思ったことを言えないのはバカだからではない。
自分が嫌われたくないからか、相手を信頼していないからだ。
バカだからではないと言い切れるのは、陰ではコソコソと、時には案外大胆に言う。
大人なのであれば、もしくはそれを目指すのであればシャンとしなさいよ。
世の中に10人しかいないのであればね、
10人が君のことを好きなわけない。
そしたら僕は君を信じない。
10人が君のことを嫌いなわけない。
10人が嫌うような人は僕もさすがに疑う。
好きだ嫌いだは半々ぐらいなもんじゃないの?
知ってましたか?
そういう人ほど信頼できる。
誰かが悪口言ってました、みたいな話はどうでもいい上に、それが当たり前なんじゃないの?
むしろ、少し嫌われてた方が人間らしくていいわけです。
「でもあの人は彼のこと嫌ってますよ。」
「だからなにさ。いいねぇ、嫌われてて。」
と僕は言う。
いちいち傷つくな弱っカス。
世界はこんなに広くて素敵なことで溢れ返ってんのに、そうやって小さいことやってっから小さいまんま。
青空のように生きなきゃならない。
青空はボーダーレス!
「あなたのことが好き!」
ナイスーーーーーー、サンキュー!
「お前なんか嫌いだ!」
ウッセーーファッキュー!!面と向かって言ってみろコラ!!
そのぐらいでいいよ、きっと。
卑怯者になりたくないから自分の話を。
僕は誰かの言葉を借りて、
「あの人がこう言ってたんだけど。」
というようには話さないことにしてる。
「あのさ、俺思うんだけどね。」
と話す。
「あのさ。」
と僕が言い出す時は、感情を剥き出す準備の言葉。
嫌われたっていい。
その人のことを思い伝えてるのに、そのことでムカついて離れるならばそうすればいいのだ。
「自分への批判」だと思われてしまわないか?と心配していたら言葉を選んで伝えられない。
こちらもバカにはなりたくないからバカじゃねぇはずだろう、見込んだ通りの奴だろうと人間性を信頼して、話す。
ちゃんと伝わるさ。
イチカバチカだけど、大丈夫。
嫌われてもいい。
そして信頼して話す。
どっちに転んでもいいのだ。
結果が悪ければ、バカで信用出来ない人だったってこと。
僕は無駄が一番嫌い。
そんな人と共に過ごす時間こそ一番の無駄。
その結論は早い方がいいに決まってる。
生き方に小さな違和感があれば真っ直ぐに伝える。
でも、その人の意思には逆らわない。
自分の道だから自分で選べばいいのです。
誰に言われて決めたことではなかろう。
自分の生き方なのだから。
あなたの人生なのだから。
長く一緒に過ごせば、小さなことに失望し、裏切りに感じたり、何を考えてるか分からなくなったり、自分も同じことがやれるように思ってしまったり、そして、音信不通になったり。
道が交わる時期があれば離れてしまうこともある。
それぞれが相応しい道を選ぶべきで、それもそれでとても意味のあること。
友情さえ残っているのならば、いつかどこかで交わるはず。
絶交ではないのだから。
絶交したい奴なんて本当のことを言えばいくらでもいたけど、僕はいつでもまた交わりたい。
その時までは、礼儀正しく距離を置いて、改めてこんにちはと言えばいいと思っているから。
普通じゃないことが起きると、そんなことが早巻で起きる気がする。
たくさん、辛いことがあった一年でした。
たくさん、色んなことがあった一年でした。
それでも、楽しいことも嬉しいこともたくさんありました。
何もないようで、何かがあった一年でした。
でも、もうこんなのごめんだね。
来年は、バリバリ行きたいね!!
良いお年を!

