文化財が豊富にあるので、空襲を免れたということを、だいぶ以前に
何かで聞いた。
漠然と、信じていた。
一抹の疑問は、片隅に追いやって。
どうも、「そんなことはなかった」ということがはっきりした。
納得した。
広島と長崎に原爆がおとされるまで、空襲とかはほとんどなかったというのは
原爆のことを書いた本で読んだことがあった。
原爆の候補地だったから、空襲は無かったというような内容だったと記憶している。
その時は、ただ「そうか」と思った。
今回、どちらが先かはわからないが、空襲などの被害が少ない地区で、原爆の
被害の検証を得るという目標があったようだ。
空襲といえば、軍事工場のあるところ、飛行場とか、鉄道とか、主要道路を物資などの輸送路を断つとかで、狙うのは、当たり前に感じるが、空襲がないところが意図的に避けられたか、たまたま、目標にならなかっただけかは、はっきりしにくい。
意図的に、示唆された、通達があったとかで、あれば信憑性にもつながるが、そういう事実が、見当たらないとすれば、「事実ではなかった」と言えるだろう。
古都はたまたま救われたというのが、真実のような気がする。
原爆も広島と長崎の2箇所ですんだのも、8月15日に戦争終結となったため。
終結がもっと早ければ、広島と長崎の悲劇は防げた。
もっと遅かったら、終結までおとす計画だったらしいので、最終的には、日本壊滅になったのかも。そこまでしてしまうと、軍事基地に使うこともできなくなるから、そうなる前に、新しい手を考えなければならなかっただろうが。
日本の古都はなぜ空襲を免れたか
吉田守男
朝日文庫