シネマ見どころ

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「土を喰らう十二ヵ月」(2022年 日本映画)

2022年12月14日 | 映画の感想・批評


 東京タワーを横目に見ながら街を出る一台の車。向かうは人里離れた信州の山の中。雪が積もっていてあたりは静まりかえっている。そこの山荘には作家のツトムが住んでおり、締め切りの迫った原稿を担当編集者の真知子がはるばる取りに来たというわけだ。真知子の来訪がよほど嬉しいのだろうか。ツトムはまずお茶を点て、真知子をもてなす。そこに添えられた真っ白に粉の吹いた干し柿が、何と美味しそうなこと。ここまで仕上げるには相当な手間がかかったはず。ガブリと一口でかじりつく真知子を見ながら微笑むツトム。実はまだ原稿はできあがっていないのだが、そんなひとときがツトムにとって楽しみの一つのようだ。二人のこのようないい関係は長く続いているのだろうか。
 作家の水上勉が1978年に女性向け雑誌に連載したエッセイ「土を喰ふ日々 わが精進十二ヶ月」と「土を喰う日々-わが精進十二ヵ月-」を原案にし、「ナビィの恋」の中江裕司監督が映画化したこの作品は、少年時代に京都の禅寺で修行をし、精進料理の作り方を体験した水上勉が、晩年軽井沢で自ら育てた野菜や山で採ってきた山菜などを使って様々な料理を作ることによって得た、食べることと生きることの大切な関係を静かに語りかけているようだ。
 主人公のツトムを演じるのは沢田研二。かつてのスーパースターもしばらく映画やドラマからは遠ざかっていたが、昨年は「キネマの神様」で志村けんの代役を引き受け、そして1年半もかけてこの作品を撮り続けるという精力的な仕事ぶりだ。年齢と共に備わってきた奥ゆかしさを感じさせながらも、ジュリー!と呼ばれてきたアイドルとしての魅力もまだまだ健在。そこに存在しているだけで十分絵になるのだ。水上勉に似ているかどうかは別として、福井出身で京都にも住んでいたことがある水上を、京都出身の沢田が演じるのはこの上ない選択。時折発せられる関西弁の響きが何とも心地よい。
 真知子を演じるのは松たか子。初老のツトムとの会話を楽しみながら、作ってもらった料理の食べっぷりの、まあいいこと。その姿から一つひとつの料理の美味しさが自然と伝わってくる。そして第二の主人公ともいえるのが、二十四節気と共に語られる食材の数々だ。立春の白菜漬けや小芋の網焼きに始まり、冬至のふろふき大根に至るまで、実際に畑で育てた野菜や山で採れた山菜はまさに生きるために作られたもの。スーパーに並んでいるキレイな野菜と違って土付きなのだが、これがいいのだ。少しくらい土の匂いが残っていてもそれが味わいとなる。たった今、土から採ってきた旬の食材、これこそ生きる糧なのだ。「土を喰らう」とはこのことか。その食材を使っての料理、実際は料理家の土井善晴が担当したというから、見た目も味も格別なのは当然なのだが・・・。
 ある意味生き方の手本ともなっていた義母チエの葬式の日、通夜振る舞いの時も生前お世話になった弔問客に料理を作るツトム。義母も地域の人たちとの繋がりを持っていたのだ。そして自らも死と直面し、真知子とのこれからを真剣に考えることとなる。自分のことを振り返れば、ツトムと同じように田畑で米や野菜を作り、何気なく毎日を過ごしているが、もうすぐ朝起きて「ああ今日も生きている」という実感を得るようになるのだろうか。食べて、生きて、そして誰かと一緒に楽しんで、死ぬまで続くこの繰り返しが大切な日常なのだ。
 (HIRO)

監督:中江裕司
脚本:中江裕司
撮影:松根広隆
出演:沢田研二、松たか子、西田尚美、尾美としのり、檀ふみ、火野正平、瀧川鯉八、奈良岡朋子