チョイさんの沖縄日記

辺野古や高江の問題等に関する日々の備忘録
 

糸満市・熊野鉱山の措置命令に対する公害等調整委員会の審理で大きな前進---「風景とは単なる外観ではなく、悲惨な戦争の記憶とも結びつく」

2022年03月27日 | 沖縄日記・辺野古

(なんとか体調も回復してきたので、久しぶりのブログ更新です。長い間、ご迷惑をおかけしました。これからも無理のない範囲で、更新していきますのでよろしくお願いします。)

 

 防衛局が辺野古・設計変更申請で、遺骨混りの沖縄南部地区の土砂を埋立てに使用しようとしていることに対して、「人道上、許されない」という声が沸き上がっている。そのきっかけとなったのは、糸満市・熊野鉱山開発問題であった。

 具志堅隆松さんらのハンスト等の訴えもあり、県は自然公園法に基づき、「遺骨の確認」や「事前に県と協議すること」等の措置命令を出した。

 しかし熊野鉱山の開発業者は、県の措置命令の取消を求めて公害等調整委員会に不服申立てをした。昨年12月の第1回審理(12月17日のブログ参照)は私も傍聴したが、3月24日、第2回審理が開かれた。

(東京の宗教者グループや遺骨混りの土砂調達問題等に取り組んでいるメンバーらが、この日の審理の傍聴や事後の院内集会を予定しており、私も参加する予定でしたが、体調を崩したため参加できず、以下は、当日、参加された方からの報告をもとにしたものです。) 

 昨年の第1回審理では、委員長が、「風景とは通常、外観を指す。風景に対する思いや、風景から受ける心情まで保護することに含まれるのか?」「遺骨収集への協力を風景の保護から導きだせるのかは議論が必要」等と発言するなど、審理は予断を許さない状況となっていた。もし、県の措置命令が取り消されれば、南部の沖縄戦跡国定公園内での鉱山開発に対して、今後、県が遺骨の確認を求めることはできなくなってしまう。

 そのため、この間、宗教者グループ等を中心に、「戦跡としての風景の保護のためにも、県の措置命令を取消さないこと」「現地視察を行うこと」等を求めるFAXでの要請行動が取り組まれてきた。全国からかなりのFAXが委員会に集中したはずである。

 24日の第2回審理では、委員長は「現在の委員会の認識」として、次のように述べた。

「戦跡公園としての風景の場合、単なる外観ではなく、そこで悲惨な戦争が行われたという記憶と結びつくことにより、外観が持つ意味が対象となることについては、当委員会としても理解することができました。」

 公害等調整委員会がこのような認識を示したのは、やはり、全国からの要請行動の成果であろう。ただ、委員長はこの日も、「風景を保護することと、遺骨収集への協力を求めることがどのように結びつくのかという議論がある」とも言っているので、まだまだ安心できる状況ではない。

 5月には、委員会が現地視察を行うことも決まった。次回審理(6月9日)までに、さらに取組を強める必要がある。

          (魂魄の塔横の熊野鉱山)

 

 

 

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