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西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

春の色

2010-07-20 | 長唄の歌詞を遊ぶ (c) y.saionji
118ー「春の色」(1833・天保4年)

杵屋六三郎(4世)という人は吉原が好きで、
若い時は、廓から芝居に出勤していたほどの猛者。
だから六三郎の曲には、廓に関した内容のものが多く、
すきあらば、吉原に引っ張る。

この曲は、勤め上げた遊女が、昔を回想する、というもの。

『夢の心地や全盛の
 八重山吹の仲の町
 目移りしたか 花衣
 触らば散らん 手に取るな
 やはり広野の蓮華草』

●振り返れば夢のような時代だった、全盛の吉原。
 仲の町には八重の山吹が咲き誇り、きれいな花魁がわんさと、
 でも触ったらはらりと散る、欲しがってはだめですぞ。
 野原の蓮華草は野にあってこそ美しいもの、
 手折って持ち帰っても感動は薄れるだけ、よろしいかな。

六三郎は老婆心ながら、男をいましめている。

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tea breaku ・海中百景
photo by 和尚

官女

2010-07-08 | 長唄の歌詞を遊ぶ (c) y.saionji
117ー「官女」(1830・天保元年・中村座)


源平の合戦で壇の浦に沈んだ平家の残党や生き残った女官達は、
生活のため、魚や春を売って世を送った。

魚の名前がこんなにも出る長唄は珍しい。

『こちの在所はナ
 ここなここな 此の浜越えて
 あの浜越えて
 ずっとの下の下関
 内裏風俗 あだ媚めきて
 小鯛買わんか 鱧買やれ
 鰈買わんかや 鯛や鱧
 これ買うて給いの
 あゝしょんがいな
 如何に見過ぎじゃ世過ぎじゃとても
 お魚売る身は蓮葉なものじゃえ』
 
●私の住まいはね、この浜を越えてずーと下の下関。
 御所の風俗がちょっと場違いな気もするけれど、
 「お魚買ってくださいな」
 やれやれ、いくら生活のためとはいえ、
 魚を売る身はなんともふしだらだねえ。
 
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tea breaku・海中百景
photo by 和尚

瓢箪鯰

2010-07-07 | 長唄の歌詞を遊ぶ (c) y.saionji
116ー「瓢箪鯰」(1828・文政11年・中村座)


この曲は「藤娘」と同じく、大津絵の「瓢箪鯰」をヒントにして膨らませたもの。

鯰を江戸の名物男、飴売り土平に仕立てた戯れ歌。

『仙台の仙台の
 大川普請のあった時
 鯰一疋とらまえて
 行水させて髭抜いて
 頭巾かぶせて袖なし羽織
 青傘ささせて飴売りに
 小唄踊りで出したれば
 土平と名をつけ評判男
 辻や町々お子様方が
 どちらを向いても
 土平土平と
 どへと言うたとて
 なぜ腹立ちゃる』
 
江戸には色々なパターンの飴売りがいたようだ。
それぞれが独特の衣装を着て、三味線を弾いたり、鉦をたたいたり、
笛を吹いたりの芸をして客を集め、飴を売った。
飴が主か、大道芸が主か分からないような商いだ。

これは三谷一馬氏の筆による、土平飴売りの図。


これを鯰にやらせたという洒落が、「瓢箪鯰」。

藤娘

2010-07-05 | 長唄の歌詞を遊ぶ (c) y.saionji
115ー「藤娘」(1826・文政9年・中村座)


黒塗りがさの紅い紐を、ほほにきりりと結び、
藤の枝を担げた、大津絵の藤娘はみなさまよくご存知のキャラクターだろう。
この曲はその大津絵の藤娘を舞踊化したもの。

大津だけに、近江八景の“地名づくし”で、女心を詠む。

『男心の憎いのは
 他の女子に神かけて
 逢わずと三井のかねごとも
 堅い誓いの石山に
 身は空蝉の唐崎や
 待つ夜をよそに 比良の雪
 解けて逢瀬の あた妬ましい
 ようもの瀬田に わしゃ乗せられて
 文の堅田の片便り
 心矢橋のかこちごと』

●男というものは憎たらしいねえ、 
 他の女には神かけて逢わないと言ったのに、嘘ばかり。
 二人の愛を堅く誓ったのに、今わたしの心は蝉の抜け殻、
 じっと待ち続ける夜に、冷たい雪が降る…
 あいつは今頃どこかの女と甘い逢瀬か、よくも騙したな、
 手紙を出してもなしのつぶて、おお恨めしや、悔しやのお。

八景とは、秋月・夕照・青嵐・帰帆・晩鐘・夜雨・落雁・暮雪を風景や文章で描いたもの
(4/29のブログに詳しい)。
以下は歌川広重の浮世絵「近江八景」。

三井の晩鐘


石山の秋月


唐崎の夜雨


比良の暮雪


瀬田の夕照


堅田の落雁


矢橋の帰帆


粟津の晴嵐

浅妻船

2010-07-04 | 長唄の歌詞を遊ぶ (c) y.saionji
114ー「浅妻船」(1820・文政3年・中村座)


英一蝶が多賀朝湖といっていた時代に描いた『百人女臈』の中に、
「浅妻舟」と題した一枚の絵がある。

河舟に棹を差す美形の男、側で美人の女が鼓を打つ、という構図で
朝湖自作の小歌が添えてある。

この絵を見た将軍綱吉は激怒した。
なぜなら、綱吉はよく吹上御苑の池に舟を浮かべ、
寵愛するお伝の方の鼓に合わせて謡を謡って遊ぶのが好み。
その情景とあまりにも似ていたからだ。

”朝妻”とは、琵琶湖東岸の里の名だが、
ここの私娼は舟に乗って夜泊まりの客を取る。
その舟を朝妻舟というのだから、 
少々早とちりだが、綱吉が怒るのもむべなるかな。

びっくりした朝湖はその絵を、鼓を持った水干立烏帽子の白拍子が
舟に座し、一人静かに物思いにふける、という図柄に変えた。
だが、綱吉の怒りはおさまらず、朝湖は三宅島に流されてしまった。
朝湖が許されるのはそれから12年後、というのだからまことに、お気の毒。

この曲は、月雪花の七変化のうちの“月の巻”。
ゆえに“月づくし”で男を待つ女の気持ちを詠う。

『月待つと 
 その約束の宵の月
 高くなるまで待たせておいて
 独り袂の移り香を
 片割月と頼めても
 水の月影流れ行く
 末は雲間に三日の月

 恋は曲者忍ぶ夜の
 軒の月影隠れても
 余る思いの色見せて
 秋の虫の音冴え渡り』

●あなたを待つ、約束の宵。
 でも、待てど暮らせどあなたは来ない。
 あなたの移り香を嗅ぎ、月が半分隠れているうちにきっと来て、
 と願っているのに、時間ばかりが虚しく過ぎ、
 とうとう雲に隠れて三日月になってしまった…

 恋とはまことに不思議なもの、
 月が隠れて暗くなったというのに、あふれる思いは隠せないとみえる。
 その証拠にほら、虫の声が冴え渡っている。
 
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tea breaku・海中百景
photo by 和尚