シューベルト:歌曲集「白鳥の歌」
バリトン:ジェラール・スゼー
ピアノ:ダルトン・ボールドウィン
CD:東芝EMI TOCE-7180
シューベルトの歌曲集は「美しい水車屋の娘」「冬の旅」それにこの「白鳥の歌」が三大歌曲集として昔から親しまれている。「美しい水車屋の娘」は青年の青春の思いが歌に存分に込められ、聴くものを魅了してやまない。これはシューベルトの青春の思いであると同時に、年配のリスナーのほろ苦い青春の思い出にも通じる。これに対し「冬の旅」は実に重々しい。聴いていて息が詰まりそうになり、最後まで聴き通せない。シューベルトは死と常に直面して生きていたわけであるが、誰一人いない寒い寒い冬の道をとぼとぼと歩いていき、このままでは死しかありえないような、壮絶な思いを「冬の旅」は語りかけてくる。
そして今回の「白鳥の歌」である。「白鳥の歌」はシューベルトの死の年に作曲された単独のリートを集めて、一つの歌曲集にしたものであるが、最初から歌曲集として作曲したかのような統一性のある、見事な仕上がりとなっている。シューベルトはもう死の恐怖を通り過ぎて、悟りのような境地にたどり着いたような感じすら受ける。そこには、昔の明るさが戻っており、静かな静かな精神が広がっている。シューベルトは我々に「人生なんて所詮ちっぽけな人間の思い込みに過ぎない。肩の力を抜けばもっと豊かな世界が見えてくる」とでも言ってるようだ。そんなわけで今の私には三大歌曲集の中で一番身近な存在なのが「白鳥の歌」だ。今、手元において繰り返し聴ている。
このCDはスゼーのバリトン、ボールドウィンのピアノというゴールデンコンビによる「白鳥の歌」のCDで、私にとってはお宝CDなのだ。スゼーはフランス人なのにドイツ・リートを歌わせるとドイツ人以上に旨い。“ビロードのような音質を持つバリトン”と謳われたスゼーの歌声は魅力的だ。そして何よりもスゼーの声は「白鳥の歌」に素晴らしくよく調和する。ところで、このCDのライナーノートには「録音:1970年頃」と記載されているが、何故「頃」となったのか不思議だ。スゼー(1918-2004年)52歳頃の録音ということになる。(蔵 志津久)