チェロ五十代からの手習い

57才でチェロに初めて触れ、発見やら驚きを書いてきました。今では前期高齢者ですが気楽に書いてゆこうと思います。

悲喜こもごもの、本番一週間前の総練

2012年09月30日 23時55分33秒 | 市原フィル

記念すべき第20回定期演奏会本番が来週に迫った。この土日は連続して総練が行われた。


●昨日の総練習について
自分としてはなかなか良かったと感じていた。
バイクで腰を痛め、チェロ練習にも総練習にも出られなかったので、焦りを感じて毎晩遅くまで楽譜と向き合い
ドンファンに絞って難しい箇所をさらってきたのが奏効したのかもしれない。

ドンファンにはホトホト困っていたんだけど、どんなドンファンに近づいたかというと・・・・

総練欠席の後、なんとなく気になる曲からさらってゆくと、できると感じていたマイスタージンガーも随所にいい加減な箇所が見つかった。
無論ブラームスにもあちこち。さらに過去に演奏したことがあるアンコール曲にも、まともに弾けてない部分があることが明らかになってくる。
そして、あの困難曲・ドンファンには、なかなか練習がたどり着けない。結局たどりつけないまま毎日練習を終えることになる。
もともとこの曲への忌避感が後回しという結果になり、練習したのにかえって焦燥感は増加することになる。
翌晩また楽譜を取り出し、譜面台に乗せると、マイスター、ブラ1、アンコール
・・・やっぱドンファンは最後になる。
これじゃだめだ~・・・。

しかし、ようやく気付いた!
「始めからドンファンから練習すればいいんじゃないの?」
こうして、ほとんど放棄状態だったドンファンの後半を、初めてまじめにさらい始めたのだった。
その結果、ヘ音記号、ハ音記号、ト音記号が入り乱れる終わり近くは、いままで手が付けられない状態だったけど、
ト音記号部分もそんなに高い音ばかりではないことがようやく整理でき、弾けるところは弾く気持ちになった。
そんな個人練習のあとだったので、昨日の総練は少々「効力感」があったのだと思う。


●本日の奏練習につて

ところが・・・台風が迫っている本日の総練では・・・改めて絶望的な気分で・・・

昨日と違い、マイスター、ドンファン、ブラ1とも、まず通し練習をしてから、ポイントを指摘されたのだけど
指揮者の小出さんも「やっぱ通し練習をしてないとだめだな・・」呟いたとおり、通してみると粗が見えてくる。

オケ全体もそうだったと思うけど、自分でも通してみると予定とは違う部分が出来ない、合わせられない。
静かで、ゆっくりした部分ほど「汚い」、つまり弾けてないことが分かってしまう。
(無論、個人練習で繰り返し練習していた部分も全然だめだった)

こんな押し迫った時期になっていつも思う。
「どうして初めから、楽譜と真正面に向き合ってこなかったんだ」と。
「追い込まれないと出来ないという、人生シナリオのなせる業だ」と自己評論してみてもラチがあかない。
せめて「次の演奏会からは絶対そうしよう!」などと思いつつ、残る1週間、毎晩さらってゆこう。


●ところで、今回の演奏会には、大学で管弦楽団入部のとき、たった一台の大学所有チェロをめぐ
ジャンケンをして、敗れた団友が演奏会を聞きにきてくれるという。(facebookのおかげで連絡がついた)

大学1年でチェロを始めた彼は、卒業後もオーケストラ活動を続けていたので、40年以上の大ベテラン。
ブラームスももう何回も演奏してきたに違いないのだ。ん~せめてボーイングだけでも合わせないと。
僕の理想とする「シンクロナイズドオーケストラ」に近づくには、せめて形だけでも・・・

これから毎晩遅くなりそうだ。

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バイクで山道と海岸線で往復130キロ走破

2012年09月21日 22時53分47秒 | バイク

涼しくなったので朝から遠乗りに出かけた。

ただただ南に向かうとこんな林道に出会った

 

山道を進むうちに、養老渓谷に出たけど、途中で色んな山と川を通り過ぎた。
半島の中にある渓谷とは思えないほど、谷が深くうがたれた場所もあった。



 

渓谷に架かる赤い橋の遥か上方に、青い吊り橋が架かっていた。
「あんな空中に渡されているということは、水道橋だろうか・・・」

上ってみると一車線ながら車の通れる道路だった。
遥か下には赤い橋が見えた。

山と山を繋ぐ立派な道路が幾重にも渡されているということだ。
政治家の力なのか、千葉県の経済力なのか・・・


 

養老渓谷から鴨川に繋がる山道は殆どが一車線ぎりぎりで、
さらに幅員が狭まっている場所も多く、「落石注意」の標識が散見される。

崖の下に降りられそうな場所があったので、川原までバイクで下ってみた。
そこは、めったに人が訪れないようで、せせらぎの音だけが響いていた

 

途中にわか雨に見舞われてしまい、やむなく海岸線を辿って帰宅することにした。

日蓮聖人が生まれた鴨川市の「誕生寺」は有名だが、
得度した「清澄時」は山あいにあり、観光客が絶えない。

境内には日本で三本指に入るといわれる「千年杉」が聳え立っていた。

 

バイク初心者ながら総計1000キロ近く走ってくると、運転にも慣れ、まことに爽快だ

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彼岸花の咲き始め

2012年09月20日 22時36分23秒 | バイク

この時期、いつの間にか地面から真っ赤な花が突き出てくる。
彼岸花 別名 曼珠沙華だ。

田んぼの畦道、お寺を囲む堤などに現れ
葉もない茎の先に鮮烈な色彩で花開く。

一体どこからやってくるのか不思議だった。
それがバイクで山道を転がしていて、
その秘密の一端を知ることにができた


まずこんな風に茎だけが伸びてくる。でかい土筆のようだ

 

その先に花を咲かせてゆく

 

不吉な花と嫌う人も多いようだが、その姿はなかなか妖艶だ

 

元は中国渡来の外来種で、稲作とともに全国に広まったという
その球根(鱗茎)は有毒で、害虫や、モグラ避けに田んぼの周囲に植えられたらしい

山道に咲き始めた曼珠沙華は着実な秋の到来を教えてくれる

 

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再び徳永英明コンサートと中華街

2012年09月16日 22時25分59秒 | その他雑感

アッシー&付き人として 一路横浜県民ホールへ向かった

  <木更津側から、海ボタルに向かう>
  

久しぶりの海ボタルからの東京湾は、真夏の雲と沢山の船舶が浮かんでいた

 

今年の徳永英明はVOCALIST VINTAGE & SONGSというタイトルで全国ツアーを開始している。
美空ひばり、淡谷のり子、青江美奈など いずれも物故された60年代の歌謡曲をカバーしている。
だから会場にはますます高齢の女性が詰め掛けている。
会場の神奈川県民ホールは山下公園に面している。


 <会場出口の曲目リスト。毎回一曲だけ違う>

 
伊勢崎町ブルースは当たったけど、「ブルーライト横浜」は出されなかった。

 

アッシー&付き人としては、楽屋裏での「お見送り」までセットしなければならない。
県民ホール楽屋出口の目の前のレストランには、一つだけ道路に面したテーブルがあった。
 
 <コンサート終了後ゲットしたツアーアルバムを広げてる>


楽屋出口に群がるオバサンたちを眺めながらアイスコーヒーを飲んでいると
スタッフ7人に取り囲まれた徳永英明が歩いて出てきて、白い大型レクサスに乗り込む姿が目撃できた。
ステージの姿とは違い、意外と小柄な人だと感じた。

そのあとは歩いて5分の中華街へ。
行き当たりばったり美味しそうな店を探すと、大連餃子の専門店が見つかった。
水餃子は絶品だったが、「羽根付き焼き餃子」もうまかった。

 <羽根付き 焼き餃子。焼きショウロンポウ風>
 



  < 追加注文した”海老マヨ” >

 

ふだんは「エコ食」(本当は粗食)なので、今日の夕食はやたらと美味しかった!

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楽しい総練、そして後遺症

2012年09月16日 01時31分46秒 | 市原フィル

定演まで残り3週間。
総練習には参加者が増え、会場は熱気を帯びてきた。

パーカッションがフルメンバーの4人揃った。
いつも寂しいビオラも、エキストラの皆さんが沢山集まっている。
普段見かけないコントラファゴットを担いでやってきた方も見える。
(コントラもすごいけど、演奏する人もすごい存在感を出している!)


チューニングのあと、マイスタージンガー、ドンファンと練習が進んでゆくと、
全体の響きが違っているのをはっきり感じた。

Cbがチェロ後方で頼もしく支えてくれてるけど、それとは違う超低音がどこからか響いてくる。
それがコントラファゴットだった。
テレビなどで見ていても、コントラの音はあまり識別できないが、
同じ部屋で演奏されると、分厚い土台を形成してくれるのを実感する。

色彩感を感じるな~と思ったら、グロッケン、トライアングル、小太鼓、大太鼓など
パーカッションが要所々々でサビを効かせてくれている。
木管にも助っ人が入り、ますます充実してきた(一人はコンミスの旦那さんだった)。

そして弦がずいぶん厚み増したと感じた。
ビオラの皆さんが揃っていたからだと気付いた。
ドンファンでも、ブラームスでも、Vn、ビオラ、低弦の掛け合いというか
パート間のコミュニケーションが成立すると、響きが全然違ってくるのを感じることができた。

もう一つ楽しかったのは、20周年記念ということで、かつて演奏したアンコール曲から
3曲を選んで練習したことも、気分を盛り上げる効果があった。
とりわけ、団員が大声で歌う曲なども採用されていたので、高揚した気分になった。


こうして、本場に向けて皆のエネルギーが高まってゆくのは実に楽しく、気持ち良い。
当然、この雰囲気や構えの充実は指揮者に力を与えるのだと思う。

今晩の小出さんは、細部の修正に手を加えることより、曲作りを実現することに集中していた。
定演まで、残された時間が少なくなってきていることもあるかもしれないけど、
細部のテクニックの問題解決は団員の努力を信頼して、全体の音楽表現に向かうことができるのは
指揮者として楽しいのだと思う。

Vnが外しても、クラ爺がサボっても、Å管とB管を持ち間違えても、Tpが外しても、Fgが・・・
つまり各パートパートに色々問題はあっても、まずは全体の演奏を前進させ、
合間に全てを指摘してゆく。落ちもズレも全部見抜いてゆく小出さんのすごさを感じた。

自分としても、ちょっとばかし「譜面と真正面に向き合う」時間をとってきたので
ドンファンでも、ブラ1でも、演奏に参加できる範囲が広がってきて効力感があった。
先日師匠や主席に教わったポジショニングも、総練で試してみると何割かは出来た。
ドンファンには「不可領域」は無くならないものの、可能性が拡大してゆくのは嬉しい。

一方で、今日は珍しいというか、恥ずかしい指摘を、指揮者にしてもらった。

「チェロ、座り方がおかしいよ」
「・・?・・」っと怪訝な顔をしていると、
小出さんが指揮台から降りてきて
「座っている方向が違うでしょう」
と譜面台の位置を直し、僕の座っているの椅子の向きを、指揮台真正面に向けさせた。
ついでに、チェロ全体の配置も変更した。

そう、僕がお隣の大御所様との距離を取り過ぎていた上、あっちの方を向いてたことは確か。
「仲が悪いんじゃないよね」みたいなことを言われた気がして、勝手に顔が赤くなった。
本当のところは、チェロの弓は真横に動くので、プルトごとに譜面台を共有して演奏していると、
隣の人を刺したり、ちゃんばらになってしまうのを、僕が恐れるあまり距離をとっていたのだ。

プロの演奏会を見ても、主席たちの座り方を見ても
「どうしてあんなにくっついて演奏できるんだ?中国の雑技団みたいだ」と驚嘆するんだけど
ほぼ完全にボーイングが一致していないと、そういう座り方はできないのだ。

もともと人との距離感がうまく取れないのは僕の欠陥なんだけど
演奏のときの座り方にも、そのことが現れているもかも知れないと感じてしまった。
以前から、座り方がすっきりしていなかったので、今回修正してもらったのはありがたかった。

 

さてさて、楽しい総連だったけど、途中から右手首が痛くてどうしょうもなくなった。
また腱鞘炎がぶり返してしまったようだ。
今日は午後から、ドンファンのチェロ練もあったので、ついつい無理な力を入れていたのだと思う。

帰りに車のハンドルを回しても傷みがあるので、ファミレスで休憩して、冷やすことにした。
アイシングはできないので、紙ナプキンを水に浸しで「簡易紙パック」だ。

 

演奏に支障が出るのも困るけど、箸をうまく使えないのには参った。
箸というのは、どうしても「ひねり」を入れないと、食べ物を口に持ってこれないことが分かった。

残り三週間。毎回こんな痛みを出すような演奏ではまずいな~


 

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「応急処置」レッスンをしてもらった

2012年09月10日 23時42分57秒 | レッスン

市フィルの定期演奏会まで残り一ヶ月に迫ってきた。

そんな中でレッスンがあったので、だめもとで師匠に頼んでみた。
「先生、今日はどうしてもできない所があるんで止血の緊急手術をお願いできませんか・・・」
「というと、どこですか」
とおっしゃっていただいたので、とりあえずブラームスの楽譜を広げてみた
「あの~、跳躍するところなんですが・・・」
といいながら出来ないところを探してはみたものの、あっちもこっちも難しいので迷っていると
「まず冒頭はどう弾いているんですか・・・」と師匠は一楽章の冒頭から弾いてみせてくれた。

「お~そこは1で取るんですか!」
「なるほど、そんな風に取るんですね!」
「そこは4-4と移動させるのか!」
どんどん演奏してくれ、楽譜と師匠の左指の動きを見逃すまいと凝視し続けた。

師匠が弾くと、力強い響きがどんどん生み出されてくる。
「いいですね~」
「そんな取り方もあるんですか!」
てな具合で、チェロ演奏のバリエーションの豊かさ、奥深さがどんどん広がってゆく。
こちらが目をきょろきょろさせて、演奏に追いつかない風だと、鉛筆で指番号を書き入れてくれた。
結局ブラ1の主要部分の殆どを、1楽章から4楽章の終盤まで弾いて、
どうやって取っているのかを全て見せていただいた。

ここまで示してくれて分かったのは、僕はができていないのは一部分などではなく、
殆ど全ての部分で修正が必要だということだった。

 

ブラームスを教えてもらったあと、師匠もドンファンについてもアドバイスをくれようとしたのだけど
どうやらラチがあかないと感じられたのか、沢山ある楽譜棚からある冊子を取り出して見せてくれた。


<お借りしたシュトラウスだけの参考書表紙>

みせてもらったのは、使い込まれて、年季の入ったピンクの表紙の冊子だった。
後で分かったのだけど、それは1910年初版の、オーケストラ演奏者向けに編集された楽譜で、
リヒャルト・シュトラウス曲目に絞って、演奏が難しいフレーズの演奏方法を解説した参考書だった。
著者は、当時のウィーンフィルの主席奏者や音楽院の教授たちだ。(外国語なので半分誤読かも)

師匠も、僕でも演奏できそうな部分についてはその場で演奏方法を教えてくれたのだけど、
「ドンファンはプロでも弾けないくらいだけら、どうせ無理だと思うけど、参考にしてください」と
ご自分が若かりしころに使った参考書を、探し出してくれたのだった。
こんな貴重な教科書をお貸しいただいた師匠に心からお礼を申し上げたい。本当にありがたかった。


その中を見てみると、我がオケの主席から教えてもらった運指とかなりの部分で重なっていたけど
微妙に異なる部分もあった。自分で取りやすい、可能性の高い方を選ぼうと思う。


さて、師匠の教え、先日の植草さんの弦トレ、そしてこの参考書を貫いているのは「合理性」だと感じた。
出来る限り指の移動を抑え、移弦による音の途切れを避けるような運指が選ばれていると感じた。

気付いたことの一つは、フラジオで取れる部分は、状況によって積極的に使うことも大事だということ。
例えば、ドンファンの282小節などでは、ゆっくりなので、僕も弾けるんだけど案外音の取り方が難しい。
そこについては下記のような指示が書き込まれていた。

指番号でいうと3の頭に○が打ってあるのがフラジオレットなんだけど、プロの演奏者も本番で3弦の高いGは
フラジオを使っているのだそうだ。特にこの場合ミュートもついているので全く問題ないのだとのこと。

師匠によるありがたい「特別緊急処置レッスン」のあとは、基本のレッスンにもどり、
しっかりとやっていただいたお陰で貴重な気付き・発見がいろいろあった。
その基本はしっかりと体に刻みつけ、これから一月は、演奏会に向け極力「エアー」を少なくできるよう練習しようと思う。

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早朝ツーリング

2012年09月08日 10時57分43秒 | バイク

なぜか4時過ぎに目が覚めた。

 

あまりかまってやっていないバイクを引っ張り出して走り出した。

 

深い霧は外房名物だろうか、200メートル先は白い帳の中に隠れている

 

九十九里浜で夜が明けた。すでにサーファーたちは、朝日に向かって漕ぎ出していた。

 

北に向かって走り続けた。犬吠崎を目指した。
7時ころになると、駐車場は込みあい、海に出ているサーファーが多く見られた。

 

 

途中、東洋のドーバーと言われる、屏風ヶ浦に差し掛かった。

 

高台から振り返ると、九十九里の北のはずれにあたる旭町北部の海岸地区が一望できた。
3.11で大津波に見舞われ多くの犠牲者を出した地域だ。


 

あれから1年半。街は一見復興しているように見えるが、海外沿いには整地された空き地が目立つ。
残された建物のには、ベニヤ板が打ち付けられ、放置されている家屋も散見された。

ここで疲れが出て、家に引き返した。5時間のツーリングだった。

午後からレッスン、夜から市フィルの総練がある。持つかな・・・

 

 

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ありがたい弦トレ

2012年09月02日 23時55分12秒 | 市原フィル

プロのチェロ奏者を迎えての弦トレがあった。
指導されたのは、植草ひろみさん。
かつてプロオケに所属し、現在広くプロ活動をされている

今回の弦トレはオケのレベルアップに大変貴重だったけど、とりわけチェロ軍団にとって最高の先生だった。
(ちょっとチェロへの指導が多かったので、何だか他の弦楽器には申し訳ない気持ちだったけど)
何しろ、ドンファンの難易箇所に絞って「あきらめずに」、具体的に徹底指導してくれたのはありがたかった。

 

弦トレ前半は、チャカチャ チャカチャカチャーと猛スピードで駆け上がるドンファンのポイントに絞って
弦全体でソルフェージュ。口で合わないのなら、とパートごとに、徹底的に歌っていった。
途中、歌がずれる人を見つけると何回もやり直しした。
こんな練習、確かあのマツゲンさんも繰り返しやってくれたっけ。
そのときは歌いながら、しゃべりながら演奏することが中心だったけど、
植草さんは、歌で合わせることを徹底させた。


そして弦合わせの前に、「これが合えば、完全に合いますから」全員でコーラス
そして楽器を構えての合奏をした結果は

「素晴らし~い!」の一言だった。
やっぱ完全な譜読みが出来てないと、合わないんだ。


ここまでは、チェロだけでなく弦全体の弦トレだったんだけど、
そのあとチェロに特化した感じとなり、弦トレを10分早目に終了しチェロだけの特訓になった。
(無論全員に了解の上だけど・・なんだかチェロ以外の人に申し訳ない感じだったっけ)

どうやら、ドンファンではチェロがアンサンブルにとって重要な役割を果たしているのに
チェロが全然合わないためアンサンブルがバラバラになったり、チェロの迫力が無いことで、
曲がだめになっていることを植草さんは痛く心配してくれたようだ。

それもそのはず、速い部分は全くエアーの状態で、主席が一本で頑張っている部分もあったんだから。
植草さんは、なんとかしなくちゃ・・・と思っていただいたようで、他のパートには遠慮しつつ
チェロの運指を示し、わかるまで繰り返してくれたのだった。

特にハイポジションで全然不可能と思っていたところを
「ここのDは、2弦のフラジオで取れるから、3弦で2,3と取って、1弦でも同じように・・」
という感じで、極めて具体的に指のとり方を、難易度の高い箇所に絞って指導してもらった。
おかげさまで「全く不可能、無理」が「できるかもしれない」と思える感じになった。

僕には残念ながら、全部は把握できなかったけど、
主席などベテランにしっかり伝授してもらい後日共有してもらうことになった。

 

植草さんは市フィルでは初めての弦指導だったので、いろいろ気遣いをされたと思うけど
本当に値千金の弦トレだった。

ぎりぎりまで指導い頂いたあと、車で駅までお送りした。
千葉PARCO脇の「千葉銀座通り」には、チェロを抱えた女性像が立っている。


その前で待ち合わせをして、みんなが見送りをしてくれた。

チェロを持った女性立像がある通りの近くで弦トレが行われ
指導者がチェロ奏者というのも、何か意味ある取り合わせのようで嬉しかった。

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