チェロ五十代からの手習い

57才でチェロに初めて触れ、発見やら驚きを書いてきました。今では前期高齢者ですが気楽に書いてゆこうと思います。

まさかの「10年目の浮気」

2017年08月14日 21時09分44秒 | チェロ

この年齢になってイタリア娘に恋するとは思わなかった

10年前に巡り合い、我が屋に来てもらったのは、ドイツ生まれの「リーベ」だった。
その音色、姿の美しさにほれ込み、一途に可愛がってきた。
「この子と生涯過ごせるのはなんと幸運だろう」と満ち足りた日々を過ごしてきたんだ。

ところが、ほんの1年くらい前から、揺れる心を感じ始めた・・・
クアルテットやチェロアンサンブル後の録音を聞くと、僕のリーベは一生懸命歌っているのに
はるかにオールドな「おばあさん」の方が、ビックリするほど若々しく朗々と歌っていたり、
リーベよりお近づきになりやすいはずの「中国娘」が、予想外に元気な声で歌っているのに気づいた。

「一生懸命歌っているのに、なんでリーベの声は通らないんだろう」と感じはしたが、
「僕の技術が足りないのが原因なんだ」
「悪いのは僕の方なんだ・・・」と納得していた。
「それにリーベの声は一番美しいし、体に馴染んでいるんだから」と満足もしていたんだ。

ところが、あるレッスンで他の子を借りて弾いてみたら、大変豊かに歌ってくれるので、
「この子すごく鳴りますね」とつぶやいたら「よかったら買いませんか」と勧められた。
 次の機会にリーベを連れていき、弾き比べてもらったら「リーベは優しい音がしますね」と一言。
「やっぱりそうなんだ、心地よい歌声のいい楽器なんだ」と思ったら
「一人で弾くにはいいけどアンサンブルでは音が小さくて厳しいですね」と言われてしまった。

結果として勧められた楽器はタイミングが合わず、入手できなかったものの、長く連れ添ってきた
我が愛するリーベに対して、初めて物足りなさを感じ、浮気心が芽生えたのだった。
「僕だけが悪いんじゃなかったんだ、世の中にはもっといい子が沢山いるのかも」と。

 

一旦はあきらめたが、たまたま東京に出たとき、お茶の水に楽器屋があることを思い出した。
楽器街に足を向けたら、やはり弦楽器売り場に入ってみたくなる。
下心はあった。
それを見透かしたように、店員が次々と綺麗どころを並べ立ててくる。
高めの楽器はちょっと触っただけで、敏感に反応し、響いてくれる。
目が飛び出るほどの値段でなくても、響きの良い子がいることが分かった。
下取りもしてくれるというではないか。

もう下心どころではない。
欲しくてたまらなくなる。
ただ「リーベだって、この店の硬いフロアーで弾けばもっと高々と歌ってくれるかも・・・」
などと自己説得を試みても、浮気心の火種は消しようがなくなってきた。

こんな風な衝動はやばい!
人生で何回失敗してきたことだろう。
「ダメだダメだ」と自分に言い聞かせた。
衝動のままに突き進めば、老後のわずかな資金も取り崩すことになる・・・
「ダメだダメだ」

とは思ったものの、手頃の外国娘たちの美声が耳に残って離れなくなっていた。
衝動を抑えることはもはや難しいので、覚悟を決め、チェロの先輩に事情を説明した。

先輩は、どうやら僕が「街で行きずりの娘を手に入れようとしている」と察したのだろう。
プロの販売員もいないような店はやめるよう諫め、自分が信頼する店に連れて行ってくれた。
しかも「その場で結論を出さない様に!買わなくてもいいんだから」と
専門店への道すがら、何度も念を押してくれていたのだった・・・・

 

1時間後、僕のチェロケースには、リーベではなくイタリア娘が背負われていた。

「リーベはどうなったの?」
「いったい何が起こったの?」
今思い起こせば、夢のような邂逅があった。

先輩が連れて行った工房には素敵な「職人」さんがいて、リーベと同じ「レベル」の子から
はっと目が覚めるような超美人までを取り揃えてくれていた。
その「職人」さんがリーベを弾いて一言
「随分マットな音色ですね」と言うと、
同僚の職人さんも
「そうですねマットですね」とうなずいた。

「リーベがマット?」
「マット・デーモン?」
「リーベ良い音色で歌ってたよね・・」と一瞬思ったものの、
そのあと何台かその「職人」さんが弾いてくれたとき、リーベがマットだとの疑念は氷解した。

他の楽器から飛び出してくる音は、目で見えるほど鮮やかに、扇のような広がりをもってまっすぐ届いてくる。
とりわけ ドイツ娘ではなく「これはちょっと上のクラス」と弾いてくれたイタリア娘は、まさに別格だった。
イタリア・カンツォーネの響きというか、オペラ歌手というか・・・その深い音色と到達力に圧倒された。
比べるとリーベの声は なんだか沈んだ、地味な、控え目なお嬢さんの歌声の様に感じた。

その「職人」さんの演奏が、これまた鳥肌が立つようなすばらしさで、プライベートコンサートの様だった。
「何という素敵な楽器なんだろう!」
その「職人」さんが弾いている、イタリアのチェロに「一目惚れ」してしまった。
(あとで知ったのだけど、「職人」さんと思い込んでいたお方は、著名なプロのチェロ奏者だった!
 思えば、あの演奏だけでもものすごい価値があり、儲けものだと感じている)


購入を決めた後、リーベとクレモナ生まれのイタリア娘が床に並べて寝かされた時、
リーベは地味で、疲れて小さく縮こまっているように感じた。
かわいそうに、10年連れ添ったリーベとの別れはあっけなかったな~。
リーベはそのまま工房に引き取られ、僕はイタリア娘を連れ帰ったのだった。


別れの涙雨の中、先輩と歩きながらイタリア娘の名前を考えた。

「アモーレ」に決まった。

アモーレとの生活は、これから僕は何年生きられるか分からないけど、
その深く、遠くまで響く歌声を毎日聞けるのは、なんと幸せな事だろう。
これまで支えてくれたリーベに感謝しつつ、
アモーレに相応しい腕を磨こうという意欲が涌いてきたのが、何より嬉しい。


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5 コメント

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Unknown (通りすがりです)
2020-08-15 13:04:32
昔の記事に失礼します
2017年に10年使われたシュトアの楽器を手放されたとのこと、勝手にショックだったのでコメントしました笑
私はプロのチェリストとして活動していますが、今でも愛用しています。明朗でコンチェルトでもしっかり立つ音色が気に入っているのですが、個体差ですかね、、、?
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Unknown (chiibou_2007)
2020-10-05 21:47:35
通りすがりにお声がけありがとうございました。
シュトアにもいろいろあるのだと思います。
プロのお使いになるシュトアは、きっと素晴らしい
音色なのだと推察します。
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Unknown (eu)
2020-10-20 10:35:47
検索していたら、たまたまこちらが目に留まり、ふらっと寄ってみました。文章表現がとても面白い!私もかつては音楽や楽器演奏を愛したものなので、気になってしまって最後まで読んでしまいます。、何十年も前に初心者の頃英国で手に入れた、修理だらけで今hいろいろなところが壊れたチェロに、ブランドバック並みのびっくりするほどの人が注目して入札し始めているのには、こちらの文章を読んでなんだか納得しました。
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Unknown (eu)
2020-10-20 10:38:27
上記すみません少し抜けていました。チェロももう何十年も使わなくなったので、かわいそうだから、少しでも大切にしてくれる人にとオークションに出したということです。
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コメントありがとう (chiibou)
2020-12-29 02:10:21
euさんコメントをいただこいありがとうございます。最近はyoutubeなど便利な機能に浮気してほとんど自分のを顧みていなかったので失礼しました。
小生相変わらずコロナ禍でもチェロとオケ、アンサンブルは細々と続けております。
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