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わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

90歳からの詩人・柴田トヨさんの生涯「くじけないで」

2013-11-19 19:05:01 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img034 詩人の柴田トヨさんは、今年の1月に101歳の天寿を全うした。彼女の生涯を描いた作品が、深川栄洋監督「くじけないで」(11月16日公開)です。トヨさんは、90歳を過ぎてから詩をつづり始め、老いの日常を見つめる優しい視線で共感の輪を広げ、98歳で刊行された処女詩集「くじけないで」と、第2詩集「百歳」が累計200万部のベストセラーになったという。深川監督は、「60歳のラブレター」(09年)や「白夜行」(11年)などで話題を呼んだ若手の才人。トヨさんを演じるのが、80代を迎えても初々しい魅力を失わない八千草薫で、59歳から98歳までのトヨさんを繊細な感性で演じているのが見どころだ。
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 映画は、老いたトヨの一人暮らしの生活から始まる。彼女の唯一の気がかりは、一人息子・健一(武田鉄矢)のこと。優しいが短気な性格で、どの仕事も長続きせず、60歳になったいまも競輪場通い。暮らしは、しっかり者の妻・静子(伊藤蘭)が支えている。だが、緑内障の手術をしてから、トヨは急に元気をなくす。そんなとき、健一は新聞の「投稿詩人募集」記事を見てトヨに投稿をすすめる。「季節のことや、毎日考えたことを詩にするんだ」と。その日からトヨの詩作が始まり、快活さを取り戻す。やがて、手繰り寄せられた記憶が過去へと遡っていく。幼かった健一のこと、夫との幸せな思い出、幼少時に父親の借金返済のため奉公に出たこと。明治・大正・昭和・平成に及ぶ思い出が浮かび上がる。
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 なんでもない日常を、ひとつひとつ言葉に置き換えていく作業。そのシンプルな詩を縦糸に、家族の流転や人々との触れ合いを横糸にしてドラマが織り上げられる。展開は全体的にセンチメンタルで、やや暗い。加えて、トヨさんの幼い頃を芦田愛菜が、中年の頃を檀れいが演じるなど、三代に及ぶ親子・夫婦関係が錯綜して分かりづらい点もある。しかし、八千草薫の好演が、それを補って余りある。八千草は宝塚歌劇団出身。映画界でも純情可憐な容姿で人気を得、稲垣浩監督「宮本武蔵」三部作(1954年)のお通役などで成功。名監督・谷口千吉と結婚。今日でも「舟を編む」(13年)などで活躍を続けている。
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 トヨさんは八千草のファンで、自身の生涯が映画化されることを知り楽しみにしていたというが、クランクイン前に死去した。ドラマの軸になるのは、トヨさんと息子・健一との感情の綾である。実際の健一さんは映画化にかかわっていたと思うのだが、劇中、どうしようもないグウタラ息子ぶりをさらけ出すことを意に介さなかったらしい。武田鉄矢(好演!)演じる健一が、「詩は情熱が大事なんだ」と母親を励ますくだりが、ダメ息子のイメージを帳消しにする。「九十八歳でも恋はするのよ。夢だってみるの。雲にだって乗りたいわ」(「秘密」より)と詠ったトヨさん。その想像力の限りない飛翔に感動する。(★★★★)


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