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西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

大江戸芝居年中行事の10

2019-05-15 | 浮世絵
安達吟光(嘉永6〜明治35・1853〜1902年)の
「大江戸芝居年中行事」の10、「二ツ目」だ。

  

書き入れ
「二ツ目
 此れは序開きの次に演ずるものにて 二立目(ふたたてめ)とも 二ツ目ともいう 
 いずれも一幕にて首尾合整うものなり
 大概序開きは世話 二ツ目は時代物にて 中通(ちゅうどお)りの役者これを勤む
 序開きと同じく 中通り役者の出世場なりという
 千村

 横雲の 清む悪事は昇る日の 光と共に ひらく二ツ目」
 
中通りとは、最下級の稲荷町の次に位置する大部屋役者をいう。

大江戸芝居年中行事の9

2019-05-02 | 浮世絵
安達吟光(嘉永6〜明治35・1853〜1902年)の
「大江戸芝居年中行事」の9、「乗り込み」だ。

   

書き入れ
「乗り込み
 かごに乗りて多く出迎いの人に送られて 勇ましく来たるは 役者の乗り込みなり
 芝居の仕切り場(ロビー)に着くや 一同と手打ちの式ありて
 直ちに舞台にて披露目の口上を述ぶるを 吉例とす
 千村
  
 提灯を持った 迎いの人々は 気も乗り込みの千両役者」

それにしてもこんなに熱烈歓迎されていたのだ。

大江戸芝居年中行事の8

2019-04-29 | 浮世絵
安達吟光(嘉永6〜明治35・1853〜1902年)の
「大江戸芝居年中行事」の8、「くじ取」だ。

  

書き入れ
「くじ取
 その昔三座の役者入れ替わりには 先ずその座元達 手代奥役等を引き連れ
 料理屋に会合し 役者を上中下のくじに作り これを引きて定まりたるを
 面附(つらづけ)とも 顔見世番付ともいう
 千村
 
 引く人も 引かるる人もおしなへて
 当りを願う花の籤取り」

役者の入れ替わりは座元の依頼だと思っていたのだが、
こうしてくじ引きで決めていたのだ。

どの座も千両役者が欲しいに決まっているから、
くじがもっともフェアーということか。

大江戸芝居年中行事の7

2019-04-28 | 浮世絵
安達吟光(嘉永6〜明治35・1853〜1902年)の
「大江戸芝居年中行事」の7、「黒札」(くろふだ)だ。

  

書き入れ
「黒札
 芝居にて見物のうち尋ね人あるときは 舞台にて何屋何兵衛様 木戸まで急用と
 大音に三声呼びて なお知れざる時は 黒塗りの板へ胡粉にてしるし
 狂言中舞台の柱へ掛けて示す その料大概二百文くらいなりし
 千村
 
 雲の幕 あけて三声のほととぎす
 てっぺんかけて さがす黒札」

今でいう場内アナウンスか。
立って析を打つ狂言さんの後にある、縦長の板が黒札だ。
「何町何屋何兵衛様 京や口迄 急用 ただし御内より」と書いている。
掲載料は1文12円位として、約2400円くらいか。

面白いシステムがあったものだ。



大江戸芝居年中行事の6

2019-04-27 | 浮世絵
安達吟光(嘉永6〜明治35・1853〜1902年)の
「大江戸芝居年中行事」の6、「風聞(ふうもん)きき」だ。

   

書き入れ
「風聞きき
 芝居の打ち出し後 その座の表へ芝居好きの人三々五々集まり
 狂言の筋 役者の当否(よしあし)を語り合うを 芝居より人をいだし
 この評を聞かせて 訂正する事あり 
 堺町ふきや町頃には 江戸橋 親父橋辺へ人をいだし
 帰り客の評判を聞かせたるよし
 千村○も

 大入りを聞くと話し合う みおのその評判も出たりねらい」

懐手で立っているのが芝居関係者だろう。
評判によって筋書きを変えていたとは驚きだ。
三座が切磋琢磨して競っていたのがよくわかる。