MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-17

2018-01-10 | オリジナル小説

新たな獲物

 

 

それは突然、飛び出してきやがった。

ヘッドライトの輪の中に浮かび上がった小さな影。

下道を必死で11時間、裏道に入ったり大きく回り道をしたりと山梨と長野の県境近くまで休み休み惰性で車を飛ばしてきた。目的地の近くまで来て俺が安堵からスピードを落としていなかったら、もう少しでブレーキをかけ損なうところだ。車はその子の2メートル手前でどうにか急停車した。

背後の荷物が反動で床に落ち、うめき声が重なる。俺はハンドルを握りしめ目を凝らす。『なんだ?!人間か?』午後6時すぎ、未舗装の山道。空はまだ明るいが森の中はライトがないと走れない。

その上、その子供はいい意味ですごく人間離れして見えた。事故の恐怖からの汗が引き始めると、先ほどまで俺をせきたてていた、かすかな焦りと苛立ちが戻ってくる。

だけどもそれを俺に押し戻させたものは・・・いるはずのないものがいる困惑・・・何よりそれが『少女』だったからだ。

それも小学生、間違いない。光の輪に立ちすくむ猫とそっくりの見開いた目。

猫だったら迷わずアクセルを踏む俺だ。逃避行ゲーム上の野生動物など蹴ちらすための障害物でしかない。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ、俺は窓を開け顔を出す。

「君・・・どうしたんだい?」なるべく優しそうに聞こえるようにだ。

「こんなところで、何してるの?」

少女は何も答えず、相変わらずライトを浴び麻痺したようにこちらを見つめている。

俺はライトを下げ、エンジンブレーキをかけた。背後が気になるが、それよりも俺は目の前に釘付けならざるをえなかった。とても綺麗な子だ。

ドアを開け、ゆっくりと降り立つ。怯えた獲物が逃げないように。

「・・一人なの?連れは?お父さんとかお母さんとかは・・・?」

俺が近づくと相手は一歩下がる。

目と髪ににライトが反射し金色に光っている。白い肌といいビクスドールめいている。

ノースリーブの白い服、(こんな季節、山の夜に)まさか下着ではあるまいが?

「怖くないよ。」声に落ち着いた滑らかなトーンを。いつも接している時のように。

「こっちにおいで。」「・・・いの。」小さなかすかな返事。

相手が人形や妖精でないことがわかる。胸が高鳴った。こんな僥倖、逃す手はない。

「なんだって?聞こえないよぉ。こっちにおいでよ・・・」手を伸ばす。

「助けて。」少女が言った。「助けて欲しいの。」高く可愛らしい、俺の理想的な声。

彼女の目に吸い込まれそうになった瞬間、冷たい指先が俺の手をかすった。

「こっちへ来て。」身を翻す。俺は慌てて後を追う。

「待って、危ないよ。こっちへ、僕が・・・冷え切ってるじゃないか。」

しきりと俺の内部が警告し囁いてくる。確かにそれで後ろ髪を引かれたたが、やりかけたことをとりあえず無視してもいいと思った。それは後でいいじゃないか。この子の後でも。後からでもあっちは別に大丈夫だろう。

 

 

 

 

助ける手

 

 

ドアが開く音。『早く。』誰かがトヨが被せられた袋を強く引っ張っていた。結束帯で縛られた両足がドアにぶつかり、車外に出された、と感じる。『あっちは?』『必要ない』トヨは呻いた、体を動かす。(ハヤトのことだ、ハヤトを置いていかないで!)

しかし、体が浮き、耳元を風が切る。『面倒だ。』誰かが囁く。どうなっているか皆目、見当がつかない。誰も体に触れている感覚はないのに、空気の流れに乗っているようでスースーと頼りない。むき出しの手が涼しい。草と苔の匂い。

かがされた薬がまだ効いているのか、くらくらする。

あの男、近くでまともに目を合わせたことはなかったが見間違いようがない。あの変態。ハヤトが来ないのでトヨは忘れ物をしたと言って集団より遅れた。その集合場所に彼が車を急に着けてきたこと、中にハヤトがいたこと。後部座席でぐったりとしているがまだ生きているとわかったこと。男が乗れと、いや自分から乗ったのか?

「この子はトヨくんの友達だろ?」男は当然のごとく名前を呼ぶ。「道に倒れていた、彼は病気だよ、病院に連れて行くから。」

嘘だってわかったのに。自分はハヤトしか見なかった。

あまりにも青ざめたハヤトの顔色。様子を確認しようと、あるいは助けようと?・・・「ハヤト!」名前を叫んだのは覚えている。

不用意に車の中に顔を突っ込んでいた。腕を掴まれ引きずり込まれた。

口を塞がれ、もがいたけれどすぐに意識がなくなった。

 

 

 

 

告げる声

 

また、あの女の人だ。トヨの脳裏に住み着いた女。起きて、と囁く。

覗き込む顔。こんなにはっきり顔を見たの初めてだと、トヨは妙に感動する。

意識が戻った。寒い、背中が特に。固くて冷たい床の上だ。カビ臭い。寝かされている。でも、腕と足は完全に自由になっていた。トヨはそろそろと体を動かす。どこも痛くはない。遠くからゥワンゥワンと音がする。警戒して一瞬、身を硬くするが、それは子供の声だとわかる。[女の子、12人。]驚くことに目が覚めても女は去っていなかった。初めてのことだ。どうしてだろうと思いつつ、耳を澄ました。確かに何人かの子供が騒いでいるようだ。甲高い声、女の子っぽい。頭の片隅に存在感を増した女の人が[大丈夫、ここは安全]と告げる。ほっと力が抜けた。動き出す。上半身を覆った袋のようなものに触れた。袋の口は緩んでいた。思い切ってそれを持ち上げる。真っ暗。袋を取り去っても何も見えない闇だった。

苔と埃の匂い。どこかの建物の中。[学校]と女。なるほど、だからさっき子供の声があんなに。そう思ってから、ハッとする。

今は嘘のように静まり返って人の気配もなかった。「・・・どこに行ったの?」小さな声で囁く。[眠るところ]答えが返ってくるのが心強い。

建物を抜ける風の音がする。風が入る入り口と出口があると理解する。それにしても、空耳だったんだろうか。自分を助けたのも、子供だった。

「あれは誰?」返ってきた答えにトヨはしばらく当惑していた。

子供の声は?[関係ない]と。

学校であることと助けた彼らが関係ないことをトヨは即座に理解する。それが真実であると、トヨの勘も告げている。

上半身を起こした。手に触れる床はホコリか土に覆われてザラザラしていた。ここは・・・[廃校]と女。はやる心を抑えて口に貼られたテープを剥がしているとカタリと音がして心臓が飛び上がる。振り向くと光る対の目が・・そしてカサコソと小さな足音が遠ざかる。[イタチ]短い足と長い胴体が頭に浮かぶ。

あの人に会ったその日から、いつもトヨの夢の中だけにいた女の人はいつもより鮮明だ。今は夢も見ていないのに・・・女の人が動物が去った方向を指差している。

動くと手が柔らかい暖かいものに触れた。

手を伸ばすと布に触れる。布から伝わる体温。『人間・・・ハヤトだ』。

ハヤトは袋に入っていない。頰に触れた。耳を寄せる。静かな息。

「ハヤト、ハヤト!ハヤト、起きて。」何度か呼んで揺さぶる。規則的な音が止まった。『そうだ』トヨは手探りでハヤトの口元にも貼られたテープを力いっぱい剥がした。

「痛い!」ハヤトの体が跳ね起きる。安心するほど、大きな声だ。

「トヨ!?・・・トヨなの?」

「良かった・・・」探る手を握る。

「僕たち、助かったよ。」「何なに?・・・何で?ここ、どこ?」慌ててる。記憶が戻らないのだろう。「変態がさ・・・」「そうだ!あいつっ!」ハヤトが隣で身を起こして、呻いた。「痛い・・・あいつ、僕の喉を締めたんだ。」「関わっちゃダメって言ったのに。」「ごめん。」一瞬『チチ』が見ているから大丈夫と思ってしまったのだ。

あいつがしたのは、『ハハ』を屋敷政則にけしかけたことぐらいだったのに。

『わかってたのに・・・僕を助ける気なんかないってこと』

トーンが落ちる。「思い出した・・・僕、あいつの車に乗ったんだ。屋敷が・・・また、父親が来て・・『ハハ』が逃げろって・・・走ってて・・・乗っちゃった・・・・」

「そうか。」トヨには全ての流れがわかった。「それであいつ、ハヤトを連れて僕を捕まえに来たんだね。」「捕まったの!?」ハヤトの声に怯えが混じった。「僕のせいでっ!トヨまで、あの変態に捕まっちゃったんだ?!」

「うん、さっきまではね。でも、もう今は大丈夫だよ。」トヨは落ち着き払っている。「誰かが助けてくれたみたいなんだ。」「誰かって?助けたのって誰?」咳き込んで聞くが「さぁ・・・」と、トヨの声は物憂げになる。「あれは子供だと思う。・・・二人いた。」「子供?」当惑した。『チチ』の持ちコマには自分と、いるとしても・・あと一人のはず。「手が小さかったし、声が絶対、大人じゃなかった。」

助けてくれた・・・ハヤトも。片方が置いてけと言ったのに。

「女の子と男の子・・」あそこからどのくらい離れているんだろう?すごく移動した気がする。「二人以上いるのかも、さっき大勢の声が聞こえたから。」「声?」「今はしない。」

トヨには女が教えてくれた大きな秘密があったが、今言うべきか迷った。

それで沈黙した。

ハヤトも耳を澄まして、闇を見つめている。

『チチ』もこの闇を見ているのだろうか。『チチ』が・・・自分の中に量子次元を仕込みそれを利用する者が、できることはそれだけだと『切り貼り屋』は船に乗る前にあらかじめ教えてくれている。『切り貼り屋』はハヤトことコビトの細胞が脆弱なことを言い訳に脳に仕込む次元の容量をギリギリまで削ったと教えた。それはつまり次元は不完全でいつでも自分で消滅させることが可能なのだよ、と。ハヤトが必要な時に。

不意に湧き上がった怒りと共にハヤトは確信する。『チチ』はハヤトの目にあるこの闇を見ていないだろうと。『チチ』は自分を助けなかったのだ。『チチ』にその気があれば、とっくに自分は助けられたはずだ。『チチ』は『ハハ』を使って屋敷政則を殺そうとした。それは失敗した。だから、きっと『チチ』は『ハハ』を見捨てただろう。『ハハ』はどうなったのか?おそらく、警察に連れて行かれて・・・『チチ』の望む通り、『ハハ』は退場する。そして、トヨと共に変態に連れ去られた自分も切り捨てたか、そうするつもりなのだろう。彼にはスペアがあるから・・・オビトをどこかに隠しているのだから。ドギーバックにコビトをいつ戻しても全く困らないと、いつもそう言ってたじゃないか。

『チチ』の思考がわかる。変態にトヨと共に殺されたコビトを捨て、オビトを『ハヤト』として入れ替える。最愛の子供を失った鈴木夫妻の養子にするつもりなのだ。

『くそっ!』操り人形にも意地があるんだ。『ちくしょう!』

コビトは『切り貼り屋』がかつて教えた通りに意識を集中する。量子次元の仮想イメージは渦巻きだ。『消えろ』『壊れろ』『消滅しろ』イメージで思い描く。渦巻きを包み込み、押し潰す。次元は非物質だから意識で壊せる。

成功したら頭の中でプチッと音がするぞ、それが合図だ。

『切り貼り屋』の真剣な声が耳元で囁く。

その通りだった。

思い切ったら、大して時間はかからなかった。

 

「どうしたの?具合が悪いの?」

トヨの息が頰にかかった。自分がかなり深く意識を遮断していたのだと知る。

「うん・・・でも、もう大丈夫・・・」

ずいぶん、長く息を止めていたようだ。

深く息を吸い、吐きながらハヤトは、これからは晴れ晴れと笑うことができると思った。

ここから生きて帰ったら『チチ』は自分をそれこそ消滅させるだろう。

それでも構わない、自由だ。非凡で心強い、この星でも並外れた子供であるトヨと二人切りで冒険ができるなんて、何て幸せなんだ。ドギーバックに戻されたとしても悔いはない。そう思うと恐れや不安が自分の中から消えていく。

よしっと勢い良く体を起こす。

「声がしたのはどっち?トヨ、ここがどこか探ってみようよ。」

「たぶん、学校だと思うよ。」そろそろと立ち上がる。高揚しているハヤトは寒さも感じなかった。どうして学校だとわかったのかとも、聞くことも忘れている。