チェロ五十代からの手習い

57才でチェロに初めて触れ、発見やら驚きを書いてきました。今では前期高齢者ですが気楽に書いてゆこうと思います。

やっぱりいいコンサートだったんだ!

2010年10月30日 11時14分32秒 | コンサート
アマチュアオケで舞台には上がってはいても、コンサートを聴く側としては素人。
そこで先日のアーノンクールの素晴らしいコンサートについて、感想を調べていると
こんな記事を書いているかたがいることを知った。

CDや演奏会の分厚い経験をもとに、行き届いた説明・講評に、すごい人がいるものだな~と感心。

特に印象に残ったフレーズは

一言でいうなら衝撃的なバッハでした。最初のキリエでの合唱の静謐にしてストイックなソノリティの静寂感(約50人もの合唱の発する音量が、なんと静かで禁欲的であったことか! あるいはグローリアでのオーケストラの響きの清冽な佇まいが、ホールの満面に広がる様相など、いずれもオケと声楽との対比という観点からすると、およそ漫然とオケなり合唱なりを響かせているのとは全然違う、緻密に考え抜かれた音量のバランスとしか思えないものでした」

勝手にここに貼り付けさせていただいたけど、コメント書かなきゃ。

http://clamemo.blog44.fc2.com/blog-entry-729.html#comment

これからCD買うとき、このサイトを訪問しようっと。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久しぶりのサントリーホール

2010年10月27日 01時48分37秒 | コンサート

定年退職記念に、職場の同僚からプレゼントされたのは巨匠アーノンクールのコンサートチケットと、
一日の休暇許可のお墨付きだった。 (皆は仕事しているけど僕だけ休んでいいよと言ってくれた)

ということで、19時から始まる、ニコラス・アーノンクールとウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの、最後の来日公演に出かけた。

終了が21時半を回ることもあり、車で出かけ、ホテルオークラ駐車場に車を突っ込み、歩いてサントリーホールへ。
「のだめカンタービレ」で「ミルフィー」が歩いていた、入り口の黄金の車輪みたいなモニュメントで写真を撮って入場。(まるでおのぼりさん?)

10数年前に、バレンボイム指揮のシカゴ交響楽団の演奏を聴いて以来、まったく久しぶりのサントリーホールは 
確かに日本一のホールといわれるだけあって、素晴らしいホールだ!。ここに来れただけで幸せだと思った。
サントリー社長の希望で、カラヤンが監修しただけあって、音響はすばらしい。素材と構造全体が音響を確かなものにしているのだ。
(と思う、普通の市民ホールと決定的に違うのは、舞台を客席が取り巻き、演奏者の音がそのままホール全体に広がる構造だと改めて気づく)

さてアーノンクール来日最初の演奏会の演目はバッハの「ミサ曲 ロ短調」。
ミサ曲になじみがない私としては、チケットをもらったのをきっかけに、CDを購入、アーノンクールの著書もamazon.comして入手して、予習をしていた。
それでも、クラシック最高とか、バッハ最高の傑作とか言われているものの、なかなか僕は馴染むことはできなかった。
車の中でも、家内には飽きられながらも、ミサ曲を掛けながら六本木まで来たのだが、果たして本当に感動できるだろうか、途中で居眠りするんでは・・・

そんな心配は、アーノンクールが登場し、割れんばかりの拍手の後 演奏が開始された瞬間から吹き飛んだ。
キリスト教の世界は分からないけど、純粋に器楽とコーラスのアンサンブルとして鑑賞してみても、十分に楽しめた。

器楽演奏、合唱、アリアが交互に出現し、特にアリアの部分では、オルガンとチェロと独唱だけの、すばらしいアンサンブルを聴くことができた。
(おそらく鳴っていたのはパイプオルガンだと思う)

チェロに注目すれば、通奏低音というのは、こういう役割と、こういういい味を出してゆくのか!と気づかされることがいろいろあった。
また、古楽器である、ピストンなしのTpやHrの音色の華やかさ、口だけで音程を巧妙に変化させる演奏のすばらしさに聞きほれた。

フルートもオーボエもファゴットも、まさに木製の「木管楽器」で、これら古楽器が奏でる音色は、穏やかに溶け合い、コーラスともぴったり融和しているのに驚かされた。

チェロを見ても分かるが、ロマン派的な華やかさ、艶やかさはぐっと抑えられ、ほとんどビブラートも掛けない演奏法が、コーラスと素晴らしい調和の世界を作りだしていた。

何度もホールの天井を見上げたけど、きっとホール全体、特に舞台上空で、全ての音が混じりあい調和の世界を生み出しているのだと思う。

何度でも このホールで演奏を聴きたいと思った。
配布された分厚い、コンサートのチラシの中に、「サントリーホール年間会員」の案内があった。
なんと、11回の演奏を聴けて、4万8千円!、これって安いと思った。
買うかもしれない、買いそう、きっと買っているはず。

遠いけどまた行こう!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

本番終了、練習不足は見抜かれていた!

2010年10月19日 00時56分42秒 | コンサート

本番は8回目くらいになるだろうか。毎回毎回新しい経験を重ね、感動味わってきた。
でも今回、後悔というか、不燃感が残るのはなぜだろう。

練習での思いと、本番での出来のギャップが大きすぎたのだ。
隣でカバーしてくれていた「弦楽器万能嬢」も「こんなところで飛び出すなよ!」と叫び出しそうになったほど
とんでもないところで迷って構えてみたり、現実に飛び出したり、置いてゆかれたり・・・
演奏参加率80%台、ヒット率60%台という、惨憺たる状態だった。
(ヒット率は今思いついたんだけど、開放弦以外で音をちゃんと当てている比率・・)

その原因は、一にも二にも「練習不足」に尽きるのだ。

本番前には「何とかなるだろう、そのレベルまで来たよな」と頭で思おうとしていたんだけど、
実は、「全然やばい状態じゃん!」と見透かしているものがいたんだ!

それは、自分自身の「身体」だった。

その「身体」はといえば、本番どころか、前日のゲネプロの段階から「手に汗を握る」状態で、
脂ぎった左手で弦を押さえ、油っぽい手で弓を持っているので、取り落としそうなくらい変だった。
はじめは「会場の暑さのせいかも」と思っていたが、普通の汗ではなく「脂汗」に近い粘っこい感覚なのだ。
これが本番前のリハーサル、本番とずーっと続いていたのだ。

思い起こしたのは4年前の初舞台。全身の血液が首から上に集まって、全然下に下りてこれないような
まさにシャワーを浴びたように「全身汗だく、油まみれ」の興奮状態だった。
つまり頭では「大丈夫」と説得していても「身体」は
「全然だめ、やばい状態、絶対失敗する」「お前はぜんぜん練習不足だ」と言っていたのだ。

何でこんなことになったのかといえば、短期間(2ヶ月強)にコンサートを開催することに体がついていってないからだと思う。

第九という超難曲の演奏会を12月に控え、夏から練習が開始した分、秋のコンサートの練習がシワ寄せされた。
実は今回のファミリーコンサートも、ポピュラーな映画音楽で半分は構成されてはいるが、
「魔弾の射手」「ペールギュント」は、クラッシック本流でもあり、難しい曲だった。
通常なら半年掛けて練習するコンサートなのに、「仕方ない」という気持ちが入り込み、
どこかに「やっつけ仕事」の感覚が紛れ込んでいたのではないか!
だから、演奏会が終わってから「反省モード」が続いて、大変疲れてしまったんだと思う。

何の慰めにもならないけど、フルート、ファゴット、ホルン、Tb・・
多くのベテラン、先輩も、ミスや失敗の「カミングアウト」の言葉が多かった気がする。

「だからコンサートを短期間に連続して開くのは良くない」なんて思っているのではない。
本当は3ヶ月に一回のコンサートを恒常的に こなせるくらいになりたいものだと思う。
特に 今回のように、他の楽団と協働で、大曲を演奏できる機会を逃すなんて、もったいない。

今後も積極的に受け入れてゆきたいからこそ、今回の準備不測、練習不測を教訓にしないと。
そのためには、通常の二倍の努力で、仕事を調整してでも練習を重ねないと、残念なことになると思う。

今回のコンサート、反省ばかりでなく、良いこともあった。
一つは、楽団創設以来初の「500人突破」したことだった。団員全員が「クリアーしたい目標」だったのだ。
「絶対越えられない壁」をあっさり突破して、本当にびっくりし、感激した。

二つは、辛口のトレーナーの先生から「初めて弦全体でPPを出せるようになりましたね」と講評いただいた。
強弱の差が出せないアマオケは、p、ppが作れないからで、この講評は大変嬉しかった。

個人的な反省点は様々に抱えながらも、楽団全体は進化していることが示されたのは救いだ。
これからも努力して、もっと多くの人に音楽を楽しんでもらえるようにしたいと素直に思った。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ゲネプロ終了、いよいよ明日は本番だけど・・・

2010年10月17日 00時28分06秒 | コンサート

夕方4時からのゲネプロが終わり、家に帰ったら8時過ぎだったが、心地よい疲れといったところだ。
第九と重なって練習不足を何とか補って、ぎりぎり舞台で使える段階まで持ってこれたこともあるが、
「舞台設営で体を動かしたからかもしれない。

「舞台設営」とは何かというと、舞台上に楽団が乗って演奏する雛壇を手作業で作り上げること。
一つひとつがかなり重さがある「枕」(木製のブロック)をまずは並べ、
その上に 二人でやっと持てるくらい重い演台(たて4mよこ1,5mくらいだろうか)を一枚一枚運んでくみ上げてゆく。

重たい板を運び、一度セットしたあとで、位置を調整するのにも力が必要だ。
その上に椅子を並べ、結構重たい譜面台を倉庫から引っ張り出して並べてゆくと、汗だくになる。

この準備ばかりは、VnもVa管も打楽器も、全員で運び並べすのだが、大活躍するのは女性陣だ。
毎回思うのだけど、オーケストラの女性は本当に働き者で、無論 彼女たちも汗だくだ。

バイオリンやら木管をもつ大事な手指を惜しげもなく重労働に繰り出しているのを初めて見たときは大いに驚いた。
重労働のあとは、埃をかぶった譜面台に雑巾がけしたり、譜面台の台紙を配ったり。
『返す刀』でプログラムへのいろいろな楽団のコンサート情報を挟み込んだり、大活躍する。

さて本日の部隊準備で一番困ったのは、雛壇の設営をどうしたらいいかよく分からなかったことだ。
舞台設営のリーダーを申しつかったものの、半年前の定演で設営した雛壇の形を思い出せなかった。
演奏会で舞台に出るのは8回目くらいだろうか、その数だけゲネプロがあったのに心もとない。

たとえば、雛壇最上段の管楽器のスペースは、大形の舞台板を横並びにして、4枚なのか、5枚必要なのかとか・・・
ティンパニーの台は平台「ベタ」でゆくのか、それとも一低い「枕」をかませた上に乗せるのか。
板は1枚か2枚かとかとか・・・

ゲネプロ前の舞台設営は、毎回必ず行うのだから、覚えていてもよさそうなのだけど、
設営担当が交代してゆくので、忘れてしまうというか、申し送りができていないのだと思う。

そこで、今日決意したのは、出来上がりの状態を絶対カメラに収めて、来春の定期演奏会では迷うことないようにしようと思った。

ところで公演会場についての愚痴だけど・・・

我らが「茂原市民会館」は、残念ながら千葉に数あるホールで一番古くて、ひどいホールだと思う。
市の財政が苦しく、市民会館の立替計画が頓挫しているからで、
ペイントが完全に剥げ落ちた外観から推し量れる通り、狭い舞台、狭くて団員が行き来しにくい楽屋、
響かない音響、トイレも古く・・・これでもか、これでもかというくらい可哀そうな状態だ。

何が可哀そうかといえば、これだけ真剣に練習し、腕を磨いている楽団員だし、
悪い音響に我慢しなければならない近隣市町村の住民だ。(比べて市庁舎の豪華なこと!)

自分が所属し始めて3年半の間にも、多くのプロの人たち、トラさんにも助けられて
楽団の演奏水準は大分上がってきていると思う。もっといいホールで演奏させてやりたい・・・

明日の本番、会場の持つハンディーを乗り越えて、お客さんが楽しんでくれる演奏をしたいと思う。

 

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2ヶ月ぶりのレッスンで、秘伝の伝授か?

2010年10月15日 01時43分19秒 | レッスン
真夏の暑さに負けて、サボっていたレッスンに向かった。
師匠は 忙しい合間をぬって時間を作って頂いたうえに「めったにこれないのだから・・」と
特別メニューを用意していてくれた!

いつものようにG線ダウンは少しやったところで「それはそれとして、今日は・・」と新しい取り組みを初めていただいた。
完全にトレースするのは難しいが、結果からすると以下の順番でレッスンが展開されていった

1)まず基本中の基本、弓を右手二本の指だけで支え、後の指は添える・・とチェック
2)ダウンボーイングを開始し、完全にストップしてから、アップボーイング、完全にストップしてからダウンへ・・
3)ダウン~アップの切り替えを、弓を止めないで繰り返す(ここが最大の難関かもしれない)
4)上記3)の、弓の切り替えの先、ダウンはアップを目指して、アップはダウンを目指してクレッシェンド
5)左手運指の基本~G線上で、A,H,Cを一直線上に押さえてゆき、リリースしてゆく(Slowな4拍で)
6)上記4)と5)のコンビネーションを行う。

書くことと、できることは無論大違いなのだが、ようやく書き残すことができてよかった
(そうだ、今度は絶対ICレコーダーを持ってレッスンに行こう!)

難しいのは3)で、アップとダウンの間に、どうしても「間」が入ってしまう。ダウンからアップ、アップからダウンの瞬間に、
この3年で癖になった「何かが行われ」、切り替えの瞬間に弦を噛むことができなくなっているのだ。

その証拠にオケの練習も終わりころになってくると、「弓が弦の上を滑ってしまい、音が出なくなってくる」という「怪奇現象」に悩まされる。
 実は、これは師匠によると、明らかに腕に力みが入って、弓の毛が弦を噛まなくなってしまい、
その上楽器そのものにもストレスが掛かり「楽器も反発を始めている」証拠なのだそうだ。

だからこそ、本日のレッスンが大事なのだ。つまりダウンでも、アップでもしっかりと弦を捕らえ、
アップダウンの「狭間」が開かないボーイングができないと使いものにならないということなのだ。

さてさて、先生いわく「この5)~6)ができたらすごいです。これができればほとんどの曲に対応できます」と語りながら、何曲かのさわりを演奏してくれた。
 たしかに、チェロの音楽というか、弦楽器というのはこのアップとダウンのボーイングで、いかに美しく、豊かな音色を奏でられるかが勝負なのだな~。

そんなこんなで、ほんじつは まさに「秘伝の書」を渡されたのと同じなのだと思う。
だがしかし、剣法の道同様、秘伝とは技を磨ききった人にしか、実現できない深奥でることは明らか。

本日のレッスンは始めの一歩であると同時に、ある意味で到達点でもある練習方法を教えて頂いた。
必ず毎回取り入れ、繰り返しを通して少しでも良い音が出せるようになろうと思う。

そういえば・・・
オケの楽譜を返しに主席の家に寄って、アップ~ダウンの基本ボーイングの話をしたところ
「私もずーっと同じレッスンですよ。でもおかげで最近家内が『音が良くなったね』と言ってくれるようになった」と。
やはり我が師匠の教えは、 間違いないのだ!
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日も強化練習・・・地獄かも?!

2010年10月09日 22時35分18秒 | オケの練習
豪雨の中 来週末に開催されるファミリーコンサート前の練習があった

今日は土曜日ながら、レギュラースケジュールだったので、本番に近い編成、。
多くのエキストラ、先生方も参加してくれた。

とりわけチェロ軍団には、協力な助っ人である、トレーナーの先生、いつもお世話になっている「弦楽器万能戦士」であるお嬢様、
近所のオケから駆けつけた音楽の先生でもあるチェロ弾きさんと役者揃い。

これだけの強力な方々に周囲を固めてもらったおかげで、我々は救われたのだった(と勝手に思ってる)。
すなわち、我がマエストロは、コンサートが近くなるとお定まりのパターンを発揮され、
通常とは異なるテンションで団員を攻め立て始めるのだが、チェロに矛先はほとんど向けられなかったのだ。

そりゃそうでしょう、プロの先生が入るだけでチェロ全体の響きは全く違ったものになる。
下手くそに弾いていても、まるで自分がものすごく上手くなったような、そんな錯覚を起こすくらい
チェロ全体の響きが良くなるのだから。
(ひょっとしたら、上手な方々の響きだけが、生きた音楽として自分に届いているのかも)

一日練習だったこともあり、ゲネプロに近く、全曲練習だったが特に槍玉にあがったのは、バイオリン軍団。
ペールギュント、魔弾の射手、久石譲作品やら映画音楽やら「弦を代表して?」しばかれてた!

さて 明日はというと 強力な助っ人たちが来ない日曜日だなのだ!
となると・・・我が脆弱なチェロチームの運命は・・・ブルルッ!

今から 少なくともさびの部分だけでも 練習あるのみ、なのだ!!
もし徹底的に絞られても「僕は違うもん!」と涼しげな顔をできるためにも。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

断崖絶壁に感じる「第九」4楽章

2010年10月07日 00時19分14秒 | オケの練習
「第九」の4楽章は、全く取り付く島がない「断崖絶壁」に見える。

先日の合同練習では、協働演奏する楽団の皆さんの演奏振りに圧倒され、
仲間の先輩もよく腕が動いていたのも垣間見る一方で、
自分はといえば「演奏する振り」もできないくらい、取り残されてしまった。

その場所は、ピッコロのリードで始まるalla marchの後の、弦楽器で演奏される8分の6のprest。

こここそ 急流に体が持ってゆかれそうに感じる、第九での弦楽器の一番の見せ場だ。
しかし、これが最初の2~3小節以後、完全に落っこちた!
途中参加しようとしても、あまりに速いためタイミングが掴めない。

先日の練習では、指揮者の棒が少し速かったとは思うけど、
それで全く合わせられないのは、なんとも情けない。
少しは弾けると思っていたが それは自己過信そのもの。
少しテンポアップしたくらいで「歯が立たない」とは・・・
「慙愧の念に堪えない」とはこんな感じなのか。
オケに入って悔しい体験をしたのは初めてだ。
(以前は悔しくなるほど実力も無かった)

しばらく、体に応えたので、練習も手につかなかった。

思えば当日、練習終了後「全然だめ、追いつけない」と声をかけたところ(哀れっぽかったかも・・)

すごい腕前のHr氏は
「メトロノームと友達になるしかないですね」
~なるほど、練習しているときは、無自覚に自分が演奏できる速度に落ちているからな、
~メトロノームと友達か・・みんなそうやってこの曲をものにしてきたんだな。
~基本がなってないんだな

チェロの先輩は
「始めから全部はできないから、まずは小節の頭をはずさないこと、
自分で弾ける速度から、だんだん速くするしかないね」
~そうだよな、合奏の場で突然弾けるようになるわけないものな。 
~初めて舞台に立ったとき、難しいところは小節の頭だけ演奏してたのを思い出した
~でも第九でそんな演奏するのでは、申し訳ない気持ちだ

チェロの師匠はかつて・・
「プロは譜面を覚えていくのは前提です」とおっしゃっていたのを思い出した。
~そうだな~、曲は知っていても、自分のパート譜を覚えるまで練習してないものな
~~今のままだと、その場でまだ楽譜と格闘して、運指も行き当たりばったり。
~prestに追いつくわけないよな・・・

そんな思案をしながら2~3日経ったら、ようやく
「悔しさをバネに」「できたときの喜びを力に」の心境に戻ってこれた。

本日から4楽章prestだけに絞って練習を開始することにした。

1)全ての音が出せるように譜面に忠実に、ゆっくりと、繰り返し練習
2)埃をかぶっていた、メトロノームをまずは「顔見知り」になるべく鳴らしながら
3)本来の速度で、絶対に譜面から外れないように必死で譜面を追いかけ
4)目で覚えるのではなく、指が勝手に動くようになるまで反復する

こんな練習をやってみると、12月末がすぐ目の前に迫ってきて
「やっても追いつけないかも」という不安も感じた。

秋のコンサートと年末の第九という「二正面作戦」は、
実力のない自分にとっては「戦略的禁じ手」だけど
突破するには、練習あるのみだ。

追記:問題箇所はPrestoではなく、付点二分音符=84の Allegro assai vivaceでした。
   Prestoといっても、四楽章冒頭のPrestoは付点二分音符=66 
   エンディングのPrestoは二分音符=132となっている。
   よく分からないけど、冒頭よりは速く、最終より遅いということかな?
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする