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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇ジャクリーヌ・デュ・プレのドヴォルザーク:チェロ協奏曲(ライヴ盤) 他

2011-08-16 10:31:12 | 協奏曲(チェロ)

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲
サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番

チェロ:ジャクリーヌ・デュ・プレ

指揮:セルジュ・チェリビダッケ
管弦楽:スウェーデン放送交響楽団(ドヴォルザーク)

指揮:ダニエル・バレンボイム
管弦楽:フィラデルフィア管弦楽団(サン=サーンス)

CD:ワーナーミュージック・ジャパン WPCS‐22178

 これは、イギリス出身の女流チェロ奏者のジャクリーヌ・デュ・プレ(1945年―1987年)が録音したライヴ演奏を収録したCDである。ドヴォルザーク:チェロ協奏曲が、指揮:セルジュ・チェリビダッケ/管弦楽:スウェーデン放送交響楽団で、1967年11月26日にストックホルム・コンサート・ホールでの収録。サン=サーンス:チェロ協奏曲が、指揮:ダニエル・バレンボイム/管弦楽:フィラデルフィア管弦楽団で、1971年1月23日、フィラデルフィア・アカデミー・オブ・ミュージックでの収録である。ジャクリーヌ・デュ・プレは、ギルドホール音楽学校で学び、16歳にして1961年ロンドンでデビューし、国際的チェリストとしてのキャリアを積んだというから、早くからその才能を開花させたチェリストであった。21歳の時、現在指揮者として活躍している、当時ピアニストであったダニエル・バレンボイムと結婚。しかし、25歳(1970年)の若さで、多発性硬化症の兆候が出始め、第一線のチェリストとしては引退せざるを得なかった。そして、1987年に42歳の若さでその一生を終えている。その余りにも短い演奏家としての活動期間から、悲劇の天才的チェリストとして、後世の現在に至るまで長くその名が語り継がれることになる。

 ジャクリーヌ・デュ・プレの演奏の特徴は、何といっても自由奔放なその演奏スタイルにある。最近の演奏家は、どの楽器でも質の向上は目覚しいものがあるが、演奏技術が均一化され、画一化された印象は拭えない。それに対し、ジャクリーヌ・デュ・プレの演奏は、自分が感じた音楽を誰の気兼ねもなく、堂々と正面から挑み掛かり、見事に自己表現を成し遂げてしまう、いわば、天才的な音楽的感覚が他の演奏家と一線を画しているところであろう。そのため、演奏曲を素直に披露するといった弾き方ではなく、自分はこう感じたから、こう弾くのだという個性的な演奏スタイルが身上だ。このCDでは、このことがドヴォルザーク:チェロ協奏曲での演奏に顕著に現れている。それに、このCDでのセルジュ・チェリビダッケの指揮ぶりが、ジャクリーヌ・デュ・プレの持つ感性とマッチして、相乗効果をもたらしているとでも言おうか、実に大らかで情熱的演奏が見事である。チェリビダッケ(1912年―1996年)は、ルーマニア生まれで、主にドイツで活躍した指揮者だ。フルトヴェングラーの前にベルリン・フィルの常任指揮者を務め、最後はミュンヘン・フィルの芸術監督をルドルフ・ケンペから引き継いでいる。楽団員ともトラブルを起こすなど、平穏な指揮者活動ではなかったようだが、その演奏は、現在の指揮者には求められないようなスケールの大きい、形而上学的な世界を描き切って見せる凄さを内包した指揮ぶりに特徴がある。ジャクリーヌ・デュ・プレとセルジュ・チェリビダッケの天才肌の二人の組み合わせのこのCDは、正に聴き応え充分と言ったところ。

 ドヴォルザーク:チェロ協奏曲は、セルジュ・チェリビダッケ指揮のスウェーデン放送交響楽団による第1楽章のオーケストラだけの演奏の部分だけ聴いても、とてつもないロマンの香りに陶然となってしまうほどだ。そして、ジャクリーヌ・デュ・プレのチェロが重々しく弾き語り始める。同時に安らぎを求めるように、細やかでリズミカルなチェロの音色が辺りを覆い、チェロ協奏曲の醍醐味を十二分に満喫することができる。特にチェロとオーケストラとが対話するように演奏されるところが、まるで一遍の小説を読んでいるようで、興味が尽きない演奏内容になっている。第2楽章は、しみじみとしたメロディーが心の奥底に染み渡わたる演奏だ。とてつもなくゆっくりとしたテンポが、このことをより一層印象付けているかのように感じられる。この辺を聴いていると、ジャクリーヌ・デュ・プレとセルジュ・チェリビダッケの音楽性の同一性が、明確にリスナーに伝わってくる。目を閉じれば、あたかも目の前に緑の草原が地平線まで広がっているかのようだ。そして、最後の第3楽章が始まる。ジャクリーヌ・デュ・プレのチェロが投げかける問いに、セルジュ・チェリビダッケの指揮が答えるといった塩梅で演奏が力強く進んでいく。このため曲の持つスケールが十二分に表現され、終楽章として大満足な出来栄えだ。ジャクリーヌ・デュ・プレのチェロは、決して標準的な世界を描くわけではないが、とにかく一度聴いたら忘れられないような個性に裏打ちされている。

 サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番は、夫君のダニエル・バレンボイムの指揮のフィラデルフィア管弦楽団の伴奏で、ジャクリーヌ・デュ・プレのチェロ演奏がライヴ録音で聴ける。ここまでなら、理想的な録音と思うが、既にジャクリーヌ・デュ・プレには、多発性硬化症の兆候が出始めており、体調が充分とは言えない状況下で行われたものだけに、聴きようによっては、デュ・プレ特有の奔放さが陰を潜めているともとれるかもしれない。このCDのライナーノート(エリザベス・ウィルソン著)によると、ヴァイオリニストのピンカス・ズッカーマンは、この時のデュ・プレ様子について「病状が進み、腕の筋肉もコントロール能力も落ちていたジャクリーヌは、反応のいい楽器が手に入ったことをとても喜んでいた」と語っていたという。ここで言う「反応のいい楽器」とは、バレンボイムが筋力の衰えたデュ・プレのために、楽に弾ける新しいチェロをプレゼントし、これをコンサートで弾いたことを指している。サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番は、オペラ「サムソンとデリラ」、ピアノ協奏曲第4番などの傑作と相前後した作曲された内容の充実したチェロ協奏曲。チェロの神様のカザルスは、この曲を「ベートーヴェンの田園交響曲にインスピレーションを得た作品」とデュ・プレに説明したという。この伸び伸びとした田園風景を彷彿とさせるチェロ協奏曲を、堂々と弾きこなし、病を抱えていることを忘れさせる演奏内容となっている。むしろいつものデュ・プレの自由奔放さが陰を潜めただけ、逆に安定した構成力が魅力とも聴けるライヴ録音である。(蔵 志津久)


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