シネマ見どころ

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「セールス・ガールの考現学」(2021年 モンゴル)

2023年05月24日 | 映画の感想・批評
 モンゴルといえば遊牧とかモンゴル相撲とか、あるいは大相撲の名横綱を輩出する国だとか、その程度の知識しかない。むかし学校でモンゴル人民共和国と習った国がソ連崩壊によって、いまは非社会主義国となっていることも忘れがちだ。そういう古い観念でこの映画を見ると、かなりびっくりする。こんにちのモンゴル社会は、ある意味で日本なんかよりよほど開放的で進んでいるようにも思った。
 冒頭から意表を突く。
 誰かがくずかごに投げ捨てたバナナの皮がうまく入らずに道路に落っこちる。
 何人もの通行人がいともあざやかにバナナの皮をすり抜けて通り過ぎてゆくのだが、右からさっそうと現れた若い女性がまんまと皮を踏んづけてしまい、すってんころりと宙に舞うところでストップモーションが決まる。
 この奇抜な幕開けで笑わせておいて、次の場面では、くだんの女性が松葉杖をつきながら大学の同級生のサロールにバイトの代役を頼んでいる。
 大学で原子力工学を学ぶサロール(つまりリケジョだ)は、友だちにバイト先の店に連れて行かれて仰天する。セックス関連の道具や玩具がところ狭しと並べられたポルノショップだったから。
 無口で真面目で童顔のサロールは化粧っ気もないし愛想もない。前半は、そんな彼女が店番を務めるポルノショップ店を訪れる様々な客とのエピソードを並べ、モンゴルにおける性風俗の一端をうかがわせて興味深い。店を閉めたあとは海千山千の女丈夫然とした初老のオーナーのもとへ売上金を届けるのである。
 後半は、むしろ世間ずれしていない彼女を気に入ったオーナーとの交流が中心となるが、どうしていまの学部を選んだのか聞かれたサロールが「母親の望みだ」と答えると、なぜ自分の思いどおりの道を歩まないのかと問い返されて答えに窮する場面がある。関心のない授業時間に教師の似顔絵をスケッチしたり、自室で油絵を描いていたり、その関心はむしろ美術にあることがほのめかされていて、彼女なりの苦悩がのぞく。
 この映画のおもしろさは、オーナーの生き様に対する共鳴・反発、両親や近所に住む男友だちとの関係を通して、サロールが徐々に人間、また女性として成長するさまを愛おしむように描いてるところにあって、なんともそれが微笑ましい。成長に応じてサロールの髪型やファッションが変化するのも見どころだ。映画として洗練されていてうまいと思った。音楽の使い方もうまい。
 ことに、単なる話友だちだった男の子を自室に招いて、これも経験とばかりに全裸となって迫るサロールがおかしいが、性欲の塊と化した男の子が自らも丸裸となって挑んだあとの大失敗の下ネタギャグ(あまりにも露骨なので詳細は省く)には笑ってしまった。何というおおらかさだろうか。日本映画も見習うべきである。
 原題はモンゴル語で「売り子」を意味するらしく、それを英訳してセールス・ガール(女子店員)としたのだろう。これに考現学とつけた邦題は褒めていい。ことしの収穫のひとつである。(健)

原題:худалдагч охин(Khudaldagch ohin)
監督:センゲドルジ・ジャンチブドルジ
脚本:センゲドルジ・ジャンチブドルジ
撮影:オトゴンダバア・ジグジツレン
出演:バヤルツェツェグ・バヤルジャルガル、エンフトール・オィドブジャムツ