わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

母親と息子の異様な葛藤「少年は残酷な弓を射る」

2012-06-23 17:13:19 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

9 ティルダ・スウィントンは、イギリス出身の異色女優です。1985年に「カラヴァッジオ」で映画デビューして以来、7本のデレク・ジャーマン監督作品に出演。やがて、ハリウッドで「ナルニア国物語」シリーズや「フィクサー」(アカデミー助演女優賞)に出演。同時に、アート・フィルムにも参加し続けている。その彼女が、長年の友人であるリン・ラムジー監督とともに、主演・製作総指揮を手がけたのがイギリス映画「少年は残酷な弓を射る」(6月30日公開)です。米国生まれのライオネル・シュライバーが執筆した小説の映画化で、スウィントンは自分に悪意を抱く息子に戸惑う母親の心理の綾を繊細に演じている。
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 冒険作家として奔放に生きてきたエヴァ(スウィントン)は、フランクリン(ジョン・C・ライリー)と結婚して息子ケヴィンを授かる。だが息子は、幼時からエヴァにだけ反抗を繰り返し、心を開こうとしない。やがてケヴィンは、美しく、賢い、一見完璧な少年に成長。だが、その裏で母への反抗心は収まることがない。そして、まるで悪魔の心を持つかのように、ケヴィン(エズラ・ミラー)はエヴァのすべてを破壊する事件を引き起こす…。
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 映画は、エヴァ一家の過去と現在を巧みに交錯させていく。冒頭、郊外の朽ち果てた一軒家に一人で住むエヴァ。玄関には嫌がらせの赤いペンキがぶちまけられ、彼女は通行中の女性から罵倒され殴られる。それもこれも、少年刑務所にいるケヴィンのせいらしい。過去、息子の妊娠中、何か違和感を覚えたエヴァ。生まれた息子は泣きやまず、言葉も発せず、一向におむつが取れず、反抗を繰り返す。ただ、夫が抱けば泣きやみ、夫が帰宅すれば笑顔で迎える。やがて生まれた娘は、強力な溶剤を顔にかぶり片目を失う。これもケヴィンがやったことか? こうしたヒリヒリするような母と息子の葛藤が心を締め付ける。
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 一体、家族とは何なのか? すこし心がずれて、行き違っただけで、互いに理解不能になり、人間の醜悪さが露呈する。本物の愛などは、実はどこにも無いのではないか。ある意味で、家族の本質をついた作品である。「原作では、無関心な子育てがはらんでいる爆発の可能性について注意を促している」と、ティルダ・スウィントンは言う。「モーヴァン」(02年)以来9年ぶりの新作となるラムジー監督は、極力暴力シーンは避けて、このドラマを映像・色彩・セリフともに、女性監督らしく繊細でなめらかな運びで繰り広げていく。
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 残酷さと美しさを併せもつ息子ケヴィンを演じるエズラ・ミラーは、1992年、アメリカ生まれの新星。何を考えているのかわからない少年の冷酷さを巧みに表現する。彼は語る-「ケヴィンは、母親の見せかけの姿を見破り、疎ましく思い始めて、彼女の茶番をぶち壊すために、自分もまた見せかけの姿を作っている」と。そして、こうした行き違いが、ついに悲惨な殺人事件にまで発展するのだ。全体に暗い雰囲気の作品で、描かれる家族関係(特に少年像)には共感できないけれども、この手の問題は、今日、避けて通れないことなのかも知れません。 (★★★★)


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