チェロ五十代からの手習い

57才でチェロに初めて触れ、発見やら驚きを書いてきました。今では前期高齢者ですが気楽に書いてゆこうと思います。

英語レッスン アンサンブル練習 チェロレッスンを録音すると 

2012年03月24日 22時03分16秒 | チェロ

●このところ慣れない仕事の準備に忙殺されている。
グローバル化の波は、僕のようなものの仕事にも変化を要求している。
日本の企業なのに、海外現地法人トップを集めた会議ともなると
公用語を英語に切り替えて行われる(ざるをえない)ことになったのだ。

日常会話ならまだしも、公式の会議での会議のファシリテーターとなると
よほどの覚悟をして臨まないと、途中で暗礁に乗り上げてしまうだろう。
しかも世界各国参加メンバーの訛りはさまざま、聞き逃す危険性大である。

ということで、この半年ばかり、英語のにわか勉強を行ってきた。
英語はネーティブのアメリカ人と待ち合わせして、1時間強の会話をするというカタチ。
おもに国際的な大会での表現方法やら、スライドの文言点検、質疑応酬のありかたなど
(基本的表現のチェックは無論のこと)様々な会議シーンを想定してQ&Aをしている。

シチュエーションを考え出すと、対応力に不安を感じるが、どこか心弾む面もなくなはい。
日本オンリー、ドメスティックに生きてきた我が仕事人生に対して、彼方からグローバル化の
気運が押しかけているのだから「これは愉快なチャンスなり~」と考えることにしよう。

それにしても、毎回会話場面を録音して振り返ると、これはなかなかどうして、
人様にはとても聞かせられない内容だ。
ひいき目に見ても、日本人のオッサンが、たどたどしく英語めいた言葉を
つなげている感じにしか 聞こえないのだから、全く嫌になる。

 

●録音を聴いて嫌になるどころか「恐ろしい!」と皆から言われたのがアンサンブル練習。

昨年のアンサンブルコンサートで、モーツアルトのクラリネット五重奏曲を演奏した5人が
再結成して先日初練習を行った。第一バイオリンの奥さん宅にあるピアノ室が練習場。
前回は譜面上は簡単なのに、合わせるのが超難しい前回第二楽章(Laghetto)だった。
今回は一見合わせるのが難しそうな第四楽章だったけど、実は一発でノンストップ演奏ができ、
難しい箇所を浚うことができたのだった。

そこで、機嫌を良くしてSONYのPCMレコーダーで最後の合奏を録音し
「宅ふぁいる便」という超便利なファイル無料配信サービスを使って全員に配布した。
ところがこの録音をダウンロードして聴いた全員から「恐ろしい録音をありがとう・・」と
いかにも恨めしげなメールを貰ったのだった。

自分のチェロはいつでもさ迷うところがあるので、録音聞きには免疫があるのだか、腕に自信がある他のメンバーは、いざ録音を聴いて初めて明らかになる姿に「ガマの油」状態になったのかもしれない。
音程の不確かさだったり、入り間違いのミスだったり、テンポのずれだったりといった、演奏しているときには気付かない「揺れ」や「ミス」が、鏡を見るように写し取られているからだろう。

たしかに、通勤の行き帰りにアンサンブルの録音を繰り返し聴いているうちに(ん~これは普通の人にはとても耐えられない内容であるだが)、
はじめは自分の弱点克服のために、チェロの音しか耳に入らないのだけど、
何十回と聴くうちに、他の楽器も案外ずれてる部分があることに気付くようになってきた

みんなの「恐ろしい!」は「このままで終わるものか!」「なにくそ!」の宣言でもある。
今年のアンコンでは一歩成長したアンサンブルを実現しようと意欲が沸いてきた。

 

●さて録音は録音でも、チェロの師匠のレッスンの録音はなかなか聴いて前進があるというものではない。なぜなら、殆どの録音が「G線開放弦」の連続だから。しかもチェロを抱えての弾き始め、弾く途中の響き、そして あの「芯まで届いている」という響きと弦の表面をこすっているときの響きとの、微妙な差までは残念ながら録音では識別できない。
ましてや肩、腕、手、指という一連の動作をトレースすることはVTRでも難しいだろうと思う。

そんな微妙な違いを極めたレッスンこそが、師匠のレッスンの持ち味だから、今回のレッスンで掴んだ事柄も、極めて感覚的、直感的、あるいは「身体記憶」的な内容で、なかなか記録に残すことは難しい。

前回、前々回にボーイングや肩の使い方の癖に気づき、脱力がさらに進んだ実感を持てた中でのレッスンだったので、脱力しているからこそはっきりと感じられる、発音時の違いを識別できるようになったのは前進と感じた。
師匠曰く「弓が弦を噛んでいるか否かを、自分で感じるからそ、弾き直しをするようになったですね」
そういわれてみて、いつの間にか成否のジャッジが出来る耳を持てるようになったと気付いたのだった。

それから今回は【移弦】について初めて明示的な練習が加わった。
そこで、移弦とは「弦を移すこと」ではなく「右腕のコブシの位置を移すこと」に初めて気付かされた。
師匠がそう言ったというのではなく「この手の位置を覚えること無しにチェロは弾けません」と言われた。
なぜ自分は演奏中に他の弦を引っ掛けてしまうのか、そのわけがはっきりと分かった。
毎回練習の時に10分でいいから、この練習をして掴んじゃいましょうとも言われた。

師匠のレッスンをあまり録音しなくなったのも、言葉で理解しても、出来ることは違うということを
5年もかけて学んだからかもしれない。

以前開放弦の練習が進めば「八割は出来たことになります」とおっしゃった通り、
師匠によるチェロレッスンは 5年に及ぶ「G線上のありゃりゃ」から
本当の演奏に進みそうな気配が出てきて、いよいよ春めいた気分になってきた。

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N響チェリストと音楽の夕べ

2012年03月11日 22時12分17秒 | コンサート

千葉市のプラネタリウムでN響主席らで構成された「ラ・クァルティーナ」の演奏を聴いてきた。

このチラシを見たのは、近所を走る普通のバスの中だった。
紐にくくられてバスの入り口近くにつるされていた。
240席程度の千葉プラネタリウム。座席は全てリクライニングシート。
大人1500円、高校生600円、小中学生300円。
そこでN響の主席・藤森亮一さんと3人のフォアシュピーラーが演奏するという。

「えっ! こんな恵まれたコンサートあっていいのか?」と思ったけど
現実にあるのだと思い直し、ローソンチケットを購入しておいたのだった。

今日は3.11。昼から様々な特別番組が放映されていたけど
コンサートもバッハのアリアから始まった。
4人で演奏するG線上のアリアの響きは天上のように調和し、
桑田歩さんのベースの美しさに聞き惚れた。
(自分でも何回か演奏したことあるけど大変難しい・・・)

会場はプラネタリウムということもあって、音楽に合わせて
円天井には様々な星座や宇宙の写真などが映し出されていった。
その分、会場の光は殆ど落とされていて、オペラの演奏席のように
楽譜を照らすライトだけが4人の姿をぼんやりと照らしている。
演奏を見るのはあきらめて、音楽の響きに聞き入った。
とてもアマチュアでは聞くことができない、見事に調和したアンサンブルだった。

小さな会場を埋めている人の多くは、プラネタリウムのある科学館の
会員らしく、会員パスで入場している方もいる様子だったが、3回目となった
「ラ・クァルティーナ」の演奏を誰もが楽しみに来ている様子だ。
もっとも、その驚くほどソフトな響きに心地よい眠りに着く人も多かった

前半はクラシックだったが、休憩後はタンゴ尽くしのプログラムだった。
チェロアンサンブルとタンゴは非常に相性がいいと感じた。
チェロが4人のはずなのに、バンドネオンやギターが混じっているのでは?
と何度も感じたくらい不思議で素敵な響きだった。
真面目なN響・・・というやや固定観念があったからか、
こんなにお洒落な演奏をするんだ~と驚いた。

閉演後は、ショップの前に4人がテーブルについてCD購入者への
サイン会が行われた。

めったにない機会なので、全員のサインをCDに書き込んでもらい
藤森さんには握手してもらった。
「主席チェリストの手ってどんなだろ~」と密かに思っていたけど
鍛えられたプロの手は、柔らかく厚い掌だと感じた。


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3.11のマーラーを見て

2012年03月11日 00時13分46秒 | コンサート

昨年の3.11夜7時15分 すみだトリフォニーホールで新日本フィルの演奏会が決行された。
ダニエル・ハーディングのmusic partnerデビュー演奏会で、曲目はマーラーの5番。

その再現ドキュメントがNHKで放映された。

3月11日2時46分に大震災が起こったとき、楽団員の多くは楽屋に集まっていた。
すみだトリフォニーホールも大きな振動に見舞われてた。
ホールの安全確認ができ、4時過ぎには、
「一人でもお客様が来れば演奏しよう」と開催を決めた。
1800席以上あるチケットは完売していた。

この段階では指揮者は到着していなかった。
楽屋のテレビで、想像を越える被害が出ていることは団員も知った。
団員何人かの家族は被災地にいた。
「こんなときに開催するのか・・・」と思った楽団員も多かった。

指揮者のハーディングは日本橋で地震に遭遇していた。
ホルン奏者の一人は新橋駅からホルンを背負い会場に向け走り出していた。
(結局飲まず食わずで2時間以上を走り続け開演45分前に到着した)

演奏会前にゲネプロが開かれた。
コンマスはオケの音が萎縮していることを感じていた。
そこにハーディング登場した。
36歳の彼が動揺していないことを見て楽団員の気持ちは固まった。
(彼は『自分は一人ではなかった、音楽をする皆がいたから』という)


結局その日集まれた聴衆は105人。楽団員は90数人。
演奏開始段階では聴衆は全員到着していなかった。
2時間半歩いてきたおばあさんは第3楽章に間に合った。

こうして3.11のコンサートは始まった。
第一楽章は葬送行進曲。数奇な邂逅といえる。
トランペットのソロから普段ではない力により奇跡の演奏が実現した。

ハーディングは語る
「みな信じられない集中力を示した。オーケストラは命を懸けて演奏していた。
全員が100%音楽に入り込んでいた。生涯忘れられない演奏となった」

その夜、帰宅困難者となった聴衆と楽団員はホールに泊まった。


この放送を見ていて気付いた。
この日集まれなかった聴衆に呼びかけ、
6月20日にハーディングによるチャリティーコンサートが行われた。

その日僕はこんな背景も知らぬまま、彼らが演奏するマーラーの5番を聴いた。
知っていればもっと違った感想を持ったかもしれないが、素晴らしい演奏だった。

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耳の成長とともに一歩ずつ歩んで丸5年 新たな試練が・・・

2012年03月09日 00時12分59秒 | その他雑感

チェロを購入してからそろそろまる5年になろうとしている。
僕はチェロらしい音で芯まで届く発音がいつでもできるには至っていない。
「いい音」に到達するまで レッスンはいつも一時間はかかる。

腕、肩、指のどこが緊張しても音に現れてしまう。
師匠が演奏しているすごくいい楽器では、この緊張が瞬時に音に反応してくるという。
「だからいい楽器かどうかは、弾けばすぐに分かるんですよ」
なるほど、師匠の楽器を弾かせてもらうと弾き始めの瞬間からいい音が飛び出してくる。
「楽器を優れた状態に持ってゆくのも演奏者の技術」なのだ。

「でもほとんどいい音になってきましたよ」
「今のは95点」
「今はまた60点に下がった」とかいいながら評価してくれる。
「耳が聞こえるようになったことは素晴らしい」とも言ってくれた。

チェロ習い始めて丸5年、遅々とした歩みながら耳が出来るとともに進歩はしているらしい。
最近では師匠がダメだしする前に自分でいい音かどうかおおむね判断できるようになったから。

 

さて本日のレッスンでの新たな気付きを2点

1)”肩で移弦”していた癖の矯正

移弦のとき、「肩で移弦している」という事実が発覚!
どうやって分かったかというと、師匠が肩を押さえ込んでしまうと、G線からD線に移弦することが全くできなかった。
常々師匠は「肩を落とすように」と指導してくれてきたけど、今日こそは許されなかった。
力任せに移弦しようとしても絶対無理。
これは大発見というよりも、積年の悪い癖が暴露されただけのこと。
ボーイングのとき肩から下だけが動くという当たり前のことができてなかった。
五十肩ならぬ六十肩の影響で、痛みが怖くて腕だけ上げることができなかったのだが、
演奏会に間に合わせるには無理な格好と分かっていても続けるしかなかった。
(自分でも演奏中にどんどん肩が上がってくるのを感じてはいた)


今日はその矯正をかなり徹底的にしいただいた。
師匠が僕の右肘を持ち上げて「ここがG線、ここがD線」という具合に、
G 線D線 C線 A線それぞれにあわせた肘の位置をなぞって教え込んだ。

要するに肩はまっ平なままで、肘を中心に腕全体のポジションが変わってゆくということ。
痛みを恐れるあまり、肩を上げ下げする不恰好な演奏ばかりしてきた自分には
久しぶりに味わうこの感覚は、懐かしいというか新鮮な印象だった。
今後は少々の痛みはあるかもしえないが、不恰好からおさらばできるかもしれない。

2)スケールの極意~というか音楽の勉強

レッスンの後半で師匠はスケールの練習をしてくれた。
師匠が演奏すると、単なるGdurのスケールがしっかりと音楽として聞こえてくる。
「どうして?」と不思議に感じていたら
「四拍子で弾いているから」との答え。
「四拍子は分かりますか?」
「・・・」
「強 弱 弱 中 で弾きます。」

さらに二拍子と四拍子との違いや、三拍子でもワルツとメヌエットの違いを弾き分け、
「そして、これが最悪・・」と平板なスケールを弾き「これは無拍子です」とコメントした。
たしかに、最悪なのは僕が弾いているスケールだった。
なぜ師匠が弾くとただのスケールが音楽になってしまうのかの秘密の一端がわかった。



さて帰り際に
「今度の定期演奏会で、これやるんですけど・・・」と楽譜を見せると
「まさか・・」という表情をされた。
以前ニールセンの交響曲の楽譜を見せたときは
「これはプロでも弾けないところがありますよ」という反応だったけど、
今度の曲はそんなに非常識なのだろうか・・・

楽譜の頭には「Don Juan」(Richard Strauss)と書かれている。

「無茶ですね」といいながら冒頭のチェロの急速な上昇をさらっと演奏。
続いて1~2ページを演奏して見せてくれたけど、
師匠の指は指板の上方部分を飛びはねていたっけ。

僕が「あ~こりゃ無理ですね・・」というと
「この曲はオケのオーディションに使っているんです」
「じゃ~やっぱエアーで 弾いた振りするしかないですね・・・」
「それも無理でしょう。主席クラスでも振りをするのがやっとでしょう」とご託宣。

何十人ものプロオケ希望者が、オーディションで悶絶してゆく映像が浮かんだ。
「まーこれをさらうようなことは止めて、基本をしっかり練習してください」とダメ押しされてしまった。

どうしょう、ブラームス1番だけでも困難なのに ドンファンは「不可能」ラインだって!
10月の定演に向けて、今年の夏は大変なことになりそうだ。

コメント (8)
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