吾輩はゴキブリである。夏目漱石の猫のように名はない。チャバネゴキブリである。褐色に光る肌はゴキブリ界の貴公子といっても過言ではない。
住んでいるのは、三軒長屋である。端から、八、隠居、熊という人が住んでいる。安普請の長屋なので、毎日、吾輩は適当に行き来している。
まず、八から紹介しよう。本人は植木職人といっている。しかし、家の外で働いている様子はない。大概、隣の隠居の家でテレビを見ている。なにしろ、八の家には何にもない。テレビもない。だから、隠居の家でテレビを見ている。
八の本名は八五郎なのだが、誰もそう呼ばない。ただの八だ。まるで、落語にでも出てきそうな名前である。性格も落語そのもので、そそっかしいことこの上ない。
八の家にはお神さんと娘さんがいる。お神さんは、毎日、働いている。結構稼いでいるようだ。そのおかげで八も、一生懸命働かなくてもいいのだろう。八とお神さんはいつも喧嘩している。娘さんは賢そうなお嬢さんだ。高校生である。粗忽者の八も娘さんの言うことだけは聞く。