橋本橋を渡ってすぐ、右折。
この道は県道13号に指定されているようだ。
「向副」という信号もない十字路をそのまま進んでしばらく。
正面にガソリンスタンドを見て、右へと分岐するのが高野街道(京大坂道)だ。
紀ノ川のサイクリングロードに沿うように進むこと約300m。
「三軒茶屋大常夜灯籠」。(冒頭写真)
名前からしてここに茶屋が3軒並んでたのかな?
この道はいかにも旧街道らしい雰囲気で、快調に足を進めること約5分、距離なら700~800mぐらいだろうか。
素敵な風景に思わず足を止めてパチリ。
信号もなく、車もめったに通らないから走りやすい。
T字路に出て左折。
学文路天満宮一の鳥居なんてものが左手に現れ、ちょっとそそられるところではあるものの、天満宮は直線距離でも500m以上離れた高台ということで、先に進むとしよう。
ちなみに学文路と書いて「かむろ」と読む。
高校生の頃に熟読した真田太平記にも出てきた地名だし、並走している南海電鉄高野線に学文路駅があるからね。
ネット等でたびたび紹介される難読地名・難読駅名も、鉄チャンのコスモタイガー的には初めての様な気がしない響きなのだ。
県道13号に合流する地点には地元の人たちに整備されていると思われる小綺麗な祠がある。
高野山六地蔵の第2の地蔵、という説明書きがある。
名前の通り6つの地蔵さんがあるんだろうけど、目的は「高野街道を利用したトレーニング!」(笑)だからね。
そのまま県道を走りましょう。
700mぐらいかな?
左斜めに入る小道がある。
これが旧街道やね。
すぐにT字路になり、旧街道は右なんだけど、「←大畑才蔵勝善の墓・かむろ大師奥の院」なんてそそられる案内板があるんだよね。
ここまで順調に進んだから〈言い訳〉、この辺で寄り道しましょうか。
車1台がやっとの道を左右にカーブしながら上る。
南海線を踏切で渡り、反時計回りに登った先にあるのが「かむろ大師」。
ここに案内板どおり、大畑才蔵さんの墓があった。
とはいえ、そもそも大畑才蔵さんが何者なのか、さすがにリサーチしてこなかったからなぁ。
どうやら江戸中期、主に紀州藩を中心に活躍した土木技術者で、治水や灌漑工事で活躍したらしい。
当時の学文路村で生まれ、今も学文路の地で静かに眠っている。
ここはかなりの絶景スポットらしく、数人の散策?ドライブ?の先客もいた。
大師というんだから、弘法大師にゆかりがあることは間違いないが、ごめん、メインは高野街道だからね。
この辺はリサーチ不足気味。
高野街道に戻る途中、中腹といえる場所に、かむろ大師の奥ノ院がある。
奥ノ院のほうが手前にあるというのも若干不思議な感じはするが、こちらも数人の先客がいるものの、静かな山寺の雰囲気ではある。
立派な本堂に手を合わせてトレーニングの無事を祈っておこう。
さぁ、今日はこの先、まだ楽しみが残ってるからね。
寄り道はこの辺にして旧街道に戻りましょう。
来た道を戻って旧街道を進む。
案内表示が整備されているため迷うことはない。
国370を斜めに横切り、街道らしい道が続く。
街道名物?の郵便局前を通過し、左にカーブすれば再び国370に出る。
その合流の手前にあるのが「学文路三叉路道標石」。
当時の文字もまだ読めるんだね~。
案内板によれば、このまま直進で国370を横切り、その先の南海高野線を渡って明らかに登っていくのが旧街道。
でもコスモタイガーはここでコースアウト!
国道に沿って走る。
といってもわずか150mほどで学文路駅なんだけどね(笑)
旧高野街道runとしては、さっきコースアウトしてるし、すでに20km弱走っている気がするからね。
このまま帰ってもいいんだけどさ。
でも絶対外せない腹案があるからさ。
幸い、時計はまだ14時を少し回ったところ。
まだまだ帰れないんだよな~。