罠、始動!
男は獲物を探してゆっくりとさまよっている。建物の造りは全て頭に入っているし、隠れられるところなど知れている。彼は・・・楽しんでいるのだ。捜索を。
その彼の後ろを黒い影がいくつかついて行ったが、彼は全く気がつかなかった。
3つづつしか教室のない木造校舎はあっという間に回れる。職員室、校長室、保健室、屋内トイレは一つしかない。
それぞれ、ドアは外れ家具も少なく壊れたり、ライトで照らすだけで人おり見通せる。
彼が入るたびに飾られた黄ばんだ絵が引きちぎれて彼に向かって飛んだり、教壇に放置されていた花瓶が落ちて割れたりした。校長室の壁の埃まみれの絵画が突然、落ちて額が壊れたが、彼は驚いただけで気にしなかった。「紐が切れたんだろう。風が強いからな。」吹き込む風にゴミや埃が舞い上がる。だけど彼が風邪から目を細めて見ているのは違う。どの部屋にも隠れるところはないと言う検めた確認。
屋外トイレと倉庫、体育館は後回しでいいだろう。トイレ以外は鍵がかかっているし。かつての井戸の跡は鉄の蓋で覆われている。
それに、奴らは校舎の2階にいた。彼に見つからずに校庭側に現れることは難しい。
あとは・・・新しく作られた鉄筋の校舎。連絡橋で木造校舎から渡ることができる。
入った2階には理科室、音楽室、工作室、資料室、1階には給食室がある・・・あの棟は隠れるところがたくさんある。ありすぎるくらいだ。「出ておいで」時々、声を放つ。
探すのが・・・追い詰めるのが楽しみだった。「お腹空いただろう?パンがあるよ。」
しかも地下には・・・配電室と。
そう、浄化槽がある。今はもう中に水はない。
彼はその浄化槽に格別の思い入れがあった。
あとは屋上の給水タンクだが。それは最後の最後でいいだろう。
彼は楽々と連絡橋に出て鉄筋校舎を見上げた。
月が煌々と屋上のフェンスを照らしている。
狩りには絶好の夜だ。
そして、そこに・・・あの少女がいた!
少女は一人、フェンス越しに月を眺めている。いや、一人ではないのか。男の耳には大勢の子供の声が聞こえてくる。屋上を走り回る足音と笑い声。どうやら鬼ごっこでもしているらしい。
こんな夜中に・・・明らかにおかしい。警戒、警戒と耳の奥で。
その時、女の子の笑い声が聞こえた。あの子だけではない、他にも女の子がいるのだ。
確認するだけでもいいじゃないか。どういうことなのか、確認は必要だと自分を説得する。
すると。琥珀の目の少女がこちらを見た。
早く、こっちへとでも言うように。
男の理性はふっ飛び、目の前のドアに飛びつく。割れたガラス戸に手を入れ、開ける。
すぐに階段、すぐに屋上。待ってろ!簡単だ。
男の頭の中は再び、分裂し、やめろと言う声と早くという声が交差する。
割れるように頭が痛み、足がもつれるが男は欲望に動かされ階段を這い上がる。
そして、空いたドアの向こう。屋上に座る、トヨとハヤトを見つけたのだ!。
月明かりに照らされ、二人はのんきに話し込んでいる。
なんと!自分の状況がわかっているのか。
カモネギだ。身を低くして屋上を伺う。カモネギ、カモネギ。
子供が大勢いた気がしたのだが。他に子供の姿はないようだ。
琥珀の目の少女も確認できない。だけど、屋上は広い。ドアからでは死角があるからな。
意識からの警告はもう届かなかった。頭痛は止んだ。彼は優先順位に夢中だ。
まず、ドアから出たら、出口を断つ。次はハヤトを殺す。
そして、トヨだ。
琥珀の目の少女はその後。
それ以外はいてもいなくても。
縄を肩から外し、ナイフを握りしめた。
できるだけ静かに立ち上がり、ドアから足を踏み出す。
話し込む子供はこちらを見もしない。
琥珀の少女もいない。そこは少し、かなりがっかりしたが。
ゆっくりと男は二人ににじり寄った。10メートル、5メートル。まだ、気がつかない。
愚かなガキどもめ。
そして、一気に襲いかかる!
そして、落ちた。
子供達は何も気づかず会話を続けている。
子供らの目には見えない重なった別の次元に開いた呼吸する穴。
そのどことも知れぬ奈落へと。