう。
「叔父さんと風呂……」と思った甥たちが逃げ出そうとすると歳三は素早くとっ捕まえて無理矢理風呂桶に突っ込み、あろうことか

「 男子たるもの、このくらいの熱さを怖がるようでは大成しない!」

と、無茶な理由をつけて、強引にその上から蓋までしめてしまったという。






    歳三



 明治元年、仙台から蝦夷に転戦する際、歳三は隊士達に渡航を強要せず、結果二十三名が残ることになった。
そして歳三は自分の補佐役を務めた、松本捨助と斎藤一諾斎にそれぞれ十両、三十両を渡した。
 斎藤は

「 なぜ私の方が多いのですか?」

と金を返そうとした所、歳三は

「 松本には身よりがいるが斎藤にはいない、金額の差はその差だ。」

と言った。
斎藤は涙を流して礼を述べたそうだ。








    新撰組の給料





局長 近藤勇・・・50両(1両3万円として150万円)
副長 土方歳三・・・40両(120万円)
助勤沖田、永倉、井上、藤堂・・・30両(90万円)
ベテラン平隊士・・・10両(30万円)
ヒラ隊士 ...3両(12万円)



 ただ、1両あれば家族4人一ヶ月暮らせたとか、3両あれば1年1人暮らせたという時代なので、現代とは金銭感覚は10倍くらい違う。
よって、現代人の感覚で言えば新撰組の月給は、近藤月収1500万円、年収1億8千万、土方年収1億4千万強、沖田など年収1億って感じ。

おお、リッチ。
プロ野球のスター選手みたいなもんだな。








    歳三君


「 ごそ、ごそ、ごそ。」
「 鬼の副長、何をしているのです?」
「 あっ、見ちゃ、ダメ!」
「 どうしたんです?」
「 見ちゃ、ダメだって!」
「 見せてくださいよ~。」
「 ダメだって!」
「 あっ、恋文だ!」
「 見るな、見るな、こらっ!」
「 こんなにいっぱい、すごいなァ~。
 それも、たくさんの女性から!
 あっそうか。
 自分で返事を書いてるんですね。
 恋文も執筆代理してあげるのに・・。」
「 書ききれないので、函館まで持って行こう!」

“ ピュ~ン。”

「 あっ、もう行っちゃった
 待って下さいよぉ~!
 僕、走ると咳が出るんですよぉ~、ゴホ、ゴホ!」

  報国の心ころわするゝ婦人哉

 沖田総司は土方歳三と仲が良く、手紙の執筆代理をしたと言う記録があります。
また、土方歳三は、颯爽としたカッコいいモテモテ男で、恋文を多数の女性から貰ったと言う伝承も残っています。




















    ラブレターコンクール







 家に帰ったら、何やらおかんが上機嫌。
なんでも、定年の記念に配偶者にラブレターを書きましょうって言うコンクールに、おとんがいつの間にか応募してたんだと。
最近、やけにおかんをノロケるようになったと思ったら、こんなことまでしてたとは。
手紙を読みながら、「 おとんてロマンチックだね~。」とおかんと話していたら、風呂場から大きなくしゃみが聞こえて来た。




















    ラブレター







 近所の家の息子(高校生くらい)が、毎日変な音楽やらテレビやらを大音量でかけまくって非常にうるさかった。
しかも、夜一時頃でも平気でいきなりジャーン!!とやらかす。
隣近所からも文句が出ていたようだが、一家揃ってドキュ揃いで親も逆ギレする始末。
まっとうな方法じゃ無理だな、と思った俺は仮名でそいつにラブレターを書いた。

「 通学途中で、あなたを見るたびに胸が苦しいですぅ。
昨日、勇気を出してあなたの家まで後をつけちゃいました。
○君の好きなミュージシャンは△△なんですね。
私も大好きです~。
運命かな?
私のことを想ってくれるなら、またメッセージ下さい。
○○君のそばで聞いてます。」
「 手紙読んでくれたんですね、嬉しい!!
毎日、○○君の家まで通ったかいがありました。
□バンドの曲、あれは私へのメッセージですよね!
『お前しかいない』なんて!
うれしくて思わず泣いちゃいましたァ。」

などなど電波娘っぽく。

4通目ほどで、音は劇的に小さくなった。
半年後、また音が大きくなってきたんで、

「 忘れられたと思っていたのに、やっぱり私のこと忘れられないんですね!
あの曲は、別れた恋人を忘れられないあなたの気持ちですね。
あきらめなくて良かった、一生あなたを想い続けますぅ。」

と、さらに壊れかけのラブレターを出したら、それ以降ピッタリと騒音は止んだ。




















    祖父のラブレター








 脳梗塞で入退院を繰り返していた祖父。
私たち家族は以前からの本人の希望通り、医師から余命があとわずかであることを知らされていたが、祖父には告知しないでいた。

「 元気になって、またみんなで楽しく暮らそうね。」

祖父を見舞った際の合い言葉のようでもあった。

 祖父の1周忌が過ぎた頃、父が祖母に1通の手紙を手渡した。
祖母の心の落ち着きを待ってのことだった。
衰弱し、震える手で書かれた文字は書道で師範格であった祖父が書いたとは思えない程弱々しかったが、文面から感じられる優しさ、慈しみが祖父のそれであった。

「 おばあちゃん元気
 ともに過ごした時間は永いようで短い50年でしたね
 また機会があればいっしょに暮らしたいものです 」

祖父が書いた最初で最後のラブレターである。





















     愛する娘からの手紙






 ママとパパへ

 大学に入学してから3ヶ月になります。
無精してお便りを差し上げず、大変申し訳ありません。
もう少し前にお二人にお便りを書くべきだったと反省しております。
現在の暮らしについて私が語り始める前に、どうかまずお座り下さい。
必ず座ってからこの手紙を読み始めて下さいね。
いいですか?

 今のところ私は元気でやっています。
入学直後に女子寮で火事が起こり、慌てて窓から飛び降りた時に脳震盪を起こし、頭蓋骨にヒビが入りましたが、今はすっかり直りました。
二週間入院を余儀なくされましたが、現在では一日に三度頭痛が起きる程度で、殆ど正常に戻っています。

 女子寮で火事が起きて私が窓から飛び降りたことが幸いして、私は女子寮の近所にあるガソリンスタンドの店員と知り合うことが出来ました。
彼が消防署に電話をかけて救急車を呼んでくれたのです。
彼は病院に私を見舞いに来てくれました。
そして女子寮が燃え落ちて住む場所がなくて困っていた私に、親切にも彼のアパートで一緒に住もうと言ってくれました。
彼のアパートはせまい地下の部屋でしたが、それはそれなりに住み易い環境でした。
彼は好青年だったので私達は直ぐに恋に落ちて、結婚を誓い合う仲になりました。
結婚式をいつ挙げるか未定ですが、妊娠したお腹が目立って来る前にしようと考えています。

 そうなの、ママとパパ、私って赤ちゃんを身籠もっているのよ!
ママとパパはお婆ちゃんとお爺ちゃんになるの!
お二人が孫の誕生を喜び、私が子供だった時に注いでくれた愛情を、そのまま新しく生まれる孫にも注いでくれることと信じています。
私達の結婚が遅れている理由は、彼がちょっとした病気に感染していたため、結婚前の血液検査がOKとならなかったからです。
私もうかつにも彼からその病気を移されてしまいました。
毎日ペニシリン注射を受けていますので、直にこの病気も完治すると思いますが。

 ママとパパは私の彼氏のことを、両手を上げて歓迎してくれると信じています。
学歴はありませんが、とても親切で、上昇志向の人物です。
彼は私達一家とは人種も、宗教も異なりますが、私の両親は彼の皮膚の色が私達より黒いという事実をいちいち気にするようなことはない、と寛大な態度を示してくれることと信じています。
私が彼を愛しているのと同じように、ママもパパも彼を愛してくれると思っています。
彼の育った家庭環境は悪くありません。
彼の父親は出身地のアフリカの部落で、銃を運ぶことを仕事にしている重要人物だからです。

 さてこうやって一部始終お話したことで、ママとパパにこれ以上心配をかけることは心苦しいので、本当の事を言います。
女子寮で火事は起こりませんでしたから、私が脳震盪と起こしたり、頭蓋骨にヒビが入ったというのも嘘です。
もちろん入院もしていません。
妊娠したというのも、婚約したというのも、梅毒に感染したというのも嘘です。
ボーイフレンドなんていません。
でも大学の授業で歴史はD、科学はFという成績を取ってしまいましたが、ママもパパもそんなことは大したことではない、と思っていただけるものと信じています。

                    パパとママを愛する ドロシーより

















    ラブレター






 高校のときの朝、親に言われていつものように、新聞受けに新聞や手紙を取りに行ったら中に俺宛の封筒が入っていた。
白い封筒。ハート形の封止め。
そして綺麗な女性の文字で『○○くんへ』
間違いない、ラブレターだ。
生まれて18年、女の『お』の字も無かった俺についにラブレターが来たんだ。
ドキドキしながら俺は、急いで部屋に入りそれを開けて読んだ。
中にはこう書いていた。

「たかしくんが女の子にモテなくても、お母さんはたかしくんのことが大好きだからね。母」

俺は県外の大学を受験することをこれで決意した。




















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6月19日(火)のつぶやき

2018-06-20 08:57:03 | _HOMEページ_



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日々の出来事 6月19日 スーパーフリー

2018-06-19 11:43:42 | A,日々の出来事_






  日々の出来事 6月19日 スーパーフリー






 今日は、早稲田大学のサークル“スーパーフリー”の和田真一郎代表を含む大学生5人が婦女暴行容疑で逮捕された日です。(2003年6月19日)
 この事件は、2003年5月18日午後8時半ごろ、東京都港区六本木5の13階建て雑居ビル12階にある居酒屋でサークルのイベント2次会を催し、女子大生を泥酔させて介抱と称し、人気のない11階のエレベータフロアに連れ出して、集団で強姦したとされる事件です。
取調べの結果、同じような余罪が発覚、結局、東京大、学習院大生等を含む14人が逮捕されました。
 また、事件に関連して、太田誠一衆議院議員は“集団レイプする人はまだ元気があるからいい”と発言、世間の大非難を浴び、4ヵ月後の衆議院選挙で落選しています。
そして、拘置所の和田被告の隣の部屋が空いていたことから、ライブドアのホリエモン逮捕に向けて、“スーフリの隣に入れろ”が捜査員の合言葉になっていたと言う噂もありました。
最終的には、和田被告は実刑14年、他の13人も実刑10年~2年4ヶ月の判決が確定しました。

「 み、や、こ、の、せいよく、わせだ~のもりに~♪」
( せいほく、だったかなァ~。)











     スーパーフリー





















☆今日の壺々話













写真の男







「 この写真の男に、何か見覚えはありませんか?」

そう言われて、差し出された写真を受け取る手がかすかに震える。
 あや子はその眼を見た瞬間に、6年前の忌々しい出来事を思い出していた。
かつては魅力的だとも勘違いしたずる賢い狐のような切れ長の眼、高校時代の同級生、酒井慎一に間違いない。
 今よりも40キロは太っていたあや子が、卒業直前にひっそりと酒井の机の中に忍ばせたラブレターをクラスじゅうにさらけ出し笑いものにした男だ。

「 どうかいたしましたか?」
「 あっ、いえ……この人、何したんですか?」
「 区内で起きている連続コンビニ強盗の犯人です。
逃走に使ったと思われる原付が、まあ盗難車ですけどね。
それがこの辺りで見つかったものですから、目撃情報等あたっている最中です。」

何度も同じ説明をしているのだろう、刑事はやや早口で面倒くさそうに説明した。

“ ケチな男・・・。”

あや子は写真をまじまじとみつめながら考えた。

“ こんなにはっきりと顔が映っているのだから、放っておいてもすぐに捕まるだろう。”

だが、これは酒井に対してささやかな復讐を果たす絶好の機会、逃す手はない。

「 見たことある、気がします。」
「 本当ですか。いつ、どこでですか?」
「 あの、このあたりでリヤカーを引いて空き缶とかを集めている人たちいますよね。
そういう人たちと一緒にいて、若い人もいるんだなって思ったので覚えているんです。」
「 そのホームレス連中と一緒にいた若い男が、この写真の男なのですね。」
「 すごく似ているって気がします。
直接、そういう人たちに聞いてまわってみてはどうでしょうか。」
「 わかりました、ご協力に感謝します。」

そう言って足早に去っていく刑事の背を横目で見送りながら、あや子は思わず呟いた。

「 捜査は足で稼げってね、せいぜいがんばって、酒井くん!」






















学校の帰り道






 学校の帰り道、彼女と一緒に狭い田舎道を並んで歩いていた。
その日は朝から晴れで、傘を持ってる人は誰もいなかった。
でも俺は、前の日、傘を学校に忘れてたので、左手に傘を右手に手提げ鞄を持っていた。

「 ねえ、何で傘持ってるの?」彼女は聞いてきた。
「 あー昨日学校に忘れていったんだよ。」
「 ふ~ん…。」

しばらくの沈黙のあと。

「 傘もってあげようか?」って、彼女が言った。
「 いいよ別に…。」
「 遠慮しなくていいってえ~。」
「 いや、いいってば。
女の子に物持たせるなんて最低じゃん。(笑)」

その後、またしばらくの沈黙。
日が沈みかけ、少し暗くなってきた。

「 傘と鞄、両手に持ってるって変だよ!」って、彼女は言った。
「 なんで?片方の手に両方とも持つほうが変じゃね??」

またしばらくの沈黙。
もうそろそろ家に着く。
そんなとき、彼女は唐突におれの傘をひったくった。
おれは驚いて「何?」と聞いた。
無言で彼女は右手をそっとおれの左手にからめた。

「 手・・・、繋ぎたかったんだ?」
「 ・・・うん。」

その日だけ、少し遠回りして家に帰った。





















授業中





 授業中、僕はぼんやり外の景色を眺めるのが好きだった。
帰ったら何して遊ぼうかとか、どこか遠くに行きたいとか、
いろんなことを思いながら、窓の外ばかり見てた。
 午後の授業なんかだと、ついつい寝ちゃうこともある。
隣の女子校で体育をやってたりすると、それはもう大変。
何も考えられずに食い入るように見ちゃう。
はちきれそうな太もも、のびやかな肢体、見てるだけで鼓動が高鳴った。
 あのコがいいとかこのコもいいとか、もう授業中だってことなんか完全に忘れてずっと見てた。
楽しかった。
でもそんなことしてると、いつも必ず邪魔が入るんだ。

「 先生、授業してください。」























 質問“モテるヤツの変遷を教えて?”





小学校:運動できる奴がモテる。
中学校:不良がモテる。
高等学校:純粋にイケメンがモテる。
大学:社交的な奴がモテる。
社会人:金持ちがモテる。



小学校では足の速い人にキャーキャー言って、
中学校ではヤンキーに憧れ、
高校・大学では話の面白い人を好きになり、
社会人では金のある人を狙うもんなんだよ。



小学校→運動神経
中学校→身長
高校→筋力
大学→話力
社会→実力



小学校・・・体育が得意な子が注目のまと。
中学校・・・勉強の出来る子に視線がシフト。
高校・・・・だんぜんきれいな子に人気集中。
大学以降・・実家の実力(女みがくのもお金がかかる)。



おおおおおおお、決定版、こーだ!!

小学校・・・ちびでいじめられる。
中学校・・・なまいきでズボン脱がされる。
高校・・・・ホモに初体験奪われる。
大学以降・・性犯罪で警察に捕まる。


ちょちょちょwww、俺の求めてるもんとちゃうwww。

























  オフィシャルテスト(アメリカ版)








 これは、オフィシャルテストです。
ハーバード大学の典型的な卒業の必須項目に基づいたものです。
2分間で全て回答してください。(1問15秒)

1,幾つかの月には、31日ある。では、28日ある月はいくつあるか。

2,1イニングにアウトはいくつあるか。

3,カリフォルニアに住んでいる男性は、彼の未亡人の妹と結婚できるか。

4,30という数を思い浮かべよ。それを1/2で割って10を足す。答えはいくつか。

5,ここに3つのリンゴがある。君は2つを取った。君に残ったリンゴはいくつか。

6,医者が、君に3つの薬を与え、30分毎にひとつずつ服用するよう言った。薬がなくなるまでの時間はいかほどか。

7,ある農夫が羊を17匹持っている。しかし、9匹を除きみな死んでしまった。残った羊は何匹か。

8,1960年の時点で、大統領の名前はなんであったか。


















 解答と解説







  解答


1,12

2,6

3,できない

4,70

5,2

6,1時間

7,9匹

8,ドナルド・トランプ


  解説

1,28日は、どの月にもある。

2,1イニングは表と裏がある。

3,彼は死んでいる。

4,30÷1/2+10

5,君は2つを取った。

6,最初に一つ、30分後に一つ、さらに30分後に一つ。

7,残った羊は9匹。

8,昔からドナルド・トランプ。(改名した事実は無い。)


慌てると失敗します。



















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6月18日(月)のつぶやき

2018-06-19 08:59:53 | _HOMEページ_






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日々の恐怖 ワイの話2 病院1

2018-06-18 19:37:32 | B,日々の恐怖






  日々の恐怖 ワイの話2 病院1






 ワイが現場仕事始めて1年ちょい経った頃の話。
実際解体してたら、天井裏からお札とか髪の毛落ちてくることってまぁまぁ経験する。
初めて髪束見て死にかけた時から1年ちょいで5回か6回くらいはそういうの見てて、そん時は若干そういうものに耐性がついてた。
 宮崎県のどこやったか覚えてないけど、病院が移転するってなって取り壊しに行ったんや。
けっこう大きい病院で、病院の解体とか初めてやったからワイも若干テンションが上がっとった。
 鉄ものとかそういうのから外に出して、床の長尺シート剥がしてからバラしが始まるんやけど、ワイは病室のバラしをやっとった。
でも、その病院が古いからなのか変な構造しとって、天井のボード剥がしたら10センチくらい隙間があって、すぐコンクリが埋まってた。
 普通はもっと隙間開けて枠とかあるはずなんやけど、元々コンクリの天井があるのにわざわざボードで天井を低くしとる感じやった。

“ クソ、二度手間やんけ!!”

とか思いながら、とりあえずバラしてたんやけど、3部屋目のバラしに入った時に天井剥がしたら、ポテチの袋が落ちてきた。













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日々の出来事 6月18日 豊田商事

2018-06-18 09:20:01 | A,日々の出来事_







 日々の出来事 6月18日 豊田商事







 今日は、悪徳商法が社会問題になっていた豊田商事の会長、永野一男が自称右翼の二人の男に刺殺された日です。(1985年6月18日)
 1985年6月18日、永野会長が今日逮捕されるとの情報を聞きつけて多数の報道陣がマンションの通路を埋める中、二人の男は報道陣の目の前で窓をこじ開け部屋に侵入、永野会長を殺害した後、部屋から出て来て“今、永野会長を殺した”と宣言しました。
この様子はテレビで放映され、多数のマスコミがいたにもかかわらず凶行を阻止できなかったのかと批判されました。






























☆今日の壺々話










   詐欺





 街角に立ち、大声で新聞を売っている少年がいました。

「 スゴイよ、スゴイよ、スゴイよ!
 100人の人が詐欺にあった!
 100人の人が詐欺にあった!」

「 ええっ!
そんな事件が?」

 少年の声につられて、通りがかった男性が新聞を買いました。
そして紙面をチェックしたのですが、何処にも詐欺の記事は載っていません。
怒った男性は少年に言いました。

「 おいこらっ!
100人の詐欺事件なんて、どこにも載ってないじゃないか!」

少年は無視して新聞を売り続けました。

「 スゴイよ、スゴイよ!
101人の人が詐欺にあった!
101人の人が詐欺にあった!」






















悪徳商法





父が「悪徳商法に騙されない方法」というビデオを10万円で買ってきました。





















サギプリ




 最近のプリクラは、自動で目を大きくする修正がかかってる。
プリクラサイズならいいけど、PCに原寸大で見たら化け物にしか見えなくなる。
サギプリとか言う機能もあって、面白そうだからやった事がある。
俺の友達で、やたら目の細い奴がいて機械が認識に困ったのか、かわりに鼻の穴を大きくしてプリントされたことがあった。





















詐欺





 姉ちゃんに子供生まれたのでうちに親戚集まってお祝いパーチーの時、電話をうけた母さんが真っ青になって俺を呼ぶ。
なんでも親父が会社にいく途中に、車で女性をはねたとかなんとか。
ちょっと待て待て、親父は今たしかにちょっと出かけているが、徒歩。
車もすぐそこにある。
 ってわけで詐欺決定。
それにしても、めでたい席になんて空気の読めない詐欺野郎。
さっさと切ろうかと思ったが、親戚一同の重い注目集まっちゃた今、ただ切るのでは・・・。
で、みなさんに“静かに”の合図を送り、通話をスピーカーモードにする。


      -開戦-


オレ「 もしもし、息子のタカシですが。」(もちろん偽名)
サギ「 えっ!」
オレ「 母さん動転しちゃって話せそうにないんで、俺が聞きます。」
サギ「 あ・・・はい、わかりました。」
オレ「 親父が人轢いちゃったそうで。」
サギ「 ええ、それでですね(略 お決まりの早口文句、示談金は120万)。」
オレ「 120万ですか・・・親父に代われますか?」
サギ「 わかりました。」

キタキタキタキターーーwwwwwwwww。

ニセ「 ・・・・タカシか?」(しつこいようだが偽名w)
オレ「 ああ。」
ニセ「 ・・・・・すまん、その・・。」
オレ「 何やってんだよ無免許のくせに。」
ニセ「 ・・いや、その・・・。」
オレ「 飲酒で捕まって免許取り消されただろ。」
ニセ「 その、免許なしで・・・乗っちゃった・・・・。」
オレ「 バカかよ。」
ニセ「 ・・・すまん。」
オレ「 車で、どこいくつもりだったんだよ。」
ニセ「 会社だけど・・・・・。」
オレ「 うちから歩いて3分の会社になんで車でいくんだよ。」
ニセ「 あの、えっと、荷物を・・・。」

やばい、ギャラリーが噴出しそうだ。
 それにしても、えらく長く偽者と話させてくれるなァ。
普通は確認させたら、さっさと代わるもんじゃないだろうか?

ニセ「 ・・・今日は・・・のっちゃった・・・・・。」

お、まだくいついてきた。
ついでに脚色。

オレ「 ・・・それで、妊婦さんはねたって?」
ニセ「 ・・・・ああ。」

撥ねられた人、いつの間にか妊婦に確定。

オレ「 何やったのか、わかってんのかよ。」
ニセ「 ・・・・ああ・・・。」
オレ「 バカか、死ねよ。」
ニセ「 ・・・・・・・・・・・」
オレ「 マジで妊婦さんなの?」
ニセ「 そう・・・・。」

ここでギャラリーがひとり吹く。
あわてて受話器を塞いでから黙らせる。

サギ「 もしもし。」

あ、選手交代。

オレ「 はい、本当にすみません、うちのバカ親父が。」
サギ「 いえ、それでですね、これからの(略)。」

やはりお約束の手続き説明。
 はねた女性は妊婦だったという事に決めたらしく、流産の可能性もあるとかそんな話も追加されていた。

オレ「 わかりました、すぐにご指定の口座に振り込みます。」
サギ「 はい、よろしくお願いします。」

ここで、ギャラリー笑いだす。
 直後、からかわれたと悟った詐欺野郎のほうから突然電話を切られた。
いつの間にか親父(本物)も帰ってきてて、後ろでいっしょに笑ってた。





















末期です






 今日は本命の公務員試験当日。
俺は試験会場へと向かうべく電車に乗っていた。
通勤ラッシュで揉みくちゃになっている中、突如、

「 ち、痴漢!この人痴漢です!」

という奇声と共に俺の手が掴まれた。
何とガングロ不細工女子高生が俺を痴漢と間違えているのだ。

「 お、俺はやってない!何かの間違いだ!」

と弁明も空しく、駅員に連行される。
 事務室にて事情聴取。警察官にひたすら問いただされる俺。
いくら冤罪と主張しても取り合ってくれず、女子高生の言い分ばかりが通ってしまっている。

“ あぁ、どうしよう、1年間必死に勉強してきたのに、何のために俺は・・・。”

女子高生は警察に事情を話している、実に具体的に。
あまりに理路整然としているため、俺の痴漢行為は疑いの余地もない状況だ。
 その時!警察官の後ろにいた女子高生がこちらを見ながらニヤリと笑ったのである!

“ 何てことだ・・・!
これは明らかな痴漢に見せかけた詐欺行為ではないか・・・!
どうしよう・・・、このままでは試験が受けられないどころか経歴に傷がついてしまう。
そうだ!
今こそアレを試すときだ。
じっちゃんに教えてもらったアレだ。”

俺はテレパシーで女子高生に問いかけた。

「 貴様・・・俺をハメやがったな・・・!!!?」
「 な・・・何コレ??え??」

俺はテレパシーを続けた。

「 何じゃねえ!
貴様の犯罪行為のせいで俺の一生が塵と化すんだぞ!!」
「 し・・知らないわよ・・フフフ・・・アンタは和解金さっさと払ってくれればいいのよ。
まぁ、今更あなたが何て言おうと警察は取り合ってくれないでしょうけどね、アハハハ!」
「 な・・・何てことだ・・・この犬畜生にも劣る下衆野郎め・・・!」

俺は呪文を唱え始めた。

「 ジュゲムジュゲム・・・デテキタデテキタデテキタゾー・・・ホーラデテキタ・・・」
「 何コレ・・・頭が・・・ひっ、ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

女子高生の頭は粉々になって飛び散った。

「 ふ・・・またつまらぬモノを・・・。」


という妄想を、電車で女子高生を見かけたときにしてしまいました。
末期ですね。




















謎の電話





 去年の冬ぐらいにいつも留守電に入っていた謎の電話。
フィリピン人女性らしき人から

「 モシモシ? シャチョサン??ニーナデース 電話デテネ。」

「 モシモシ? シャチョサン??電話デテー サミシヨー。」

「 シャチョサーン ニーナダヨー。」

と、片言の日本語で社長さんに訴えかける留守電がかなり入っていた。
 そして、ある日ニーナからかかってきた電話に出た。

自分「 もしもし。」
ニーナ「 シャチョサン??ニーナダヨー。」
自分「 ○○ですけど、間違えてません?」
ニーナ「 すいません、間違えました。」

社長さんでないとわかったとたん、ニーナの日本語は片言でなくなっていた。





















   悪徳商法





「 もう少しで、契約に漕ぎ付けられるぞ。
二週間も、夜の9時から婆さんの話相手をしていたんだ。
すっかり、息子のように思っているから、そろそろハンコを押
すだろう。
金の証書渡すだけで大金が儲かるなんて、ボロイ、ボロイ。
ハンコ押させて代金の振込みがあったら、後は、どうなっても
知ったことじゃない。
 おっ、ここだ、ここだ。
昼に見ると雰囲気が違うなァ。
ま、突然来て驚かしてやろうと思っているから・・。
婆さん喜んで、ハンコを押すぞ。
 インターホン無いからな。
何時もの様にノックするか。
コンコン、ばあちゃ~ん、来たよ~。
あれっ、返事が無いぞ?
どうしたのかな?
コンコン、ばあちゃ~ん。
おかしいな、玄関を開けてみよう。
ギシ、ギシ、ギシ、ギシ。
あれっ、玄関も開かないぞ?」
「 あの~。」
「 あ、近所の人ですか?」
「 ええ、そこの家、三ヶ月前から空家ですけど・・。」


















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