大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の出来事 8月19日 新宿西口バス

2018-08-19 10:14:51 | A,日々の出来事_






  日々の出来事 8月19日 新宿西口バス






 今日は、新宿西口バス放火事件があった日です。(1980年8月19日)
1980年8月19日午後9時、新宿駅西口バスターミナル20番線で、京王帝都電鉄の運行する中野車庫行きバスが、発車待ちのため停車していました。
 このバスの車内に、後部ドアから乗り込んできた男が、火のついた新聞紙とガソリンの入ったバケツを投げ込みました。
火は瞬く間に車内に燃え広がり、死者6人、重軽傷者14人を出す大惨事となりました。
 逮捕された犯人の動機は、駅前広場に通じる階段で酒を飲んでいたところ、ここから出て行けと言われてカッとなっての犯行でした。
この事件を起こした犯人は無期懲役になりましたが、良心の呵責に苛まれ1997年10月に千葉刑務所内で自殺しました。
 この事件の被害者である杉原美津子は、“生きてみたい、もう一度”という手記を出版しています。
この手記は、ベストセラーとなり映画化もされました。
 また、杉原美津子の兄はカメラマンで、当日、放火された現場を偶然通りがかり、炎が燃え広がるバスを撮影し、この写真は翌日の新聞にスクープとして報道されました。
でも、実の妹がその事件で重傷を負ったことを知るに至り、ショックでカメラマンを辞職しています。





  新宿駅バス停















☆今日の壺々話











バス停





 つい先日の事で、バス停でバスを待っていたら一台の車が停まって、窓が開き「駅に行くんですか?駅に行くなら送ってあげますよ!」という男性が現れ、悪い人でも無さそうだし急いでいた事もあり「あ、ありがとうございます!」と私と後ろの2人が車に乗りました。
 なんていい人なんだと感動していたら、私の横に座った二人と運転の男性がやけにフレンドリー。
「いやぁ、助かったよ」とか「久しぶりだねー」とか。
そう、彼は私に対して言ったわけではなく、後ろの2人の“知り合い”に声を掛けていたのです。
 車の中は“ところでこの方は誰?”という雰囲気に満たされ、もう死にたい気持ちでいっぱいでした。



















路線バス





 Aさんという始末書件数がトップな運転手がいるんだが、そのAさんが運転する路線では、いつも決まった時間帯に盲導犬を連れたおばさんが乗って来る。
 おばさんはいつも笑顔で「おはようございます」等と運転手に挨拶したりするいい人。
盲導犬もちゃんとした盲導犬なので吠えたり暴れたりせず、おとなしい。
 ある日、いつもの様にそのおばさんが乗ってきて、いつもの様に席に座るが、バスが発車してからすぐに偉そうなクソオヤジが運転席の方まで来て、

「 ○○電鉄はぁ~、いつから車内にペットの持ち込みがよくなったのかね?」

と、おばさんに聞こえよがしに言い放った。
Aさんはそれを聞いて、

「 ペット?
ペットなんて、どこにもおりませんが?」

とすまし顔。
 するとクソオヤジは激昴した。

「 ここに犬がいるじゃないか!
ペットだろこれは!」
「 あぁ、その犬はこの方の目ですから…。」

この時点で車内は“運転手グッジョブ!”な雰囲気に包まれてると予想できるが、クソオヤジはひっこみがつかないのか、

「 それは屁理屈だ!
俺は犬のニオイが嫌いなんだ!
ごちゃごちゃ言ってないで、早くこいつらを降ろせ!」

と言った。
 この場合、通常ならなんとかなだめすかしてクレームがこないように計らうのが運転手の間での常道。
だがそこは始末書件数トップのAさん。
やおらバスをそこらの路肩に停車させると、

「 …あぁ、金はいらねぇから、テメェが降りろ。
少し行けば次の停留所だ。
あと30分もすれば 次のバス来っからよ!
それに乗れ!」

と言ってクソオヤジを叩きだした。
 当然その日のうちにそのクソオヤジからクレーム電話。
形式上、Aさんは始末書を書かなければならずAさんの始末書件数がまた増えた。
 …が、上司や同僚も含め、会社内ではこの件についてAさんを咎める者は一人もいなかった。


















遠足



バスの座席図

(行)

遊嬉喜嬉話
遊遊 食話
話話 黙景
景黙 話話
吐話 話話
寝黙 黙黙
  案 先




(帰)

寝黙寝寝景
寝黙 寝寝
寝寝 黙景
景寝 黙寝
寝寝 話話
寝黙 寝黙
  案 寝




 中学校の遠足でディズニーランドに行きました。
友人とミッキー型の風船を買って、帰りのバスに乗り込もうとしたら、先生に「おまえら!何の為の遠足だと思ってるんだ!」と怒られ、風船の空気を抜かれました。
行き先ディズニーランドで、一体何の為の遠足だったのか、いまだに解かりません。


















バス





 ある日、選挙運動のために政治家を大勢乗せたバスが田舎道を走っていました。
バスの運転手は眺めに気を取られて運転を誤り、バスは溝に転落しました。
近くに住んでいる農夫がひどい衝突音を聞いて駆け付け、残骸を見つけました。
そして、政治家を見つけると、すっかり地面に埋めてしまいました。
 翌日、警官が農家にやって来て、質問しました。

「 それで、政治家全員を埋めたわけですか?」
「 そうだよ。」
「 みんな死んでいたんですか?」

農夫は、うんうんと頷きながら答えました。

「 ああ、そうだよ。
まだ生きてると言ってたのもいたけど、政治家ってのは、ひどいウソツキだからな。」



















バス停




 ある家族が妻の実家に遊びに行くために田舎までのバスに乗っていました。
山のふもとあたりまできたときに、子供が「おなかへった」とだだをこね始めたので、仕方なく途中のバス停で降りて、近くの定食屋で食事をすることにしました。

 食事が終わり定食屋に設置されているテレビをふと見ると、さっきまで家族が乗っていたバスが落石事故で乗員全員死亡というニュースが流れていました。
 そのニュースを見た妻は、「あのバスを降りなければよかった…」と呟きました。
それを聞いた夫は、「何を馬鹿なことを言っているんだ!」 と怒鳴りましたが、すぐに「あぁ、なるほど、確かに降りなければよかった…」と妻の意図に気付きました。

















緊急停止




 大雨でバスが緊急停止したバスの中。
30分くらいで規制が解けて再発進したんだけど、2m先も見えないくらいの雨で、バスには運転手さん・私・中年夫婦の4人だけだった。

ご主人「 動きますかね?」
奥さん「 どうかしらね?」
ご主人「 無理に動いて事故に遭うより、雨が治まるまでこのままが良いな。」
奥さん「 ねえあなた。」
ご主人「 ん?(優しい声で)怖いの?」
奥さん「 私を愛してる?」
ご主人「 え?え?何こんなところで。」
奥さん「 好き?」
ご主人「 @lkjゴニョゴニョ。」
奥さん「 あのね、あなたの靴外に干して来ちゃったかも。」
ご主人「 ええっ?」

ご主人の「ええっ?」がマスオさんそっくりで、窓の外を見て必死で笑いを堪えた。


















スクールバス





 俺、バイク通勤。
朝、いつもの様に信号待ちをしていたら、目の前に幼稚園のスクールバスが止まっていた。
なんとなくスクールバスの上を見たら、日本人の顔立ちではない、ヨーロッパちゃんが、

(゚д゚)ノ

と手を振っている。
 バイク乗っていると、対向車線を走っているライダーさんから手を振られることがある。
俺は毎年北海道ツーリングに行く為、手を振られると振り返してしまう癖がついてしまっている。
で、何も考えず反射的に俺は手を振り返したんだ。
 そうしたら、ヨーロッパちゃんの顔が、

(*゚∀゚*)

こんな感じであからさまに明るくなった。
 信号は赤のまま。
俺は手を振り続けているとヨーロッパちゃんは、笑顔のまま隠れてしまった。
飽きたのかな?と思った瞬間、

ヨーロッパちゃんは仲間を呼び寄せた!
日本ちゃんAがあらわれた!
日本ちゃんBがあらわれた!
日本ちゃんCがあらわれた!
最終的には何人かわからんが、大量の園児が、

(*゚∀゚*)ノシ(*゚∀゚*)ノシ(*゚∀゚*)ノシ(*゚∀゚*)ノシ(*゚∀゚*)ノシ

こんな感じで俺に手を振ってくれた。
 俺もかまわず手を振り続ける。
片手も飽きたので両手で手を振る。
それに応じてバス内は興奮の坩堝と化しているのが手に取るようにわかる。
ヘルメットの黒いシールドの下は気持ち悪いくらいに笑顔になっていた。

 信号は青になり、バスは発信するがかまわず手を振る園児たちとお別れした。
会社の先輩から聞いたのだが、仮面ライダーの影響でライダーは子供にとって憧れらしい。
海外の血を引く子も同じなのだろうか、ってか現実のライダー代表がこんなオタクで申し訳無い気がする(´Д`;)
その日一日上機嫌で仕事ができた。
















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8月18日(土)のつぶやき

2018-08-19 02:57:43 | _HOMEページ_






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日々の恐怖 8月18日 丸い石(2)

2018-08-18 18:24:13 | B,日々の恐怖






  日々の恐怖 8月18日 丸い石(2)






 それで月日は流れて、ついこの間のことだった。
中学の同窓会があって、Yと話す機会があった。
そこで、ふと思い出して山でのことを聞いて見た。
 そしたらYは渋い顔をして、

「 あったあった。
お前ら笑顔であんなことするから怖かった。」

とか言った。

「 あんなことってなんだ?
ただ丸い石拾ってきただけだろ?」

とYに言うと、しばらくびっくりした顔をした後、笑い出した。

「 なんだ、石拾ったつもりだったのか。
アレ、小さいお地蔵さんの頭だったぞ。
チャリのかご一杯に入れてたから、てっきりお前らが壊して持ってきたんだと思って滅茶苦茶怖かったわ。」

 あの時のYは怒ってたんじゃなくて、ビビってたんだそうだ。
たまたま顔を合わせなかったからお互い気づいてなかったんだが、山のふもとはYの夕方の散歩ルートで、俺たちの遊び場のすぐ近くだった。
 普段人も見かけない散歩道に、自転車のかご一杯に地蔵の頭を詰め込んで、笑顔で話しかけて来るクラスメイトがいる。
そんなのビビるに決まっている。
 Yは、

「 お地蔵さんの顔もさ、普通は笑顔だったり目を閉じて優しい顔だったりするじゃん?
お前らが拾ってきたヤツ、半分目を開けてこっちを睨んでるみたいな顔でさ、ホント怖かったわ。」

そんな話をしていた所で、その日の同窓会はお開きになった。
 そのとき俺たちは、

“ 俺たちは、石を1つずつしか拾ってない。
また、石をかご一杯になんて入れてなかった。
それに、何度思い返しても、石はツルツルで地蔵の顔なんて無かったように思う。”

とは、Yの眼の前では言い難かった。












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日々の出来事 8月18日 積木くずし

2018-08-18 10:03:05 | A,日々の出来事_







  日々の出来事 8月18日 積木くずし







 今日は、“積木くずし”の日です。(2003年8月18日)
2003年8月18日、“積木くずし”のモデルである穂積隆信の長女、穂積由香里が亡くなったことが分かりました。
 積木くずしは、穂積隆信が非行に走った娘と両親の葛藤を綴った手記で、本としては300万部を売り上げたベストセラーです。
そして、当時この本は社会現象化し、テレビドラマや映画も製作され話題を呼びました。
特にテレビドラマでは、最終回の視聴率は45.3%にのぼり、ドラマでは歴代最高視聴率となっています。
 しかし、不幸にもこの本で実名を晒された穂積由香里の非行は却ってエスカレート、1983年にはトルエン所持で逮捕、覚せい剤取締法違反でも2度逮捕されます。
そして、1986年に女優デビューしましたが芸能活動は成功せず、アメリカ留学中に知り合った男性と結婚、でも長くは続かず離婚しています。
 また、健康面も不安定で、20代で腎臓を悪くし、2000年には腎不全で入院、実母からの生体腎移植を受けています。
そして、2003年8月13日夜、都内のマンションの自室で35歳の若さで心不全で死亡し、8月18日に発見されました。

追加
テレビドラマ“積木くずし”の主演は高部知子です。
「 ニャンニャン。」  ヾ(´∀`*)ノ




















☆今日の壺々話










ピーナッツ





 警察官が4人の子供を裁判官の前に連れて来ました。
そして、警察官が伝えます。

「 裁判官、この子達は動物園でひどい騒ぎを起こしていたんです。」

裁判官は厳しい表情で言いました。

「 少年達、私は青少年の犯罪が大嫌いなんだ。
 一人ずつ名前と、どんな間違ったことをしていたのか言いなさい。」

最初の少年が言いました。
「 僕の名前はジョージです。
 僕はピーナッツを象の檻に投げ入れました。」

二人目の少年が言いました。
「 僕の名前はピートです。
 僕はピーナッツを象の檻に投げ入れました。」

三人目の少年が言いました。
「 僕の名前はマイクです。
 僕はピーナッツを象の檻に投げ入れました。」

四人目の少年が言いました。
「 僕の名前はピーナッツです。」

















小学校の思い出





 小学校の頃、ゴキブリ係というのがあった。
ゴキブリ係の仕事は単純で、教室にゴキブリが出没した場合速やかに処理すること。
それぐらい俺のクラスはゴキブリ被害に悩まされていた。
誰も立候補しないので、ゴキブリ係だけ任命制だった。
 その日の給食で出た酢の物を残したから、という意味の分からない理由で俺がゴキブリ係に任命された。
その日から、俺のゴキブリ生活が始まった。
 しばらくして、俺はほとんどプロになっていた。
どれぐらいかというと、ガムテープを使ってゴキブリを生きたまま捕獲できるぐらい。
男子には尊敬されたが、女子には露骨に避けられた。

女「 ちょ・・・さわんなよ、ゴキブリ。」
俺「 ゴキブリって言うんじゃねーよ。」
女「 あ・・・ごめん・・・。」
俺「 いや分かればいいよ。」
女「 いや・・・でも触らな・・・さわんなって!!死ね!!死ね!!」

 女子は泣いた。
マジ泣きだった。
なぜか俺もつられて泣いた。
なんか悔しかったので、その女子の机に捕まえたゴキブリ入れといた。
女子は、それ見つけて発狂してた。
 その女子は不登校になった。
マジで俺のせいで不登校になった。
俺はゴキブリ係をクビになった。
 クビになるときに先生に、

「 バルサンたけばいいだろ。」

って言ったら、

「 バルサンなんかたきません!!!!!!!!!」

ってなぜかキレられた。
なんでだよ。

 すげー悔しかった。
なんていうか、俺は俺なりにゴキブリ係に誇りを持っていたのだと思う。
 俺は心に決めた。
教室からゴキブリを根絶しようと。
ゴキブリ係なんかクソ食らえだ。
俺は俺のやり方でやらせてもらう。
 家からバルサンを持ち出して、朝早く登校した。
早速バルサンを設置する。
俺は自信満々だった。
 しばらくして、けたたましい音が鳴った。
職員室から先生が走ってくる。
恐る恐る教室の中を見ると、なんか水浸しだった。
 バルサンは怖い。
マジでやめたほうがいい。
煙を探知するやつかなんかが作動して、天井から水が出てた。
 しかもそれだけじゃない。
床はゴキブリだらけ。
しかも死んでない。
まだ生きてる。
 俺は泣いた。
先生は何か叫んでた。
それから、ゴキブリ係は廃止になったらしい。
らしいと言うのは、それから俺も不登校になったからよく知らないのだ。

















中学の思い出




 中学の頃、短気で喧嘩にあけくれてた。
そもそものきっかけは、入学してすぐに隣の席のヤツがイジメられ始めて、それを助けようとしたことだ。
 中2病全開だった俺は「フッ・・おいおい、いじめなんてダセーことしてんじゃねーよw」とクールにしていたが、「お前もやれ」みたいな空気になってムカついたのでリーダー格のやつとタイマン。
ワンパンチで秒殺される。
 しばらく大人しくしてたが、俺が喧嘩激弱だと罵ってきたそのリーダー格のヤツの腰ぎんちゃくにキレてタイマン。
途中でいろいろ痛くなって俺が泣いたので終了。
 中2は特にひどかった。
不良っぽいヤツが増えてきて、俺のクラスメートにも手を出してくるので、「フッ・・俺のクラスメートになにしてんだ?正気か?」と不良の溜まり場に助けに行くと、「何お前?正気か?」と言われキレて1対5で喧嘩。
もちろん秒殺され、それ以来不良グループに目をつけられる。
 1ヶ月ほど大人しくしてたが、会うたびにからかってくる不良グループにさすがに堪忍袋の緒が切れ、廊下ですれちがいざまに、からかってきたヤツの胸ぐらをいきなり掴んで「いい加減にしろよ?コラ」とすごんだらボコボコにされる。
 このループから脱出するにはリーダー格のヤツをやるしかない、と空手習ったり体を鍛え、3ヶ月の修行を終え不良の溜まり場に殴り込み。
「ここで一番強いヤツ出せ」と言うと、一番弱いヤツが「てめえしつけんだよ!」と調子に乗ってきたので相手にしてやるが、意外に強く泣いて許してもらう。
 そんなことを繰り返しているうちに「お前もういいよ」みたいになって変に打ち解ける。
相変わらず中2病で無駄に正義感が強く、街中で他の中学と不良グループが喧嘩になっているのを見て助太刀にいってボコボコにされたり、いろいろあった。
 中学校戦績36戦0勝36敗。
俺ほど喧嘩の弱いヤツもいないが俺ほど喧嘩したやつもいない、とある意味伝説になった。

















高校の思い出





 俺、地元では有名なとんこつラーメン屋でバイトしてたんだけど、その主人が突然亡くなって、葬儀することになった。
棺おけの中に故人が大事にしてたものを入れてほしいと言われたんで、主人が生前大事にしてた、店の軒先にぶら下げてたとんこつ数本を棺に入れた。
 で、火葬がすんだ後に係員が困惑してるの。
骨が多すぎる、見たこともない骨が混じってるって。
あ、僕が入れたとんこつかもしれませんって言ったら、主人の親父さんに殴られた。















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8月17日(金)のつぶやき

2018-08-18 02:55:42 | _HOMEページ_



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日々の出来事 8月17日 不適切な関係

2018-08-17 10:41:52 | A,日々の出来事_







  日々の出来事 8月17日 不適切な関係







 今日は、“不適切な関係”の日です。(1998年8月17日)
1998年8月17日、アメリカ合衆国大統領ビル・クリントンが、ホワイトハウスのインターンだったモニカ・ルインスキーと不適切な関係を持ったと大陪審に対して証言を行い、直後に全米向けテレビで演説し、不倫関係を認めました。
 ビル・クリントンは、アーカンソー州知事時代の職員だったポーラ・ジョーンズにセクハラで告訴されていました。
そして、この公判の中でモニカ・ルインスキーとの関係を否定したことが偽証疑惑となり、捜査が開始されたことが発端です。
 そして、モニカ・ルインスキーはビル・クリントンから、“俺と関係があったことは裁判で言わないでくれ”と偽証を要請され、対応に困ったモニカ・ルインスキーは同僚に電話で相談、しかし、相談された同僚は、自分まで裁判で偽証しなければいけなくなると、この電話内容をテープで公表してしまいました。
 その後、ビル・クリントンは不倫関係を否定し逃げ回っていましたが、モニカ・ルインスキーが“大統領の精液がついた青いドレス”の存在を明らかにし、ビル・クリントンはDNA鑑定を受けた結果、“精液が別人のものである確率は、欧米人で7兆8700万人に1人”の鑑定が出て、不倫関係を認めざるを得なくなりました。
 この事件の重要ポイントは、不倫では無く偽証です。
米国人は“大統領のウソ”には非常に敏感です。
大統領が偽証を要請したとなると、他のあらゆることで国民は騙されているかも知れないのです。
このことから大統領弾劾が現実的になり、一気に大事件に発展しましたが、結局、クリントンとヒラリーの粘りと頑張りで、下院は大統領弾劾訴追したものの、上院が無罪の評決を下し、この事件に幕が引かれました。








  不適切な関係
















☆今日の壺々話








 内閣総理大臣






「 明日は、沖縄サミットだな。
クリントンがやって来るから、挨拶ぐらい英語でしようっと!
え~と・・・・。
挨拶のパターンは・・・・。
 あ、これだ、これだ。
何々・・・。
わしが、『 How are you? 』
クリントンが、『 I'm fine. And you? 』
わしが、『 Me, too. 』
よし、これで完璧だ!
じゃ、寝よう。
グゥ~、グゥ~、ムニャ、ムニャ・・・。」

( 沖縄サミット当日です。)

「 や、クリントンがやって来たぞ。
昨日、練習したから準備万端!
それじゃ、行くぞっ!!」

「 Who are you?」 ←( 手を差し伸べながら )
「 I'm Hilary Clinton's husband.」←( 驚きながらも微笑んで )
「 Me, too.」 ←( 自信を持って、微笑返し )

しかし、外務省は“こんな会話は無かった”と必死で否定しました。
も り く ん・・・・・。

















    Mr. プレジデント



 エアフォースワン(米国大統領専用機)が着陸態勢に入った時、機長がアナウンスをしました。

「 ミスター・プレジデント、当機は着陸態勢に入りましたので、恐れ入りますが、スチュワーデスは元の場所に戻して、ベルトをお締め下さい。」

















    ガソリンスタンドで給油中






 大統領に就任した夫のビル・クリントンがガソリンスタンドの店員を指差してヒラリーに言いました。

「 オレと結婚して良かったな!
大統領夫人になれたんだから。
あの男と結婚していたら、
君はガソリンスタンドの店員の奥さんだったよ。」
「 ビル勘違いしないで。
もし私が彼と結婚していたら、あなたではなく、彼がアメリカ大統領
になっていたのよ。」


















この中って暗いね






 主婦が浮気をしていた。
浮気相手がやって来る時は、9歳の息子をいつでもクローゼットの中に入れていた。
ところがある日のこと、家の方に車が入ってくる音がしたので、浮気相手もクローゼットに入れてしまった。

クローゼットの中で少年が話しかける。

「 この中って暗いね?」
「 そうだな」
「 野球のボール買いたいと思ってるでしょ?」
「 いや、要らないよ。」
「 そんなことはないよ、絶対にボールが欲しいはずだよ。」

少年は引き下がらない。
男は自分の立場を考えて折れる。

「 わかったよ、いくらだ?」
「 25ドルだよ。」
「 25ドル?!!?」

信じられないという風にこの言葉を繰り返すが、隠れていることをバラされないためにはしょうがないとあきらめた。

 次の週、その男がまた家に来ていた。
すると車の音がしたので、浮気相手はまたクローゼットに入ることになった。
少年が話しかける。

「 この中って暗いね?」
「 そうだな。」
「 野球のグローブ欲しいでしょ?」

自分の不利な立場がわかっている愛人が答える。

「 ああ、いくらだ?」
「 50ドル」。

少年はこう答え、取引が成立した。


 次の週、父親がこの少年に言う。

「 おい、ボールとグローブを持っておいで。
 キャッチボールしよう。」
「 できないよ、だってボールもグローブも売っちゃったもん。」
「 いくらで売ったんだ?」

父親は、トカゲやお菓子が買えるぐらいにはなったかなと思いながら言う。

「 75ドルだよ。」
「 75ドル?!!? それじゃ、泥棒だぞ。
今から教会に連れて行くから、自分の罪を懺悔して許しをこわなきゃダメだ。」

こう言いながら息子を引っ張っていく。
 教会に着くと、少年は懺悔室に向かう。
中に入ってカーテンを閉め、椅子に座ると話し始める。

「 この中って暗いね?」

神父が答える。

「 今ここでそのたわ言を始めるんじゃないぞ。」


















嫁の浮気相手を突き止めた





俺の嫁は2月ぐらいから浮気してる。
相手もやっと突き止めた!
先週土曜に問い詰めたら取っ組み合いの喧嘩になって負けてしまった。
俺(35)165センチ61キロ、嫁(28)167センチ57キロ(元バレー選手)。
なぜ勝てないんだ?


そこか?
そこが問題なのか!?



















公園






夜中煙草吸いに外に出たら、あとから来て隣のベンチに座った男女二人の会話です。


男「はぁ……なんでエッチしたと!?」←いきなりここから
女「…ごめんなさい…。」
男「まじショック…俺メール見たときまじ泣きそうやったもん。なんで!?」

どうやら女の浮気がばれたみたいで、

女「(よく聞こえなかったけど、多分寂しかった的なこと)。」

-バシッ!!-

女「痛っ…。」
男「寂しかったら誰でもよかとやっ!!」
女「ぐすっ…うっ、ごめんなさっうぇ…(嗚咽はんぱないwww)。」
男「…楽しかったよ…今まで…。」
女「わっ、わがれっだぐないっれずぅう。」

もう女の方は凄い大声で、隣にいる私とか目に入ってないんだろうなって感じで。

女「なんでもっ、なんでもしますっぅえ。」
男「いいよ。なんもせんで…まさかこの俺様が浮気されるとは!!なぁ!?」
女「だってっ…。」
俺「ぁあ!?だって何やっ?」女「(ずっと泣いてる。)」
女「……もう、うちのこと好きじゃないですか?」
男「うん。」
女「わっ、わかっ、わかりっましたっ…今まで、ありがとうございましたっ。もう仕事も…辞めます…。」

女が男に一礼して、反対方向にすごすご歩いて行こうとしたときに、男が女の腕を引っ張りぎゅって抱き締めて、

男「うそwww別れるわけないやんwww反省した!?」

いきなりの展開に煙草吸うの忘れてガン見してしまった。
それから女がありえないくらいぎゃんぎゃん泣いて、ごめんなさい連発してたwww
最後に男が、

「俺嫁おるけど、お前のこと大好きとやっけんな!!一生俺のそばにおれ!」

って言ってて、どっちが悪いのか解らなくなった。






















 だいぶ前の事だが、うちはアパート経営をしていて色々な職種の人に部屋を貸していた。
ある日、40歳は過ぎた女がやって来て庭に車を駐車させてほしいと言って来た。
うちのアパートに別居中の旦那さんが借りているようなので話し合いをしたいので、待たせてほしいと言う事だった。
 かなり切迫した表情だったし、店子の事だから人肌脱ぐかと父親が承諾した。
女は長い時間車の中でジッと待っていた、夜10時を過ぎた頃旦那が帰宅した。
旦那は不倫をしていたようで女連れ、女はカメラを取り出しフラッシュを物凄い勢いで二人に浴びせた。
 ここまでは、面白おかしく二階の自分の部屋で見ていたのだが、次の瞬間に身体が固まった。
女は包丁を取り出し二人に向けた。
もう、心臓は爆発しそうなくらいになり、慌てて1階の両親の所に行き「殺される~」と叫んだ。
 両親はきょとんとしながら「誰が?何言ってんだ?」と。
「さっきの女が包丁振り回してる~。旦那殺される~」と叫んだ。
父親と慌てて庭に出たら女は物凄い形相で旦那と不倫相手を睨み付け、今にも刺しそうな気配。
不倫相手はまだ若く20代前半って感じ。
 二人ビビって動けない。
こちらも動けない。
どうすんだよ~。
自分の家の庭で殺人事件なんて冗談じゃ無いよ~と半泣きでいたら母親が大根持って出て来た。

 つかつかと女の所に行き、「包丁は人を斬るもんじゃ無い」と言って、大根を包丁に突き刺した。女も不倫コンビも父親も自分も唖然。
女が包丁持って固まっているのを見計らい、振り向き旦那の元に行き平手をかました。
「女房をここまで追い詰めるんじゃない!!」と一括。
旦那は、へなへなと座り込んでしまった。
 とりあえず、我が家に3人を招き入れ、懇々と説教を食らわせていた。
不倫相手に二度と会わない約束をさせ、女には子供の事を考えろと説教。
旦那には「このバカちんがぁ~~。」ととびきりの雷を落としていた。
 後日、女と旦那は夫婦そろって迷惑をかけた、お互いにバカな事はしない、と謝罪と挨拶に菓子折りを持って来たらしい。
比較的おとなしい母だったのだが、それ以来父は何となく母の顔色を伺って過ごしている。

















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8月16日(木)のつぶやき

2018-08-17 02:55:28 | _HOMEページ_



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日々の出来事 8月16日 大文字

2018-08-16 09:44:23 | A,日々の出来事_






  日々の出来事 8月16日 大文字






 今日は、大文字の日です。
毎年、8月16日午後8時から、京都盆地の周囲の山に、精霊送りの五山送り火が浮かび上がります。
 五山送り火は、“大文字”、“妙法”、“舟形”、“左大文字”、“鳥居形”の五つを指します。
江戸時代後期には、“い”、“一”、“竹の先に鈴”、“蛇”、“長刀”等、送り火を行う山は十山あったと言われています。
しかし、現在残っているのは五山のみです。
 京都の人にとって、この大文字は厳粛な宗教行事で、保存会と多くのボランティアによって支えられ受け継がれています。
そして、京都の人は、観光パンフレットに見られる“大文字焼き”と言う表現をスゴク嫌がります。
大文字は、大文字なのです。



   秋の大文字

 1972年10月30日、突如、涼しい風が吹く京都の町に、時期外れの大文字が出現しました。

「 あれっ・・・?
 あれ、大文字ちゃう?」
「 何を、アホなこと言うてんにゃ!
 そんなもん、今頃、ある訳ないやろが・・。
「 ほら、あれ見てみいなァ。」
「 あらっ、ほんまや。
 点いてるがな・・・。」
「 なんや、あれは?」
「 なんやろな?」
「 今頃、点くか?」
「 う~ん?」

 事の起こりは、銀閣寺近くの呑み屋に集まって来る大学生たちの間で、大文字に火をつけようやないかと言う話が盛り上がったことが発端です。
 この話は、瞬く間に広がり、周囲に下宿するこの呑み屋の常連である京都大、同志社大、立命館大の学生が中心となり、約70人ほどが集まることになりました。
そして、この怪しい集団は夜に懐中電灯を持って集合、大文字に登山し、大の字の火床にみんな並んで一斉に懐中電灯を点灯、午後九時過ぎから約25分間、ホンモノの大文字の3分の2ほどの大きさの大文字を点灯することに成功しました。
 この行為に、大文字保存会の人たちは、“神聖な宗教行事を冒涜した”とカンカンに怒りましたが、学生の町京都と言うことで穏便に事は治まったと言う話です。







  大文字

















☆今日の壺々話









ぬ文字




 “ぬ”ってダイナミックだと思います。
書くときの筆の動きとか・・・。
 まず左上から右下に向かってまっすぐに降下。
そのまま消えて行ったと見せかけて、突如右上に出現!
その後同じように左下に降下して行くのかと思わせておいて、ギリギリで急上昇のアクロバット!
そして反り返るように右上に舞い戻り、さらに反り返って急降下!
 極めつけは“この勢いならこのまま右下に消えるだろう・・”という大方の予想を裏切り、最後にまさかの1回転!
「オレのパクリじゃん!」と高をくくって見ていた“め”も、最後の最後で度肝を抜かれたと思います。
















セミ





 つい最近、経験した、俺的に洒落にならない怖い話。
幽霊とかじゃないんだけど。
バイクが趣味でお盆休み一杯、帰省もかねてあちこちをウロウロしてた。
で、休みの最終日の夕方、また一人暮らしのワンルームマンションに帰ってきた。
 一週間、誰一人入る者のいなかった独身男の部屋は、むわっと蒸し暑い。
クーラーをつけて熱いシャワーを浴びて、ビールのカンを空けてソファーに座り、ひといきついたその時。

“ ジジジジジジジジジジジジジジジジ!”

部屋の中に大音量で奇妙な音が鳴り響いた。
 音がした方向を見て、俺は「え!?」と固まった。
白い壁に、蝉、蝉、蝉。
蝉が10匹ほどとまっていた。
 そのうちの一匹が、人の気配を感じてか、急に鳴きだしたのだ。
気持ち悪い。
だが、俺も男だ、別に、虫が怖いわけでもなし。

“ どこから入ってきたのだろう?換気扇?”

などと思いながら、壁の蝉の群れに近づいて、ぞっとした。
 その蝉の、一匹一匹が、壁に虫ピンで固定されていた。
鳴いた蝉以外の他の蝉は、既に死んでおり、すっかり乾燥していた。

 とりあえず、警察を呼んだ。
盗られたものなし。
変質者の仕業であろう、と言う結論に。
カギをかけ忘れた小窓から進入した可能性あり、と。
5Fなんだけどね、俺の部屋。

 蝉の乾燥の具合の程度が異なることから、何日にもわたって変質者が俺の部屋に居座った可能性もある、とのこと。
あらかじめ、死んだ蝉を持ち込んだ可能性もあるけど。
生きた蝉もいたことから、最悪、その日の朝くらいまで変質者が居た可能性も・・・。
 さすがに気持ち悪かったので、冷蔵庫の中のもの、飲みかけのウィスキーのボトルの中身、全部捨てた。
蝉と虫ピンは、警察が全部持っていった。
















ネコ




 実家に戻ってお盆の迎え火をした。
見える母曰く、毎年ご先祖さまと共に代々飼ってたネコが大挙して戻って来るとのこと。
今年も歴代のネコに加え、近所のネコや知らないネコまで、送り火までわらわらと家の中をうろついてるらしい。
 でも私と姉、全くわからない。
気配すら感じない。
ちょっとでも見えるといいなあ、なんて言いながら用事をすませ、帰ろうとすると母が、数匹ついていきそうだよ、と言う。
なので、姉と2人「おーい、ついてきてるかー」、「はぐれるなよー」なんて後ろ向かって話しつつ、徒歩10分程のマンション(姉と同居)に戻り、まぐろの切り身とか唐揚げとかお供えしてみた。
 “ちゃんと来てるなら、音を出すとか、姿見せるとか、にゃあと鳴くとかしてくれればわかるのにね”って話してたら、つけっぱなしだった隣の部屋のTVから、“にゃあ!”って声が聞こえた。

 びっくりしてTV画面見たけど、別にネコの画像映ってない。
世界情勢のニュースばかりが流れてて、どう考えてもネコの鳴き声が聞こえるような内容じゃない。
 空耳かもしれないけど、あれは付いて来てくれた人懐こくてカワイかったオスネコのご挨拶だったんだと勝手に思ってなごんでいる。
ネコたち、どうもありがとう。
見えなくてごめんね。

















録音



 去年の夏、実家が引っ越しをするということで、帰省の際にいろいろと整理をしていた。
押し入れの段ボールから昔のカセットテープが50本ほど出てきた。
母のラジカセで1本ずつ聞いたら、高校生の頃、今から15年前ほどに録音したものがあった。
友達がうちに遊びに来ているときに会話を録音している思い出の品だった。
 聞き始めたら、Aというにぎやかな笑わせ役だったヤツがくだらんことを言い、それをうちら仲間、俺(Y)、T、Hが聞いて笑っているのがほとんどだった。
子ども然としてて、みんなテンションだけは高い。
酒呑んでるっぽい。

 しばらく聞いていると、Aは当時好きだったデーモン小暮のマネをし始めた。
昔の曲の歌詞かなんかで「おまえも死ぬ!おまえも死ぬ!」としゃべるのがあって、それをマネしてる。
聞いてて、ほんとくだらねえなあ~って、すごい懐かしかった。

 去年末、また帰省したときに、別の昔の友達と会って地元話をしていたんだけど、そこで初めてTとHが亡くなっていたということがわかった。
そのときはテープのことは思い出さなかったんだが、先月の中頃にテープのことをふと気がついて、実家から送ってもらった。
カセットデッキを中古で買い、改めてテープを聞いたら、

A「 T、おまえも死ぬ!H!おまえも死ぬ!Y!おまえもだ!」
H「 閣下、我々は何で死ぬんすか?」
A「 おまえらはアレだ、実にしょぼい事故で死ぬのだ!」
H「 まじすか?たまんねえなあ~。」
俺(Y)「 閣下!女の子紹介するから俺は殺さないでください!」
A「 わかった、Yだけは生かしておいてやろう!ふはははは!」、と。

で、Hは酔っぱらってチャリで事故死。
Tは不倫相手と車で事故死だそうで、Aってのは大学でメンヘラ?になり、人を傷つけるようなことをして家族で地元にいられなくなってしまったそうで、今は行方不明。
ぞっとした。
















帰省





 中学の時、英語の辞書忘れたから隣の女子のを共同で使わせてもらった。
家も近所だし気さくで話しやすいヤツだったもんで、彼女が見てない隙に、ふざけてその辞書の「vagina」の項を○で囲んでやった。
あれから10年以上が経ち、そんな事ずっと忘れてた。
 盆休みで実家に帰省して、仕事の整理をしてた時のこと。
英語の辞書が必要になって、中学時代のを探し出して使った。
そしたら憶えの無い落書きをみつけた。
「penis」が○で囲んであって余白に「お返しだバーカ昼休みに図書室で待つ」と書いてある。
 それで思い出した。
あの時あたりからだったか、彼女は昼休みになると真っ先に教室から出て行くようになった。
俺は「何委員だか知らないけど忙しいんだなぁ」なんて思ってた。
中学最後の昼休みも、彼女は教室にいなかったっけ…。

で、嫁にそれ見せたら顔真っ赤にして「今頃みつけるな、バカ!」だって。














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8月15日(水)のつぶやき

2018-08-16 02:57:39 | _HOMEページ_






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日々の恐怖 8月15日 丸い石(1)

2018-08-15 18:53:21 | B,日々の恐怖







  日々の恐怖 8月15日 丸い石(1)







 小学生の頃、家からチャリで30分くらいのとこに山があって、そこでいつも2人の友達と遊んでいた。
あんまり上までは登ったことは無かったけど、他に人が来る事もなかったんで、俺たちだけの遊び場だった。
 ある時、友達の1人が一緒に遊べない日があった。
俺ともう1人はいつもと違うことをしようってんで、普段の遊び場よりもっと上に登ってみることにした。
 それなりに整備された道からそれほど離れないように登っていくと、少し木が減ってゴツゴツした岩が覗いてる斜面があった。
そこには岩に紛れて片手サイズのツルツルした丸い石がそこら中に転がってた。
 俺たち2人はその丸い石を遠くに投げて遊んだ。
どちらが遠くに飛ばすか競走した。
すげー楽しかった。
 その内飽きて山をおりる時に、記念にその丸い石を俺と友達で1つずつ持って帰ろうとした。
 ふもとまで下りてさあ帰ろうという時に、同級生のYがやって来た。
誰も来ない場所と思ってたんで驚いたが、結構仲の良いヤツだったんで、俺たちは笑顔で声をかけた。
だけどYは俺たちが自転車のかごに入れてた石を見るなり、物凄い怖い顔で、

「 それ山に戻して来い!」

って怒りだした。
 Yは普段大人っぽくて落ち着いたヤツで激しい感情を見せる事なんて無かったんで俺たちは非常に驚いた。
理由はわからなかったがYが言うならと言う事で、俺たちは石を戻して来る事にした。
 走って山を登って岩場についたんだが、せっかくの石を持って帰れないのがなんだか悔しくなって、斜面の岩に思い切り石を投げつけた。
友達も同じようにしていた。
石は鈍い音をたてて砕けた。
 少しだけスッキリした俺たちは、ふもとのYのところまで戻り一緒に家路についた。
Yはずっと怖い顔をしていた。
俺と友人はなんだか気まずくなってしまって、その後山には行かなくなった。
その時いなかったもう1人の友人は、ずっと行きたがっていた。
















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日々の出来事 8月15日 玉音放送

2018-08-15 09:41:45 | A,日々の出来事_







  日々の出来事 8月15日 玉音放送







 今日は、玉音放送があった日です。(1945年8月15日)
1945年8月14日、ポツダム宣言受諾が御前会議において決定され、この日の夜、終戦詔書が発布されました。
そして、この終戦詔書を昭和天皇が朗読したものを録音し、1945年8月15日正午にラジオ放送(玉音放送)されたことで、太平洋戦争の敗戦と降伏が国民に広く宣言されました。
 特にこの放送の、“堪ヘ難キヲ堪ヘ、忍ヒ難キヲ忍ヒ”の一節はたびたびテレビ等で流されるので、耳にした記憶はあると思います。
ただ、当時の国民は誰も昭和天皇の声を聞いたことが無く、また、難しい漢語表現も手伝って、言っている事がよく分からなかった人が殆どであったと言います。



   沖縄にて

“ 堪ヘ難キヲ堪ヘ、忍ヒ難キヲ忍ヒ・・・・・・。”

「 こらっ、日本人捕虜!
 この放送の声は、ヒロヒトか?」
「 わかんねえ・・・?」
「 お前は?」
「 う~ん?」
「 お前は?」
「 さあ・・?」
「 誰か、分かる者はいないか?」
「 神様の声は、誰も聞いたことが無いんです・・。」
「 まいったな。
 これは、ホンモノかどうかわからんな・・・。」


でも、玉音放送以前、1928年12月の大礼観兵式に、昭和天皇の肉声をラジオ放送のマイクがたまたま拾ってしまい、一度だけ、神様の声が密かに全国に向けて放送されたことがあったのです。






  玉音放送
















☆今日の壺々話











柏餅



 皇室の人は皿の上に乗った物は、残しちゃいけない決まり。
だから、果物は皮を剥いて出すのがデフォなんだけど、あるとき新米のコックが柏餅をハッパ付きのまま出しちゃって、天皇がハッパをモゴモゴ食ってる→新米コックが上司に呼び出されて数時間説教ってことがあった。

天皇( 柏餅・・・ですよね?でも葉っぱが…、これは初めてかもしれません。)

コック「 あれ?なんで食べないんだろう・・・?」

天皇( 今までお餅のみのパターンでしたが、これは新しい試みなのでしょうか?)

コック「 柏餅…、嫌いなのか…??」

天皇( とはいえ、今まで食べられない物を出された事はありませんからね…、食べるのが礼儀でしょう!)

コック「 よかった、食べてくれた!!!」

天皇「 …モゴモゴ。」
















戦後巡幸について (オットー・カロン博士)




 ローマ大帝国も、ナポレオンの国でさえも、一度戦いに負ければ亡びている。
私の国のカイゼル陛下にしても、また生前中は神の如く慕われていたヒットラーも、イタリアのムッソリーニも、戦いに負けたらすべてそのまま残ることはできない。
殺されるか、外国に逃げて淋しく死んでいる。
 だから、日本の天皇も外国に亡命すると思っていた。
しかし、そんなことは聞かない。
だから、すでにこの世におられないと思っていた。

 ところが最近、日本から来た記録映画を見て驚いた。
天皇が敗戦で大混乱の焼け跡を巡っておいでになる姿である。
しかも、二年もの長い間、北の端から、南の端まで、焼き払われた廃墟を巡って、国民を慰めておられる。
陸軍も海軍もすでに解体されているのに、一兵の守りもないのに、無防備のままで巡っておられる。

 平穏無事なときでも、一国の主権者が、自分の国を廻られるその時には、厳重な守りがなされている。
それでも暗殺される王様や大統領がある。
 それなのに一切の守りもなく、権力、兵力の守りもない天皇が日本の北から南まで、焼き払われた廃墟を巡る。
国民を慰める。
何という命知らずの大胆なやり方であろうか。
 いつ、どこで殺されるか。
こう思って映画を見ていた。 
しかし驚いたことに、国民は日の丸の小旗を打ち振って天皇を慰めている。
 こんなに美しい国の元首と国民の心からの親しみ、心と心の結び、これはどこにも見られないことである。
われわれは改めて、日本を見直し、日本人を尊敬しなければならないと思っている。
















戦後巡幸



 戦後、昭和天皇が日本各地を回ったとき、天皇をお迎えすることになった。
各宿やホテル、食事を提供するレストランなどは昭和天皇の好きな食べ物を調べた。
その結果、昭和天皇はうなぎが好物だということがわかった。


昭和天皇

昼→「 おw、今日の食事はうなぎかw、うなぎ大好きww!」

その夜→「 お?今晩もうなぎかw、まあ好きだからいいやww!」

翌日昼→「 ありゃw、またうなぎかww、まあみんな好意で出してくれてるんだよねw!」

その夜→「 ちょww、またうなぎかよww、どんだけww!」

翌日昼→「 やっぱり今日もうなぎかwww、でも食べなかったら、せっかく出してくれたのにかわいそうw!」

その夜→「 またもウナギ、/(^o^)\ナンテコッタイ!!」

















平成天皇の超激務





閣議決定された書類への署名や押印 2万2377件
外国の国王や大統領との面会 351回
外国の首相などとの面会 1068回
着任した外国大使から書状を受け取る儀式 597回
首相や最高裁長官の親任式 24回
大臣や大使など認証官の任命式 355回
大綬章など勲章の親授式 40回
文化勲章の親授式 20回
様々な功績者との面会 1494回
赴任する大使との面会 476回
帰国した大使から話を聞くお茶会 153回

以上、皇居にて 4578回(署名や押印を除く)

記念式典などの出席 356回
地方への訪問 246回
福祉施設などの訪問 172回
被災地へのお見舞いなど 15回
外国訪問 14回

以上、皇居外にて。
これ以外に、神道の祭祀を日々こなしている。


これどれくらいの期間での事?


陛下就任以来なので、19年と数ヶ月。
神道の祭祀関連が最も過酷だとされるが、見えない部分なので省略した。

政治家は、もっと働け!
料亭で官房機密費でメシばっかり食ってる場合じゃないぞ、バカ!!




歴代天皇一覧


1 神武     2 綏靖    3 安寧      4 懿徳     5 孝昭
6 孝安     7 孝靈    8 孝元      9 開化    10 崇神
11 垂仁    12 景行   13 成務     14 仲哀    15 應神
16 仁徳    17 履中   18 反正     19 允恭    20 安康
21 雄略    22 清寧   23 顯宗     24 仁賢    25 武烈
26 繼體    27 安閑   28 宣化     29 欽明    30 敏達
31 用明    32 崇峻   33 推古     34 舒明    35 皇極
36 孝徳    37 齊明   38 天智     39 弘文    40 天武
41 持統    42 文武   43 元明     44 元正    45 聖武
46 孝謙    47 淳仁   48 稱徳     49 光仁    50 桓武
51 平城    52 嵯峨   53 淳和     54 仁明    55 文徳
56 清和    57 陽成   58 光孝     59 宇多    60 醍醐
61 朱雀    62 村上   63 冷泉     64 圓融    65 花山
66 一條    67 三條   68 後一條    69 後朱雀  70 後冷泉
71 後三條  72 白河   73 堀河     74 鳥羽    75 崇徳
76 近衞    77 後白河  78 二條     79 六條    80 高倉
81 安徳    82 後鳥羽  83 土御門    84 順徳    85 仲恭
86 後堀河  87 四條   88 後嵯峨    89 後深草  90 龜山
91 後宇多  92 伏見   93 後伏見    94 後二條  95 花園
96 後醍醐  97 後村上  98 長慶     99 後龜山  100 後小松
101 稱光   102 後花園 103 後土御門 104 後柏原  105 後奈良
106 正親町 107 後陽成 108 後水尾   109 明正   110 後光明
111 後西   112 靈元   113 東山    114 中御門  115 櫻町
116 桃園   117 後櫻町 118 後桃園   119 光格   120 仁孝
121 孝明   122 明治   123 大正    124 昭和   125 今上













御電話




 大学時代、インカレの先輩で、学習院女子→学習院大の学生がいました。
彼女は高校時代、同級生であるところのサーヤに、電話連絡をしなくてはならないことがありました。
で、“御所”に電話をしたのです。
 しかし、それはサーヤ直通ではなく、何度も誰かお付きの人に代わって代わって代わって代わって・・・・。
何人目かで電話応対に出た人に、いい加減切れた先輩は怒鳴りました。

「 さっきからずっと待っているんです!
いい加減にしてください!!」
「 すみません・・・。」

そして、次にやっとサーヤが電話口に出ました。
さすがに気が引けた先輩は言いました。

「 ごめん・・・、さっき出た人、どなた?」
「 父。」

そして、その後、その先輩には“天皇を怒鳴りつけた女”というあだ名が付きました。



















  終戦あれこれ







歴史の先生



 高校ん時の歴史の先生が、子供の頃に空襲でお母さんや近所の人達に手を引っ張られて、命からがら利根川まで逃げて来た時のこと。
空襲で街全体が火事で真っ赤になり、その光景に思わず、

『 うわぁ…お母さん、夕日みたいだよぉ、綺麗だね☆(*・∀・)見て見て~。』

すかさず母親に拳で何発も殴られたらしい。
子供心に『“せんそう”より、お母さんの方がこわい』と、終戦むかえるまで思っていたそうだ。



















ニューギニア



 ニューギニアのあたりのある戦場でのこと。
大規模な戦闘をした部隊があって、その後、その部隊の前線基地に、夜な夜な、死んだ兵隊たちが現われるようになったそうです。
 彼らはいずれも、足がちゃんとあり、懐かしそうに「よお!」とか言いながら、現われるのだそうです。
いずれも確かに戦死した連中ばかり。
 神主の息子の兵士がまじないをやったり、お経をよめる兵士がお経を詠んだりしても、まったく効き目無し。
そのうち、ズカズカ上がり込んできて、貴重な飯をバクバク食う始末。
しかも、いきなり手がスルスルっと伸びて、木の実を取ったりして、明らかに化け物化している様子。
怖いやら迷惑やらで困っていたのですが、なんとも手の施しようが無い。
 見るに見かねた中尉だか大尉だかの隊長さんが、幽霊たちが集まっているところへツカツカと歩いていって、いきなり大声で、

「 全員、整列!」

と言うと、素直に整列したそうです。
そして、

「 貴様らは、全員戦死した兵隊である。
よってこの世にいてはならん。
全員あの世へ行って成仏するように。
これは命令である!」

 隊長が涙を流しながら言うと、幽霊たちは、しばらく呆然とした顔で佇んでいたが、そのうち全員が泣き始め、やがてボロボロと土人形のように崩れていった。
あとにはその土だけが残り、彼らは二度と現われることはなかった。
兵隊たちはその土の大部分は現地に埋め、残りを少しづつ日本に持って帰って、供養したそうです。




















骨相





 日本軍ではパイロットを選出する際、どうやら「骨相」を見ていたようです。
元海軍エースパイロットの坂井氏や、元海軍通信士官の阿川氏の著書にも、この記述がチラホラ。
「結構な確率で当たっていた」という意見がある一方で、骨相でダメ出しをされたにも関わらず、エースパイロットになった人も居るので的中率は何とも言えません。
 ただ、骨相の専門家(パイロットの骨相を見てた人)が終戦近くになって、軍幹部にこんな事を言ったそうです。

専門家「もうすぐ戦争は終わりますよ。」
軍幹部「それは一体、どうして?」
専門家「死相の出ている人が随分少なくなってますから。」

まあ…一般人でも末期には「こりゃもうダメだ」って雰囲気でしたし、専門家じゃなくても「戦争は、もうじき終わる」と思ってたでしょうけど…。

 骨相の最初は、飛行眼鏡や照準眼鏡といった顔に直接ふれる装備が合うかどうか、
(それら装備が生産時に想定してる顔の形の想定範囲内に収まっているか・・・それらがちゃんと密着して使い良いか)
の為にあくまで科学的に見てたんだけど、だんだんオカルトになっちゃった。
 オレの高校の同級生は防大に行き、戦闘機パイロットを希望したが、
「貴様は鼻の骨が曲がっとるから酸素マスクが合わん、ヘリのパイロットになれ。」
と言われた、と言っていた。


















ワニ



 うちの爺さんはニューギニアから生還した運のイイ陸軍兵だが、良く魚を捕る時に手りゅう弾を海に投げ込んでね、その時に手足がヒレで、体がスベスベしたデカいワニがたまに捕れたそうだ、焼いて食ったら、美味しかったと話してくれた。


 ニューギニア方面に派遣された兵士の体験談の中には、その手の怪物、怪獣の目撃談が他戦線と比較して多く含まれている。
戦後、部隊史などをまとめるために行われた聞き取り調査や、新聞社などが発行したドキュメントなど、ある程度、公式な性格を持つ資料の中にも、似たような体験が多く記録されている。
 その中でも特に多いのは、爪と長いくちばしを持つ大コウモリ、足が鰭化している巨大ワニ。
当時、古代の爬虫類の外観がどのくらい普遍的な知識だったのかは不明だが、申し合わせたように、この二種の目撃談は余談として頻出する。
中には、実際に被害が出て、任務として退治しに行ったなんて話もあるから、それが未知の動物かどうかはともかく、何かがいたのかもしれない
 ちなみにこの手の話は、現地の人たちも良く語るのだが、彼らは渡来した人々が持ち込んだ話や戦争の風景も、神話や実体験として扱ってしまうので、参考にはならないと言える。
















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8月14日(火)のつぶやき

2018-08-15 03:00:38 | _HOMEページ_





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日々の恐怖 8月14日 タクシー(3)

2018-08-14 19:12:49 | B,日々の恐怖







  日々の恐怖 8月14日 タクシー(3)







 2~3分たったろうか、国道を走るとコンビニの灯りが見えて、タクシーは駐車場へ入った。
タクシーを止めると、後ろを振り向いて運転手が言った。

「 ごめんなさい、お客さん。
でもちょっとあれはねェ・・・。」

運転手は名刺を取り出し、

「 会社の電話番号はここにあるので、苦情が有れば私の名前を言って。
電話して構わないから。」

と前置きして言った。
 火曜日に真由美さんを載せたのは、このタクシーだった。
初めは気が付かなかったのだが、例の××重機という名前で思い出したのだそうだ。

「 実は、お客さんの前に、男を乗せたんだけどね。」

真由美さんを追い越して行ったサラリーマンだ。

「 その男がね、××重機で降りたんだよ。」

タクシーの中で、男は携帯で電話していた。
『もうすぐ付くから』とか、『何分後だ』とか話していたのだという。
 そう言えば運転手は、しきりに夜勤がどうの、××重機がどうのと言っていたのを思い出したが、なぜここまで通り過ぎたのかが分からない。
 真由美さんが尋ねると、

「 お客さんは××重機の人じゃなさそうだし、火曜日もここまで来たでしょ。
まあ良いか、とは思ったんだけどね。」

“ ××重機の事務所は電気点いてないし、あの男もここの社員じゃないんだろうなぁ・・・・。”

とボンヤリ考えていたら、道の反対側にワンボックスが一台停まっていたのに気が付いたのだそうだ。

「 4人くらい乗ってたかなぁ。
それがライトが当たるとね、サッと隠れたんだよ。
あやしいだろう。
しかも運転席にいたのは、間違いなくあの男だったからねェ。
何かあっても俺も怖いし・・・・。」

真由美さんは、携帯で母親に話したのを思いだしてゾッとした。

「 うん・・今駅。
タクシーに乗るから・・××重機まで・・・。」
















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日々の出来事 8月14日 シャクシャイン

2018-08-14 09:56:37 | A,日々の出来事_







  日々の出来事 8月14日 シャクシャイン







 今日は、シャクシャインの乱が起こった日です。
1669年8月14日は、松前藩の過酷な収奪に抗して、アイヌ・シベチャリの総首長シャクシャインを中心に全蝦夷のアイヌ民族が蜂起した日です。
 そして、アイヌ軍は松前に向けて進軍を開始しましたが、松前藩は長万部の南にある国縫の丘で待ち伏せし、アイヌ軍に鉄砲で攻撃を加えました。
この攻撃で、弓矢しか持たないアイヌ軍は総崩れとなり、シャクシャインは本拠地の静内に撤退します。
 その後、シャクシャインは静内のシベチャリの砦で抵抗を続けていました。
この戦いを冬まで持ち越せば戦況が不利になると考えた松前藩は、偽りの和睦をシャクシャインに持ちかけます。
そして、その和睦に応じたシャクシャインは、10月23日、和睦の酒宴の席で毒殺されてしまいました。
 指導者を失ったアイヌ軍は降伏し、静内にあったシベチャリの砦は完全に破壊され、シャクシャインの名を語ることも許されませんでした。
 アイヌ民族はもともと北海道に住んでいた先住民族です。
しかし、15世紀以降本州から渡ってきた和人に不利な交易を強いられ、どんどんその居住地を奪われて行きました。
 現状、アイヌ民族固有の文化も言葉も“日本人”に飲み込まれ、経済的に困窮した状態は改められないままです。
アイヌ民族としての誇りが保てるような経済的補助と、民族固有の文化の保存が必要であると考えられます。




   先住民族の言葉

「 インディアン、嘘言わない。
 白人、皆、嘘つき!!」
「 アイヌ、嘘言わない。
 和人、皆、嘘つき!!」







  シャクシャイン

















☆今日の壺々話









修学旅行



 あれは何年前になるかな。
中学校の修学旅行でオレたちは北海道へ行ったんだ。
 二日目の金曜日のことだった。
風呂から出て部屋に戻るとみんなが何やら騒いでいた。
何事か、と聞くとホテルのロビーから調達してきたと思われる新聞を渡された。

「 テレビ欄を見てみろ!」

言われるままにオレは見た。
そこには!

“ 1:40 H大好き ”

 深夜に“ H大好き”とは……。
北海道のテレビ局は、大胆なことをするなあ~。
リアル厨房のオレたちのテンションはイッキにあがった。
 そして深夜。
先生たちの見回りを、タヌキ寝入りでやり過ごした。
女子の訪問も適当にあしらった。
 オレたちの邪魔をする者は誰もいない。
いよいよオレたちのボルテージは最高潮。
時刻きっかりに、テレビの電源をスイッチオン!

“ 北海道大好き ”

の文字が画面に映った。
マジ泣いた。

















修学旅行





 修学旅行の時、友達の荷物の最深部に、全長30cmくらいの木彫りのアイヌの像みたいのと、

「 俺の親友のこいつが、生まれてから一度も九州に行った事が無い、
死ぬまでに一度でいいから見てみたいというから、悪いけど連れていってやってくれ。」

という、お兄さんの手紙が、その像に貼り付けられているのを、初日の宿泊先で発見。
 そのアイヌ像は誰かのお土産で、友達んちの居間にずーっと放置されてたモノで、出発前日の夜中に、いつの間にか入れられていたらしい。
 ご丁寧に何故か毛筆で、アイヌ像に友達の住所と名前が書き込まれてて、どっかに置いてくることもできず、しかもうちの学校の修学旅行って、毎日移動して宿泊先が変わる旅行だったから、友達は1週間ずーっとそのアイヌ像を持ち歩いていた。
友達は、旅行でまわった神社仏閣全部で、

「 兄が早く出て行きますように・・・。」

と祈願してました。


















アイヌ昔話1




 昔、沙流川筋のある村おさが山で薪を採っていました。
しかし、薪を背負おうとしても重くて立ち上がれません。
そこで村おさが、

「 河童でもいいから手伝って欲しいが・・・・。」

と、つぶやきますと異形の者が現れ、村おさの手を引いて起きあがらせてくれました。
それで、彼は河童を御礼として家に招きました。
 妻は河童を客座に招きます。
やがて夜になりましたが、村長達は急に激しい睡魔に襲われました。
と、河童が、

「 早く村中の者をこの家に集めろ!」

と怒鳴ります。
 村長は、半ば睡眠術にかけられた状態で村の衆を家に集めました。
村人の大半が家に集まりましたので、村長は戸を閉めたところ、遠くで突然雷鳴が轟き、同時に集まらなかった者たちの悲鳴が響きます。
しかし、確かめる間もなく、村長も村の衆も深い眠りに落ちてゆきました。
そして、村の衆も村長も同じ夢を見ていたのです。

「 自分はこのコタンを守るために天から下ろされた河童の神、ミントチカムイである。
今日は盗賊が村を襲う企てがあったので、わざと村長の荷物を重くして、皆がここに集まるようにし向けたのだ。
これをあげるから、魔除けとして大切にするように。」

 翌朝一同が目を覚ましてみますと枕元には金の煙草入れがあり、外に出てみますと集まらなかった村人の死体がゴロゴロと転がっておりました。
そして、村おさと生き残りの村人は魔除けの煙草入れのお陰で、その後、平穏に暮らしたということです。







アイヌ昔話2



 旭川市から北に向かう宗谷線が石狩川を渡り、比布川を遡る当たりにトゥッショッという山があり、そこにあの世に通じる穴があると伝えられておりました。
 昔、二人の老人が狩りのためにこの山に分け入りますと、一匹の狢が例の穴に入り込むのを 見かけました。
と、狢は突然穴から飛び出すように逃げ出し、穴から弓を持った男が顔を出して辺りを注意深く見回しておりましたが、また穴に消えていきます。
 興味を覚えた老人二人が穴にもぐり込んでみます。
はじめは息も出来ないような狭さだったのが、次第に明るくなり、大きなコタンがある。
狩りの獲物も魚も多く、家々の乾し棚には魚がドッサリ干されて豊かさを誇っております。
 しかし、不思議なことに村人には老人達が見えないらしい。
ただ犬だけが怪しんで吼えまくります。
 老人はさすがに気まずくなって帰ろうとしたが妙に袖が重い。
見ると、なんと袖に村の者達がぶら下がっていたのです。
二人はそれを振り払ってやっとの事で穴を出ました。
 帰り道、一方の老人は、

「 魚も獣もたくさんいる、いい村でないか、あんなところで暮らしてみたい。」

もう一方は、

「 嫌だね、あんな気味悪い村は・・・・・。」

などと話しておりましたが、“住んでみたい”などといった老人は病気でもないのにポックリと死に、“住みたくない”と言った者はずいぶんと長生きしたということです。
これ以来、村人は例の穴を一層恐れるようになった、ということです。
これは、「まんが日本昔話」でも紹介された話です。


 この「比布」(ぴっぷ)の地名語源はアイヌ語のピオプで石が沢山あるところと言う意味です。
あの懐かしのピップエレキバンのCMにも登場した由緒正しい地名です。
 さて、別の伝説では「あの世の入り口」は比布川流域ではなく、石狩川の支流、忠別川の上流の小山にあるとされております。
この山はイチイの木が生い茂って、昼でも暗く不気味なところでありますが、この森の茂みに時折悪臭を放つ岩穴があり、人々はウエンルパロ(悪しき路の口)と呼んで近づくのを恐れておりました。
 ある日、二人の上川アイヌがこの穴の正体を確かめてやろうと中に潜り込みました。
はじめは漸く這って進む程の狭さだったのが立って歩けるほどの広さになり、 急に視界が開けて明るくなります。
 喜んでさらに進むと、道が二股になっている。
そこで二人はそれぞれの道に分かれました。
 さて、一人が行った道はやがて野原になり、仕舞いには海になる。
海には舟が有ったので、近寄ってみると中にはなんと死体がギッシリ。
そのうえあちこちから犬が集まって吼えかかるので必死になって追い払っておりますと、突然頭上から 「シリクル トナシ フンナァ」(亡者の魂が早いなあ)などと言う声がしますので、急に恐ろしくなり、ようようの事でもと来た道を戻り、穴から出ました。
もう一人の方も、穴から出てきたので聞いてみると、自分と似たような体験をしたとのことでした。
それ以来、人々はこの穴をあの世の入り口として、一層恐れるようになったということです。



















ホテルマン






 道東にある某ホテルでフロントをしています。
先日、予定到着時刻を大幅にオーバーしていらっしゃるお客様に、お電話させていただいたところ、

「 あ、すみません。道に迷ったみたいで・・・。」

との事。
 どうもお車を運転なさってるようでしたので、早々に電話を切りあげ、その後、交代の時間になったので帰宅しました。

 次の日の朝刊を見てみると、お客様が事故でお亡くなりになっていた事が判明。
目撃者ありの事故だった為、具体的な時刻が書いてあったのですが、私がお電話する2時間以上前でした。
一体どこで迷っていらっしゃったのでしょう?
 更に、これは昨日の事なのですが、私のプライベートの携帯に、くぐもった、うめき声の様な音が47秒にわたって留守碌されていました。
本日16時より、お祓いに行ってくる予定です。



貴方が間違い電話を掛けて相手が適当に合わせただけじゃね?
携帯に掛かってきたのはイタ電ぽいし。



 書き方が悪かったですね。
当然、ご指摘いただいた可能性を考慮して、交換台の記録はチェックしています。
それに万一、お客様が誤った番号を届けていらっしゃったのだとしても、その番号から、当方のプライベートの携帯に連絡が入る筈は無いと思うのです。
個人的には、有給をとって、御祓いの為に京都まで出かける程怖かったので。



最初の電話がつながった時に憑いちゃったとかなんでしょうかね?
お祓いの話も聞きたいけど。



 たった今ホテルに帰ってきました。
別のホテルに勤めている友人の伝手で、とある霊能者さんの所に行ってきたのですが、当方が用件を切り出す前に、

「 ああ、男女二人ついてきてるね。
うわ~。痛ましい姿だね。
自動車事故?」

と仰ったので、吃驚しました。
紹介してくれた友人にも細かい事情は告げて居ませんでしたし、ホテルの同僚達にも本日の有給は親戚の法事と言っておいたのですが・・・。
 霊能者さん曰く、私が電話をしたのは、警察署内に事故車が運び込まれた後で、亡くなった方の携帯は、助手席の下に潜り込んでいて、そこに繋がってしまったんだそうです。
 その後御祓いをしていただいたのですが、その最中、携帯電話が狂ったように振動し、沈黙した後は電源が入らなくなっていました。
何もかも初の体験で、興奮の為些か乱文気味ですが、取り敢えず御報告まで。



事故直後の事故車両に残されてた携帯に着信したら、警察から事情聴取されそうだけどね。



もしかしたら相手を確かめるために警察の人が電話にでたのかも。



 アルコールを買いに出掛けてました。
先ほどホテルに電話した際に、それとなく聞いてみましたが、変わった事は無いと言ってましたから、警察から電話が掛かってきたりはしてないみたいです。
会話の内容から判断して、どう考えても警察では無かったと思います。
 正直、私は今まで霊体験と呼べるようなものは0でしたし、怪談なんかも好きでしたが、信じては居ませんでした。
よもやこの歳になって、価値観の大幅な変更を強いられるとは・・・。
今夜はなかなか眠れそうにないです。



 大丈夫でしょうか?
現在落ち着いていますか?
今夜も蒸すような暑さの様です。
不眠症な私ですが見守っていますよ。
一人じゃないですよ(´▽`)



 大変でしたね、お疲れ様でした。
そんな痛ましい姿の幽霊って、見えたら怖いだろうな。
時間があれば京都観光して気分転換なさってください。
道東の方には暑いかもしれませんが。



 有難う御座います。ただ、御祓いの方は成功したと思ってます。
前述の霊能者さんが、人間的にも信頼出来そうな方だったのが大きかったですね。
長年フロントマンをしておりますので、人を見る目はそれなりにあるつもりなのですが、凄く良いお顔をなさってました。それに、

「 携帯壊しちゃったから。」

という事で、挨拶代わりの粗菓以外、一切お礼も受け取っては下さいませんでした。
 今、ナーヴァスになっているのは、今まで何の気無しに見てた世界が、全く違って見えているからです。
ほんと、夜が怖いと思ったのは幼少時以来です。
 明日はゆっくり寺社巡りでもしたいところですが、夜からシフトが入っているんですよね。
それにしても、京都の夜は本当に蒸しますね。
部屋の中は空調が効いていますが、先ほど買い物に行った際に実感しました。



上の人いる?
これ、新聞にあったんだけど。

30日午前1時ごろ、京都市東山区国道143号線の交差点で、北海道帯広市のホテル従業員田中秀明さん(48)が倒れているのを通りかかった人が見つけ、119番通報した。
消防署員が駆けつけたところ、田中さんは全身を強く打っており既に死亡していた。
東山署は死亡引き逃げ事件とみて捜査している。
田中さんは法事の為、帰省中だった。


















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8月13日(月)のつぶやき

2018-08-14 02:55:36 | _HOMEページ_
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