宇宙人類、二人
気むずかしげな少女が腕組みをして上空から見下ろしている。
山の中、木々に覆われたかつての廃校のようだ。校庭もそんなに大きくはない。木造の2階建てが二棟、木造の体育館。鉄筋の別棟。小さな小屋は屋外トイレと倉庫。それらが山麓に寄り添うように建てられている。日は山陰に沈みつつある。下界は暗い。
少女の眉間にはシワが寄っていた。平たい大人っぽい顔だ。一重の切れ長の大きな目。鼻は小さく口は小さい。髪は短く、来ているのは薄い体にぴったりしたオールインワンのよう。浮いている少女は、ぼんやりとした透明な丸いカプセルに入っていた。
麓から見上げるものがあっても、夕空に浮かぶ弱い火の玉は人の目には捉えられない。
現実とは、ずれた次元にあるのだ。
『姉様』声がしてカプセルがもう一つ、飛んでくる。『準備が整いましたよ。』
『ここではそう呼ぶな。』とがった声。『ご不快ですか?』もう一つの声はあくまで細く明るい。見れば丸々とした5歳ぐらいの子供が発している。こちらは小さな頭に不似合いなまん丸な大きな目。やはり鼻も口も小さい。似たような衣服をまとっている。
『デラさまはうまくやってるようですよ。』ハッと相手は馬鹿にした。
『さぞやイリト・ヴェガのコピーは芝居っ気も胴に入ってるだろうよ。』
『セレブジデントのあなたには及ばないと仰りたいのですね、ゾーゾー。』
ハッと再び発し『イリトに言いつけたいならご自由に、ボタン。』
このやりとりでわかった通り、これは基成兄弟の素子と牡丹であるようだ。今はホムンクルスから降りた宇宙人類、ニュートロンたちである。
『罠は準備が整った。』ゾーゾーは太陽に変わり存在を増していく満月を見あげる。
『イリトの望み通りの検体が手に入る機会である。』
それが本当に臨界進化体も望んだことであるのか、そうでないのかはどうでも良かった。
アギュレギオンに対するゾーゾーの想いは自分では認めたくないほど、複雑で測り難かいのだ。相手が自分を嫌っていることは言われなくても感じている。それなのに彼女は相手から離れる気持ちがさらさらないのだった。割り切りといえばそれまでだが、原始人類が抱く好嫌など、馬鹿らしいことだと考えているからだろう。ニュートロンの思惑はそれを超えたところにある。
現在、オリオン連邦にただ一体の神秘の存在。それに関わっている、その側にいることがどれだけ自分のモチベーション、野心を押し上げてくれていることか。
だから、アギュレギオンから離れることななど、論外だ。
一抹の寂しさがあるかどうかなど、考えたこともない。彼女自身はそう思い、微塵の疑いも持たない。持っていないと信じる。
ゾーゾー・エレフェスト・ザロ。連邦の中枢で絶対権力を誇るファーストメンバーの代替わり。ファーストメンバーとは文字通り、連邦が作られた時からを由来する。民間人の数千世代ごとにリニューアルされ続けている存在だ。人体を構成する細胞の限界時に作られるのは3体のコピー。彼女はその何百代目かのコピーの一体なのだ。
しかし。その直系の後継者から彼女は外れてしまった。若いクローン体の苦き挫折。
公的にさらされた徹底的な・・・自己否定の傷。
彼女が羨み憎むべき同胞、その一体が今は中枢の最高幹部の跡取りとしてその座に就き知識と権力の継承に励んでいる。それはとても険しい道、決して安易な道ではないのだが。
残りの一体は遥かオリオンとは全く反対の惑星都市の統括者になることを選び、中枢を去っている。これもまた安易ではないが、利巧な道だ。彼女は始めから自ら治めるところを得ることで傷を塞ぐだろう。
そして、ゾーゾーは中枢に残り・・・臨界進化体の研究の成果により新しく中枢に迎えられたばかりの幹部、イリト・ヴェガの下につくことを選んだ。イリト・ヴェガがファーストメンバーのように何代も自分を繋いでいく重要メンバーになれるかどうかは、これからの話だった。同じような幹部など数千億人もいるのだから。100数十人しかいない、ファーストメンバーとは比べものにはならない。
それだから、ゾーゾー・エレフェスト・ザロはどことなく自らの上司を軽んじている。
イリトは誰の後継者でもない。(例外はないわけではないが・・・後継者を持つことを認められるのは中枢の者しかいないと言ってもいい)イリトはパトナー同士の固い絆によって宇宙に生み出された子供、ラブ・チャイルドだ。両親に当たる二人は、女性と両性を持ちオリオン腕の未開発地域に果敢に挑んだ研究者である。どちらもヒューマノイド系列・・原始星出身の宇宙人類から出た、9世代と16世代のニュートロンだった。
そんなもの話にならないとゾーゾーは考えている。浅い、浅い歴史だ。
校庭に少女の姿が現れた。イリト・デラだ。ゾーゾーを見上げる。
『成功したわよん、変態さんはもう直ぐここに来るからね。』
『うまくまけましたね。』ボタンが滑るように降りていく。
『子供たちは奥にいます』
デラは目の前に黒々と割れた窓を晒す建物を見た。首をかしげながら。
『ここ、磁場がさっきまでと変化してるわよ・・・』
『墓場だからですかね?』屈託ないボタンの問いに『馬鹿らしい』とゾーゾーの声。
『温度も下がっていないかしら。』
『計器上は変化は・・・あっ、確かに少し下がってます。』二人の透明カプセルの表面にキラキラと数字や図形、文字のようなものが浮かんで流れて消えていく。
『日が沈んだからな。』ゾーゾーの声は嘲りを隠している。『主に体感の問題だろ。』
『感じないならそれでいいわ。』そうさりげなく受け流し、デラは配置に着くように命じる。『罠を動き出して。』
デラはこの世界と紙一枚、隔てられた次元、ダッシュ空間へと静かに滑り込む。
あとは餌を仕掛けるだけ。
(しかし)とデラは訝しがる。(ここの空間で何かが、動き始めたみたい・・・ひょっとして・・・あの子供たちのせいなのかしら?まさかね・・・)
デラの目の前の建物は次元を通すと歪んでいる。空間がある一点に流れ込んでいる。あるいはそこから冷気が溢れ出ている。冷たく弱かったエネルギーの複数点の動きが活発化しているようだ。
(感じないって素晴らしい)デラはちょっと楽しくなる。
(これって、あれ、ええと・・・そうそう、お化け屋敷ってこんな感じ?)