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西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

今藤長之-2

2012-11-16 | 薄まる文化
薄まる文化-12

長之氏自身は当時一世を風靡していた芳村伊十郎(7世)を
指向し、3世(長十郎)の感性が加味されて独自の長之カラーとなった。

伊十郎+長十郎+長之をミックスして生まれた長唄は
次第に一世を風靡するようになり、
その下にいる若者が流行りのトレンド、長之風に靡く。

そしてある期間全盛時代が続き、
肉体の変化(病気・死)、あるいは次なる名人の出現とともに色あせ終焉する。

これの繰り返しで今日来ているわけだから、原液が薄まるのは道理だ。

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tea break
photo by 和尚


今藤長之-1

2012-11-14 | 薄まる文化
薄まる文化-11


3世(今藤長十郎)の音楽性はキリキリと繊細。
ダイナミックなものもあるが、おしなべて神経質で細やか。

3世は東京のお稽古は姉綾子に任せていたから、内弟子の稽古も
綾子先生が受け持った。
だから長之、尚之氏も綾子先生が仕込んだ。
3世は専ら現場で彼らを仕込む。

3世のタテ唄を唄っていた頃の長之氏の唄はたまらなく素敵で、
私は好きだった。
天性の喉に、3世の感性が加わり、なんとも品のあるいい唄だった。
ところが、3世が亡くなってからはバランスが崩れてきた。
自分の感覚で唄わざるを得なくなり、
長之氏本来の人間性が露呈するようになったからだ。


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tea break・海中百景
photo by 和尚

感性の次元

2012-10-31 | 薄まる文化
薄まる文化-10

幼少期に病弱だった3世は、それゆえ感受性がゆたかだった。
それは焼き物や書、絵などを見ても分かる。

私は、感性とはトータルなものと考えるので
たとえばある作品の完成度を見れば、
それはその人の他の絵や音楽の次元に共通する。

音楽というのは視覚的に捉えられないから、
客観的にみることが難しいが、
絵や書などは分かりやすい。

作品の完成とは、「これで終り」という線引きをすることだから、
線引きの次元がつまりは感性の次元ということになる。

見る人が見ればおのれの中身が丸見えなのだから、
芸(広く芸術)は怖いのだ。


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tea break・海中百景
photo by 和尚

大正モダン

2012-10-30 | 薄まる文化
薄まる文化-9

幕末に生まれ、
明治という何もかもが新奇斬新な時代の空気を吸って生きた
2世の感性は、3世に受け継がれる。

大正という時代は、まだまだ伝統的な和の暮らしの中にあり、
一般には着物に日本髪、ちょんまげが普通だった。

洋髪は少し早いが、洋服や革靴などが普及しはじめるのは
大正も終り頃なのだから、
3世も子供の頃は着物で育ったはずだ。

建物から食べ物着るものなど、
世の中の何もかもが西洋モダンへと移行する時代に3世はいた。

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まさに大正モダン。
3世長十郎と綾子姉弟(昭和8年撮影・長唄秘伝抄より)。




温知会の「秋の色種」

2012-10-26 | 薄まる文化

薄まる文化-8


私は大学2年の時に、当時一流の男性演奏家による長唄勉強会
「温知会」で3世今藤長十郎先生の「秋の色種」を聴いた。
この時、3世は確か53歳。

テクニックはもちろんのこと、
そのダイナミックで繊細な曲の運びに衝撃を受けた。

後で知ることになるのだが、
3世は焼き物に造詣が深く、自宅の庭に焼き物小屋がある。

そればかりではなく芸大出の助手を置き、
全国の名窯地から土を取り寄せて
いろんな種類の器を焼くという、玄人はだしの作陶家だ。

私は3世の演奏を聴いて、
なぜか直感的に抹茶茶碗を思い浮かべた。

吸口は繊細に、胴の景色は遊び心にあふれ、
高台はダイナミックに削られている…

3世は焼き物を造るように、曲を仕立てたに違いない。
そういうやりかたもあるのだ!

芸大に居心地の悪さを覚え始めていた私には
目から鱗の「色種」だった。


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tea break・海中百景
photo by 和尚