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ダンスとか。

ダンスビエンナーレ TOKYO 2004 (Gプロ)

2004-11-28 | ダンスとか
青山・スパイラルホール。
▼スサンナ・レイノネン 『ノーワン ジャスト ユア フレンド』
Susanna Leinonen, No, One, Just Your Friend
フィンランドの振付家。下手寄りに照明で縦に2本の帯状空間が作られ、そこに女性2人が並んで正面向きのまま踊り、やがて上手から横にもう1人入ってきて、3人で同じモティーフの組合せをバラバラに踊る。バレエベースにモダンやコンテンポラリー、あと無理矢理の笑い顔や歪んだポーズなどもしかしたら舞踏も入っているのかもしれない振付はよく作ってあり、ダンサーもよく踊れる。体の向きの操作と、上体を中心としたダイナミックなフォルム。終盤になって上手奥にある鞍馬のような台も少し用いられる。タイトルとは裏腹に演劇的な仕掛けはほぼ皆無、とっつきやすいテクノに乗せたとっつきやすいダンス。これといって特徴的なところは見当たらないがウェルメイドな仕上がりでそれなりに楽しかった。25分。
▼サスキア・ヘルプリング/ダンス・キアス 『エクスポジシォン・コーア』
Saskia Hoelbling / DANS.KIAS, exposition corps
オーストリアの女性アーティストによるソロ。緑色の照明で客席まで包まれ、舞台の中央に白リノを張った低い小舞台が斜めに置かれて、その周囲に大きな照明が3基。白い下着のような格好のヘルプリングが入ってきて、大音響のノイズがカットイン、観客の多くがビクンとなる。プロレスラーが相手の出方を伺う時のように小舞台の周りをうろついた後、中に入って寝転がると音響は一気に静かな電子ノイズに変わる。以後ノイズや照明の色がしばしば変化し、ヘルプリングは寝た状態で身悶えるように動いたり、立ち上がって上空に手を伸ばしながらジャンプしたりする。27分。正直まったく理解できなかった。動きの動機がどこにあるのか、光や音がどういう役割を果たしているのかなど、コンセプトがつかめない。タイトルは身体の露出とかそういうことなのだろうけど、プログラムを読んでも一向に要領を得ず。困った。
それにしてもホールの作りというのは、パフォーマンスの見え方に大きく影響するということを改めて実感した。この2本だけ会場が違ったわけだが、これがもし青山円形劇場だったらと想像してしまう。壁や床の色、広さ、アクティングエリアの形、袖の有無、客席の向き、椅子の素材。
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ダンスビエンナーレ TOKYO 2004 (Fプロ)

2004-11-28 | ダンスとか
青山劇場。
▼クリスティーナ・チュプケ 『リスウムリス(ライン/アウトライン)』
Christina Ciupke, rissumriss (line/outline)
ベルリンのアーティストによるソロ。大空間に照明で縦あるいは横の細い線を作り出し、その光で体の一部だけを見せながら動く。終始無音。闇の中に浮かび上がる、断片化した人体の一部が、単なるよくわからない抽象的な形態のように見えたり、やはり「人体の一部」であるように見えたりして、次第に網膜上の知覚と脳内での認識とがぶつかり合い主導権を争い始める。「形」なのか「人」なのか、ゲシュタルトが揺らぐ。目に映っているものを脳が修正したり、頭で思い描く像が網膜において否定されたりする(だけの)50分。あまりの退屈さにこんなことをボサーッと考えていたらプログラムにほとんど同じようなことが書かれてあって、良くいえば「コンセプトが周到かつ十全に実現されている」ということだが、「言葉で説明してしまえる以上のことが行われていない」ともいえるわけで、そもそも舞台空間をただの光学的な情報に還元してしまう作品コンセプト自体が貧しすぎないか。ちなみにDプロのミリアム・グルフィンクとは交流があるらしい。わかりやすい。
▼カルメン・ワーナー/プロビジョナル・ダンザ 『ピエル(スキン)』
Carmen Werner / PROVISIONAL DANZA, PIEL (skin)
スペインのカンパニー、一昨年に続く登板。ダンサーは女性2、男性3。ソファーやスタンドなどが置かれた室内空間で、黒いスーツを着た男が女を全裸にしたり、水を吹いたり、ユニゾンで踊り出したり、バロックのアリアとテクノがフェードでつながれたり、前回同様ありがちなピナ・バウシュ系タンツテアターの亜流。強いて挙げれば床に脚を伸ばして座った姿勢で髪を振り乱す大きな動きの振付が『ファイン・ロマンス』でも見受けられたもので、この人の特徴といえるのかもしれない。大きな転換なしにモザイク状にシーンが推移していく。63分。
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