MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-20

2018-01-16 | オリジナル小説

獲物は罠へ

 

トヨは窓からのわずかな明かりにハヤトの手を引く。夕暮れの残照と力を増しつつある月に照らされ美しかった校庭を見た後では、校舎の中は暗く不気味に感じられる。時々、吹き抜ける妙に強い風が鳴き声のように響き、体温を奪っていく。ハヤトはシャツの襟を合わせ、身震いした。それに反応して力づけるように力を加える、トヨの手が温かい。

足元でガラスがじゃりじゃりと割れていく。時々、落ちている木材につまづく。空き缶が転がって音を立てる。これでは気付かれてしまうぞと、ハヤトは焦る。それになんだかずっと誰かが物陰から見ているようで落ち着かない。廊下の端の暗がりに白いものがよぎる、通りすぎただけの教室から足音がする。「ここ・・」とうとうたまらず、ハヤトは口にする。「なんだか・・・こわくない?」窓ガラスに何かの影が映った気がした。

「大丈夫。」トヨが笑ったのがわかった。「僕の側にいれば。僕たちには何もしないよ。」「何もしないって・・・誰が?」恐る恐る聞いた。それには答えず、「僕についている人はとても強いから。」と言う。唐突だ。「それって」言葉を検索する。「もしかして・・・守護霊とかいうやつ?」「うん、多分、そう。」まじ?そんなの本当にいるの?とも思うが、この星に来てトヨの側にいて、その自信たっぷりの言葉を聞いているとハヤトにもなんだか信じられる気がしてくるから不思議だ。

トヨは落ち着いている。寒さも感じてない。

まるでどこへ行けばわかっているかのよう。

二人は2回の廊下の端へまっすぐに進み、突き当りのドアを開いた。

「こっち。」「どっち行くの?」今度は外の風がハヤトたちの頰を撫でる。

コンクリートで出来た連絡橋だった。木造校舎の陰になっていたコンクリートの2階建ての建物。下を見ないように早足で渡る。

「こっちって?」「そうだね、給食室、理科室、音楽室ってとこ。後から建てられたんだ。」「よく、わかるね。」「なんかね。」

トヨは変わっているからな、とハヤトはサクサク進む相棒にあまり疑問を感じない。

新しいとはいうが屋根もなく雨ざらしにされた手すりは錆び、通路の床にはヒビが入っている。月光の下で今にも崩れ落ちそうだ。トヨが向かいの棟のドアに飛びつくが開かない。だけどはめられたガラスが割れている。割れ残ったガラスをトヨが木材を拾って、丁寧に割る。大きな音がした。「聞こえちゃうよ、あいつに。」ハヤトは木造の校舎の方を何度も振り返る。影になり、校庭は見えない。

「怪我したらいやだもの。・・手を貸して」ハヤトがトヨを持ち上げ、手を入れて鍵を開ける。入ったのは、階段の踊り場。コンクリートの建物なので少し暖かい。

「屋上に行く。」トヨはためらいなく暗い階段を駆け上がる。ハヤトがちらりと見た廊下は窓からの月明かりで教室が4つ並んでいるのがわかった。こちらの建物の方が荒れていないようだが、差し込む月光に埃が舞っているのは変わらない。それに重苦しい不気味な空気はさらに強まった気がする。寒い、とても寒い。よろめき、段に足をぶつけながらハヤトも続いた。次の踊り場で待ってたトヨが手を引いてくれる。

屋上へ出るドアが見えた。トヨが止まる。ドアは開いていた。

「どうしたの?」ハヤトは足踏みする。「ここは・・・」トヨの声が初めて緊張した。

「やめたほうがいいのかな。」誰かに問うようだ。「なんで?」ハヤトは屋内よりも屋外に出たくてたまらない。この学校、こええって。「早く、外に出ようよ。」

トヨの目には屋上に広がる黒々とした巨大な穴が見えているのだ。

月明かりを全て吸い込むブラックホールだ。しかも、まるで呼吸するように大きさが変化する。普通ではなかった。トヨの後ろから覗き込むハヤトにも見えるのはやけに暗い屋上だ。でも、夜だから仕方がない。だけど月明かりは?雲に隠れたの?

だけどこの建物の中にいるよりはマシじゃないんかな。足踏みが苛立った。

不意に「すごいね、キミ。」後ろから女の子の声が響き、ハヤトはトヨの手を取ったまま飛び上がった。トヨは一段上に、足をかけて素早く振り返った。

下に白い服を着たショートカットの女の子がいた。

その声と存在感から、よく聞く幽霊とかそういうのではない、とハヤトは確信しほっとした。もちろん、幽霊など今まで見たこともないが・・・与えられている基礎知識から想像するとあまり見たいものではないと思っていたのだ。

強い生命力を放つ、その少女が声をあげて笑う。正真正銘、そこに実在する女の子。トヨたちがゆっくり上がった踊り場の手すりに持たれていた。

少女は目を眇めてトヨを上から下まで見る。ハヤトは無視だ。

「君って・・・変な気を纏ってるよね。なんか、真っ白だし。混じりけないよ。」

「やっぱ・・・君だね?」トヨが息を吐いた。安心したのだ。

「さっき・・・僕らを助けてくれたのも?」ハヤトにはわからない会話。

女の子はニコッとするがそうとも否とも言わず隣に駆け上がってきた。

「ごめんね、今ね、キミを試してたの。あれに気づくかどうかね。」

「試すって・・・試すってなんだよ。」理解できないハヤトが怒るとちらりとこちらを見た。微かな明かりに目が陽光のように光る。猫みたいだとハヤト。

「うぅぅん、そっちのキミは黙ってて。キミはこういうの鈍いでしょ?」

腹が立ったが、何を言っていいかわからなくなり口を閉じてしまう。

少女はトヨの顔を覗き込んだ。

「あのねぇ、とりあえず時間がないからよく聞いて。キミたちはこっちにいて。」

そう言うと指をぱちっとならす。何かが起こったのが、今度は鈍いハヤトにもわかる。

踊り場から見える屋上が一変したからだ。

「さぁ、早く、早く。時間がないから。」

少女がグイグイと二人を押し出す。そうしてみると彼女は意外に力が強く、小柄だけどもしなやかで強靭な肢体を持っているのがわかった。

押し出された屋上は、雲隠れどころか、これでもかと月の光が銀色に降り注いでいる。

くっきりとした明暗。ただただ、美しい。空気も柔らかく、嘘のように暖かい。

少女がその真ん中で腰に手を当て、高らかに宣言した。

「キミたちはしばらく、ここから出られません。いい子だから、ここで待っていてください。」態度は子供ではなく、大人の女のようだ。

「どういう・・こと?」「わかった。」困惑するハヤトをよそにトヨが即答。

「さっすがぁ、わかってるね!」そういうと彼女はさっさと入ってきたドアに身を翻す。

「じゃ、待っててよね。すぐ済むから。」

入ると同時に姿が見えなくなる。消えたのだ。

ハヤトは後を追おうが「トヨ、ここなんか壁がある!」ドアに空気の壁があるようだ。

「進めない、僕ら閉じ込められたんだ!」

「みたいだね。」振り返るとトヨが笑ってた。

「おとなしくここで待ってようよ。」

そう言い屋上のフェンスの下に座る。「心配しなくていいと思う。」

とは言われても『あんな得体の知れない・・・』

しばらく出口はないかと辺りを見回して、ハヤトは奇妙なことに気がつく。

屋上は穏やかに光が満ち溢れているのだが、フェンスを境にしてその外が異様に暗いのだ。それに月光がこれほどあるのに、周りの山も校舎も運動場も見えない。

トヨとハヤトがいる屋上を囲むように空気が渦を巻いている。そこに時々、白い光が・・・まるで屋上に入りたそうに纏わりついていくのだけが不気味だ。

トヨは屋上を覗き込むように現れては消える人影を数えている。時々、ぼやけた顔が。

一人、二人・・・『12人』。みんな女の子。意識の隅から

[みんな殺されたの。あの男に。]『かわいそうに』

トヨは苦しくなって息を吐き出す。ハヤトが慌てて駆け寄る。

「大丈夫、トヨ。苦しい?」トヨは意思に関係なく流れ落ちた涙を拭って首を振った。

「あのね・・さっきの女の子だけどさ。黄色い目の。多分、君と同じだよ、ハヤト。」

ハヤトにはピンと来ない。

「君と同じところから・・・来たんだよ。あの子、あの子たち。」

それが、トヨの脳に住み着いた女が教えてくれたこと。屋上に上がってから、女の人は見えなくなったが、すぐ側に・・・おそらくトヨと重なっていることがわかる。

 

ハヤトは呆然とした後で「まさか・・・」そう言ってストンと座った。

緊張で張り詰めていたことから、ショックで一気に力が抜けたのだ。

「そんな・・・そうなの?」おかしなことにハヤトはトヨの言葉を信じているのだ。

自分を即座に見抜いたトヨだから。

「だとすると・・・あの子は・・・一人じゃないんだよね。」

つまりあの子は、トヨが言う子供たちは・・・子供じゃなくて宇宙人類、ニュートロン。

カバナじゃなくて・・・連邦の「正規軍」

そう口に出すと無意識に体が震えた。

「僕、僕はドギーバックに戻される・・・」

『チチ』からは自分で切断したはずなのに。いよいよ現実となってみると、恐ろしいのは『チチ』なのか、連邦なのか、わからなくなる。

連邦に捕まった場合、自分はどういう扱いをされるのか。考えたこともなかった。

「ドギーバック?」トヨが手を伸ばし僕の手にゆっくりと触れた。

「僕はそこから生まれたんだ・・・作られたんだ。」

トヨの表情に理解しようとする葛藤がしばし現れた。

しかし、すぐに「そうなんだ。」受け入れた。

「聞かせて。ハヤトの話。聞きたい。」

手を握り、体を寄せ合って二人はしばらく、長いこと無言でいた。

トヨの鼓動が自分のと混ざるのをハヤトは聞いている。

体温が伝わってくると、不思議と体の震えは止まって行く。

目を閉じ、そして開くと・・・ハヤトは話し始めた。


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