goo blog サービス終了のお知らせ 

西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

大江戸芝居年中行事の15

2019-06-13 | 浮世絵
安達吟光(嘉永6〜明治35・1853〜1902年)の
「大江戸芝居年中行事」の15、「板囲い」だ。

   

書き入れ
「板囲い
 芝居類焼の時 または大道具工事中は小屋外板囲いをなす
 その当時幕板三昧の囲いは 幕府の外は禁じたるも 芝居のみは許されしとぞ
 また小幟(このぼり)には座名と長谷川の名と一つおきにたて列(つら)ねたるる
 その頃大道具の権勢 最も盛んなるを知るにたるべし
 千村

 よるひると 伐(きり)はる世界の大道具 飾る舞台も幕なしにして」

大江戸芝居年中行事の14

2019-06-12 | 浮世絵
安達吟光(嘉永6〜明治35・1853〜1902年)の
「大江戸芝居年中行事」の14、「感亭流」だ。

  

今では勘亭流と書き、創始者は岡崎屋勘六といわれているが、これによると違うようだ。
何故だろう。
絵の文字は「ワキ狂言 酒てんどうじ」とある。


書き入れ
「感亭流
 元祖中村勘三郎の甥に 中村感亭という人あり
 溝口流の書をよくし 常に番付看板等を書きしが ついに工夫して一派の字体を作る
 感亭流これなり また鳥居絵は菱川の流れを汲みて一家をなし
 感亭と好一対の妙筆にて 改良進歩の今日益々その遺風を学び その徳を賞せらる
 千村

 黒々と書く 大入り○はすたれ」 
   

大江戸芝居年中行事の13

2019-05-19 | 浮世絵
安達吟光(嘉永6〜明治35・1853〜1902年)の
「大江戸芝居年中行事」の13、「読み立て」だ。

  

書き入れ
「読み立て
 初日の前日毎に読み立てとて 木戸芸者が木戸前にて 狂言名代役人替え名を読み上げ
 そのあとにて その座の役者の声色をつかうを吉例とす
 この日には芝居の前の見物人 くもの如く集まりて なかなか盛んなることなりし
 千村

 座頭(ざがしら)のしきせも鼠 木戸芸者
 似たりやにたりその声色」

いつ頃まで木戸芸者がいたのだろうか。
きっと面白かったのだろうと思う。

大江戸芝居年中行事の12

2019-05-18 | 浮世絵
安達吟光(嘉永6〜明治35・1853〜1902年)の
「大江戸芝居年中行事」の12、「楽屋入り」だ。

   

書き入れ
「楽屋入り
 興行中朝々(あさあさ)役者の楽屋入りは 最も伊達を尽くしたるものにて
 まず立役は紋付着流し 女形(おんながた)は結びわげに友禅の大振袖
 裾もほらほら春風に 薫物(たきもの)の香もなつかしく
 それに従う送りの人々と いずれも派手な好みのこしらえ
 裏木戸より繰り込むさま 実に千両の値ある○つし
 千村
 
 春風や 柳さくらの人心」 
 
早朝の屋入りに目一杯お洒落をして来るというのは、驚き。
どうせすぐ役のこしらえをしなければいけないのに、それが役者の心意気だったのだろう。

大江戸芝居年中行事の11

2019-05-16 | 浮世絵
安達吟光(嘉永6〜明治35・1853〜1902年)の
「大江戸芝居年中行事」の11、「引幕と口上」だ。

  

書き入れ
「芝居の引幕は 中村座にては柿紺白 市村座は柿紺もえぎ
 守田座にては 紺柿白等の布順 おのおの異なるといえども その始めは
 中村勘三郎が幕府御手船の日除け幕を 受領して用(もち)いしを始めとす
 口上は一番目狂言には 幕毎に稲荷町の頭(かしら)幕外へ出でて
 役人のかえ名を読む 二番目狂言は幕外口上の例を聞かず
 千村しるす」

初代勘三郎が幕府の軍船「、安宅丸」の入津の音頭取りを任命された時に
船にかけていた布を拝領して引幕にしたのが始まりだ。
この絵の引幕は市村座のようだ。

これは「定式幕」とも称し、歌舞伎座では黒・柿・萌黄を使用している。