『子供たちにとっての本当の教科書とは何か』 ★学習探偵団の挑戦★

生きているとは学んでいること、環覚と学体力を育てることの大切さ、「今様寺子屋」を実践、フォアグラ受験塾の弊害

「学体力」は偏差値を超克する⑤

2013年10月05日 | 学ぶ

難関大学合格発表と学校の指導力評価について
 さて難関大学への進学を考える人が、その前提として私立中高一貫校や進学高校を選ぶ場合、判断の大きなポイントになるのは、発表されている難関大学合格者数でしょう。この機会に、その方法や難関中高一貫校の指導力評価の判断基準について少し考えてみます

 表④⑤は、それぞれ近畿地方の府県の私立トップ校と目される私立中高一貫校「T学園」と「OS学院」の2013年の大学進学状況です(ホームページ発表分より作成)。取りあげた二校をはじめとする難関中高一貫校に合格するためには、I社の偏差値で少なくとも70に近いか、また、それを越えるくらいの学力が必要とされています。
 小学生を指導しているぼくたちの手応えでは、偏差値七〇といえば、私立の中学受験用小学校に通っているような子どもたちは別として、公立小学校では地区や学年のトップか、少なくともそれに準じる学力の子たちです。世間の一般的な評価では、これらの学校はそうした、能力・学力レベルの高い子どもたちを指導しています。

 指導している経験から、学力を伸ばすには生来の能力だけでなく、それ以外のさまざまな要素が関わってくることはよくわかりますが、それでも進学した子たちが飛び抜けた能力の持ち主であることにまちがいはありません。それだけ優秀な子を預かっているわけですから、学校側は「自校に在籍することで、いかに学力が伸びたか」できるだけ正しく判断できるような情報を提供する責任があると思います
 しかし、未だに一部の学校では全生徒数に占める割合さえ、すぐには算定できない進学報告がなされています。情況報告では、少なくとも現役卒業生(受験者数)の併記は最低限のルールだと思います。同じ合格者数でも「1000人のうちの50人」と「100人のうちの50人」では、学校全体の学力レベルや指導内容に対する判断が大きく変わってきます。同数の合格者を出していたとしても、残余の生徒数が大きくちがえば指導レベルが等しいということにはなりません。合格数を報告するのであれば、より正確な判断ができる「資料」を提供することに心を砕くべきではないでしょうか。

 さらに、「どこで学んだらいいのか」と進学すべき学校を真剣に探している人の立場に立てば、現役受験生数の報告だけでは十分ではないと思います。後ほどT学園やOS学院の進学状況の解説でも触れますが、現在は卒業生のおよそ半数近く(また時にはそれ以上、たとえば現役生が200人とすれば、半数の100人前後)が、「進学準備(つまり浪人)」になるようです(T学園の桃色枠参照)。
 合格者数に過年度生(浪人)の合格者数が掲載されているわけですから、浪人が多数出るのであれば、入学志願者は卒業後の予備校等の学習補助手段の想定もしなければなりません。過年度生に対する判断材料、つまり「年度の過年度生の合格率」も算出できる材料の提供が、より誠実な報告だと考えます。

トップ校の現状に思うことー「卒業生の半数近くが浪人」
 やむを得ずですが、ぼくも一浪を経験済みですから、「浪人するのが悪い」と思っているわけではありません。その間に学べることもたくさんあります。また、現役であろうと浪人であろうと、それに対して他人がとやかく言うことはないかもしれません。でも、この数字を見て誰もが感じることは、「ちょっと多くない?」です。
 これだけ過年度生(浪人)が出るという傾向は、「『自学力』をふくめた『学体力』の未成熟・衰退ではないのか」という、家庭環境や指導をふくめたそれまでの育成法や指導法への懸念が生まれます。身近で進学校に進んだOB諸君を見ている限り、夢や意欲がともなっている子ほど「学体力」もともない、現役合格する率が高いのです

 団OBの進学成績(③)をごらんください。ごらんのように、彼らの六年生時の「受験学力」は難関トップ校にすすんだ子とは比べものになりませんでした。団は少人数ですから東大生はまだ出ていませんが、難関大学(東大・京大・阪大)や国公立大学・医科系大学合格者数の「現役生」の割合では、T学園・OS学院の二校に劣っていません(⑧・この表の説明は二週間後おこないます)。
 トップ校にすすんだ優秀な諸君たちの先の結果は、「自学力」がともなっていない(先が見えない、あなた任せの受け身の学習習慣から脱出できていない)ゆえの「停滞」という気味があるのではないか。自らの学生時代の反省も踏まえて、「何か大きな忘れ物をしたまま育ってしまっている子がさらに増えている」のではないのか。現在の教育体制における大きな問題点のひとつではないかと危惧します。

 「やんちゃなまま」過ごしたOB諸君は、それぞれぼくに大きな夢を語って進学していきます。人生が夢通りに進まないことは、ぼくが体験済みですが、一方で夢がない若者が大きな夢を手にすることはありません。そして夢はさらに大きな夢を呼びます。「学体力」のモチベーションの重要なポイントは、「子どもらしい抱負」と「大きな夢」です。
 曰く、「先生、日本一の看護師になります」。「高校時代いじめにあってカウンセラーの先生にお世話になったので、精神科の医師になります」。「子どものころからアトピーで苦労したので、皮膚科を選びます」等々。OB諸君はキラキラした眼で報告してくれます。
 もちろん、ぼくはそれぞれ学校に通っている子を指導しているわけで、すべての受験科目をぼくが教えているわけではありません。しかし、6~9年間ともに過ごしている間に、学習や学習姿勢の基本やものの考え方など、伝えたいことはいくらでもありました
 通っている学校が決して中高一貫のトップ校ばかりではないところからの実績である進学結果に、「難関トップ校での子どもたちの学習姿勢や学習方向(これは家庭をふくめたすべての環境についての)がどうなのか」という疑問も浮かびます。学習姿勢や学習に対する意識づけ・自学力の養成・将来に対する展望の開示がどうおこなわれたか等の疑問です。周囲ではそれらが整っているほどスムーズに進学します

 フォアグラ中学受験塾時代から相変わらずつづけて、次から次へと問題演習や受験事項の暗記で、「続フォアグラ授業」がつづき、一方では、自らが日々苦労して進めている学習が「何のためなのか」はっきりわからない。合格以外に大きな目標の見えない、考える余裕のない、頼りない手応えの日々が続くようです。「燃え尽きるな、枯れるな」という方が無理でしょう。
 厳しすぎることをあえていえば、「飛び抜けた能力の子」が「難関大学」の合格で終わるだけなら、指導力はそれほど介在していない、そこから先のさらなるステージの展望を多くの子に描かせてはじめて、素晴らしい能力の子を預かる(預ける)意味があるのではないか、そう思います。

 本来の指導力とは「子どもたちのもっている潜在能力を開花させる手伝いをすること」だと、ぼくは信じています。「それなりの能力の子」を「飛び抜けた能力を発揮できる子」に育ててはじめて、教育の成果・先生・学校の指導力の結果だと誇れるのではないか。これは、当然ぼくの「自戒」でもあります。すべての指導者はこの基本原則を忘れてはならないと思います。
 つまり、飛びぬけた能力をもっている子には、難関大学合格数に終わらない、彼らの「貴重な財産」をたいせつにするための「さらなる展望」の開示や指導が、よりたいせつになってくるはずです。難関大学合格者の数を誇るより、そういう方向性で進んでいる学校こそ入学志願者が押し寄せてしかるべき学校だと考えます。
 もちろん、責任は学校だけに限りません。現在の教育体制や学習指導法は、誰が見ても大きくシフトチェンジすべき時期に来ているはずです。日ごろから、「ふつうの子」のポテンシャルの大きさを見てると、より痛切に感じます。
 先ほど触れましたが、次週から二回に分けてT学園とOS学院と団のOB教室卒業生の難関大学や国公立大学合格率を比較し、報告します。果たして、難関私立中高一貫校に、あるいは受験用私立小学校受験にこだわる必要があるのかの判断材料にしていただけることを願っています。子どもらしい日々と大きな夢と健やかな成長のために。

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。