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「線は、僕を描く」(2022年、日本映画)

2022年12月07日 | 映画の感想・批評


 水墨画がこんなに美しいものとは。墨の濃淡と筆遣いで描かれる世界。タイトルがまた秀逸。「僕が描く」のではなく、線に導かれるということか。

家族を災害で亡くし、喪失感の中で学生生活を送っている主人公、青山霜介(横浜流星)がアルバイト先で出会った水墨画の一枚に魅せられ、静かな涙を流す。
それを見かけた水墨画の大家、篠田湖山(三浦友和)が彼に声をかける。「僕の弟子になってみない?」

おずおずと入った水墨画の世界の中で、青年は師匠と豪快な兄弟子(江口洋介)に導かれながら、自分と向き合う時間をもつことになる。霜介だけなく、行き詰っていた新進気鋭の作家である師匠の孫娘の千瑛(清原果耶)も新たな作品を生み出していくという、若者たちの再生のお話。
師匠も病を乗り越え、残された左手を使っての創作に打ち込む姿は感動させられる。

横浜流星という役者さんについては、今年観た「流浪の月」が印象深い。端正な顔つきで、きっと人気があるのだろうくらいに思ってきた。目の美しい人。
清原果耶ちゃんは若手女優さんの中では一番の期待の星。偉大な祖父のもと、時に屈折もするだろう。しかしプレッシャーから立ち上がり、師匠に褒められた瞬間の素直な、まだどこか幼さを感じさせる演技はさすが。
三浦友和さん、本当に良い歳の重ね方をしている。こんな包容力のある大家がいるのか?ついつい「芸術の世界の大家というと傲慢で・・・・・」昭和のステレオタイプを想像してしまうのは私の頭が固いだけか。
作品を見つめて涙を流す青年を一目で優れた感性の持ち主と見抜き、自分の世界に引き込むことで、青年を暗闇から救い出し、全く新しい世界へといざなう。だからこそ、芸術の大家なのかと。
江口洋介、いいところをみんな彼が持って行った!作中の揮毫シーンは圧巻。着ていたシャツを使って、アドリブを発揮し、作品を仕上げる。大勢の観衆の前でである。すばらしい爪を鮮やかに隠してる鷹。
のようにみえて、主人公にかける言葉が優しい。食材の調達を通して、生きることの意味も伝えてくれる。
芸術を極める本物の人というのは、限りない優しさを持っているということらしい。

チャラく見えていた友人が、主人公の為に全身を震わせ、彼の生きざまを批判し、背中をおすシーンがすがすがしい。なんと恵まれた主人公だこと。

必要な時に導いてくれる師や友人に出会うことができるのは奇跡なのか、その人のもつ力なのか。
安易な恋愛ものにならず、知る機会の少ない古典芸術の創作の場を見せてもらえたのはよかった。絵心も絵を描く力も持ち合わせない人間にとっては、美術、特に日本の古典的美術は遠い世界。せめて画面でその繊細な世界に触れることができた。
エンドロールの水墨画が本当に美しい。なのに、主題歌が合わない。余韻に浸りたかったのに。そこが残念。こればかりは感性のちがいなのかも。
(アロママ)

監督:小泉徳宏
脚本:片岡翔、小泉徳宏
撮影:安藤広樹
出演:横浜流星、清原果耶、江口洋介、三浦友和
原作:砥上裕將