シネマ見どころ

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「ヒッチコック」(2012年アメリカ映画)

2013年04月11日 | 映画の感想・批評


 1950年代の終わり頃、アルフレッド・ヒッチコックは「北北西に進路を取れ」の成功によって頂点にあったといってよいだろう。マスター・オブ・サスペンスの称号を得て、わが世の春を謳歌していた巨匠は次にパラマウントとの契約が控えていて、次回作の構想を練っていた。そんなときに読んだロバート・ブロックのホラー小説「サイコ」に引き込まれてしまう。当時、世間を震撼させた猟奇大量殺人事件にヒントを得たキワモノ小説だ。
 この映画は「サイコ」映画化に揺れるヒッチコックの人間関係、とくに妻や女優陣との愛憎を描いて飽きさせない。あくまで映画化に固執するヒッチに対して、周囲の反応は功成り名を遂げた巨匠の撮るべき内容かという顰蹙だった。初期のヒッチコック映画の脚本を書き、渡米後は側面から支え続けた愛妻アルマまでが取り合わない。おまけにパラマウントはゲテモノ映画に出資することをためらう。パラマウントといえばハリウッドの名門映画会社で品格が売り物だ。しかし、ヒッチの執念はついに豪邸を抵当に入れてまで資金を捻出しようとする。その少年のような情熱にアルマも折れ、パラマウントも高レートの興収を条件に配給することを呑む。
 ヒッチがただの職人監督でないのは、こうした冒険精神に拠るところが大きい。巨匠の地位に安住していても名声は揺るがないというのに、あえて自身のキャリアを壊しかねないリスクを負おうとする。撮影所内の初号試写で不興を買ったヒッチは落ち込むが、アルマに励まされてふたりで再編集した完成版は大ヒットし、周知のとおりヒッチの傑作となった。
 まるで大きな子どものようなヒッチと、それを母親のように影から操縦するアルマの関係がおもしろい。(ken)


原題:Hitchcock
監督:サーシャ・ガヴァシ
脚色:ジョン・J・マクローリン
原作:スチーブン・レベロ
撮影:ジェフ・クローネンウェス
出演:アンソニー・ホプキンス、ヘレン・ミレン、スカーレット・ヨハンソン