気分はガルパン、ゆるキャン△

「パンツァー・リート」の次は「SHINY DAYS」や「ふゆびより」を聴いて元気を貰います

京都第十六師団の遺跡巡り その二 師団橋と極楽橋

2020年07月09日 | 洛中洛外聖地巡礼記

 第二軍道を東へ進むと、上図の鴨川運河を渡ります。琵琶湖疏水の一区間として明治27年(1894)に完成し、第十六師団の各施設間の水上輸送路の役目も果たしました。三つの軍道にそれぞれ橋が架けられましたが、第一軍道に架かる砂川橋は近年に架け替えられて新しくなっています。

 

 上図は第二軍道に架かる橋です。その名も「師団橋」です。現在の橋は昭和49年に架け替えられましたが、明治年間に架けられた旧橋の部材が残されています。

 

 上図が旧橋の部材の欄干部分で、師団橋の名前が刻まれています。鴨川運河に架かる橋としては最も早いもので、第十六師団司令部へのメインストリートにあたるため、陸軍の直轄工事となって明治41年(1908)に工兵第16大隊が架設にあたりました。
 師団橋の東西の第二軍道は、西側の練兵場の造成によって生じた土を盛って敷かれています。地元深草の農民も盛り土運搬に協力しています。竣工当時の石の柵柱も鎖付きで現存していて、いまの橋よりも立派な造りであったことがうかがえます。

「昔の橋の部材もちゃんと残されているんですねー」
「この字を第十六師団の兵隊さんたちも見ていたのかー」

 

 そして、師団橋の橋脚の上には帝国陸軍の「五芒星」の意匠部材が引き継がれてはめこまれてあります。旧橋の部材を今の橋のコンクリート橋脚の両側に組み込むことで、橋の由緒を伝えているわけです。

「帝国陸軍の星のマークの本物って、初めて見た気がするな・・・」
「ガルパンのプラモデルの日本戦車についてるのは何度も見てるけどな・・・」
「これ、橋の下の目立たない所にあるから残せたんと違うん?目立つ場所にあったら、絶対なんか反対とか文句付ける人が出てくるやろうから、撤去されたかもしれんと思うんけど・・・」

 

 続いて、第三軍道に架かる上図の極楽橋を見ました。これも最初に架設されたものがそのまま残っていまも現役です。第三軍道は、かつての深草村街区や京阪電車の「師団前駅」(現在の藤森駅)に最も近いルートであるため、第十六師団関係者だけでなく地元住民の往来も多かったそうです。

 

 極楽橋の欄柱には、大正11年(1922)11月の竣工銘が刻まれています。現在、鴨川運河に架かる現存最古の橋が大正8年の上高松橋であるそうなので、それに次ぐ古い遺構であるわけです。

「昔の石橋って、けっこうしっかり造ってあるという気がしますね。地震にも強かったから今も現役なんだねー」
「京都はもともと石工による建築物もかなり多かった、って聞きました・・・、橋も古いのはかなりあるみたい」
「あー、堀川通とかに古い石橋みたいなの、確かあった気がするー」
「お寺や神社にも石橋あるやん、平安とか鎌倉の時代の文化財の石橋・・・」

 賑やかに話しながら極楽橋を渡って伏見街道に向かうモケジョさん達でした。  (続く)

 


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