女にだって一国の王にもなれるし、大統領にもなれるし、首相にもなれるし、大会社の社長にもなれる。しかもただなれるだけではなく、自らの能力、裁量によって執務、業務を遂行することができる。
サッチャーは英国首相であったし、土井たかこは衆院の議長であったし、葛城みさとはNERVの作戦部長であった。サッチャーはアルゼンチンと戦争までやった。
これらは女性の能力が男に勝るとも劣らないことを示している。しかし女には西成の日雇い労働者にはなれないし、技術職にしても営業職にしても製造業を主とする企業の一般社員には非常になりにくい。何故か。
土方については腕力と体力に負ける分仕方がないが、企業の一般社員に圧倒的に女性が少ないのは、これはもう一点、女性は子供を産み育てるからだという、ありきたりの理由に真理があると思う。現在の企業においては継続的な活動を通じて成し遂げられる事業に、半年から1年間のブランクは致命的な打撃を与える可能性がある。これがもし女性には子宮だけで乳が男にあればおもしろいことになったであろう。女性は産休で2ヶ月休み、男は育児休暇で3ヶ月休むか。しかし子供をあずける余裕のない家庭、あるいは自らの手で育てるというポリシーの方々は、夫か妻どちらかが退職し家庭に入ることになるだろう。とすると子供に食事を与える道具の乳を持っている男がやめていくケースが多くなるに違いない。しかし哀しいかな、ひょっとしたら幸運にも現実はそうではない。業務内容が、積み上げて行くことにより、より大きな成果の実現を目指すという性質である以上、女性の参加を求めたくても経営者は恐くて頼めず、はなから諦めているのである。結果として、単純作業、習得に時間を要しない作業、いつでも差し替えのきくポジションが女性にまわって来ることになる。職種によって事情が異なる端的な例は、教師である。これは女性にとって不利となる理由はほとんど無い。常に自分の今ある力で勝負できるからである。さて、家庭に入り、子供を育て主婦業に専念する女性が圧倒的に多い。これは今の社会構造によるものだろうか。違うと思う。これは本質的な問題ではないだろうか。と言うのは、輝いて見える主婦が結構多いからだ。そうあることに生きる手応え、喜び、心の充足を実感している主婦は決して少なくないと思う。誰もが、個々に持っている価値観に従って生きることができれば幸運である。その選択肢に主婦というあり方は不動のものとして存在し続けるに違いない。碇ユイもそう言っていた。
サッチャーは英国首相であったし、土井たかこは衆院の議長であったし、葛城みさとはNERVの作戦部長であった。サッチャーはアルゼンチンと戦争までやった。
これらは女性の能力が男に勝るとも劣らないことを示している。しかし女には西成の日雇い労働者にはなれないし、技術職にしても営業職にしても製造業を主とする企業の一般社員には非常になりにくい。何故か。
土方については腕力と体力に負ける分仕方がないが、企業の一般社員に圧倒的に女性が少ないのは、これはもう一点、女性は子供を産み育てるからだという、ありきたりの理由に真理があると思う。現在の企業においては継続的な活動を通じて成し遂げられる事業に、半年から1年間のブランクは致命的な打撃を与える可能性がある。これがもし女性には子宮だけで乳が男にあればおもしろいことになったであろう。女性は産休で2ヶ月休み、男は育児休暇で3ヶ月休むか。しかし子供をあずける余裕のない家庭、あるいは自らの手で育てるというポリシーの方々は、夫か妻どちらかが退職し家庭に入ることになるだろう。とすると子供に食事を与える道具の乳を持っている男がやめていくケースが多くなるに違いない。しかし哀しいかな、ひょっとしたら幸運にも現実はそうではない。業務内容が、積み上げて行くことにより、より大きな成果の実現を目指すという性質である以上、女性の参加を求めたくても経営者は恐くて頼めず、はなから諦めているのである。結果として、単純作業、習得に時間を要しない作業、いつでも差し替えのきくポジションが女性にまわって来ることになる。職種によって事情が異なる端的な例は、教師である。これは女性にとって不利となる理由はほとんど無い。常に自分の今ある力で勝負できるからである。さて、家庭に入り、子供を育て主婦業に専念する女性が圧倒的に多い。これは今の社会構造によるものだろうか。違うと思う。これは本質的な問題ではないだろうか。と言うのは、輝いて見える主婦が結構多いからだ。そうあることに生きる手応え、喜び、心の充足を実感している主婦は決して少なくないと思う。誰もが、個々に持っている価値観に従って生きることができれば幸運である。その選択肢に主婦というあり方は不動のものとして存在し続けるに違いない。碇ユイもそう言っていた。
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