『子供たちにとっての本当の教科書とは何か』 ★学習探偵団の挑戦★

生きているとは学んでいること、環覚と学体力を育てることの大切さ、「今様寺子屋」を実践、フォアグラ受験塾の弊害

蘇る夢

2013年01月26日 | 学ぶ


 四半世紀も前のこと。学んでいた田舎の進学高校に赴任してきた先生がいました。神田生まれ、東京教育大学出身。独文専攻でカフカの研究者という噂でもちきりです。
 教科書掲載文の作者を「~さん」づけで進める授業。読書の大切さ・ものの見方・考え方、毎日図書館の事務室で、本を読んでいた先生にはずいぶん影響を受けました。東京へ戻られるときの講堂での挨拶。「君たちは伝統ある高校だと思っているかもしれない。しかし伝統はあるものではなく、君たちがつくっていくものだ」。

 

 すべてそんな調子で田舎もののぼくには新鮮この上なく、最後にはあごひげまでならっていたのです。この人が学んだ大学へ行って教師になろう。型破りの教師になろう。金だらいこそかぶらなかったものの、今思えばその勢いたるや、まるでドンキホーテです。
しかし、家には上京できる経済的余裕などまったくありません。長年の闘病生活の末、父がなくなり、幼稚園の先生だった母ひとり、祖母と妹をふくめた家族四人、奨学金を受けてのギリギリの家計です。困惑する母に、「アルバイトをしながら何とか頑張るから」と、無茶を押しとおしました。
 ところが、入試間際に、また問題が起きました。「安田講堂」の一件です。学生運動の激化で東大と教育大の入試は延期になりました。他の大学は眼中になく、即座に浪人決定です。
  「一年間だけ。ご飯は食べさせるが予備校など学費の余裕は一切ないので」。
 許してくれた母に感謝しながらも、先が見えない一年間が残りました。あるのは「どうしても教育大へ行きたい」という望みだけです。「考えていても仕方がない」。
 若いことはすばらしいことです。言われなくても、見る前に飛んでしまっているのですから・・・(僕だけかもしれませんが)。ともかく、前に進まなければなりません。やらなければならないことがたくさんあります。
 まず使用参考書の選択・年間の学習計画・曜日ごとの学習予定です。一年間を三期に分け、曜日の予定を決めました。
 大学受験の雰囲気を保ち続けるために、当時放送されていた「旺文社の大学受験ラジオ講座」を利用することにしました。受験該当科目を必ず聴くことです。ひとりで机に向かっているとき、ラジオから聞こえる講師の声は、やはりよい刺激になってくれました。

 
 参考書選びは高校時代のものもふくめ、受験雑誌の合格体験記が手がかりでした。もちろん購入は現物と解説を見てからです。要を得ない、また、曖昧さを残す不親切な解説では前に進むことができません。ちなみに、現在勉強中の諸君も、参考書や問題集は自らでしっかり見極め選ぶことがたいせつです。自分が勉強するのですから。

 
 新塔社の高田瑞穂著「新釈現代文」、中央図書「現代文解釈の方法」、洛陽社「古文研究法」・「漢文研究法」、岩波全書「漢文入門」、文建書房「和文英訳の修業」、研究社の「英文法急所シリーズ」、旺文社「英文標準問題精講」、数学は数研出版の高校生用教科書をとりよせ、「青チャート」と科学新興社の「モノグラム」シリーズ、世界史・日本史は当時から定評あった山川出版の精説シリーズなど・・・心に残る本がたくさんあります。多くは、読んでいて著者の肉声が聞こえるような親しみがもてるものでした。
 また、副読本として岩波新書も勉強の合間に数十冊読んだでしょう。
 井上清著「日本の歴史」(全三巻)、家永三郎著「日本文化史」、吉川幸次郎・三好達治著「新唐詩選」、中村光夫著「日本の近代小説」、E・H・カー著「歴史とは何か」清水幾太郎著「論文の書き方」梅棹忠夫著「知的生産の技術」斎藤茂吉著「万葉秀歌」(上・下)、湯川秀樹著「本の中の世界」、加藤周一著「羊の歌」など・・・これらは当時の受験生の常識を身につけるには最適でした(写真はいずれも最近の版です。辞書は当時愛用した旺文社のエッセンシャル英和辞典)。
 中公新書では山本健吉・池田弥三郎著「万葉百歌」をよく覚えています。他では家にあった集英社の廉価で赤い日本文学全集。近代・現代小説についてはほとんど読みました。
 模擬テストも一切受験できなかったのですが、翌年、運良く合格できました。そして一年間の「ひとりっきりの自宅浪人」で心の底から納得できたことがありました。
 奇をてらわず、手抜きをせず、「勉強」は正攻法でやるのがいちばんだということ。意志と情熱さえあれば大学受験もまちがいなくひとりで乗り切れるということ。余計な情報に惑わされず、定評ある参考書を繰り返し学習し、きちんとマスターすれば十分合格できるということ。そして、「努力は嘘をつかない」という、極めて当たり前のことでした・・・。

 「・・・そうだった、ぼくは教職に就くために東京へ行ったんだ」。いつの間にか、そんなことをすっかり忘れていました。目標を見失い、ただ生きていくための右往左往をつづけていた僕の背中を、昔のぼくが思いっきり蹴飛ばしてくれました。濃い霧の中を迷って、なかなか見つからなくて、いつの間にか探していたことさえ忘れてしまっていたとき、泊まりたかった宿の光が遠くに見えた。そんな気がしました。

 

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思いがけない中学受験

2013年01月19日 | 学ぶ


 塾をはじめたい(始めなければならない)と思った大きなきっかけはひとつではありません。
 長男が六年生になった時、家人が、荒れ始め評判が悪かった地元中学より私立へ進学させる方がよいのでは、と切り出したのです。何度か家族で話し合った末、受験することに決まりました。
 「男は仕事」と、自らが育った雰囲気のまま、それまでは学校や子どものことは任せっきりでした。盛んになっていた世間の私立志向や受験情報など、知識はまったくありません。入塾テストがあるということさえ、そのときはじめて知りました。

 しかし、小さいころからメダカやザリガニが好き、遊びに夢中で6年生まで宿題以外の勉強はしたことがない、そんな小学生が合格できるほど「難関中学をめざす入塾テスト」は甘くありません。それでも何とか中堅塾に潜り込みました。

 


 急な受験勉強にもいやがらず通っていましたが、数ヶ月たっても成績は芳しくありません。遊びに夢中でしたが、彼の潜在能力については僕なりに手応えを感じていたので、次第に不安がつのりました。
 気になって彼の鞄をのぞいて見ると、算数と国語のテキストは電話帳のような全国私立中学入試問題集です。テキストのボリュームを指導レベルの言い訳にしているのではないか? あるいは「下手な鉄砲」式の指導が行われているのではないか? 
 それまで小学生を教えたことはありませんでしたが、ぼくの受験経験と彼の今までの勉強経験から判断すれば、そのままでは学力が伸びることは到底考えられません。既に夏休みを迎え、入試までに残された時間は限られています。そのまま放ってはおくわけにはいきません。
 指導のようすや塾の考えを知りたくて、塾長立ち会いの進路相談日にはじめて自分で出席しました。
 おもむろにC学園の入学案内を出してきた塾長が
  「ここならいけると思うのですが・・・」
 話のようすからして、やはり長男の能力をきちんと見通しているようには思えません。私立中学の受験レベルがまったくわからないまま、聞きかじりだったS学園に進学させたいと言うと、
  「それはちょっと・・・・・・」
 返事を聞いて、身体の奥から湧きたってくるものがありました。「そんなにむずかしいはずはないだろう!」と、もう一人のぼくが言いました。長い間忘れていた昔のぼくの懐かしい声でした。
 抑えていたつもりが、
  「それじゃ、家でやらせます」
 思いもかけない「無謀な」セリフでした。

 

 翌日仕事帰りに書店に立ちより、とりあえず受験参考書に目を通していきました。
 二十年近く前のことです。型どおりで子どもたちの興味を引きそうにもない抽象的な説明、申しわけ程度に添えられた無味乾燥な写真やイラスト。受験のために、(おそらく暗記中心の)おもしろくもない学習をさせられている、かわいそうな小学生のようすが彷彿としてきました。しかし、まったく経験がないのですから、それらを使わなくては仕方がありません。説明が丁寧でバランスのよいものを選び、帰りの電車の中で入試までのスケジュールを組み立てていました。日曜日や休日を利用しての学習指導です。半年間は瞬く間でした。
 入試が近づき、中学受験のようすも少しずつわかってきたので、学力レベルを考え第一志望はS学園、そして、腕試しはランク上の地元のN学園。
 N学園は奈良県内でもかなりレベルが高く、中学・高校時代の恩師が、まだ現役で指導されているという話を聞き懐かしくもあり、入学後の安心感もあったのです。受験校は決まりました。

 

合格発表日の出来事


 ところが、N学園の試験後、青い顔をして会場から出てきた長男が、
  「・・・手が全く動かなかった」
 精神状態さえ、うまくコントロールするだけの余裕がなかったことが悔やまれました。限られた時間、指導する僕自身も「合格」という目標しか見えず、夢中で突き進むだけでした。
 翌日、発表を見に行きましたが、もちろん番号はありません。家に結果を連絡して、「可能性はあるから」と二次試験の願書を受け取るために事務室前に並んだときのことです。
 窓口で申し込むと、後ろの方で母親らしき二人組が、
  「まァ、二次試験の願書ですって!」
  「ふふっ」
 なんだ!? なんなんだ、これは? こういう母親がいるのか、今は! 頭に血が上り、次に全身が熱くなりました。日比谷公園、渋谷、新宿・・・学生時のデモ以来でした。
 たいせつな合格発表を見に来るときは、身なりの前に、心を磨いて来るべきではないのか。「開いた口がふさがらない」と聞くことはありましたが、そのときまで、自分がなるとは思いもしませんでした。
 まず、子どもたちのことが頭に浮かびました。こういう感覚で育てられた子どもたちが合格し、しかるべく大学に進む? やがては社会に出て、それなりにリーダーシップをとるようになっていく? 少年犯罪が、盛んにニュースに取り上げられるようになっていたときです。問題の一端が見えた気がしました。
 半年前、長男に塾をやめさせたときと同じ声が大声でわめいています。「やれ! お前がやれ! 絶対やれ」。 長い間忘れていた夢が頭の中いっぱいに蘇り、ずーっとこのときを待っていたような不思議な感じがしました。

 

 

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平成二十五年初春 教室風景紹介

2013年01月12日 | 学ぶ

 

 

(2013/1/10  OB教室の授業風景 / 高校生、中学生たち。)

 団は開設以来、「四クラス(腕白・基礎・充実・発展)」と「OB教室」すべてがぼくの指導です。
 小学生のころから団で学んだ諸君のOB教室は、週一回、日ごろの学習指導や英語の購読を中心にしています。
教室はごらんのように、フルに席を使っても十二人。一人一人に目が届き、思いをしっかり伝えられる人数です。
団の指導を理解していただける保護者のみなさんとともに、集ってくれる子どもたち一人一人をたいせつに育てたいと思っています。

 理想的な学習や学習指導を模索し考え続けていると、何よりもたいせつなことは、学ぶことの面白さを伝えることであり、中学進学後の学習を順調に進めるための学体力を身につけることだということがよくわかります。
 そのためには、日頃の行動や習慣にも丁寧に目を向けての指導を欠かすことができません。子どもたちに「勉強だけ」を教えることはできないと思っています。
受験が近づくこの時期になると、団でも講習が始まります。
日ごろの学力コンクールや実戦テストの成績表は別紙の体裁で、当日即フィードバックします。
総評の欄には、こうした子どもたちへの思いや、学習姿勢、日ごろの生活習慣についての注意事項も記しておきます。
子どもたちの頭や考え方は、勉強と生活で「別々」では決してありません。
 できるだけ多くの場面で子どもたちとふれ合い、思いを伝えること、考える機会をつくること、そして「環覚」を身につけて学習に対する「疎外感」を克服してもらうこと。(立体授業はもちろんその一環です。)

 

ーーーー「学校の先生方は、偏差値の高い学校に何人入れたかということに、血眼になっているが、そんなことをカウントしたところで何の意味もない。ーーー本来、教育効果というものは、教えた生徒が、一生のうち自分の天分をどれだけ発揮し、伸ばすことができたかでわかるものだ。(「独創教育が日本を救う」西澤潤一著・PHPブライテスト)

 塾を始めたころ、ふと手に取った本のこの一節は、いつもぼくの気持ちを鼓舞してくれます。
責任の重さに、そして自らの力に不安を覚えるとき、同じく同書でめぐりあった、さらに元気づけられる一節も読み返します。


ーーーたとえば、吉田松陰が開設した松下村塾をみると、当時の愚連隊のような輩が、吉田松陰を中心にして集まったといった人がいる。そこで、松陰は何を講義したかというと、あまりまともな教育はしていない。まともな教育とは、いまでいうところの単位が与えられるような教育のことだ。そういう教育をせずに、何を教えていたのかというと、彼が必死になってこれまで考えてきたことの経過を、塾生相手に説いているのである・・・高杉晋作や木戸孝允らは、松陰によって心に火をつけられ、近代化という大きな仕事をしたのである」(前掲書より)


 ・・・「心に火をつける」ことならぼくにもできるかもしれない、それが心の支えになっています。
やがて独り立ちし、社会のリーダーシップをとってくれるような人に育ってくれることを願ってやみません。

 

 団では2月新学期の新入団生を募集しています。前記の各クラス3名ずつです。お問い合わせはホームページ連絡先まで。
今年も子どもたちが目を輝かせてくれることを楽しみに、「立体授業」の企画が今進行中です!

 なお、ブログのアップを少し変更します。次回から「蘇る夢」を三回連載の後、いよいよ「子どもたちにとっての夢の教科書とは何か」を考えてみたいと思っています。

 

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米作りから学べること(12)

2013年01月05日 | 学ぶ

 

 


最大限の努力、あとは天に任せる 
 欲しいものを手に入れるためには自らの身体を使い、時には辛い思いをし、ゆっくり時間をかけること、その間は我慢することも必要になります。我慢をすることによって欲しいものを手に入れたときのうれしさでものの大切さがわかり、ものに対する愛着も生まれます。米作りはこれにぴったりの経験でした。
 
  「二十年間百姓やって毎年米作っても、手足の指分だ。しれてるよ。毎年何か苦労すること があって、同じときは一回もない。収穫量や味、人間の力が及ばない大きな自然の力を感じる
 ・・・」

 「二十年間やっても手足の指分」、このことばの重み。ひとりの人間が成人式を迎えるまでの時間をかけても、「たった二十回」。人が到底及ばない自然の力の大きさに気づいたとき、感謝や畏敬の念が生まれます。こうした出会いが「結果を出すためには時間をかけなければならない。我慢をしなければならない」という大事を教えてくれます。

  「百姓仕事の『時間』は街の時間とは全く違う。農作業は何時から何時と決まっているわけで はない。予測はついても予想外のことがある方がふつうで、終了は『作業が終わるとき』だ」

  「今日は稲刈りをしようと計画しても雨が降ればできない。人間の都合ではなく、作物の生 育や自然の状態によって必要な仕事や時間が決められるわけだ。だから、できるときに必ずし ておかなければならない。人間のペースだけでは進められない」。

 

こうした会話を聞いて子どもたちは育っていきます。世の中や他人はいつも自分の思い通りになるとは限りません。生きていく中で、時には辛抱や我慢も必要になり、「自分以外のもののペースにあわせること」もたいせつです。
 しかし、それは決して「なるに任せる」ではありません。「なるようにしかならないから」といい加減に放り投げておくと、「なるものもならなくなる」。「ならなくなれば、生きていけなくなる」わけです。最大限の備えはしておかなければなりません。生きることとはそういうことであることを、ぼくたちは往々にして忘れがちです。
 「自分ができること」「最大限の努力」をして、あとは「天に任せる」です。人はそれ以上のことができるでしょうか。「天に任せる」までの努力がどれだけ大事かを学べる環境・教えてくれる人は少なくなりました。お百姓さんとのつきあいは、子どもたちだけではなく、ぼくにとっても自らを振り返る良いきっかけを与えてくれます。
 米作りが一段落すれば、受験する子は、いよいよ勝負のときです。入試前になると、電車に揺られ山の中の神社に合格祈願の絵札を納めにいきます。その後神社の参道から駅まで、静けさと身が引き締まる冷気のなか田舎道を歩いて帰ります。木材の町らしく、杉の香りのすがすがしさとリラックス感は何とも言えません。
 「最大限の努力、後は天に任せる、や」。自分にも言い聞かせているぼくの言葉で、子どもたちの顔には、ほどよい緊張感と覚悟が浮かびます。
(「嘘をつくな・狡をするな・楽をするな—米づくりで学べること」の稿はこれで終わります)

  

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