これは鈴木春信(享保10〜明和7・1725〜70年)の浮世絵だ。
制作年は明和4〜5(1767〜68)年とある。
恐らく深川の芸者が男衆を伴に出勤するところだろう。
羽織芸者は深川が始まりで、元文(1736〜41)年間の頃だ。
豊後節の太夫が着ているのを真似て流行ったという。
始めの頃は12、3才の若い子供(抱えの踊子)に男髪を結わせ、権兵衛名(男名前)を付けて
お座敷きに出したというが、この頃になると女の姿で羽織を着るようになったようだ。
制作年は明和4〜5(1767〜68)年とある。
恐らく深川の芸者が男衆を伴に出勤するところだろう。
羽織芸者は深川が始まりで、元文(1736〜41)年間の頃だ。
豊後節の太夫が着ているのを真似て流行ったという。
始めの頃は12、3才の若い子供(抱えの踊子)に男髪を結わせ、権兵衛名(男名前)を付けて
お座敷きに出したというが、この頃になると女の姿で羽織を着るようになったようだ。