チェロ五十代からの手習い

57才でチェロに初めて触れ、発見やら驚きを書いてきました。今では前期高齢者ですが気楽に書いてゆこうと思います。

チェロの「脱力」の本当の意味

2018年10月09日 23時17分13秒 | レッスン

チェロ師匠のレッスンに復帰したことで、分かってきたことが沢山ある。
12年前、師匠に教わり始めたころから3年間は、解放弦でのボーイングしかやらせてもらえなかった。
常に「力を抜いて」「楽に弾いて」と、「脱力」だけには厳しい指導をしてもらったが
今にして、ようやく チェロの全ての技術が「脱力」の一点でつながり、大きな意味を持っていることを実感できるようになってきた。

脱力するということは、呼吸を楽にし、肩の力を抜き、弓を持つ右手の力みを解放し、
ネックを持つ左手の力を抜き、弓を押さえつけず、力まずにボーイングすること。

では「脱力」は何のためにするの?と改めて問うてみると・・・
今までは「体を楽にするため」とか「年齢を重ねてもチェロを続けられるため」
という風に受け止めてきたが 全く違っていた。それは大いなる勘違いだったのだ。

答えは、脱力とは「豊かに美しく、朗々とチェロを演奏をするため」ということ。
なぜそうなるかを 簡潔に説明するのはが難しい。
12年かかって「脱力」が全ての技術に繋がっているベースだと感じられてきた段階なので・・

逆に「脱力しないと」と何が問題になるかを説明できそうだ

脱力しないと、まず弓が弦に押し付けられるので、音が汚くなる
脱力しないと、毛が弦を噛まないので、上滑りになる、大きい音が出ない
脱力しないと、弓を返す時に、弓が弦に弾かれてしまい、噛んでいた毛が外れてしまう
脱力しないと、握りしめた弓では大きく鳴らせない(振幅が出ない)
脱力しないと、ボーイングの弾き始めで押し付けるので、不要なアクセントが出る
脱力しないと、ボーイングの速度が一定にならない
脱力しないと、ネックを握りしめるので、左手の運動が自由にならない
脱力しないと、左手が硬くなり、ビブラートが大きくかからない
脱力しないと、結局チェロそのものが”萎縮”して鳴らなくなってゆく

書き連ねればまだまだあるのだが、要するに「脱力」した状態で演奏ができないと
使い物にならないチェロ演奏になるし、チェロそのものもますます鳴らなくなるのだ。
今思うのは「脱力」の核心部分は、力を抜かないと『毛が弦を噛まなくなる』ことだ。

さて、これまで気づかなかったことに気づけた理由には、10年のキャリアもあるが
はっきりと、脱力の意味を感じた瞬間があった。
それはレッスンで仮称 ”ピノキオ奏法” を体験したときかもしれない。

レッスンの前半では、師匠があの手この手で脱力をさせようとしてくれ、おかげで
ようやく全身から力が抜け、僕が弓を軽く構えてG線に置いたときのことだった。
師匠が突然、僕の右ひじを軽く押したのだ(なんとなく放り投げられた感覚だった)
すると肩から下の腕全体が左にさっと動き、チェロが大きな音で鳴った。
弓が自然に止まったところで、今度は肘の内側を押し返したら、またチェロが大きく鳴った。
つまり、自然なアップボーイングとダウンボ-イングが出来たのだった。

自分は軽く弓を持って構え、弓にほとんど圧力を加えていないのに、
弓の毛が、弦を咥えて行ったり来たりしているだけで チェロが豊かに鳴っている。
「ゼペット爺さん」に操られている「ピノキオ」になった気分で不思議だった。

その後、オケやアンサンブルで”ピノキオ奏法”から学んだ脱力を少しずつ取り入れてみているが
Vnなどの方から、いい音がするようになったと漏れ聞くと嬉しくなる。 

しかしながら、今週末に迫ったオケのコンサートではそんな気づきも通用しない事態に陥っている。

大好きなドボルザークの交響曲第8番などは何とか演奏できまでこぎつけたものの
最後に演奏するストラビンスキーの組曲「火の鳥」には、チェロのソロ部分が多く
今回はトップとして演奏しなければならないが、特に「皇女たちのロンド」では、
美しいオーボエとファゴットに挟まれたソロが不出来で、四苦八苦している。
(オケメンバー全体がチェロを心配しているのがヒシヒシと感じられる・・・)

さすがに見るに見かねているのだろう。これまで、基本練習しかしてくれなかった師匠も
「ソロの練習しましょうか」と言ってくれ、火の鳥の「皇女」のソロの特別指導をしてくれた。

とはいえ大師匠のこと、表現がどうの フレーズがどうのという「細かいこと」ではなく、
ひたすらに弾き始めの2音のみについて「本質的なこと」だけを、丸1時間徹底指導してくれた。

これは大変ありがたいレッスンだったが、その結果分かったのも「脱力」の徹底だった。
要約すると教えていただいたことは下記のようなことだったと思う。
1)肩から左親指までを楽にすることで、ポジション移動が手先ではなく腕先行ができるようになる
2)その結果、指先の重みがスムースに移動する事で、音色が見違えるほど変化する事を実感
3)脱力したボーイングで弾くことで、フレーズをゆっくり始められ、その後の速度も安定(一定)する
4)腕先行のポジション移動で余裕が生まれ、第3音をしっかり叩け、その後も落ち着いて演奏できる

理解したということと、「できる」ことは違うことは百も承知だが、今は実感も伴ってきている。
オケのメンバーも不安に思っているこの「皇女のロンド」部分を残り4日徹底してやってみたい。

みんなが安心し、師匠にも恥をかかせない演奏会になりますように!(祈り?)

 

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感動の「学童保育」クァルテット

2018年08月30日 23時52分53秒 | アンサンブル

オケのVn嬢から「学童保育の子供たちに演奏聞かせたい」と弦楽四重奏に誘われた。

「学童保育」の意味も分からないまま(時代が違うので)二つ返事でOKし、
初見でも弾けるという8曲ほどを一度だけ合わせたあと、本番当日を迎えた。

「せいぜい5~6人の女の子だろうな~」なんて思っていたら、
学童保育の先生から「50人くらいでしょうか」と教えられびっくり、
案内された教室二つ分程のホールには舞台があり、その上で演奏するといわれてまたびっくり。

ほんの少しだけ時間があったので、リハーサルめいた事をしてみると、
分厚いカーテンで囲われた舞台は 音がこもって客席に届きにくいとがわかった。
お互いの音が聞こえにくくなり、アイコンタクトもしにくい心配はあったけど、
普通のクァルテット並びを止め、舞台の縁ギリギリに、横一線並びで演奏することにした

時間になると、建物のどこかで待機していた子供たちが、整列して一斉に入場してきた。
学年も性別もまちまちの、数十人の「体育座り」の子供たちで、床の半分が埋まった。

先生のご挨拶のあと演奏を開始。
1曲目は「ハンガリー舞曲第5番」、元気よくスタート。会場は静かで、真剣に聞いてくれた。
2曲目「G線上のアリア」に入ると、小さな女の子が一人立ち上がり、先生に何か言ってホールを出ていった。
 曲の後半になると、女の子につられるように、立ち上がり、出てゆく子供が増えだした。
「きっとトイレだよな~」
「もう飽きちゃったかな~」とちょっとだけ不安。

3曲目「大きな古時計」は楽器紹介を兼ねて、各楽器のソロをつないでゆくのだが
学童保育の先生をやっているVn嬢が「みんな~この楽器わかるかな」と聞くと
子供たちから一斉に「バヨリン!」と元気な声がかえってきた。
「バイオリンは、ファースト、セカンドの2本です。ではこの楽器は」とビオラを示すと
「サードバヨリン」と元気な声。
なんだか嬉しくなる答えだった。
結局ビオラを知る子供はいなかった。

プログラム後半のディズニーメドレーに入ったところで「事故」が起きた。
当日追加した「小さな世界」がバラバラな感じになり、ストップし、真ん中辺からリスタートした。
子供たちの落ち着きない様子が気になり、集中力が欠けてきたのが原因だと心の中で反省した。

終盤は久石譲のジブリ作品。
「海の見える街」から、「SANPO」に移ったら会場から歌い声が沸き上がってきた。
「🎵  あるこう   あるこう   わたしはげんき🎵 」
転調しても全力で声を合わせて付いてくる子供たちの合唱に、もう泣きそう。

演奏終了し、歓声と拍手に包まれ「これで演奏会もなんとか元気いっぱいに終われたな~」と思っていたら、
あっという間に「アンコール、アンコール」の大合唱に。
さっき失敗してしまった「小さな世界」を演奏すると、子供たちも歌ってくれた。

あんまり嬉しいので、演奏後チェロを抱えて舞台を降りると、子供たちが突進してきた。
バイオリン嬢も、ビオラ嬢も子供たちに取り囲まれている。
身動きが取れなくなり「こりゃ収拾つかないかも、どうしよう・・・」思ったのもつかの間
5~6人、長いと10人位の行列がつくられ、
楽器を鳴らし終えると、次の子供に弓が手渡されてゆくのだった。

日本の子供たちの秩序意識レベルの高さ、児童教育の見事さに またも感動した。
ほとんどの子が、初めてのボーイングなのに、良い音出すのにも驚いたけど。
(チェロってこんなに易しい楽器だったんだ・・)

いよいよ解散かと思ったら、子供たち全員が整列して、手作りの花束贈呈式をしてくれた。
(こんなの定年退職以来の経験なんで、どぎまぎ)

忘れていたこの感覚は、遠い昔をも思い出させてくれた。
幼稚園や小学校では、お客さんをこうやっておもてなしし、送り出していたよな~と。
子供たちに、保育の先生方に・・・素晴らしい時間をありがとう
と感謝し、何度も思い出しながら帰宅したのだった。

さて、あれから2~3日経っているけど、会場の端っこで録音したLiveを今日も聞いてしまった。
いつもの練習録音は、聴きたくないけど次の演奏に生かすために聴いている。今回は全然違う。
楽しい時間を思い出したくて、学童たちが全力で歌っている「SANPO」を聞くのが嬉しくて
バランスも悪く、雑音も入っているけど、Live録音を聞いてしまう。

こんな感動の演奏会なら、お金を払ってでもやらせていただきたいと思う。

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レベルアップしたアンサンブルレッスン

2018年03月15日 16時06分29秒 | アンサンブル

 この冬のアンサンブルコンサートでは シューベルトの弦楽四重奏曲「ロザムンデ」の第1楽章を演奏した。
僕らにはかなり背伸びしたチャレンジだったが レッスンで指導をお願いした師匠からは
「まあ、まあ、まあ、このレベルで演奏できたなら・・・」とぎりぎりの評価をもらった。

 次のアンコンに向けて何を演奏しようかと4人で相談しているころに 師匠から教え子たちとの発表会に誘われた。
”うちわ”での演奏会とはいえ オケのメンバーやベテランの皆さんなど耳の肥えた人たちの前で演奏するのは、かえって大変かもしれない。

発表会では何を演奏しようかと悩んだ末、「ロザムンデ」は何とか通せたレベルの演奏だったかもしれないが、
半年以上取り組んできたので、同じく第1楽章を選び直すことにした。


   <いつも勉強に使わせてもらった Carmina Quartet のアルバム>

その後 何回か4人で合わせの練習をしてみたが、アンコンのレベル以上に前に進んでゆく気がしない。
向上感より行き止まり感かな、本番が終わって緊張感がなくなったのか、慣れ、飽きもあったのかもしれない。

そんな中で久しぶりにアンサンブルレッスンでは、驚きと発見の連続で、雲が晴れるような感覚を持つことができた。

 今思えばアンコン前の師匠のレッスンは医者にたとえれば「町医者」風で、患者を励まし安心させるのが中心だったかもしれない。
それが、今回のレッスンは手詰まり感を察するように「大学病院の専門医」のように 気付きにくい患部を鋭く突いてこられた。
ちょうど外科医が一つ一つの臓器を腑分けし、取り出し、治療してゆくようなアプローチだった。

「一つ一つの臓器」というのは、「ロザムンデ」という楽曲が「体全体」とすると
楽曲の各部分をどのように演奏するかとか、バイオリン、ビオラ、チェロという各パートの役割や位置付け、
弦楽器を演奏する基本技術の再確認など、様々な角度から光をあててくれ、音楽の奥行の深さを感じさせていただいた。

 音楽的な面での曲の解釈や表現のことも沢山示唆をいただいたが、ここでは今までないがしろにしてきた
演奏技術や、考え方について、教えていただいたことを書き出しておこうと思う。


◯弓の速さ
・音の長さは同じでも、弓の速度で音楽は全く変わってしまう。ついつい慣れ親しんだ速度になってしまう。
・以前から弓の速度については何度も指摘されてきたが4人の弓の速度がバラバラなのはダメなんだよね。
◯弓と左指の関係
・これも癖かもしれないが、移弦と左指押さえの順番は、きちんと移弦してから指を押さえ直すようにしないとちゃんと音が出ないということ。
・演奏速度に追いつこうと、いつの間にかきっちりとした移弦を怠ってきたのかもしれない。
◯数え方
・まずは数えるのをサボっていることが多く、音楽の流れのままに弾いているだけだと、アンサンブルが合わなくなる。
・次に人による数え方の違いがあることが指摘される。いわゆる”グルーブ”の感じ方の違いを合わせないとアンサンブルにならない。
・4拍を、4音目から数えるのと、ただ1泊目から数えるのでは違ってしまうことも実感した。
◯スタッカートの表現
・スタッカートといえども、一様の弾き方ではなく、音の間は切っていても音の量はもっと沢山必要。
・弦に圧力をかけはじく、というプロセスばかりでは破裂音は出ても、音楽として使える音が出てるとは言えない。
◯強弱の表現
・pはただ弱ければいいわけじゃない
・ppだからといっても、消えてしまっては音楽にならないし、特に自分がメロディーの時はハッキリ出さないとダメ。
◯音の長さ(の調和)
・連続した三連譜の後に四分音符があるときは、三連譜と同じ長さで演奏する事。あたり前なんだけどやれてない。
・とりわけ譜面上の音符に機械的に合わせてもだめで、実際にアンサンブルで合わせるときは、メロディーや他の楽器に合わせないとだめだよね。
◯楽譜の細部の読み違いの指摘
・半音違ったまま覚えてしまった部分などは自分では気が付かない。メンバーだってその音に慣れてしまっている部分をえぐり出してもらった。
・案外見過ごしているのが、八分音符の連続のあとの四分音符、あるいはその逆のケース。
・速い三連譜を一音一音確認、八分音符と四分音符の長さを正確に弾くことも練習した。
◯無意識の演奏上の癖の修正
・変なアクセントを付けていたり、無意識にリットしてたり、
・長音の後半になんとなくデクレッシェンドしてたり、やはり長音の後半を端折ったりも気づかなかった。

 こんな風に、あらゆるところで「ただ弾けばいいってものじゃないよ」とダメ出しを受けた。
 楽譜を見て機械的に演奏しても音楽にならないんだよね。
もしかしたら オーケストラの一員として常に合奏に参加していると一音一音の意味や味わいを表現するより、
楽譜「通り」に弾くことや、音の厚みに寄与する事や、「全体で良ければ」という甘えに陥っていたのかもしれない。
そんな「適当」な部分が全てあぶり出されるのがアンサンブル、特に弦楽四重奏なのだ。

今回のレッスンでは、今までは「見逃してくれていた」部分にメスを入れ、やり直させてくれるという手間を掛けてくれた。
明らかに、従来のレッスンとは違って ワンランクアップした段階に入ったと感じさせるアプローチだった。

でも、なぜ師匠のレッスンがヴァージョンアップしたのだろう。
プロの音楽家がちょっとだけアクセルを踏み込んだだけなのかもしれないが・・・
教え子の発表会だから「丁寧に指導」などということは考えにくい・・・
僕らの技量が指導に足りるだけ上がったから・・・これも考えにくい、というかそんなレベルではない。

プロが本気を出してシフトアップする時というのは、「相手の本気度」との関数であることが多いものだ。
とすると、僕らが半年以上 真面目にロザムンデに取り組んだ姿勢が師匠の何かを動かしたのかもしれない。
いや、もしかしたらいつまでも抜け出せない迷路にいる我々を、憐れんで手を出してしまったのかもね。

それはそれで おおいにありがたいことだ。

気を抜かずがんばってゆこうと思う。

 

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ブルックナーでつい夢の中に・・・

2018年02月26日 19時15分52秒 | コンサート

東京アマデウス管弦楽団の演奏会があった。ブルックナーの交響曲第4番「ロマンチック」がメイン。

前プロにウェーバーの「オイリアンテ」、2曲目がベートーヴェンの「交響曲第8番」。
オイリアンテとロマンチックは市原フィルで乗せてもらった事があるので楽しみ。

 ベートーヴェン8番を演奏会で聴くのは初めてだった。
有名な7番とも9番とも何だか感じが違うけど、やっぱりベートーヴェンだった。
おそらく東京アマデウスの音色が全体でベートーヴェンに合致しているのではないか。
何度も感心していたのは、木管楽器の融合した音色が素晴らしいこと。
Ob,Fl,Clの3つが合わさり澄み切った音色を響かせてくれる。
いや木管ばかりではない、Tp,Hrも 弦だってベートーヴェンしてるんだよな~。
アマデウスはドイツ音楽を中心に演奏してきたという楽団。

こうした音色はなかなかアマチュアでは出ない。

 

 前半は最前列で “音が頭上から降ってくる” ようだったので、休憩後は会場後部席に移ってみた。

やはり前方と後ろでは違うんだね。
前だと弦楽器の音に包まれる感じはいいんだけど、なんだか音のレンジが広くてまとまらない。
後方から聞くとオーケストラとしての演奏が一かたまりになって前方から届けられる感じ。
曲を全体として鑑賞するには真ん中より後ろの方がいいようだ。

 聞きたかった「ロマンチック」が始まった。
静かに広がる さざ波の様な弦のトレモロの中から、何者かが立ち上がるようにホルンソロが始まる。

「すばらしい!」

Hr奏者にとっても、オケ全員にとっても緊張する箇所を突破した。
このHr奏者は名手だ。その後もHrが素晴らしい音色でオケをリードし、支えていった。

 第1楽章で改め感じた事。
ブルックナーはアメリカハリウッドの映画音楽に相当な影響を与えているのではないか。
激しいところや荘厳な感じのところは、大スクリーンのスペクタクルものに取り入れられているし、
弦の優しいメロディーは、恋人同士のロマンスを感じさせる。
ブルックナーの時代に映画は無かったはずだけど、マーラーやラフマニノフを経由して伝わったのかな~・・・

2楽章に入りVnの助走に続いて、チェロがandanteの静かなメロディーを奏で始めた。
一度高まり 静まると思わせて また高まって また静まる。こうして揺られたあと、
もう一段の高みへとA線を駆け上ってハイトーンのC音に至る。

綺麗だ。

そのあとホルンやトランペットの静かな「相づち」があって、今度はビオラが同じメロディーを奏で始める。

 「ブルックナー休止」と言われる全休止と 静かな再開が とても味わい深い。
アンダンテで そぞろ歩くよなテンポが心地いい。
JAZZでは「ウォーキングベース」は4ビートなんだけど、オケの「ウォーキングベース」は
コントラバスの2ビート。オケの背後で”歩み続ける”その一歩一歩がなんだかとても嬉しい。

ブルックナーは繰り返しが多い気がするけど、単なる繰り返しではなく、
オケの各所が絶妙に役割交代をしながら、リフレーンしていく。

でもこの心地良い繰り返しに居眠りしない人がいるんだろうか・・・

「晴れ着の若い女性が、縄で縛られて、姥捨て山のようなさびれた窪地に引き立てられゆく。
『お前はこのまま飢え死にするか、その前に鳥にその身をついばまれるがよい』と打ち捨てられた。
 上空から髪の毛をかすめたカラスに 左目をつつかれた ぎゃー!・・・」

その瞬間、オケが高鳴り、気づいたら音楽ホールに座っていた。
なんだ夢だったのか・・・ブルックナーに不吉なメッセージは含まれてたかな~

すると、オケは全休止し、静かなピッチカートでまた歩き出した。
バイオリン属のピッチカート、コントラバスの歩み、こりゃ心地良くてたまらん。
永遠に繰り返してほしいものだ・・・

「針金でできた大きな鳥かごの様な映像が現れ、そこからきらめく光が解き放たれて・・」
気が付くと、金管のコラールが大音響で始まっていた。
また落ちたのね。

こうして第2楽章は終曲へ向かっていった。
すばらしい2楽章を創ってくれたブルックナーと、東京アマデウスに感謝。

無論その後3楽章も、4楽章も素晴らしかったけど、2楽章の「夢幻」の世界が印象に残った。
こういう演奏会もあっていいか。

それだけ東京アマデウスの音色が美しく 心地よかったということだよね。

 

 

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まさかの「10年目の浮気」

2017年08月14日 21時09分44秒 | チェロ

この年齢になってイタリア娘に恋するとは思わなかった

10年前に巡り合い、我が屋に来てもらったのは、ドイツ生まれの「リーベ」だった。
その音色、姿の美しさにほれ込み、一途に可愛がってきた。
「この子と生涯過ごせるのはなんと幸運だろう」と満ち足りた日々を過ごしてきたんだ。

ところが、ほんの1年くらい前から、揺れる心を感じ始めた・・・
クアルテットやチェロアンサンブル後の録音を聞くと、僕のリーベは一生懸命歌っているのに
はるかにオールドな「おばあさん」の方が、ビックリするほど若々しく朗々と歌っていたり、
リーベよりお近づきになりやすいはずの「中国娘」が、予想外に元気な声で歌っているのに気づいた。

「一生懸命歌っているのに、なんでリーベの声は通らないんだろう」と感じはしたが、
「僕の技術が足りないのが原因なんだ」
「悪いのは僕の方なんだ・・・」と納得していた。
「それにリーベの声は一番美しいし、体に馴染んでいるんだから」と満足もしていたんだ。

ところが、あるレッスンで他の子を借りて弾いてみたら、大変豊かに歌ってくれるので、
「この子すごく鳴りますね」とつぶやいたら「よかったら買いませんか」と勧められた。
 次の機会にリーベを連れていき、弾き比べてもらったら「リーベは優しい音がしますね」と一言。
「やっぱりそうなんだ、心地よい歌声のいい楽器なんだ」と思ったら
「一人で弾くにはいいけどアンサンブルでは音が小さくて厳しいですね」と言われてしまった。

結果として勧められた楽器はタイミングが合わず、入手できなかったものの、長く連れ添ってきた
我が愛するリーベに対して、初めて物足りなさを感じ、浮気心が芽生えたのだった。
「僕だけが悪いんじゃなかったんだ、世の中にはもっといい子が沢山いるのかも」と。

 

一旦はあきらめたが、たまたま東京に出たとき、お茶の水に楽器屋があることを思い出した。
楽器街に足を向けたら、やはり弦楽器売り場に入ってみたくなる。
下心はあった。
それを見透かしたように、店員が次々と綺麗どころを並べ立ててくる。
高めの楽器はちょっと触っただけで、敏感に反応し、響いてくれる。
目が飛び出るほどの値段でなくても、響きの良い子がいることが分かった。
下取りもしてくれるというではないか。

もう下心どころではない。
欲しくてたまらなくなる。
ただ「リーベだって、この店の硬いフロアーで弾けばもっと高々と歌ってくれるかも・・・」
などと自己説得を試みても、浮気心の火種は消しようがなくなってきた。

こんな風な衝動はやばい!
人生で何回失敗してきたことだろう。
「ダメだダメだ」と自分に言い聞かせた。
衝動のままに突き進めば、老後のわずかな資金も取り崩すことになる・・・
「ダメだダメだ」

とは思ったものの、手頃の外国娘たちの美声が耳に残って離れなくなっていた。
衝動を抑えることはもはや難しいので、覚悟を決め、チェロの先輩に事情を説明した。

先輩は、どうやら僕が「街で行きずりの娘を手に入れようとしている」と察したのだろう。
プロの販売員もいないような店はやめるよう諫め、自分が信頼する店に連れて行ってくれた。
しかも「その場で結論を出さない様に!買わなくてもいいんだから」と
専門店への道すがら、何度も念を押してくれていたのだった・・・・

 

1時間後、僕のチェロケースには、リーベではなくイタリア娘が背負われていた。

「リーベはどうなったの?」
「いったい何が起こったの?」
今思い起こせば、夢のような邂逅があった。

先輩が連れて行った工房には素敵な「職人」さんがいて、リーベと同じ「レベル」の子から
はっと目が覚めるような超美人までを取り揃えてくれていた。
その「職人」さんがリーベを弾いて一言
「随分マットな音色ですね」と言うと、
同僚の職人さんも
「そうですねマットですね」とうなずいた。

「リーベがマット?」
「マット・デーモン?」
「リーベ良い音色で歌ってたよね・・」と一瞬思ったものの、
そのあと何台かその「職人」さんが弾いてくれたとき、リーベがマットだとの疑念は氷解した。

他の楽器から飛び出してくる音は、目で見えるほど鮮やかに、扇のような広がりをもってまっすぐ届いてくる。
とりわけ ドイツ娘ではなく「これはちょっと上のクラス」と弾いてくれたイタリア娘は、まさに別格だった。
イタリア・カンツォーネの響きというか、オペラ歌手というか・・・その深い音色と到達力に圧倒された。
比べるとリーベの声は なんだか沈んだ、地味な、控え目なお嬢さんの歌声の様に感じた。

その「職人」さんの演奏が、これまた鳥肌が立つようなすばらしさで、プライベートコンサートの様だった。
「何という素敵な楽器なんだろう!」
その「職人」さんが弾いている、イタリアのチェロに「一目惚れ」してしまった。
(あとで知ったのだけど、「職人」さんと思い込んでいたお方は、著名なプロのチェロ奏者だった!
 思えば、あの演奏だけでもものすごい価値があり、儲けものだと感じている)


購入を決めた後、リーベとクレモナ生まれのイタリア娘が床に並べて寝かされた時、
リーベは地味で、疲れて小さく縮こまっているように感じた。
かわいそうに、10年連れ添ったリーベとの別れはあっけなかったな~。
リーベはそのまま工房に引き取られ、僕はイタリア娘を連れ帰ったのだった。


別れの涙雨の中、先輩と歩きながらイタリア娘の名前を考えた。

「アモーレ」に決まった。

アモーレとの生活は、これから僕は何年生きられるか分からないけど、
その深く、遠くまで響く歌声を毎日聞けるのは、なんと幸せな事だろう。
これまで支えてくれたリーベに感謝しつつ、
アモーレに相応しい腕を磨こうという意欲が涌いてきたのが、何より嬉しい。

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チェロトップに座って思った事(悟ったこと)

2017年05月16日 00時42分41秒 | オケの練習

茂原交響楽団の演奏会が無事終了した。

 今回の演奏会は「20世紀の音楽」と称して、コープランド「ロデオ」とラベル「ラ・ヴァルス」を前プロで、
後半メインに「ラフマニノフ交響曲第2番」を演奏した。
実は打ち上げで、指揮者だけでなく、トレーナーの先生方からも「こんな難曲を3曲演奏するのは危険すぎる。無理だと思っていた」の講評があった。
その通りで、今回の演奏会は実質練習時間は3か月くらいで本番に突入しているが、途中の段階では正直「完成」に至るとは到底思えない感じもあった。
団員の疲弊感、難しい演奏に不安感も募り、指揮者のいらだちも近年珍しいくらいに高まった。コンミスがその「餌食」になり代表して随分叱られていたっけ。

しかし結果だけを先にいえば、お客さんからも、エキストラの皆さんからも(僕の会社の同僚、先輩、旧友からも)
「今までで一番良かった」とお褒めいただける結果になり、無謀な挑戦も一生懸命やれば報われるもんだとも思った。
(ただプロの皆さんも、団員の多くも へとへとの状態なのでこの様な危うい選曲はもう勘弁だと思う)

さてこんな中でメイン曲の「ラフマニノフ交響曲第2番」のチェロトップに座れた幸せを今更ながら感じている。
トップとして本番を迎えた時の思いを正直に言えば、「一体全体何が起きるんだろう、どうなるんだろう」と久しぶりに
不安よりも、遠足に行くときの子供のワクワクする気分だったような気がする。

前プロでは、全体の演奏は最高に良かったけど、僕は第2プルトで気が緩んだ結果もあり、さんざんの演奏だった。

15分の休憩後、舞台が照明で明るく照らされる中、ビオラ軍団に続いて、チェロを抱えて一番先に舞台中央に向かった。
1プルトだけは黒いピアノ椅子が用意されている。「本当の首席」がいつも自前で用意してくれているのだ。
座るとちょっと椅子が高く、眺めがいいかと思ったけど、目の前の譜面台と指揮者で視界はかなり限られていて、
会場はほとんど目に入らなかった。客席が見えにくいのはその後の演奏に幸いした。

会場からの拍手の中、指揮者が登場し、一礼のあと一呼吸して指揮棒が振り下ろされた。指揮者の呼吸が聞こえるんだね。
第一楽章の最初の音を丁寧に出し、2音目で一気にフォルテまで高め、徐々に下降に入ってゆく。
第1楽章はいい感じで演奏でき、第2楽章へ進んで行く。
ゲネプロに比べ本番の方が 自分の「落ち」「間違い」はかなり少なかったと思う。

再チューニング後第3楽章へ。
ラフマでのチェロの見せ場というか難所は第3楽章と思っている。
クラリネットの美しいソロを、チェロが縁取るように3連符で動いて行くのだが、タイミングが難しい。
でも、ここでも ほとんど落ち・ズレはやらなかったと思う。
練習の時は「全然だめ、全然合ってない。何も分かってない!」と怒鳴られたこともあったんだけどね。

しかし第4楽章に至って、ズレ・落ちだけでなく、懸命に弾いているのに音が出てこない現象に陥った。
「これは力みが原因だ、脱力だ!」と自分に言い聞かせ、弓の持ち方にも注意したものの、制御が効かない。
中低音は何とか出せるのに、ハイトーンに力がない。
4楽章は激しいので、聞いている人には分からないかもしれないけど、勝手に上ずった音(ハーモニックス?)が出たりする。
結局終曲は 大団円に向け、力任せに弓を押し付けながら、へとへとになりながら終了したのだった。
終わってみると、比較的冷静で、上がってはいなかったはずなんだけど、全身に大汗でびっしょりだった。

「弓を滑らせて落とすことはなかったのは良かった!」などと軽口をたたきながら、後片付けをし、打ち上げでその日は終わった。

一日経って振り返ってみると、大変な曲にトップでチャレンジできた幸せを感じている。
今回なぜ首席の席に座ることができたんだろう・・・チェロを定年前に始め、10年で難曲の首席に座れるなど普通はあり得ない。
それには、いくつか幸運が重なって実現したのだと思う。
1)これまでトップを続けてきた「本当の首席」が仕事で出張が多くなり、ほとんど練習に参加できなかったこと。
2)他の団員に、毎回練習に参加でき、体調が良く「それなりのキャリア」(ここが微妙)がある人が少なかったこと。
3)「本当の首席」から「曲ごとのトップ交代」という提案に他のチェロ団員が反対しなかったこと。
4)弦トレーナーの素晴らしい師匠が、実質トップとして常に伴奏してくれること(この条件無しには実現はゼロだった)

 実は隣で支えてくれている師匠は、様々な局面でサポートを提供し「素人首席」に満足感をプレゼントしてくれていたのだった。
1)実質の首席として、ゆるぎない演奏をしてくれるので、戻れる道というか、位置が明確だということ(師匠は灯台であり、大木です)
2)僕の座席を15センチ程後ろに下がらせ、少し内向きに座らせてくれたことで、師匠の演奏している様子が右目の端に常に見えていて安心だった。
3)間違えそうな箇所になると、さりげなく 弓で位置を示してくれていた
4)当然ながら、弾けない箇所を確実に演奏してくれるという「絶対の安心感」。
要するに、親に見守られながら、遊園地で遊んでいる子供のようなもので、支える側の負担は大。「もうこりごり」のはず。

 ということで、大汗のうちに、演奏会を終える事ができたが、この「首席」経験の「副産物」は一杯あった。
1)本番では「あがっていなかった」はずなのに、実は血圧が「上がっていた」
  本番当日朝の血圧と、一夜明けた本日の血圧では 35も差があった。「精神」はどうであれ「肉体」は正直
2)聞きに来てくれたチェロ弾きからは、珍しくお褒めの言葉というプレゼントがあった。
 「まずは、貴兄の左手・右手、弾く姿は大いにサマになっていました。
  初期の頃を思い出すと、隔世の感があります。左手・右手の形ができてました。」
    ・・・う、う、涙。
3)それとは反対に、鋭い指摘!
 「それにしても、隣にI先生がいると頼りになりすぎますね。時々ですが、I先生の音が聴こえることがありました。
   しっかり芯のある音、よく通る音なんだろうと思います。知らない人が見ると、どうしてトップサイドの人があれだけ弾けるのか、
   と思っ たり.....譜めくりまでしていただいて、恐縮してペコリしてはダメですよ」 
  (まさに「慧眼」。分かっている人の目(いや耳)を欺くことはできないのでした。)
    ・・・う、うぇ~、またも涙。
4)よって最大の副産物。「脱力こそ命」。本当のチェロの「音色」への挑戦を続けたくなりました。
  さようなら「偽物首席」。もう一度初心にかえって、地道に「チェロ道」を歩むことに決めたのでした。
  音楽的に言えば「D.C.」(ダ・カーポ)~「最初に戻って演奏せよ」。でも「FIN」は永遠にこないのでしょうね。

 追記:高校からの学友たちが家族連れで聴きに来てくれ、豪華なお花をいただきました。ここでお礼を申し上げます。

 

 

 

 

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チェロのトップに座る異次元の厳しさ

2017年05月02日 20時25分29秒 | オケの練習

チェロ暦10年にしてチェロのトップに着くことになった。 

昨年はお断りしたが、5月定期演奏会のメインは「ラフマニノフの交響曲第2番」には
以前他のオケで乗った事もあり、いろいろな事情でこの曲のトップを引き受けることになった。 

年初に引き受けたものの 結果として経験したことは想像もできない厳しいものだった。
本番は2週間後、何が起こるか分からないが、今のうちに感じた事を書き留めておこう。
(ちなみにわがオケでは、チェロトップは指揮者のすぐ右隣に座っている人なんだけど) 

「ラフマ」のチェロトップを任された時から、今までには無かった色んな「異変」が起きている。

まずは、自分のパート譜を隅々まで見直すことに。というか弾けなきゃしょうがないので。
今まで演奏してきた楽譜の見誤りが本当におどろくほど沢山発見された。
誠に恥ずかしいながら、パート後方で気軽に「エアー」で逃れてた部分も多い。 
「ラフマニノフ第2番」はチェロが2~4パートに分かれ、1stは各段に難しい。

今回楽譜をさらい直して個人練習を「やったつもり」で合奏練習に向かうと、
全然合わないことも多く、合わなければ、指揮者はトップを責めるのは当然のこと。
自分が飛び出せば、後ろの人全員に謝らなけれなならないし・・・

結果「スコアー」を何度も見直し、練習を毎回録音し、繰り返し聴き直すことが習慣になった。
今まで持っているだけに近かったスコアーは、マーカーやらメモ書き込みだらけになった。
自分のパート譜も、「影譜」(クラリネットやらVn、Hrなどなど様々なパート)の書き込みで
真っ黒になり、同じプルトに座ってくれるプロから「これじゃ譜面が読めない」と叱られたりも・・・ 

楽器に触らないと不安で毎日練習するけど、サイレントチェロでは練習にならない事にも気づかされた。

それでも全体練習になると、合わないところ、弾けないところが、いつまで経っても発見される。
自分では弾けているつもりでも、実際の合奏になると弾けてないし、合わないことが繰り返される。 

演奏でミスしている姿が夢に出てくることもあった。
なんだか息苦しいこともあり、血圧を測るといつの間にか血圧が異常値を示したので、
OMRONの血圧計も買い替え、血圧降下剤を飲み始めた。 
「なんでこんな大役を安請け合いしたんだろう」と自分で自分を責めたりもする・・・

書き出したら切りがないが、ここでしみじみと思いいたすことがあった。
「これまでお世話になった首席の皆さんは本当にすごい努力をしていたんだな~全く気付いてなかった」
「1曲どころか全プログラムを弾きこなし、後ろに居並ぶメンバーをリードしていたよな~すごい!」
「となるとコンマスという人は一体どんなに研究をしてオケのど真ん中に座っているんだろう、想像を絶する」 
「となると、指揮者ってのは偉いものだな~・・・」

以前から管・打楽器は全員がソロプレーヤーだよな~、すごいな~とチェロ席からオケ後方を眺めていた。
でも、パート全体のトップはソロ楽器とは違ったプレッシャーがあることが今回良く分かった。
確かに管・打楽器がミスをすれば、観客も気づきはする。
弦楽器パートのトップのミスはボーイングの違いとしてすぐに察知されるが、ミスでは済まない。
5プルト10人全員が間違える可能性だってあり得る。
パート全体が変な方向に向かえば、オーケストラの音楽そのものが崩壊しかねない。 

ま~自分はそんなに信頼されているわけではないので、最悪の事態にはならないのだが
それでもお客さんは、パートのトップをしっかり見聞きしていることは間違いない。
トップの姿から、そのオケの力量を推し量るのだから(自分もそうだったし) 

こんなこと、グダグダ書いてる場合じゃないのだ。
「前期高齢者」に思わずプレゼントされて晴れ舞台と感謝しつつ、
残り2週間、今できる最良のアンサンブルに向けて練習をするのみだよな~

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東京アマデウス管弦楽団 横にらみ鑑賞記

2017年03月21日 12時50分27秒 | コンサート

東京アマデウス管弦楽団の演奏会を復興を果たしたミューザ川崎で聴いた。

アマチュアというより「プロ」の演奏を聴かせてくれるので毎回楽しみにしている。
年々人気は上昇しているようで、開場して間もないのに1階席は満員で入場できなかった。

ロビーにいた学友は「このオケは人気で 開場前から並ばないと1階は入れないよ」と。
また団員からは「いつもかぶりつきに座っているのにね」と言われた。
(学生時代から何十年も経っているのに舞台から識別できているんだと驚いた)

仕方ないので階段を昇ると、ヴィニャード型のホールなので舞台全体がよく見える。
2階席の舞台の左右には2列しかなく、お目当てのチェロ席もよく見える好位置を確保できた。

 

演奏は素晴らしいに決まっているのだが、やはり期待以上に感動的な演奏だった。
前半のオットーニコライ、リヒャルトシュトラウスは馴染みがないものの完璧。
後半のブラームス4番は、曲の隅々まで歌えるほどに知っていたのには自分で驚いた。
4番だけは演奏したことがないはずなのだが、おそらく大好きで何回も聞いてきたのだ。
やはりブラームスはすばらしい!

オケマンとしての習性なのか、音楽にのめり込むよりいちいちチェックしてしまう。
・オーボエの音色が素晴らしく音程に揺るぎがない。
・フルートすごくいい!
・ホルントップの音色美しく大好き。
・金管コラールかっこいい。
・ティンパニーすごい。
・何しろ弦楽器に厚みがあり雑音が全くないのに驚く。
・コンマスの赤いバイオリンは美しく届いてくる
・それにしても音外しがほとんどないのはすごすぎる。
つまりアマデウスはどこをとっても完璧 素晴らしく羨ましい!


さて演奏のすばらしさはいくら賞賛してもきりがないので、
「横にらみ」の観点から、気づいた事をメモしておこう。

①入場シーンが珍しい。
予鈴後 楽団員が入場するのだが、コンマスが入場し、全員で挨拶するまでは
誰も着席せず立っている。
こんなに上手い楽団員が、立礼で顧客に応えようとしている姿にのっけから感激だ。

②指揮者の北原さんは指揮棒を持ってない。
「ん~1曲目だけかな」と思ったが、指揮棒を持たない人と分かった。
指揮棒に慣れている身としては、馴染めない気がしたが、その後の素晴らしい演奏に納得。
舞台横なので指揮者の動きが良く見え、北原マジックに掛かったように不思議と同期してしまった。
(リハでストップ掛ける時も指揮棒でカンカンとやらない 上品な大人の対応なんだろうな)

③男が多い
横から見たから気づいたのか、1stバイオリンは女性は全員「裏」に配置されている。
これってもったいない気がするんだけど。でも男が多いのは羨ましい。ウィーンフィルみたい?

④チェロの表と裏の並び方が逆
僕の経験したオケと並び方が左右逆で、各プルトの左側の人が譜めくりしてる。
よく見ると弓を持ち替えて右手でめくるんだね。コントラバスが左後方の対向型だからか

⑤コントラバスに「お坊さん」らしき風貌の人が二人入っている(どうでもいいけど)

⑥招待席が後半空いたが・・・
後半になると最前列の招待席からかビラが剥がされ、空席が6つくらいできた。
かぶりつきが好きなので、2階席で我慢せず「あそこに行きたい」と思ったけど
1500人以上が見ている中で、2階から移動して席を取るのには気が引けた。

⑦心からの拍手
ブラ4が終わって拍手は鳴りやまなかったが、指揮者が一人ひとりを指名してゆく間も
拍手の疲れを感じない。おそらく全員が心から感動の気持ちを素直に表現しているからだ。
素晴らしい演奏者一人ひとりを指名し、立たせてゆくプロセスはセレモニーなどではなく
指揮者と観客が一体となった、心からの感謝・賞賛の自然な時間だったと感じた。
むしろ「指名して賞賛しないのはおかしい」というくらい、それぞれが最高の演奏だった。
でも、弦楽器はいつも団体なんだよね、そこはちょっと寂しけど・・・
(僕にはハープ譲だけが指名されなかった気がしたが、カヴァレリアのあと指名されていた)


ミューザ川崎のような素晴らしホールで、完璧な演奏するアマデウス。
団員として所属できるだけで、人生の幸せは倍増だよね。誇らしいだろうな~と感じた。

帰路、三連休の最終日だけに川崎駅も品川駅も 命がけで進まなければならないほど混雑してた。
これだけは、最近年齢とともに嫌になるけど、演奏会があれば、ぜひ駆けつけたいと思った。

 

 

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M響定演のポスターは完成したが・・・

2017年02月16日 22時30分04秒 | オケの練習

茂原交響楽団第27回定期演奏会のポスターとチラシが出来上がり団員に配布された。

定演は5月14日(日)と3か月先だけど、難曲の「ラフマニノフ」の交響曲に加え
ラヴェルの「ラ・ヴァルス」が想像以上に難しく、団員の嘆き節が聞こえてくる。
やってもやってもできそうになくても、本番に強いM響だから、きっとクリアーできるはずだ。

そんな実力あるM響だが、クリアーできない絶対絶命の困難に突き当たってしまい、
茂原市での定期演奏会が、この27回をもって幕を閉じることになった。

その訳は、いつもコンサートを開催してきた「茂原市民会館」が取り壊しになるから。

 入口脇の定礎を見ると本年で築50年になのだからしかたない。

春の定演、秋のファミリーコンサートと、何回も参加させてもらったが、そのたびに思ったのは
1000席と、椅子の数は立派だが、手洗いの古さ、舞台裏のスペースの無さ、楽屋は無いに等しいし、
音響の悪さからプロによる公演は避けられてしまうシロモノだった。

盛んだった製造業が撤退するとともに、茂原市の財政は厳しくなったといわれている。その結果
近隣との町村合併も全て断られてしまい、市民の文化活動にしわ寄せがきていたということだ。

演奏会のたびにいろいろなエキストラの皆さんと舞台に上がったが、やってきたトラさんの中にも
「市役所は立派なのに、なんで市民会館はひどいの・・」と違和感を口にする人もいたっけ。

取り壊しの話は聞いたが、建て替えの話は聞かない。
秋のファミリーコンサートを最後に、茂原に演奏会を開く場所が無くなるわけなので、
近隣の街の施設のお世話になるしかない。
練習は茂原でできても、演奏会は遠くなるので、固定客となっているお客さんにとっても
大変不便になることは必至だ。残念だけどしかたあるまい。

ともあれ”茂原市”での「最後の定期演奏会」なのだから”遠くても聴きにゆきたい”と
思ってもらえるためにも、全力でラフマやヴァルス、ロデオの練習に取り組もうと思う。

 

 

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弦楽四重奏のお手本だったN響クアルテット

2017年02月10日 22時16分51秒 | アンサンブル

3月のアンサンブルコンサートに向けてモーツアルトの「狩り」に取り組んでいる。

昨年「アメリカ」でデビューしたあと、今年の春には、地域のミニコンサートでモーツアルトの
14番「春」の第1楽章を披露したが、なかなか困難な道のりだった(本番で段を間違ったり・・)

その後ハイドンかモーツアルトをじっくり取り組もうと試行錯誤の結果、17番「狩り」に決定。
春以来、月2回の合奏練習と、月1回程度のアンサンブルをプロに指導してもらうことで、
わがアンサンブルAmusioも 何とか「狩り」らしい雰囲気になってきている。

演奏の技術とは別に、いつも議論になるのが、演奏速度。
プロのCDを聴くと前半の繰り返しをしないで6分40秒くらいで終わり、
リピートしても大体9分以内で演奏している。つまり軽快に「狩り」に出かけている感じだ。
一方我々のアンサンブルでは、繰り返して通すと10分半くらいになる。
(半年前だと12分くらいかかっていたので、かなりの進歩なんだけど・・・)

そんなわけで、今日のN響の選抜メンバーの「狩り」の演奏はどうなのか、

そのことを第一の関心ごととして聴きに行った。

千葉市科学館のプラネタリウム会場では、定期的にN響のアンサンブルの演奏がある。
プラネタリウムなので、リクライニングシートを倒し、満天の星座を見ながら聴けるのは贅沢。
しかもN響選りすぐりのプレーヤーでのアンサンブルが1500円なので、超お得。

さて4人は第1バイオリン青木調、第2バイオリン樽井悠樹、ビオラ中村翔太朗、チェロ宮坂拡志の皆さん。

演奏が始まると「何分で演奏するのか・・」などという不届きな考えは、すっかり忘れてしまった。
青木さんのキリッとかっこいい合図で第一音が始まると、すっかり音楽に引き込まれた。
アンサンブル全体の音が柔らかい。
特に宮坂さんのチェロは明快なのに、包み込むような響きで、曲の表情を豊かに色づけてゆくのに圧倒される。
師匠が「チェロでどうにでもなるんですよ」と いつもおっしゃる通りだ。

それにしても、どうやったらあんな柔らかい音が出せるんだろう・・・
「狩り」に続いて、楽器紹介として「白鳥」、ボロディンの弦楽四重奏曲とチェロの出番がたくさんあった。

とにもかくにも 一体N響の皆さんは、「狩り」をどんな速度で演奏していたのか。
前半の繰り返しまでは2分15秒、全体で9分ジャスト。(こっそりかばんの中のiphoneで計っていた)

今晩の演奏会に大いに満足した結果、速度を気にするより、息の合った、美しい演奏を目指したいと感じたのだった。

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