日々の恐怖 2月26日 沖縄離島
夏、大学のゼミの中で、県外から来てる連中で集まってキャンプに行くことになった。
場所は沖縄本島からさほど遠く無い離島。
小さなフェリーに乗って付いた先の港には、迎えのマイクロバスが待っていた。
港とキャンプ場がある村落までの間には、何も無い山道。
すれ違う車も無い。
キャンプ場に着き荷物を降ろすと、受付らしき小屋にいたおじさんに予約してあった旨を伝える。
おじさんはニコニコしながら貸しテントやバーベキューセット、燃料の薪などを用意してくれた。
「 トイレとシャワーはこの小屋の裏、流しもあるから水はそこで汲んだらいいサ。」
訛りのキツい口調で、相変わらずニコニコ説明してくれる。
「 この道まっすぐ行った先に開けた場所があるから。
好きなトコにテント張ってくださいネ。」
指差す先には、雑木林の様にこんもりと生い茂る木々の中に、細く切られた未舗装の土の道。
粘土質の土が踏み固められた道は人一人がやっと通れる幅で、ずっと先まで続いている。
本当にこの先にキャンプ場が?と不思議に思ったが、ボヤボヤしていると遊ぶ時間が無くなると、皆荷物を担いで駆け足でその道を進んだ。
サンダル越しの土の柔らかさが心地良かった。
木々のトンネルを抜け、日差しの中に飛び出すと皆一斉に歓声を上げた。
道から続く開けた土地は思いの外広く、そのすぐ先には白い砂浜が遥か彼方まで続く。
そして、降り注ぐ太陽にきらめく青い蒼い海。
沖縄と言えど、本島でもお目にかかれない景色だ。
男達がテントの設営や火を熾している間に、女性陣はさっさと水着に着替えて海へ飛び込んだ。
時間はあっと言う間に過ぎた。
食事を終え、酒を飲み、歌い、騒いだ。
日もとっぷりと暮れ、一つだけ灯したランタンと焚き火の明かりだけが皆の顔を照らす。
「 ねぇK君。」
一つ上の先輩が声をかけてきた。
「 おトイレ行きたいんだけど、怖いから付いて来てくれない?」
明るいうちは、シャワーを浴びたり炊事用に水を汲んだりと何度も往復したが、今はもう真っ暗で、街灯も無いあの道は女性には怖かろう。
女連中で連れ立って行こうにも、酔いつぶれていたり話し込んでいたりで誘い難かったらしい。
幸い手も空いていた自分は、彼女と2人でランタンを手に暗い森の道へと向かった。
2人並んで歩ける程の道幅はないので、自分が前になり後ろを彼女が付いて来る形になる。
よほど怖いのか、自分のTシャツの裾をぎゅっと掴んで離さない。
ところが、歩く速度が彼女の方が早く、後ろからズンズン押されるようになった。
「 ちょっと先輩、危ないっスよ。」
言うより早く彼女は自分の脇をすり抜け、もの凄い勢いで走り去って行った。
「 ありゃ?トイレ我慢出来なくなったのかな?」
暗い道で転んではマズいと、慌てて追いかけた。
結局、道の途中では追い付けず、小屋の前でへたり込んでいる彼女を見つけた。
まさか…間に合わなかった…とか?
一瞬、大変な事になったと思ったが、どうにも様子がおかしい。
「 先輩、どうしたんスか?大丈夫っスか?」
小屋に一つだけ有る街灯の明かりの中で、うずくまる彼女に声をかけた。
泣いているのか肩がぶるぶる震えている。
「 見えなかった、の・・?」
「 え?」
「 K君はアレ見えなかったの・・?!」
振り向いた彼女の顔色は真っ青で、じっとりと汗ばんでいた。
「 アレって何の事です?」
「 ここで話すのはイヤ、とりあえず用を足してから。」
よろよろと立ち上がった彼女は、小屋の裏のトイレへと入って行った。
彼女が用を足し終えて帰る段になり、同じ道を通るのは絶対にイヤだと主張したので、遠回りに海岸へ出る道を捜して、しばらく辺りをうろうろした。
やっと砂浜へ出て、テントのある方向へ白砂を踏みしめて歩き始めた時、彼女が先程の事を話し始めた。
「 木が生えてたでしょ?」
「 はい。」
と言うより周りは木だらけ、木々の中に道があったのだ。
「 暗くて怖いから、ずっとK君の背中見て歩いてたの。」
「 はい。」
「 でも視界の端には木が見えるのよ。」
「 はい。」
ゆっくりと話す彼女の声、相づちを打つ自分の声、踏みしめる砂の音、波の音、風…
「 真っ暗なのに木が見えるの。」
確かに、木々の向こうに開けた場所でもあるのかうっすらと明るく、木々達がシルエットとなり、一層闇を際立たせていた。
「 木がね、一本一本真っ黒く、くっきり見えるのよ。」
木がそんなに怖かったろうか?と先程の光景を思い起こしたが、異形の木など見た覚えが無い。
ふっと彼女が立ち止まる。
「 気が付いたの、違ったのよ。」
「 え?」
「 黒い木じゃなかったの。」
うつむいたまま、かすかに震えながら彼女は言葉を続けた。
「 白い着物を着た老人が沢山、ずらっと横に並んでこっち見てたの!
お爺さんとかお婆さん達の隙間が黒く見えてたの!」
虫でも入ったのか、ランタンがジジっと音を立てた。
その後泣きじゃくる彼女を連れて無事に仲間の元に戻り、寝かしつけた後、悪友らと共に飲み直し。
気が付くと、火の消えた焚き火の傍らでタオルケットに包まれていた。
日はとうに頭上高く登り、セミの鳴き声が喧しく二日酔いの頭に響いた。
朝食兼昼食をもそもそと済ませ、テントを畳み荷物をまとめた。
件の先輩は普段通り元気を取り戻しており、ほっと胸を撫で下ろす。
片付けが済み、最後にもうひと泳ぎして帰る時間となった。
借りた用具を返しに行くと、小屋からおじさんが出て来た。
「 皆さんキャンプは楽しめたネ?」
来た時と同じニコニコ顔で迎えてくれる。
「 はい!とても楽しかったです。ただ、あの・・・・。」
「 ん?何ネ?」
少し気になったので訊いてみる事にした。
「 あの林の向こうなんですが・・。」
「 あーごめんネぇ。先に言うと皆イヤがるからサ。」
「 え?」
「 あぃ?兄さん林の向こう行ったんじゃないノ?」
「 いや、そう言う訳では…。」
「 あの林の向こうはサ、この村のお墓がある訳ヨ。」
「 え!?」
「 このキャンプ場が後から出来て、お墓の中に道通す訳にはイカンから、この道作ってある訳サ。」
動揺を隠せずにおどおどとしていると、おじさんは尚もニコニコしながら言った。
「 今の次期はサ、内地で言うお盆?
ご先祖様が帰って来る時期だから、ホントならこのキャンプ場も休みだったけど、間違って予約受けてしまったからサ。」
そう言われて、初めて自分達以外客がいなかった事に気が付いた。
呆然と立ち尽くす自分を尻目に、ケタケタと笑うおじさん。
ふと視線を感じて振り向くと、先輩が泣きそうな顔で立っていた。
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