僕の消灯時間まで

ブログの引越しをしました。
愛する方々へ、遺書のように。

帰還

2018-03-31 01:35:52 | 日記
ただいま、自宅到着です。
差入れや応援に来てくださった皆様、僕は本当に幸せ者だと思います。
普通、仕事だぁといっても、あんなにも差入れや「顔見に来たよ」ってなことはないと思います。
本当に感謝しております。
どうもありがとうございます。

無事にやるべきところまでは終わらせました。
後はオーナーが自ら壁を塗ったり床を塗ったり。

それ以外は全部終了です。

千田くん、たてちゃん、平間さん、禅。
今回もお疲れ様でした。

ここで誰かの「いい人生」が生まれるといいね。


和式の仮設トイレも、このように大改造。


面倒でしたなぁ。
でも、これなら気持ちがいいね。
これまでのトイレはカオス過ぎて写真を載せることもはばかられます。


最後の晩飯は、ホテルの待合みたいなところでコンビニ。
そんなのも楽しいわい。


はぁ〜ん!
疲れましたな。

風呂入って寝ます!

本当にありがとうございました。


ご馳走になったもの。

うなぎ。
韓国料理。
キムパ。
まんじゅう。
大福。
最中。
高級そうなお煎餅
江戸太鼓。
高級そうないなり寿司。
サラダ。
焼肉。
飲物、いっぱい。
ごちそうさまでした!

太りそうなのに、どっこい痩せました。
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とっかん

2018-03-27 23:30:59 | 日記
23日から工事開始。
まずは、大量のゴミの片付けから。
やっとけよ!
という心の声は置いといて、頑張りました。


その後、ようやく解体です。
息子も手伝い。
ファンキーベイビー工務店の誰よりも背の高い息子。
体力では我々の勝ちだ!


桜が美しい。


二人は仲良しです。


ヘトヘトながらも車中泊というアウトローぶり。
銭湯には行きましたよ、もちろん。


カウンターを作ります。


ブロックでカウンターを。
めんどくさいし、重い。


こんなところです。


頭上に棚を。


こんなところです。


キッチンも作ります。
ものすごいスピードです。


「疲れたか?」
「うん。」
「ざまみろ。」


「君は昼飯を食いなさい。」
「父さん達は?」
「食べないよ?」
「え?やっぱり食べないの?」
「食べないねぇ。いらないねぇ。そもそも…」
「日本人が三食食べるようになってから、そんなに歴史は深くねぇってんでしょ?」
「左様。拙者は倹約家、且つ日本人としてのカラダと向き合って生きていきたい。」
「ベッドで寝たい。」


こうやって朝を迎え、震えて起きる。
「寒い。エンジンかけよう。」
「押忍。」

……。

「暑い…。」
僕は嫌いじゃないんだけどね。
快適ですよ。
雨風当たらないんだから。
一度、リュック背負って旅にでも出りゃいいのに。


我々の清貧ぶりを見かねた施主さん。
ホテルを取ってくれましたー!
「ベッドさいこー!」
探してくれた市川さん、ありがとう。


浴衣の着方しらねぇのか。


ご飯もご馳走になる始末。
ありがとう、ありがとう。


今夜はヨコシンと、ヨコシンのボスのタモがご馳走しに来てくれました。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。


残りの時間は僅か。
そんなこんなで息子はタイムアップ。
「禅くん、お疲れさん。これは千田くんからのお礼のお小遣いです。参考書買うなり、エロ本買うなり好きにしなさい。本当に助かりました。」
お前は幸せな人だね。


「じゃあ、帰るね。本当に父さん達だけで大丈夫?」
「なめんな小僧。俺たちはいつでも2人だ。」
「分かった。頑張って!」
大きくなったね。


いい勉強になったかい?
仕事をするっていいだろう?
人に必要とされるって、たまらんだろう?
ゼロから何かを生み出すって楽しいだろう?
父さんの友達は、みんないい人だろう?

君にはね、たくさん勉強をして欲しいと思うんだ。
それは5教科だけではなく、美術も体育も技術家庭も音楽も。
そして、色々な生き方を。

2人で合格発表を見に行った。

何年も前の自分の記憶と重ねながら、番号があればいいなぁと思いつつ、番号が無いことの経験も鮮やかな成長になるのだがと思っていた自分がいた。

結果は不合格。
25年前。
僕は受かって喜んだ。
25年後。
僕はほぼ同じ場所で息子の落胆を目の当たりにした。
立ち尽くす君を見て、嬉しい時も悲しい時も、挫折の時も側にいてあげられる人でいようと思った。
「父さん。」
「おう。」
「準備が甘かった。始めるのが遅かった。なにを言っても自分が悪い。」
「おう。」
「…。もう一回やらせてもらえませんか?」
「お前の人生だ。俺のものではない。冷静に考えなさい。」
「小遣いはいりません。少しでも働きながら稼ぎながら勉強します。負けたままではなく、誰のせいにもせず、もう一度やらせてください。」
「応援するよ。」

彼は浪人することを決めました。
親としてはね、私立でも楽しく生きてくれれば言うことないんだけど、彼が生きたいように生きて欲しいという気持ちに勝たせました。

大変じゃろうの。

でも、こうして仕事をしてみて。
少しだけ広い世の中を見て。
「勉強する」とはどういうことかを知ってから高校時代に入るのはいいことかもしれない。
「勉強したい」という欲求があってこその学問かと、そんな風にお前を見て思います。

ありがとう。
助かったよ。


今夜はイビキ男爵千田と2人で寝ております。

最近、イビキかくんだよな。
マジでうるせぇ。
ゴム鉄砲でも作るかな。
イビキをかきはじめたらピッと撃つ。
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忙しいのも大概に

2018-03-22 20:55:02 | 日記
忙しいのも大概になされよ。
というぐらいにパタパタしてました。
曲面の壁!





息子もお手伝いをしています。


ヘトヘトです。


がんばれよ。
君の決断は正しいと思う。
がんばれ。


もちろん、応援もあります。


ヒロシの髪型を直す僕。


とにかく、コピーロボットが欲しいほどに多忙ですが、年度末なんてのはそんなもんさね。


取材も受けたりしまさぁね。


とにかく僕らは元気です。


明日から東京の現場です。
住込みで、一週間でカフェを作ります。
タイムアターーーーーーック!
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僕らの3月11日

2018-03-13 07:18:14 | 日記
3月11日。
僕たちは、まずはゆきえさんに会いに行きました。
お墓の裏の「34歳」
それを見るたびに驚いてしまう。
分かっていることなのだが。

空は澄み渡って、どこまでも青空が広がっています。
泉ヶ岳も見えて、仙台市内もよく見えます。

そのまま「未来へのエール」メモリアルイベント会場に向かいました。


今年は去年の倍。
みやぎ復興応援団も青空応援団の参加団員も去年の倍。
「みんなのエールを必要としている人達がね、今日はものすごくたくさん来ています。今日は大きな地震があった日だね。大きな大きな悲しみを乗り越えて、大変な日々を乗り越えて、今日という日に来てくれてるんだよね。緊張なんかしなくていい。元気になれ!と一点集中して、エールを送ろうね。みんななら出来る。僕にはそんな自信というか確信がある。」


誰もおしゃべりせず、真剣に聞いてくれています。
未来は大丈夫なような気がします。


「表情がかたいぞ!」
「ギャーーー!」


「阿部副団長…また、つまらないことを言ったのか?」
「いえ、なんでもねぇ…です。」


「言ったよな?」
「言ってません…」


「言いましたよね??」
「はい!」


リハーサルです。


バミリ。


「ここに立つんだよ?」
「はい〜…じゃなかった、押忍!」


「緊張しなくて平気だからね。僕らがずっと後ろにいるからね。」


「大団旗はこのように頼むぜよ。」
「押忍」


彼等は、僕の護衛です。
護衛はいらないんだけど、色々とあってガードマンです。
誰が団長か分からないね。


みんなに品格が出てきました。


いつかそれが風格になれば、僕らはもっといいエールが出来るかと思う。
こやつらは授業中に騒いで怒られてるわけではありません。


いよいよです。


まずは青空応援団から。
「会場を盛り上げておくからね。任せとけ!」
テーマは圧倒です。


さぁ、みやぎ復興応援団の出番です!


すごい!
ステージ黒い!


たくさん練習を重ねて来たので、旗を振れる子も増えました。
団員より上手く振れる子も増えました。
すごい!


恥ずかしさ。
緊張。
色んなものを乗り越えて、人の応援をする。
これはとても勇気のいることです。


僕たちの活動の意義をお話ししました。
夢や希望を語れない。
そんな子ども達が増えてるのは、我々が責任を取るべきだ。
我々が世界を変えていかなくちゃ。

なんで「頑張ってる奴」が「頑張ってない奴」に気を遣わなくてはならんのじゃ。


田島貴男さんです。
「たかおさん?こんちは。平です。」
「おおう!団長!!どうしたの??」
「実は、メモリアルイベントってのがあって、そこで歌ってもらえませんか?」
「いいよ!」
「いいのかい!」
話の早い人です。
詳細も聞かずに。


田島貴男さんはフィルムカメラに目覚めていまして、ニコンのいい感じのカメラをぶら下げています。
「これで団長を撮りたい。」
カシャ。
いい音。

田島目線。


フィナーレ。


みんなで「ふるさと」を歌いました。
山寺宏一さんは、
「世界で一番かっこいい男」と連発してくれました。
恐縮です。
僕は世界で一番、素敵な声の男だと言いたい。


田島さんも山寺さんも、MCの中で僕のことを褒めすぎてくれました。


「褒め過ぎだと思う。」
そんな風にサダポンに言うと、
「君のしてきたことなんだよ。」
と一言で言う。
サダポンは、父親のような兄のような友達のような、そんな人です。


終了後のステージ裏。


みんな、とっても頑張りました!
ダニーの顔の大きさが異様です。


「あのさ。」
「?」
「もう一回、応援団やらね?」
「へ?」
「もう一回、応援団やらねぇかっつってんの。」
「おぉ、いいよ?」

なんで応援団をもう一度やろうと思ったか。
彼に詳細を話したのはその後からです。
「お前がやるってんだから、俺は担いでやろう。」
「ありがとうございます。」


こんなことになるとは思ってなかったなぁ。
色んなところで「全力」を出してきたから、こんなことになったんだ。
たぶん。


色んなところって、100とか200じゃねぇもんなぁ。


色んなこと、あったよね。
だから、こんなことになってんだ。


こんなことって、

こんなことよ。

俺たちがやろうとしてたこと。
未来へのエールじゃろがい。
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全ての約束の先に

2018-03-10 22:30:05 | 日記
禅が中学校に入る時に、それこそ生きるか死ぬかという日々があった。
どうなってしまうのかという不安もだけれど、僕の命でいいのなら代わってあげたかった。

今となってはね、平穏な日々が訪れてなんでもない日々を過ごせています。

三年間というのは本人にとっても早かったようだけれども僕にとっても入学したと思ったら卒業した。

いくつかのお店を作り上げ、いくつかの住まいをリフォームし、いくつかの企画が進んでる。

青空応援団は大きくなり、年間に100本を超える依頼が舞い込むようになった。
そしてダーネイ、カルマン、リュウが死んでしまった。

たくさんの物事が変化し、変遷し、その通りのままではいられなくなるには三年間は十分な期間でした。

卒業式自体は大きな感動!
というものは思いがけずなかったけれど、
「よかったなぁ。」
という想いがあります。
そして10クラスをオーバーするマンモス校の卒業証書の授与はトニカク辛かった(笑)
お尻に脂肪が少ないので、パイプ椅子が痛くて痛くて、
「ふいいーーーーーん!」
となっていました。
「一同起立!」
(待ってましたぁ!)
たぶん、そう思った親御さんは多かったと思う。

親の席に座り卒業式を見ていたわけですが、一通り終わる頃に、
(あぁ、応援団が呼ばれる時はこういう場に呼ばれているんだなぁ。)
と思って見ていました。
PTAの会長さんの話や、校長先生の話。
その後に、僕らが出てきて子ども達にエールと檄を飛ばす。
(こういう場に呼ばれているんだな。)
そう思えたことは、僕にとってプラスだった。
逆の立場から見るというのは、とてもいいこと。
しかも主観的に。
これはね、素晴らしい成長です。

さて。
本日は3月10日。

今日という日がいつまでも続きますように。
今日という日が、なんでもない日が、いつまでも続きますように。

それでもいつか僕は死ぬ。
それでもいつか、君も死ぬ。

なるほど。

なんだよ、簡単なことだな。

メチャクチャに生きてやるだけ。

僕は子ども達のために、自分の時間を使いきりたい。
誰にも止められないぞ。
僕をクビに出来るのは、僕だけだ。

こんなに自由な子たちに、ハングリーな精神を植えつけられるのは僕たち大人の役目。
そしたらきっと、僕らは強くなる。

勝手にフタをしている奴なんかに気をとられるな。
勝手に色々という奴に心を曲げられるな。
その勝手な奴は、年なんか関係なくいるんだぞ。
卑怯だから強いしね。

でも、案ずるな。
僕がいるぞ。
僕らが、ここにいるぞ。

君の心の傘になりたい。
そんな毎日を過ごしていきたい。

さぁ、どうすりゃ出来る?
もう40歳だ。

あわてろ自分。
今しかないんじゃねぇの?
どうすりゃ出来る。


3月10日に、僕は祈ります。

愛とは祈り。
僕は祈る。

してない全ての約束の先に、僕は用がある。
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