流浪オヤジの探検日記

KOBEを拠点に各種イベントや名所・旧跡を見て歩き、紹介していきます。

奈良公園

2017-06-02 | 公園
奈良時代に平城京が置かれた古都“奈良”に来ました。
同市に位置する観光地「奈良公園」を訪れました。
公園内には多くの国宝指定・世界遺産登録物件が点在し、年間を通じて日本国内のみならず外国からも多くの
観光客が訪れ、日本を代表する観光地の一つとなっています。


「猿沢池」
南都八景のひとつとなっている奈良公園にある周囲360メートルの池です。


南都八景は、奈良市の東大寺・興福寺周辺にみられる優れた風景から「八景」の様式にならって8つを選んだ
風景評価の一つです。


「興福寺」
南都六宗の一つである法相宗の大本山の寺院です。


「五重塔」
高さ50.1メートルの木造塔としては、東寺五重塔に次ぎ日本2番目の高さです。


「植桜楓之碑」(しょくおうふうのひ)
幕末に外国奉行、勘定奉行として、幕臣中に重きを成した川路聖謨が 奈良奉行時代に東大寺・興福寺を
中心にこの附近に桜と楓を植樹したときの記念碑です。


「一の鳥居」
春日大社は、中臣氏(後の藤原氏)の氏神を祀るために西暦766年に創設された神社です。


「春日参拝道」


「春日若宮御旅所」
仮御殿の前の芝生の舞台にて神様に向かい芸能が奉納されます。


「仏教美術資料研究センター」(旧奈良県物産陳列所)
明治35年竣工、同年奈良県物産陳列所として開館し、県下の殖産興業と物産の展示販売をおこなう施設として
利用されました。
昭和55年、仏教美術に関連する調査研究資料の作成・収集・整理・保管と関係する図書・写真などの公開を
目的として設置されました。


同公園及びその周辺に生息する鹿は、約1,200頭が徘遊しています。


「鶴の茶屋」
昼食にします。(^_^)


「大和牛カレー」


「常夜燈」


「二の鳥居」


「藤原居両脇築地」


「慶賀門」


「春日万燈籠」


「春日万燈籠」


「幣殿・舞殿/参拝所」


「南門」(なんもん)
藤原氏以外の他姓の者の参入門とされており、現在は本社の正門とされています。


「着到殿」(ちゃくとうでん)
春日祭の折に勅使(天皇のお使い)が着到の儀式を行う所です。


「車舎」(くるまやどり)
天皇の行幸や勅使(天皇のお使い)、藤原氏高官の参詣の折に牛車を入れた車庫です。


「牛車」


鹿は春日大社の神使であり、春日大社創建の際、茨城県にある鹿島神宮の祭神・武甕槌命が神鹿に乗って
やってきたと伝えられています。

奈良公園を通じて、平城京における歴史を再認識しました。
ありがとうございました。 <(_ _)>


<<休憩>>

ドトールコーヒーショップ 奈良コトモール店「アイスコーヒー(S)」
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毛利氏庭園

2017-04-27 | 公園
防府市多々良にある「毛利氏庭園」へ行ってきました。
画像は、城門を思わせる豪壮な総欅作りの「表門」です。


同園は、明治維新後に爵位を得て公爵となっていた旧長州藩主毛利氏の毛利元昭が国許に建てた庭園です。


内庭には、面積7,9344平方メートルのひょうたん池があり、自然林なども調和させた壮大華麗な庭です。


明治四年の郵便創業当時に使用していたものと同じ形のポスト。
もちろん利用可能です。


園内は、旧山陽道(西国街道)に面した入口から薬医門式の表門を経て邸宅玄関前まで続く路傍庭園、
玄関前の前庭、中雀門(ちゅうじゃくもん)から入る内庭で構成されています。
















園内には、ウメ・サクラ・ツツジ・ショウブ・フジ・モミジがあり、四季折々の景観を観ることができます。


『全国植樹行幸の折 御泊 昭和天皇 皇后 御手播樹 昭和三十一年四月七日』

素晴らしい庭園を見せていただきました。
ありがとうございました。
この後は、旧毛利家本邸を見学します。つづく・・・・(^_^)
コメント (2)
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大平山山頂公園

2017-04-24 | 公園
防府市牟礼に位置する大平山へ行ってきました。
頂上周辺には、「山頂公園」があります。


大平山は、山口県防府市牟礼に位置する山として標高631メートルで同市の最高峰です。


山頂には公園が整備されており、芝生広場や遊具広場などを備えた多目的公園です。


「展望台公園」
東は周南市から、西は山口市・宇部市までを瀬戸内海沿いに見渡せます。


「山陽自動車道/国道2号線」


「防府飛行場(航空自衛隊防府北基地)」


「三田尻中関港」


「大平山送信所」
山口県内テレビ局の送信所(中継局)が設けられています。


「NHK山口総合」(コールサイン:JOUG-DTV)


「KRY山口放送周南本局」(コールサイン:JOPF-DTV)


「展望広場」
老朽化のため立入禁止でした。(×_×;


奥側中央:笠戸島(下松市)
手前左側:「黒髪島」(周南市)、手前右側:「大津島」(周南市)

下手な画像で全く伝わりませんが、当日は天候が良く素晴らしい風景を観ることができました。
感激でした。
゚・:,。★\(^^ )♪ありがと♪( ^^)ノ★,。・:・゚

この後も続きます。(^_^)
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高崎山自然動物園

2017-04-18 | 公園
4月15日(土曜日)~16日(日曜日)、大分県別府市方面へ旅行しました。

かんぽの宿別府を後にして、大分県大分市にある「高崎山自然動物園」に来ました。
同園は、高崎山に位置する大分市立の自然公園です。


『大友興廃記』や『豊府紀聞』によれば、高崎山には少なくとも戦国時代には野生のニホンザルが住んでいたとされます。


同園入口からサル寄せ場までを4分で結ぶ2両編成、定員40名の小型モノレール「さるっこレール」が運行されています。


初代ボスザル「ジュピター」像


「開園25周年記念碑」


高崎山のニホンザルはB群、C群の2つの群に分かれ、それぞれボス猿に率いられています。


過去には、1,000頭余を数えたA群も姿を現していたそうですが、C群との争いに敗れて20頭ほどに激減します。
平成14年6月頃から姿を見せなくなったそうです。


高崎山では、野生のニホンザルが生息しており、山麓の万寿寺別院境内に設けられたサル寄せ場では餌付けが行われています。


観光客等が檻を隔てずにニホンザルの姿を見ることができます。






宮崎県の幸島と並んで「日本のサル学発祥の地」とも言われ、「ボス猿」という呼称を日本で最初に使ったとされます。


寄せ場での見所はサルの餌付けタイムです。
高崎山では30分に1回の小麦と1日2回のイモの餌付けが行われています。


「たかもん・たかももラッピングカー」


大きめのオスザルから、可愛い子ザルまで沢山のサルを堪能しました。
ありがとうございました。

この後もさらに続きます。(^_^¥
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バレンタイン広場

2017-02-14 | 公園
2月14日は、『聖バレンタインデー』です。
当日は、世界各地でカップルの愛の誓いの日とされています。

神戸市東灘区に所在する阪神御影駅南側には、日本の“バレンタインデー(2月14日)発祥の地”を記念した
「バレンタイン広場」があります。


広場には、2つのモニュメントがあります。
(左側)テルニ市のシンボルである教会の聖堂やステンドグラスを模したもの
(右側)一つは教会の柱を模したもの


カップルの方は、柱のモニュメントのハートマークから手を入れて、中で手を繋ぐと良いそうです。


設置の経緯として、当地近くに本社がある洋菓子メーカーのモロゾフが日本で最初にバレンタインチョコレートを
発売したことから、バレンタインデーの元祖であるイタリアの聖バレンチノ教会やその所在地であるテルニ市と交流
を続けており、その流れで駅前再整備にあわせてバレンタイン広場を作ろうという事で現在に至ったそうです。


聖堂のモニュメントには、テルニ市長のコメントが刻まれています。

「バレンタインチョコ発祥の地」(解説板から抜粋)
イタリア・テルニ市には聖バレンチノ教会があり、この街からバレンタインデーは世界中に広まりました。
一方、神戸市は日本におけるバレンタインデー発祥の地です。
このことから両市は1986年から交流を始め、この度、当地にテルニ市が認めた「バレンタイン」の名を
付けた広場ができることを大変嬉しく思い ます。
スイーツの街である神戸・御影にあるこの広場を訪問された方々がバレンタインデーの意義やテルニ市を想い、
テルニ市と神戸市の友好交流がますます盛んになるよう期待しています。
2013年5月 テルニ市長 レオポルド・ディ・ジローラモ


意外な場所で記念日の経緯を知ることができました。
偶然に感謝ですね。
(●ゝエ・)ノ【+。゚VALENTINE☆DAY+。゚】q(ゝエ・`○)
コメント (2)
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伊藤公記念公園

2015-09-09 | 公園
伊藤公記念公園は、山口県光市束荷に位置する公園施設です。
日本の初代内閣総理大臣・伊藤博文(いとうひろふみ)公の功績などを紹介しています。


同園内は、伊藤公自身が設計した建物などがあります。


伊藤博文(いとうひろふみ)公は、武士(長州藩士)、政治家を経て日本の初代内閣総理大臣を務めました。


石碑「伊藤公の絶筆」
日露戦争後における自身のやり切れなさを伝えています。


石碑「悠然天地心」
伊藤公が明治天皇の行幸に随行し、山口県訪問の際に読まれた漢詩の一節です。
“第九十代 内閣総理大臣 安倍晋三”の筆により刻まれています。


伊藤公は、日本銀行券C千円券(千円紙幣)(昭和38年11月1日から昭和59年11月1日の間)の肖像として
採用されました。


○伊藤公生家


伊藤公誕150年にあたる平成3年(1991年)に復元されました。


伊藤公は天保12年(1841年)9月2日、周防国熊毛郡束荷村字野尻(現在:山口県光市束荷字野尻)の林十蔵
(後に重蔵)の長男として生まれました。


幼名は“林利助”といい、6歳まで当地にて育ちました。


「伊藤公産湯の井戸」


「産湯の水」


○伊藤公資料館
伊藤公の遺品展示や業績が紹介されています。
鎖国を解き、植民地にされそうな危機を回避しながら新政府を樹立して、明治末には欧米列強と肩を並べるまでに
なった日本の動きが学習できます。
残念ながら、館内は撮影禁止でした。(×_×)


○旧伊藤博文邸(県指定有形文化財)


同邸は明治43年(1910年)、伊藤公の遠祖・林淡路守通起の没後300年にあたり、林一族及び伊藤家を集めて
法要を行うために建てられた建物です。


建築には山口県知事・渡辺融(とおる)、貴族院議員・室田義文両氏が監督となり、施工は清水組(現在:清水建設)が
当時の2,291円38銭で請け負いました。


伊藤公自らが基本設計を行い完成を望んでいましたが、明治42年(1909年)10月、完成を目前に凶弾に倒れ、
故郷に戻ることなくその生涯を終えました。


本館は、洋館木造モルタル二階建て延床面積298平方メートルの建物です・


平成14年(2002年)7月から保存修理工事を着工し、軸部等の部分修理や屋根の葺き替え、車寄せ部分を
明治45年建築当初の姿に復し、平成16年(2004年)2月に竣工しました。


現在は、県指定有形文化財に指定されています。


伊藤公は大日本帝国憲法の起草の中心人物となるほか、初代・第5代・第7代・第10代の内閣総理大臣及び
初代枢密院議長、初代貴族院議長、初代韓国統監を歴任しました。

伊藤公を通じて、あらためて日本史を学習することができました。
ありがとうございました。
ヾ(*´∪`*)oc<【。゜・+:.・ァリガトゥゴザィマシタ・.:+・゜。】ヽ(*´∪`*)ノ"
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三田尻塩田記念産業公園

2015-08-22 | 公園
三田尻塩田記念産業公園は、山口県防府市大字浜方鶴浜に位置する展示館です。
当地は江戸時代中期から昭和30年代までの約260年間にわたって全国有数の塩の産地として栄えました。
その塩田跡地にて、かつての入浜式塩田の諸施設を復元し、併せて道具類の展示及び塩づくりの様子が展示されています。


「常設展示室」
三田尻塩田の歴史や製塩の様子のパネル展示の他、製塩用具や塩にまつわる様々な資料を展されています。


「採かん用具」


「煎ごう用具」


園内には江戸時代の入浜式塩田とその諸施設が再現されています。


「塩田地場」
入浜式塩田の地場(地盤)は、採かん(濃い塩水をとる)作業を行う場所です。
海水が毛細血管現象で表面の砂にしみ込むように作られています。


「暗溝(あんこう)」


浜作業が再現されている様子です。


「三田尻濃縮台」
鹹水(かんすい)が流下盤の上を自然に流れ、濃度を高める装置。
アスファルトと小石を敷く流下盤は三田尻独特です。
※鹹水(かんすい):塩化ナトリウムなどの塩分を含んだ水


「大壺」
濃くなった塩水を貯めておく家屋


「釜屋」


釜屋では鹹水を煮詰めます。


「釜屋の煙突」(登録有形文化財)
高さ12.5m、頂上部周囲4.3m、内径43cm、石造り
鹹水(かんすい)を塩釜で長い時間、高温で煮詰めるための煙突です。
平成24年、『三田尻塩田旧越中屋釜屋煙突』として登録有形文化財に指定されています。


「枡築らんかん橋」
塩田の周囲に築かれた入川(いりかわ)に架けられた石橋。
塩、石炭などを積んだ上荷船(うわにぶね)が満潮時でも通行できるよう橋桁が高くなっています。


入場時にていただいた「三田尻塩」

当ブログでは、残念ながら製塩の流れが理解できないと思います。 m(_ _)m
実際に当地へ訪問していただければ製塩技術が理解できると思います。
また、我が国の塩業を支えた三田尻塩田の歴史も知る事ができます。

お勧めの歴史スポットです。(^_^¥
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陸奥記念公園 対潜哨戒機「PS-1」

2015-06-21 | 公園
山口県大島郡周防大島町大字伊保田に位置する「陸奥記念公園」へ来ました。
同園では、退役した海上自衛隊の航空機が静態保存展示されています。


静態保存展示されている航空機は木々に囲まれて、ひっそりと置かれています。


対潜哨戒機「PS-1」(5818)


同機は新明和工業により製造された国産航空機として、海上自衛隊が保有した対潜哨戒機です。


同機のコンセプトは『外洋における運用を第一の目的とする世界初の飛行艇』とのこと。
高揚力装置、自動安定装置による超低速飛行及び強力な動力境界層制御BLCシステムによって、高いSTOL(短距離飛翔)性能、波消し装置及び新設計の機体による耐性を持つものです。


「探照灯」
夜間において、潜水艦等を視認するサーチライト(探照灯)です。


「魚雷ポッド」
対潜魚雷(Mk44、Mk46、73式短魚雷)×4発(最大)兵装可能


車輪は装備されていますが、地上走行用のものであり、滑走路への離着陸は出来ません。


同機は基地に隣接した水域で離着水し、基地内へはスロープを使って出入りします。
※車輪は海水内でも出し入れ可能


主翼は直線翼、水平尾翼を垂直尾翼の上に配したT字尾翼を採用しています。


垂直尾翼には、海上自衛隊岩国航空基地に所在した“第31航空隊”である『31』が記されています。
さらに機体番号(シリアルナンバー)が『5818』と標記されています。
PS-1は、23機(5801~5823)が製造され、全機が昭和48年3月1日に編成された第31航空隊へ配備されました。
なお、同隊は平成元年3月にPS-1全機退役と伴に解散しています。


機体全景の撮影は、これが精一杯・・・(×_×;


同機は高性能の離着水性能を有し、波高3メートルでも離着水が可能でした。


「T64-IHI-10」
ターボプロップエンジン×4機を装備


「フロート」
飛行艇である証しですね。(^_^)


「ロケットランチャー」
対潜爆弾×3発(両翼最大6発)兵装可能


最大速度:545km/h、航続距離:約4,000km


乗員:12名、全長:33m、全幅:33m、全高:10m


平成元年3月17日に最後の一機が退役し、形式消滅しました。


×△※(自主規制)があるとしか思えない見せ方です。
機体の全景が見渡せるように改善して欲しいです。(+_+)

この後は、同園に隣接している記念館へと移動します。つづく・・・・(^_^¥
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鉄道記念広場

2015-04-30 | 公園
防府市八王子に蒸気機関車と客車を静態展示している「鉄道記念広場」があります。

かつて山口県防府市と佐波郡徳地町(現山口市)の間に鉄道路線が結ばれていました。
当時の本路線に防石鉄道という鉄道事業者が運営していました。


機関車「2」
川越鉄道(現・西武鉄道)2を開業時に元の番号のままで同社から譲り受けました。


製造国:ドイツ、製造:クラウス社、製造年:明治27年
長さ:7.8m、高さ3.6m、幅2.4m、重量23.1トン


旧国鉄の前身である鉄道院に在籍したB形タンク式蒸気機関車である“国鉄10形蒸気機関車”と同型です。


防石鉄道は昭和31年に蒸気機関車の使用を停止しますが、本車両は防石鉄道廃止後も残り、防府市内の児童公園に保存されました。
平成7年に防府市へ寄贈され、平成8年から鉄道記念広場で静態展示されました。


運転室内


同車は大きさが手頃で高性能であることから、同型機が川越鉄道や甲武鉄道、両毛鉄道にも導入されました。


運転室内はイギリス製のような曲線ではなく、ドイツ式の直線だそうです。
整備性の向上に配慮を図っているとの事。


社名は、周(すおう)と見(いわみ)を結ぶ目的から命名されました。
津和野を通り益田へ抜け、山陽と山陰を結ぶ鉄道として計画されました。


大正8年7月5日、三田尻(現:防府)-奈美(現:上和字)間が開通。
さらに大正9年9月23日、上和字-堀の間 (7.4キロ)が開通します。
しかし、経営悪化により昭和39年7月1日、全線廃止となります。


客車「ハ6」


明治32年、中国鉄道ハ68として平岡工場(東京)で製造されました。
その後国鉄に移り、昭和23年に防石鉄道が購入しました。


客車「ハニフ1」


防石鉄道の開業にあわせて大正7年に枝光鉄工所(福岡)で新たに製造されました。


防府市へに寄贈された後、JR西日本埴生車両所(現在:下関車両センター)にて更新されました。
その後、防府駅付近連続立体交差事業により作られた鉄道記念広場(平成8年2月15日開場)に設置されて現在に至っています。

貴重な蒸気機関車や客車の出会いに感謝ですね。
一部分ですが、地元の歴史を知ることが出来ました。
(^_^)
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東山公園

2014-07-03 | 公園
「東山公園」は、目黒区東山に位置する区立の公園施設です。


「東山公園と東山地区センターの由来」の記念碑


同園建設以前は、昭和33年7月から昭和54年4月の間、当時の建設省(現在:
国土交通省)の機関である国土地理院が当地に所在していたそうです。


「国土地理院跡地記念碑」
地球の形を決めるための測量の基準となる国際重力点があったとのこと。
標高:31.93メートル
重力値:979.76ガル


「一等水準点 第11025号」
標高:31.1m
北緯:35度38分
東経:139度41分


実物の「水準点」です。

現在、同院は茨城県つくば市に所在しています。
当地には、地図や測量に関する施設「地図と測量の科学館」があるそうです。
この機会に是非、行ってみたいですね。(^_^¥
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ヴェルニー公園から見える横須賀港

2014-06-24 | 公園
横須賀市汐入町に位置するヴェルニー公園は、横須賀港に面していることから
アメリカ海軍の横須賀海軍施設や海上自衛隊横須賀基地に停泊する艦船を
近く見ることができます。


護衛艦・DD-108「あけぼの」(左側)
護衛艦・DD-107「いかづち」(中央)
護衛艦・DD-101「むらさめ」(右側)


護衛艦・DD-109「ありあけ」


アメリカ海軍・イージス艦(ミサイル駆逐艦)・ DDG-62「フィッツジェラルド」
スタンダードミサイルSM-3を搭載するミサイル防衛対応艦船です。


アメリカ沿岸警備隊(USCGC)・WHEC-722「モーゲンソー(Morgenthau)」
同隊の保有する長距離カッター(High Endurance cutter, WHEC)です。
法執行任務、防衛任務及び長距離捜索救難任務などを任務としているそうです。


海上自衛隊・潜水艦(艦名不明)×2隻
横須賀海軍施設側に停泊していました。

艦船に興味がある方々には、お薦めのスポットです。
一見の価値ありです。(^_^¥
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世田谷公園

2014-06-12 | 公園
世田谷公園は、世田谷区池尻に位置する区立公園です。
同園には、蒸気機関車が静態保存されています。


「国鉄D51形蒸気機関車」


昭和14年、川崎車輌にて製造された“272号機”です。


本車両は昭和47年9月30日まで間、運行されました。


車掌車が連結されています。


「国鉄ヨ5000形貨車」


日本国有鉄道(国鉄)において昭和34年から昭和43年頃までに製造、または
改造により登場した事業用貨車(車掌車)です。


同車は、プラットホームに供え付けられている形で静態保存されています。

通りすがりで見かけた蒸気機関車と車掌車でした。
偶然に感謝です。(^_^)
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ヴェルニー公園

2014-04-20 | 公園
護衛艦カレーのイベントを諦め、「ヴェルニー公園」に来ました。
同園は、横須賀市汐入町に位置する市立の都市公園です。
名称は横須賀造兵廠その他の近代施設の建設を指導し、日本の近代化に
協力したフランス人技術者“レオンス・ヴェルニー”に由来します。
園内には、旧海軍関係の慰霊碑があります。


「正岡子規の文学碑」
横須賀港内に連なる帆檣(ほばしら)の印象を詠んだものです。


「軍艦沖島の碑」
同艦は昭和11年、日本海軍初の大型敷設艦として竣工しています。


「軍艦長門碑」
長門は、太平洋戦争開戦時の連合艦隊旗艦です。


「国威顕彰碑」
艦橋の形をした碑です。
残念ながら、正面の碑板が剥がされていて細部不明です。


「軍艦山城之碑」
大正11年、第一回及び第二回の旅順閉塞作戦に参加しています。


「海軍の碑」
終戦の昭和20年から50年目の節目となる平成7年に建立されました。


同園は横須賀港に面しているので、アメリカ海軍の横須賀海軍施設や艦船を
見ることができます。
この後は、園内に所在するヴェルニー記念館へ移動します。
つづく・・・・。(^_^)


<おまけ>

同園駐車場にて、“痛車”を発見。


金剛型壱番艦「金剛」
ブラウザゲーム“艦隊これくしょん”のキャラクター(艦娘)の一つとのこと。
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市電ひろば

2014-03-29 | 公園
先日、京都市下京区に位置する梅小路公園へ行ってきました。
同園に「市電ひろば」があります。
京都市交通局が保管していた京都市電の車両を保存展示しています。


京都市交通局700形電車(703号車)


京都市交通局800形電車(890号車)


890号車の車内


890号車の運転台


京都市交通局1600形電車(1605号車)
600形の改造(ワンマンカー化)による派生形式です。


京都市交通局500形電車(505号車)
車内がカフェに改装されています。


公園内では、日本初の路面電車が運行されています。


京都市交通局狭軌I形電車(27号)


同車両は明治後期に製造され、昭和36年に廃止された堀川線(北野~京都駅前)を運行されていました。


現在は、リチウムイオン電池を動力源として運行しています。


京都市交通局広軌I形電車(29号車)
同園内の“すざくゆめ広場”で保存されている展示車両


29号車の車内


京都市交通局2000形電車(2001号車)


京都市交通局900形電車(935号車)

京都市電は、京都市交通局が運営していた市電(路面電車)でした。
明治28年に京都電気鉄道によって日本最初の一般営業用電気鉄道として開業しました。
明治45年の市営路線開設、大正7年の全面市営化を経た後、昭和53年9月30日限りで全廃されました。

この後、梅小路蒸気機関車館へ移動します。(^_^¥
コメント (4)
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雄翔園

2013-07-18 | 公園
「雄翔園」は予科練平和記念館(茨城県稲敷郡阿見町)のお隣に予科練の碑を
配した庭園です。


中央の芝生は桜の花びらをかたどっており、芝生周りの敷石は錨(いかり)を、
芝生の中の7個の石は予科練の制服“七つボタン”と七つの海を表現しています。


「予科練之碑」
予科練の戦没者約1万9千人の霊璽簿(れいじぼ)を納めています。


「予科練二人像」


「若鷲の歌」の石碑
“若い血潮の予科練の~”の歌詞の始まりで知られている歌です。

若い生命を捧げた予科練出身の方々の尊い心を感じることができました。
今の平和に感謝です。
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