13年7月20日
試合翌日の新聞はこんな感じ。
左上のED紙だけは試合当日のものです。ファンボメルの両親が息子について語っている素敵な記事らしいです。いつか読みたいと思っているのですが、いつになることやら…
前夜は試合の興奮もあり、なんやかやで深夜3時頃まで夜更かしをしたのですが、売り切れる前に駅前の書店で新聞を買うため、頑張って早起きしました。(前日、ED紙が売り切れてて、探し回ってあたふたしたので…)
そしてそのまま、あの熱狂と感動の舞台をもう一度見に行くことにしました。
早起きとは言ってももう8時過ぎなのですが、土曜日ということもあるのか、人通りがほとんどなく、とても静かでした。
ゴミだらけ(汗)。レジェンドの足元にもゴミが…
スタジアムまで至る道にも、試合の名残と思われるゴミがたくさん落ちてました・・・以下、ゴミゴミフォトが続きますご注意ください。
奥にスタンドが見えます。試合の日もここから覗けたりするのかな???
だけどこれらのゴミも、試合の熱狂を伝える遺物のひとつだと思えば…。
まだ試合のロゴのフラッグが掲げられています(真ん中)。ちょっぴり切なくなります…
ガラスに背景が写り込んでしまってよく見えませんが、トロフィー等が飾ってあります。
今は立派なミュージアムがありますが、それまではここにこのような歴史的グッズが展示してあったのでしょうか?(知らない)
ちょっと一般の人がぷらっと入れる感じではなさそうでした…
ゲストの選手たちを乗せた車が通り、両脇をファンが囲ったあの熱かった道も今はひっそりしてます。
さて
午前9時になろうかというところです。
まだスタジアムを半周もしてませんでしたが、真顔で何事かぶつぶつつぶやいてるおじさんが出没したりしてちょっと恐くなってきたのと、寒くて体が冷えてしまったので、とてもとても名残惜しかったのですが、スタジアムを後にすることにしました。
そうなのです。何度も「この頃のオランダは連日30℃超えの猛暑だった」と書きましたが、この時はかなり肌寒かったのです。よく覚えてませんが、12~13℃ぐらいだったかと。長袖Tでは厳しいです。
それにしても、夜11時より朝9時の方が寒いというのは、不思議な感覚でした。
来た道を戻る際、清掃やオフィスのスタッフがちらほらと出勤して来たり、ファンショップの開店を待つお客さんが現れたりしたので少しほっとしました。
休日のアイントホーフェンの街もじょじょに目覚めて行ってるようです。
ワタシはこれまで何度も、事あるごとに、ファンとしてファンボメルのことを誇りに思う、などと言って来ました。
だけどこのたび、その言い方はなんか違うかも、と思いました。
それはやっぱり家族や仲間が言うセリフだな、と。
だからと言って「応援させてくれてありがとう」とまでへりくだる感じでもなく…。
誇りという言葉を無理やり使うなら、ファンであることを誇らしく思わせてくれてありがとう、とか。
ややこしい。やっぱりシンプルにMark bedankt.でいいか。
05年にPSVを退団する時、ファンボメルは「必ず戻って来る」と約束して、7年後、その約束を守りました。
そして今回再び、今度は監督として「必ず戻って来る」と、同じ約束をしました。
フィリップススタディオンを背中にして歩きながら、ワタシは、ファンボメルの新しい約束が果たされるのを見届けに、またここに来たい、来る、と、決意しました。
密かな自分との約束です。もっとも自分はファンボメルと違って意思ヨワヨワおぼろ豆腐ですので、果たされる見込みはありませんが…(苦笑)
<終>
>新しい約束・・・その時もご一緒に見届けたいですね。
私個人的には、歳はキツく(汗)なりますが、web上で繋がっている事が出来たら、と真剣に考えていますよ。
記事ありがとうございました。
ワタシとてトシがヤバいです(汗)
まあ、その時はファンボメルが監督になるのはまだまだ先の話だと思っていたのですが、思ったより早く叶いそうな気配なので、まだ先立つものが~!とちょっと焦ってみたり(^_^;)でもシアワセなことです。
実に8ヶ月(!!)がかりのシリーズになりました。どうにもダラダラしてしまいましたが、最後までお付き合いくださいまして本当にありがとうございます m(__)m