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・・☼ 長い間ありがとうございました ☼・・・

山伏(やんぶし)

2018年10月25日 | 三百名山

10月23~24日Ⓜaitabiで「八絋嶺~大谷嶺~山伏」縦走へ行ってきた。が、

先日の台風24号の影響で安倍山系奥の登山道や林道にも被害が出ており、

大谷崩れ~山伏~百畳峠へ下るコースへ変更された。

                      (山伏・八絋嶺共山梨百名山)

23日12:30 小雨降る東京駅を発つ

今日は梅ガ島温泉・梅薫楼までの移動のみ、明日は曇りとの予報だった。

 

「梅薫楼で見た昭和初期に書かれた案内図」   

 東海道線と御殿場線の関係を知る、貴重な資料だった。

大正14年までに国府津駅 - 熱海間が「熱海線」として開通したが、

熱海駅 - 沼津駅間は丹那トンネルの建設が難工事となったため、開通が遅れた。

昭和9年には丹那トンネルが開業し、国府津駅 - 沼津駅間の現在のルートが完成。

旧ルートは御殿場線と名称が変更された。   (聞いたことはあったが)

    腹です

    

7:00 旅館で質素に「朝食弁当」を食べて出発

   

ダイモンジソウ        ノコンギク

送迎バスで7:15「大谷崩」登山口へ(標高1270m)

林道に倒木はなかったが、林の中は台風の爪痕が残っていた。

日本三大崩れの一つ「大谷崩れ」

大谷崩の面積は約1.8km高度差800mであり、これまでに崩れた土砂量は約1億2000万m3

 と推定されています。

古文書の記載内容から現在見られるような大崩壊地となった年代は

 宝永4年(1707年)10月の宝永地震(M8.4)と言われています。

この地震により大谷崩が発生し、大量の土砂が5km下流の赤水の滝迄一気に流下し、

 三河内川をせき止め新田地先に大池をつくりました。

その後の洪水でも土砂を押出して、現在の景観となったと思われます。

http://www.cbr.mlit.go.jp/shizukawa/02_sabo/03_ooya/tikei/tikei.html

天候は早い回復をみせ、

歩きづらい登山道です

just meet!!! きてました 

H沢ガイド、O野TD、登山者11名、平均年齢70歳?のツアーです

磁鉄鉱の岩場に咲くヨメナ 

オヤマリンドウ 

もうすぐ新窪乗越、稜線に出ます 

8:55 新窪乗越  山伏 八絋嶺 

大谷嶺側です

イワカガミ、オサバグサの葉でしょうか

大平沢ノ頭へ、若干のアップダウンはあります 

  

9:25 (イタズラ書きではありません)大平沢ノ頭だそうです

原生林の中歩きます

歩程に余裕があるので小休止

      

苔の世界てきました

15分潰して山伏へ、大シラビソの倒木

根が浅いので、台風の強風にはひとたまりもないようです

枯れて「リアイア後」も役立っています、我々も見習わないと

山伏:2014mです、登山道は右側を巻いて行きます

早川町と静岡県との境に位置する。

山頂には広大なササ原に老木が点在する独特な風景が広がる。

富士山や南アルプス南部の山々を望むことができる。

      

富士山

10:55~11:25 山伏(山梨県)側標示、少し早いけど昼食

静岡県側標示:山伏岳となっている

(切断した丸太に書かれたお馴染み標示板、静岡の大工=故人さんの作だそうです)

南アルプス(北東側の眺望)

        

左)上河内岳 右)聖岳    中央)悪沢岳          左)布引岳 右)笊が岳

11:30 西日影沢分岐 百畳峠へ降ります

   

金山鉱跡とか

  

11:45 山伏避難小屋分岐

大無限山:2329m(二百名山)

光岳:2529m中央右側の台形がピーク、リ岩は北側で見えない

  

12:00 百畳峠登山口:1770m

我々は山越えで百畳峠へ降りた。

迎えバスのドライバーさんはバスを百畳峠まで回送してくれた。

林道が不通になったりしていて大変だったようだ。

         行程:標高差744m、5.8km、約4.5時間   

       6:50 梅ガ島温泉 =7:15 大谷崩登山口 ⇒8:55 新窪乗越

        ⇒9:25 大平沢ノ頭 ⇒10:55~11:25 山伏・昼食

        ⇒11:30 日影沢分岐 ⇒11:45 山伏小屋 ⇒12:00 百畳峠

                           山梨百 山伏78 完登


比叡山(大比叡)

2015年11月29日 | 三百名山

11月25~26日、京都へ”紅葉狩りです。

25日比叡山(大比叡:848m:三百名山)を歩いてきました。

比叡山延暦寺との縁は、①1964年の修学旅行

                ②比叡山千日回峰行者「大阿闍梨」故酒井雄哉師との出会い(テレビ及び本)

一度は登らなければと考えていました、調べると三百名山、今回の登山となった。 

京都駅にきています。

:坂本町

JR湖西線に乗換え20分で「比叡山坂本駅」へ、ここから歩きはじめます。 

比叡山・・・延暦寺1)

高野山と並ぶ日本仏教のさとであり、1200年以上の歴史を持つ天台宗の総本山。

標高800mを越える二峰からなり、京都府と滋賀県にまたがる。

延暦寺という名の建物はなく、この山一帯が天台宗の総本山の延暦寺と称される。

山一帯が「境内」なのだ。

今日歩くコースです。本坂コースを上り、無動寺坂コースを坂本へ下ります。

:登山口

9:15 本坂コース登山口(大原まで縦走できます)舗装道路を行けば「坂本ケーブル」です。

道は荒れています。

看板もこの通り、「→」は合っています、といっても一本道でした。

誰かのお墓(御陵)

10:25 法然堂(法然上人得度御霊場)

 法然上人:浄土宗の開祖。父の遺言で出家、比叡山に入り、43歳の時「専修念仏」

  に帰し、東山吉水で浄土法門を説いた。  【広辞苑より】

10:30 延暦寺会館(立派です)

10:35 根本中堂(中学校の修学旅行以来50年ぶりです)

比叡山・・・延暦寺2)

伽藍・根本中堂がある東塔、開祖・最澄が眠る浄土院のある西塔、

良源のお堂がある横川(よかわ)の三つのエリアと、明王堂や護摩堂のある無動寺谷、

日吉大社や滋賀院門跡などがある麓の坂本地区の三塔十六谷に大別されている。

天台宗大本山だけあって、大きなお寺です。(当然ですが)

根本中堂、塗装のへたりが目立ちます(改修工事もはじまっているようでした)

紅葉です、杉・檜は多いけど落葉樹は少数派です。

:戒壇院

:分岐

10:50 東塔を離れ、「大比叡」山頂へ向かいます。

山頂分岐

11:00 山頂分岐、京都市内が望できます。

:北東側

山頂駐車場は「ワンダーランド」化しています。

山頂入口

聞かなければ」この先に山頂があるとは思えませんでした。

11:28 大比叡山頂です、「ジか!!!」まず出た言葉です。

一応「一等三角点」です。(地元の人が3人食事をしていました)

大比叡です。

:大講堂

12:10~12:30 根本中堂脇の食堂で「延暦寺蕎麦」松茸きのこごはん(持ち込み)

           の昼食です。

12:45 延暦寺ケーブル駅、ケーブルで下るパートナーとはここで(しばしの)お別れ

     (運賃860円、15分で坂本ケーブル駅です)

雨がポツポツ落ちてきましたが、無動寺坂コースへ向かいます。 

:琵琶湖

無動寺参道なので道は整備されています。

       

山らしい雰囲気でした。   

:弁天堂

ここから登山道になります。

「比叡山千日回峰」行者が立ち寄り、祈りを奉げる場所でしょうか?

比叡山・・・延暦寺3)

山に籠もって修行する「籠山行」と、拝みながら山谷を巡る「回峰行」の二つの厳しい行があり

それぞれ千年を越える伝統がある。

阿闍梨(あじゃり)と読む。サンスクリット語の「規範」を意味する。

日本の仏教界では、弟子たちの規範となり、法を伝授する師匠のことをいう。

天台宗では難行「千日回峰行」を遂げた修行僧に「大行満大阿闍梨」という尊称が

与えられる。

比叡山・・・延暦寺4)

千日回峰行、約七年間かけて比叡山中を千日間、回峰巡礼するなど天台宗独特の修行法。

初年度から三年は深夜から朝にかけ、比叡山中の二百数十カ所を巡拝しながら、

 一日三十~四十キロの道程を毎年百日間歩く、

  四、五年目は毎年二百日、計七百日の回峰をする。

七百日の回峰行を終えると、不動堂に九日間こもり、

 断食、断水、不眠、不臥で不動明王の真言を十万回唱える「堂入り」

 という行が課せられる。

六年目は一日に歩く行程が六十キロになる。

最終年の前半百日は比叡山中と京都市中八五キロを歩く。

後半百日は比叡山中三十~四十キロを歩く。

七年間で歩く行程は延べ四万キロ近く、地球一周分に相当する。

(前述酒井師はこの荒行を、一九八〇年、八七年と続けて二度満行している。

         二千日回峰行者は四百年で三人しかおらず、また最高齢だった)

紀貫之の墓

13:30 無動寺坂コースから離れ「裳立山」にある墓に足を伸ばしました。

 紀貫之:平安前期の歌人・歌学者。「紀貫之集」・「土佐日記」などがある。 【広辞苑より】

訪れる関係者は多いようです。

この石碑がないと、本当に墓があるのか?というような場所にあった。

14:18 無動寺登山口に下山

(こちらのコースが変化に富んでいるのでお勧めします)

14:25 もうすぐ比叡山坂本駅です。

             行程:標高差727m、約13km、5時間 

        8:55 JR坂本比叡山駅 ⇒9:13 本坂登山口 ⇒10:25 法然堂

         ⇒10:35 根本中堂 ⇒11:10 大比叡分岐 ⇒11:30 大比叡山頂

         ⇒12:10~12:30 根本中堂・昼食 ⇒12:45 無動寺参道(ケーブル駅)

         ⇒13:30 紀貫之墓(裳立山) ⇒14:18 無動寺坂登山口 ⇒14:40比叡山坂本駅

                  日本三百名山 比叡山18 完登

        

宿舎:ホテルモントレのいいお部屋        夕食は一品料理で楽しみました 


愛宕山(924m:京都)

2012年11月28日 | 三百名山

11月25日(日)愛宕山(京都:三百名山)に登ってきました。

 6:11新横浜 =(のぞみ)8:15京都 =8:23京都駅 (京都バス)10:23清滝バス停着

3連休の最終日、紅葉時期、京都嵐山、道路は大渋滞、時間は2倍かかった。

       

紅葉も最盛期?

  :愛宕山(神社)参道

10:35 清滝橋を渡って登山口へ

  :東海自然歩道

「東海自然歩道」も     http://www.tokai-walk.jp/  

                         ”京都一周トレイル”も通じている。

 http://kaiwai.city.kyoto.jp/raku/kanko_top/kyoto_trail.html

   :愛宕神社鳥居

      

   

表示板(1/40)                    :オフィシャル表示柱(1/50)

  :標高はほぼ平地

  :杉林

まずは杉林を登って行く、ほぼ登り、階段が作られている。

  :火燧権現跡

愛宕山(924m)愛宕神社

  山城国(京都南部)と丹波国(京都及び兵庫県)国境の愛宕山山頂に鎮座する。

  古くより比叡山と共に信仰を集め、神仏習合時代は愛宕権現を祀る”白雲寺”として知られた。

  火伏せ・防火に霊験のある神社として知られ、「火迺要慎(ひのようじん)」と書かれた

  愛宕神社の火伏札は京都の多くの家庭の台所や、飲食店の厨房などに貼られている。

  また、「愛宕の三つ参り」として、3歳までに参拝すると一生火事に遭わないといわれる?

  :3世代登山

登山者は多い、とくに家族連れ、3世代登山者結構いた。

  :休憩所(東屋)

11:00 三合目付近の紅葉

      

  :大杉社  

11:30 大杉社へ、西側の眺望が開ける、道も平坦に。

  :嵐山

正面の桂川が流れ、右の起伏は嵐山だろう。

   :水尾別れ

11:50 水尾別れに、帰りはここから水尾の里へ下り、JRで京都駅へ戻る予定だ。

  :山ガールも

数は少ないが”山ガール”も、袋にはドングリが入っていた。

  :ガンバリ坂

「四十四丁目ガンバリ坂」若千急かな?という感じだった。

  :黒門

12:10 「黒門」

  :愛宕神社境内入口

  :ラスマエの階段

  :最後の鳥居

  :最後の階段

  :ゴール!!!

12:20 本殿へ、

      

:五千回登頂者       :二千五百回・・・      :千回・・・

愛宕神社に登り続けた人たちの「証」、個人的にその意味は理解できないが。

石碑も自費で建立したのか?

境内へ戻って昼食、陽は差しているけど”寒かった”

登山口に山頂との温度差は10℃あると書かれていたが、その通りだった。

   :高雄分岐

昼食後、愛宕山三角点に足を延ばす。

   :野辺の

  :鉄塔の下が三角点

  :三角点

12:55 愛宕山三角点へ、南東側が開け、京都市内の眺望が見えた。

  :京都市内

肉眼では、京都タワー、西本願寺程度は判別できたが・・・?。  

  :月輪寺方面分岐

各登山口への所要時間が記されている、保津峡駅までは2時間の行程とある。

  :水尾別れ

13:30 水尾別れへ、ここからは一気に下る。(本当に一気だった)

  :杉林

   :100m毎に表示が。

愛宕神社と愛宕山について書かれている。

四季実(しきみ)の話が面白いので紹介しよう。

  古代は枝葉が繁茂する常緑木をすべて「栄え木」さかきいっていたが、その中でも

  「しきみ」は芳香があって、四季に芽を出すので、「四季芽」→芽出度い木とされていた。

  愛宕神社は昔も今も、しきみの枝を神花とし、参拝者に授与されている。

しきみ【広辞苑では】

  シキミ科の常緑小高木。山地に自生し、墓地などに植える。

  葉は平滑。春、葉の付け根に黄白色の花を開く。花弁は細く多数。

  全体に香気があり、仏前に供え、また葉と樹皮を乾かした粉末で抹香や線香を作り

  材は器具用に。果実は猛毒で、「悪しき実」が名の由来という。

     :しきみ

「水尾の里」の紹介です。

     :柚子です。

14:00 「水尾の里」まで降りてきました。

  :歴史の臭いがプンプンしました。

  :柚子湯風呂

  

       

  :融雪剤置場

水尾の里の冬は厳しいようです。

  :保津峡橋

  :保津峡駅

保津峡駅は鉄橋の上にありました。

  :保津川

トロッコ列車が見えました。 (明日乗車予定ですが)

  :保津峡駅

14:55 「保津峡駅」に着きました、15:02京都行きに乗って京都駅へ戻る。

今日の宿舎は大阪駅、夕食は『串揚げヨネヤ』で食べました。

・・・・・・・・例の「二度漬け禁止」

       ******* 行程:標高差840m、約12km、4時間30分 

        10:25 清滝バス停 ⇒10:35 登山口 ⇒11:00 二十丁目 

       ⇒11:30 大杉社 ⇒11:50 水尾別れ ⇒12:20~12:40 愛宕神社(昼食)

       ⇒12:55 愛宕山 ⇒13:30 水尾別れ ⇒14:00 水尾の里 ⇒14:55 保津峡駅

                                                **********