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◇クラシック音楽 NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー◇角野隼斗 ピアノリサイタル

2022-12-20 09:51:34 | NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー



<NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー>



~角野隼斗 ピアノリサイタル~



ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53「ワルトシュタイン」
ショパン:スケルツォ 第1番 ロ短調 作品20
     ノクターン 第13番 ハ短調 作品48 第1
     バラード 第2番 ヘ長調 作品38
     ポロネーズ 第6番 変イ長調 作品53「英雄」
     小犬のワルツ 第6番 変ニ長調 作品64 第1
角野隼斗:大猫のワルツ

ピアノ:角野隼斗

収録:2021年3月9日 武蔵野市民文化会館 大ホール

放送:2022年12月19日 午後7:30 ~ 午後9:10

 ピアノの角野隼斗(1995年生まれ)は、千葉県八千代市出身。2014年に開成高校から東京大学理科一類に進学。東京大学大学院進学後は情報理工学系研究科創造情報学専攻にて機械学習を用いた自動採譜と自動編曲について研究。2018年ピティナ・ピアノコンペティション(PTNA/ピティナ)特級グランプリを受賞。これにより音響工学研究者に加え音楽家になる決意を固め、プロピアニストとして活動を始める。2018年フランス音響音楽研究所 (IRCAM) に留学し、音楽情報処理の研究に従事。2019年に東大POMPの先輩らと男女混成6人のシティソウルバンド「Penthouse」を結成し、Cateen名義でPf.(ピアノ/キーボード)を担当。同年「リヨン国際ピアノコンクール」第3位。2020年東京大学総長大賞を受賞し、大学院(修士課程)を修了。2021年第18回「ショパン国際ピアノコンクール」三次予選進出(セミファイナリスト)。自身のYouTubeチャンネルでは「Cateen かてぃん」名義で活動し、チャンネル登録者数は100万人、総再生回数は1億1600万回を超えている。

 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番ハ長調作品53「ワルトシュタイン」は、1803年から1804年にかけて作曲された。この時期にはヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」や交響曲第3番「英雄」などの傑作が生みだされた時期に重なるが、衰え続ける聴力はベートーヴェンを悩ませ、1802年にはハイリゲンシュタットの遺書を書かせるまでとなった。しかし、1803年、エラール製のピアノが贈られると、その結果、これまでになく輝かしく壮麗なピアノソナタが生み出されることとなった。構成は壮大である一方、抒情性は豊かに広がり、管弦楽的な書法はピアノ音楽史に新たな地平を切り拓くものとなった。「ワルトシュタイン」という通称は、この曲がフェルディナント・フォン・ワルトシュタイン伯爵に献呈されたことに由来する。1805年にウィーンの美術工芸社から出版されたが、初版時の表題は「ピアノフォルテのための大ソナタ」であった。

 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」における角野隼斗の演奏は、既成概念に捕らわれず、角野隼斗が肌で感じたベートーヴェン像がくっきりと表されていた。日本のクラシック界は、長い長い年月をかけてドイツ音楽を吸収し、そしてベートーヴェンへの音楽へとたどり着いた。そこには、ある一定の決まり、掟のようなものが存在しており、演奏家も聴衆も、その伝統の下でのドイツ音楽、ベートーヴェンの音楽に接してきたのである。それは、それで正解であったわけではあるが、これからのわが国のクラシック音楽界を演奏の面から考えてみると、かつての伝統の基盤の上に、さらに新しい視点を持った、わが国独自の演奏スタイルの確立が渇望される。その意味で、角野隼斗のベートーヴェンの演奏スタイルは、その候補の一つに挙げてもいいのではないのか。私は、今夜の角野隼斗のベートーヴェンの演奏を聴きながら、突然、かつてサンソン・フランソワ(1924年―1970年)が遺したベートーヴェンのピアノソナタの録音を思い起こしてしまった。ショパン弾きの達人サンソン・フランソワが、ベートーヴェンの核心をズバリと表現した演奏内容だ。角野隼斗も既成概念に捕らわれず、新しいわが国独自のクラシック音楽像の確立に今後、尽力して行ってほしいものだ。

 ショパン:スケルツォ第1番は、1833年に作曲され、1835年に出版された。ショパンは、スケルツォを憤怒・激情を訴える楽曲に仕立て上げたが、この曲はその第1作で、青年ショパンの激しい感情が随所に漂っている。ショパン:ノクターン第13番は、1841年作曲され、翌1842年に出版された。ショパンの円熟期の作品で、ジョルジュ・サンドとのノアンでの生活のうちに作られ、心身が充実していた時期のもの。劇的な華やかさと男性的なたくましさを伴った作品。ショパン:バラード第2番は、1839年に完成され、シューマンに献呈された。ショパンは全部で4曲のバラードを作曲したが、シューマンは、この第1番はショパンがポーランドの詩人アダム・ミツキェヴィチのある詩に霊感を得て作曲されたものであると語ったと述べている。ショパン:ポロネーズ「英雄」は、力強いリズムを持つこの作品は、ポーランドの栄光をたたえ、ショパンの愛国心のあらわれとされる。ショパン:第6番「小犬のワルツ」は、晩年の1846年から1848年にかけての作品。ショパンの恋人であったジョルジュ・サンドが飼っていた子犬が自分の尻尾を追ってぐるぐる回る習慣を描写した曲。

 今夜のショパン作品における角野隼斗の演奏は、角野隼斗が本来持つ感性がショパンの曲に良くマッチして、聴き応えのある演奏内容となった。単に、感傷に溺れることなく、筋の通った演奏内容であるので、説得力を持ったものに仕上がっていた。角野隼斗のショパン演奏には、何か澄んだ清々しさが漂う。ショパンの作品は、”棘を持ったバラのようだ”と表現されることがある。これは、表面的な穏やかさとは裏腹に激しい感情を内包しているためにいわれる言葉だ。角野隼斗の演奏は、このショパンの激しい感情を内包している場面においても、決してバランスを失うことはない。むしろ、純化の度合いがますます濃くなり、その研ぎ澄まされた感覚が聴衆の心を奪っているかのように思える。ベートーヴェンと同様、わが国におけるショパン演奏にも既成概念があり、「ショパン演奏はこうあらねばならない」と言うような見えざる高い壁があるように思えてならない。今夜の角野隼斗のショパン演奏を聴くと、その壁を乗り越えられるピアニストであるとも思える。クラシック音楽の歴史を見ると、当時流行った貴族だけでなく大衆の舞曲なども積極的に取り入れ、現在のクラシック音楽のスタイルにたどり着いた。角野隼斗はクラシック音楽以外の音楽にも関心が高いと聞く。今後、これらの視点での角野隼斗のショパン演奏が聴けることを楽しみに待ちたい。(蔵 志津久)
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