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デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

その日、蝉も木々もソフィー・ミルマンに聴き惚れた 

2010-08-15 05:58:07 | Weblog
 その野外ステージは広さ40ヘクタールに及ぶ札幌芸術の森の一画にあり、札幌の豊かな自然環境の中で音楽を満喫できる。その日、8月8日は朝から蒸し暑く、会場は蝉の合唱が木霊するなかビール片手に開場前から長蛇の列だ。ケイコ・リーが13時に最初のステージに上がったころ、大粒の雨が降り出し、野外ならではの一面傘の風景に彩られる。次のオマール・ソーサが登場したころに雨は止んだものの、気温はさらに上がり、団扇や扇子が4ビートで揺れていた。

 そして17時、お待ちかねのステージだ。ポール・シュローフェルのピアノ・トリオにメキシコの画家と同姓同名のサックス奏者、ディエゴ・リヴェラが上がり、ゆったりとしたテンポで演奏が始まる。シンガーが登場する前にバックバンドが1,2曲演奏するケースが多いので、いつものパターンかと思い、酔いが回った目でぼんやりとステージを眺めていたら、前方からどよめきが起こった。デビューアルバムの写真からは小悪魔的なイメージを受けるが、ステージ袖から出てきたのを気付かないほど落ち着いた色のドレスを纏った小柄なお嬢さんだ。それがどうだ、「デイ・イン・デイ・アウト」を歌いだした途端、ステージが一瞬にして華やぎ、会場を汗が滲む暑気から汗を飛ばす熱気に変えた。

 「捧ぐるは愛のみ」や「アイ・コンセントレイト・オン・ユー」のスタンダードから、ボサノヴァの名曲「マシュ・ケ・ナダ」、ブルース・スプリングスティーンのカバーまで選曲は幅広く、曲筋からみるとカテゴリーを越えたシンガーに思えるが、どの曲も派手な装飾をそぎ落とし、歌の持ち味を生かしたフェイクは間違いなくジャズシンガーである。サイドメンのソロを巧みに引き継ぎ、次から次へと飛び出すフレーズは声色豊かに、祖国ロシアに思いを馳せた「黒い瞳」は自在にテンポを変え、ドラマティックに歌い上げる。歌詞に込められた感情を引き出す表現力と歌心は、とても27歳とは思えないほどスケールが大きい。

 バックバンドだけの「A列車」を1曲はさみ、全てのナンバーを丁寧に歌った75分のステージは別世界だった。そして、アンコールに応えてピアノだけをバックに歌いだす。The evening breeze caressed the trees tenderly・・・芸術の森という場に最も相応しい曲は、自然の大きさを包み込み、誰よりも美しく優しく涙があふれる。その日、ソフィー・ミルマンに送られた数千人の拍手は、いつまでも木霊し、蝉も木々も拍手に加わっていた。
コメント (35)
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