<NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー>
~若い弦楽四重奏団のホープ クァルテット・インテグラ演奏会~
ドビュッシー:弦楽四重奏曲 ト短調 作品10
バルトーク:弦楽四重奏曲 第5番
ベートーベン:弦楽四重奏曲 「ラズモフスキー」第3番 ハ長調 作品59-3
弦楽四重奏:クァルテット・インテグラ
収録:2024年5月30日、トッパンホール
放送:2024年07月05日 午後7:30~午後9:10
バルトーク:弦楽四重奏曲 第5番
ベートーベン:弦楽四重奏曲 「ラズモフスキー」第3番 ハ長調 作品59-3
弦楽四重奏:クァルテット・インテグラ
収録:2024年5月30日、トッパンホール
放送:2024年07月05日 午後7:30~午後9:10
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弦楽四重奏団のクァルテット・インテグラは、2015年桐朋学園に在学中のメンバーによりに結成された、メンバーの年齢が全員二十代という若いカルテットである。2021年「バルトーク国際コンクール」弦楽四重奏部門第1位。2022年「ARDミュンヘン国際音楽コンクール」弦楽四重奏部門第2位、併せて、聴衆賞を受賞。第8回「秋吉台音楽コンクール」弦楽四重奏部門第1位、併せて、ベートーヴェン賞、山口県知事賞を受賞。キジアーナ音楽院夏期マスタークラスにて最も優秀な弦楽四重奏団に贈られる「Banca Monte dei Paschi di Siena賞」を受賞。クライブ・グリーンスミス氏、ギュンター・ピヒラー氏の指導を受ける。第41回霧島国際音楽祭に出演し、「堤剛音楽監督賞」及びに「霧島国際音楽祭賞」を受賞。NHK「クラシック倶楽部」、「リサイタル・パッシオ」、「ららら♪クラシック」等に出演。サントリーホール室内楽アカデミー第5,6期フェロー。磯村和英、山崎伸子、原田幸一郎、池田菊衛、花田和加子、堤剛、毛利伯郎、練木繁夫各氏に師事。公益財団法人松尾学術振興財団より助成を受ける。2022年秋よりロサンゼルスのコルバーンスクールにレジデンスアーティストとして在籍。現在、クライブ・グリーンスミス氏、マーティン・ビーヴァー氏に師事。
三澤響果(第1ヴァイオリン)
菊野凜太郎 (第2ヴァイオリン)
山本一輝 (ヴィオラ)
パク・イェウン(チェロ)
菊野凜太郎 (第2ヴァイオリン)
山本一輝 (ヴィオラ)
パク・イェウン(チェロ)
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ドビュッシー:弦楽四重奏曲 ト短調 作品10は、1893年に作曲された。同年12月29日にパリの国民音楽協会にてイザイ四重奏団によって初演された。当初、ドビュッシーは、弦楽四重奏曲を2点を作曲する予定であったが、構想がまとまったのは同作のみであった。循環形式によって各楽章が関連付けられている点に、ドビュッシーが敬慕したセザール・フランクからの影響が看て取れる。全般的に旋法的であるうえに、ポリフォニックというよりホモフォニックな傾向ゆえに、しばしばグリーグの弦楽四重奏曲が刺戟になったと指摘されている。ほかにも、ボロディンやジャワのガムランからの影響を見る向きもある。
今夜のクァルテット・インテグラのドビュッシー:弦楽四重奏曲 ト短調 作品10の演奏は、この曲の輪郭をくっきりと際立たせた明確な演奏内容がリスナーまで届き、聴いていて心地よい雰囲気に満ち溢れていた。この曲は、往々にして、曖昧模糊とした演奏内容が評価される傾向にあると思うのだが、クァルテット・インテグラはそんなことにはお構いなく、若々しく、エネルギッシュな演奏内容を前面に立て、曲全体の活力が何の屈託もなく表現できていた点が高く評価できる。このように書くと何かパワーが前面に出た演奏のような印象を与えると思うが、繊細で瑞々しく、ドビュッシーの心の琴線に触れる面も十分に披露できた演奏内容ではあった。
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バルトークの弦楽四重奏曲第5番Sz.102は、1934年に作曲された。1920年代のバルトークは急進的に無調へ突き進んでゆく作風の作品を書き上げ、弦楽四重奏曲第3番(1927年)、第4番(1928年)はその典型的な作例となっている。しかし1930年以降は、三和音による終止など伝統的な和声への回帰の傾向が見られるようになる。第5番は、全部で5つの楽章からなり、それまでの表現主義的な傾向を捨て去り、再びロマン派的な作風への回帰が見られる作品。調性感の明確さが際立つが、難解な曲であることには変わりはない。 独自の様式感に、より清澄な音響を盛り込んだ、いわゆる晩年様式を予言する作品とも言われている。
今夜のクァルテット・インテグラのバルトーク:弦楽四重奏曲 第5番の演奏は、非常に安定感のある4つの弦の響きが美しく交差し、円熟味が加わったバルトークの弦楽四重奏曲の世界を巧みに描き切っていた。4つの弦がそれぞれの自己主張を十分に展開するのだが、最終的には、一つのまとまりのあるバルトークの世界観を描き切る。バルトークの6曲の弦楽四重奏曲は、ベートーヴェンの16曲の弦楽四重奏曲と並び称される弦楽四重奏曲の最高峰に位置付けられている作品だが、クァルテット・インテグラはいたずらに神聖化せず、一音一音を明確に演奏することによって、この曲の持つ内容を、時には若々しくダイナミックに表現し、全体として緊張感あるものに仕上げることに成功したようだ。この曲もバルトークの弦楽四重奏曲独特の晦渋さに覆われているが、それに挑戦するかのようなクァルテット・インテグラの情熱的演奏に思わず引き込まれ、聴き込むこととなった。
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ベートーベン:弦楽四重奏曲 「ラズモフスキー」第3番 ハ長調 作品59-3は、1806年に作曲された。ベートーヴェンはラズモフスキー伯爵によって弦楽四重奏曲の依頼を受け、作曲された3曲の弦楽四重奏曲はラズモフスキー四重奏曲作品59として出版された。これはその3曲目に当たるのでラズモフスキー第3番と呼ばれる。これらの3曲は作品18の6曲とは作風・スケールなどによって大きな隔たりを持つ。形式の拡大、徹底した主題労作や統一、またロシア民謡の採用もみられ、今までにない異例の長大さを示す。それはもはや室内楽の規模ではなく、交響的な音世界を表現している。特にこの第3番は、堂々とした構成と曲想を持ち、フーガ的な楽章によって全曲を締めくくる。
今夜のクァルテット・インテグラのベートーベン:弦楽四重奏曲 「ラズモフスキー」第3番 ハ長調 作品59-3の演奏は、比較的軽快なテンポで弾き進む。少しの淀みもなく、この大曲をしっかりと自らの感覚で消化して、リスナーの前に提示する。このため、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲という高い峰が、いつもより身近なものに感じられた。要するに今夜の演奏は、新たに現代的な衣装を纏ったベートーヴェン像が生まれ出たような演奏にであったように感じられた。古色蒼然としたベートーヴェンでもなく、あるいは、ベートーヴェンをただ畏敬するだけでなく、ベートーヴェンの曲が根源的に持つパワーを素直に表現し得た演奏として評価したい。(蔵 志津久)