「サプライズを用意してますので、この日絶対空けておいてください」と何週間か前に耳打ちだけはされていた。
定年を記念して職場の皆がパーティーを企画してくれていることに気づいてはいたが、
これが生涯の記憶に刻まれるような驚きが待ち受けていようとは予想もしていなかった。
銀座の とあるレストランを貸切にして、その催しは始まった。
型どおり 組織トップの乾杯挨拶のあとは 歓談の時間になった。
しばらくして
「前へ来てください」
「ちょとサプライズを用意しているので」といざなわれた。
「ん?!この会が開かれる以上のサプライズなんてあるのかな?」といぶかっていると、
自分だけが 会場入り口に背を向けて立たされたのだった。
自分とは逆方向の入り口に顔を向けている皆はざわめき、しだいに会場が盛り上がってきた。
「まだまだ振り向いちゃだめですよ!」と背を向けさせたままで、皆は
「○○さん今晩は!」(大先輩の名前)とか
「△△さんいらっしゃい」(恩師の先生の名前)とか、半分ブラフと分かる掛け声をかけている
・・そうか誰か自分の思いがけない先輩が呼ばれているんだな・・・と思ってはみるが、
どうも それも怪しい雰囲気なので、何が起こるかは全くわからなかった。
「さー振り向いていいですよ!」と言われて振り向くと・・・
「ぎょえー!!?!」と叫んでしまった。
なんと、そこには 私の家内が花束を抱えて笑顔で立っているではないか!
「ほ、本物なの!」と話しかけるほど、狼狽していた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/2d/33369edd0c1bfd87be9d742a83ecdd81.jpg)
妻から渡された花束
家庭と会社、家内と仕事仲間、家庭生活と会社生活、田舎と都会、リビングとオフィス・・・
あらゆるコントラスの中で、これ以上のコントラストは無いほどに、かけ離れた世界が、今目の前で接続している。
このことが信じられなかったのだ。
同時に、定年退職というタイミングで、一時的にでも、相容れない世界が融和する姿が、目の前に出現したことが嬉しかった。
「そうか、こんな大事な記念の行事に、妻が呼ばれるなんて素敵なことなんだ!」
「でも 一体いつの間に、こんな相談をしてたんだ・・?」
「そういえば、今朝は『今日はお祝い会があるから夕食はいらないからね』などと会話していた・・
くっくっ、妻はすでに知っていたことになるのか、ぬ~・・」
などの思いもきざしてきた。
さてそれからの時間は、全員から 我が至らなさの暴露話がどんどん飛び出していった。
そんな中で一番興味関心をもったのは、本日のサプライズそのものが どうやって仕立てられたかの裏話だった。
実は自分が「完全・勝手・気ままフレックスタイム制」を続けてきたことが、職場の皆の頭を一番悩ませていたらしい。
何しろ我が行動パターンは 思いもよらない時間に現れたり、突然休暇を取ったり、気ままに早退、直帰したりするというものだから。
だから、どうやって日程を確定し、どうやって家内に連絡を取り、どうやったら本人に気づかせず演出できるかが大問題だったらしい。
職場のみんなが「にわか諜報員」的に「会社内のどこそこにいることを確認」「今は自宅には絶対いない」などと連絡を取り合ったうえで、
自宅の家内に連絡したり、電報を打ったり、あるいは喫茶店で待ち合わせしたらしいのだ。
確かに、そこまでしなければ、夫婦の間で気づかないわけ無いものな~と思った。
ところが、今回のサプライズは これで終わりではなかったのだった!!
会の終盤、大きな「のし袋」をプレゼントされた。
「一体何だろう?まさかお金や商品券じゃないよな~」と開けてみて、またびっくりした!
ニコラウス・アーノンクール指揮「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」の
サントリーホール特別席チケットが二枚入れられていたのだ!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/57/190373ba57f4ecfbde7dbe82d9573e23.jpg)
サントリーホール特別席のチケット
「え!こんな高価な、めったに手に入らない演奏会、一体誰が、どうして!?」と本当に驚き、頭が下がった。
バッハや古楽器の世界は、癒し系の音楽として会社の行きかえりで毎日のように聞いているし、アンサンブルでも練習している。
そんなことは会社のみんなは知らないはずなのに、そのバッハのミサ曲の最高の演奏会が贈られたのだった。
僕の趣味の世界を慮り、こんなに素晴らしいコンサートに招待してくれた皆の心使いに本当に驚き、すっごく嬉しかった。
一日に二度も、これ以上ないサプライズを 味あわせてくれた職場のみんなに感謝しながら、
楽しかった集まりで出会った一人ひとりのことを 何度も何度も家内と反芻しながら 千葉の田舎まで帰ったのだった。