Pa'Lante!(パランテ!)

ジャズじゃ、ロックじゃ、サルサじゃ、ソウルじゃ、ファンクじゃ、歌謡曲じゃ、ジャージャー。

理想的です。

2005-09-15 23:43:01 | Soul / Funk / Dance
スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)
「Fulfillingness First Finale」(1974)

70年代のスティーヴィーはホント、スゴ過ぎますね。
このアルバムでも「サンシャイン」系の「Smile Please」から、最後の「Please Don't Go」まで、パーフェクトですワ。

個人的には、このアルバムの最後を飾る「Please Don't Go」がタマリません。
ボーカルのスバラシサについて言うなら、アタクシ、どっちかというと、60年代モノに軍配を上げる(軍配は所有しておりませんが)ヒトなのですが、この曲、70年代のサウンドプロダクツに60年代のスティーヴィーのボーカルが乗っかった、みたいなトコロがあります。理想的です。悪くなりようがアリマセン。

蛇足ですが、桑田佳祐氏の「遠い街角」(1988)のイントロはココから取ったんじゃねぇべか、と思っておりますが、ミナサマ、どぅぉ思いますか?
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「ギンギンのロック」(確定死語)は荒くれない。

2005-09-15 07:42:44 | Rock / Pop
昨日取り上げましたドゥービーズが「ギンギンのロック」とは違うな~、と思う理由がもう一つありました。
それは、彼らの「見てクレ」(つまりルックス)ですね。詳細省略しますが、毛むくじゃらの「荒くれオトコ」系は「ギンギンのロック」ではナイ!

それじゃ、コッチは?
  ↓
キッス(Kiss)
「Destroyer」(1976)

サウンド的には申し分ないと思うのですが、しかし、ビミョーな気がする。
やはり、エアロの方が音以外も含め「ギンギンのロック」度が高いように感じてしまうのでアリマス。
(ジェームス・ギャングはドコ行った・・・。)
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「銀の記憶」は儚い系。

2005-09-14 23:16:14 | 日本のロック・ポップス
先日、iTunes Music Storeで、ショードー買いしました、谷山浩子サンのベストですが、その中でも、コノ曲がですねぇ、スバラシ過ぎ。

「銀の記憶」(1994)

谷山サンと言えば、斉藤由貴、という連想もありまして、そう言えば、「May」(1986)という、これもまたスペシャルな超名曲がありました。
今回取り上げさせて頂いた「銀の記憶」と共通するのは、「儚さ」でありましょうか。アノ曲では「出られない」というコトバが、そして、この曲では「届かない」というコトバがとても印象的です。

決して思いを届ける事ができない相手に対する、華奢で、繊細で、今にも壊れそうな、愛おしむような感情を、結晶化して音楽にしたら、奇跡的にこんな音楽ができました。というコトなのでしょうね。
まぁ、この天才にとっては、「奇跡」ではないのでしょうが。
(実生活では、「届いた」そうですし・・・)
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それではこれも「ギンギンのロック」(死語)なのか?

2005-09-14 07:37:54 | Rock / Pop
さて、暗ウツではないのが「ギンギンのロック」なら、これはどうでしょうか?

ドゥービー・ブラザーズ(The Doobie Brothers)
「Stampede」(1975)

ん~。
違いますね。コレは「ギンギンのロック」ではありませんね。
「ギンギンのロック」は馬に乗りませんからね。

まぁ、馬に乗らない、というか、もう少し拡げて言うと、要は土臭過ぎるとチョット違う気がする。「アメリカの大地」みたいなものは似つかわしくない。と、言う事でしょうか。アコースティック・ギターも禁物のようです。
コトサラ都会的をアピールする必要はないですが、逆は違う、というコトが分かりました。今日の収穫です。

(まだまだ続く)
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スケールでか過ぎ。イチブンの百くらいか?

2005-09-13 23:13:53 | Latin Jazz
松岡直也
「Emerald」(1997)

これはですね。
ニッポンのラテンジャズ史上において燦然と輝く名盤ですよ。

松岡大師匠と言えば、1950年代から活動を始め、70年代末から90年代に於いては、ラテンフュージョンを切り拓いた方として、既にして歴史上の人物ですが、この、アルバムではですね、正統派ラテンジャズの松岡大師匠を聴いて下さい。
鼻血が出ます。
(鼻血が出ないヒトは、どこかが故障していますので、出るまで聴いて下さい。収録時間は1時間16分を超えますが、ダイジョウブです。)

えぇ、コマカイ説明はヤメときます。
ここでは大師匠は、アコースティック・ピアノのプレイに終始します。
大師匠以外も電気楽器はほとんど聴こえません。松岡グループやウィシングのような、イカしたアレンジメントもありません。
要するに、もっかい言っときますが、本格的な正統派のラテンジャズです。しかも、かなりへヴィなラテンジャズっす。
そんでもって、全員がプレイヤーとしての力量だけで勝負してましてですね(ジャズだからアッタリ前ジャン。は、すいません。)、コレが本当に凄まじいプレイの連続です。松岡御大も、この時点で60歳だったとはとても思えない、スケールのデカ過ぎる、スリリングなソロを、ブチカマシまくってくれてます。はっきり言ってバケモノです。

ちなみに、このアルバム、曲の数では9曲が収録されていますが、なんと4曲が10分を超える長尺演奏となっています。そんだけ全員が熱くプレイしているって事ですね。
松岡直也と、この大師匠が育てた、日本のラテン・プレイヤーのレベルの高さを、とにかく聴いて頂きたい。

こんなスゴイ音楽家が、トーキョーに居るんですよ。
今まで知らなかったヒトは覚えて下さい。
「マツオカナオヤ」ですよ!!!
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確かな死語「ギンギンのロック」を考える。

2005-09-13 07:44:15 | Rock / Pop
そういえば「ギンギンのロック」の条件に、カラッとしている、暗ウツではない。というのがアリマスね。

という事ですので、ここら辺は、間違いなく「ギンギンのロック」っすね。
   ↓
エアロスミス(Aerosmith)
「Toys In The Attic」(1975)

エアロって、ワタシにとってはHR/HMの範疇ではないようです。
では、何かって言うと、だ~か~ら~、「ギンギンのロック」ですってば。
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エルナン・ロペス=ヌッサっす。

2005-09-12 23:39:35 | Latin Jazz
エルナン・ロペス=ヌッサ(Ernan Lopez-Nussa)
「Deli Rium」(1998)

今日は、ラテンジャズでおま。
驚異のピアニスト、エルナン・ロペス=ヌッサですね。

ミシェル・カミロ(Michel Camilo)やチューチョ・バルデス(Chucho Valdez)やゴンサロ・ルバルカバ(Gonzalo Rubalcaba)やダニーロ・ペレス(Danilo Perez)に比べて、知名度が低いと思いますが、このアンチャン、というか、オッサンはかなりスゴいです。

超絶グルーヴと優雅なラテン・エレガンスとアフロが違和感無く同居しております。当然のアッタリマエですが、モードもフリーもバップも全部消化しきった上でプレイしております。
そんな事で、知性と野性の両方が確実に存在する音楽になっておりましてデスネ、20世紀も19世紀もアル。当然、それも全部コンテンポラリーなモノになっている。要するにダサさのカケラもないのよ。

そんでやっぱり、言い忘れてはイケナイのが、気品、というヤツでしょうか。
キューバの音楽って、どっかやっぱり、優雅さと気品があると思います。
特に、このエルナン氏の場合、スペイン系とポーランド系のハーフになるキューバ人ですので、白いヨーロッパの血がキューバで熟成されたっていう感じですかね。
一聴だけでは結構パツヨロ(ヨーロッパ)な音に聴こえますが、聴くにつけ、かなりキューバです。
曲目的には、コルトレーンやらショーターから、キューバの素朴なスタンダード「アレリのつぼみ」、そんでもってコール・ポーターの「Begin The Beguine」まであって、キューバ土着から、モードやらスタンダードまで何でもアリヨ、な世界。(この「Begin The Beguine」はカナリ聴きものです。)

全体の印象としては、「モードジャズ+ラテンリズム」です。
クールです。一筋縄で行かず熱いですが。
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続「ギンギンのロック」考。(その一方で、の巻)

2005-09-12 22:46:51 | 日本のロック・ポップス
しかし、その一方で「ギンギンのロック」のビジュアル的イメージはコレだったりするのです。

ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
「サクセス」(1977)

阿木燿子-宇崎竜童コンビのノリの乗っていた(←確かな死語)頃の実にカッコイイ名曲。千野秀一氏のアレンジも秀逸でゴザイマス。

ハッキリ言って、「ギンギンのロック」ではありません。
ソウルとサルサの影響を受けた、ファンキーロック歌謡ですね。
特にホーンのアレンジとピアノにサルサの影響を感じます。
トランペット隊によるクローズドなヴォイシングと、ピアノのオクターヴ重ねの速めのパッセージが特に。

とか、まぁ、そういうウンチクは置いておいて、竜童アニキの巻き舌一歩手前ボーカルがカッコいいッス。演奏もスピード感バツグン。そしてドライになり過ぎない、でもドライな感覚。
当時はあんまり、なかったべぇな、コウイウの。
カラオケで歌っても、コレ、若い衆がケッコー付いてくるズラ。(この曲知らなくても)
やっぱ世代を超えてカッコいいズラな。
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太古、「ギンギンのロック」というコトバがあった。

2005-09-12 00:34:43 | Rock / Pop
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたマイケル頃に、「ギンギンのロック」なるコトバがありましてデスネ、今では使わないコトバになりましたが(なりましたよね?使ってます?)、果たして、正しい「ギンギンのロック」とはどういうモノだったのか、というコトを考えているワケです。

ワタシ的キメツケによる「ギンギンのロック」の必要条件。
1. 1970年代の洋モノのロック。
2. ハードな方向でありつつ、完全なハード・ロックではナイ。

という事で、イの一番(←コレも死語になりつつある)で連想したのがジェイムス・ギャング(The James Gang)っスね。
アメリカン・ハード・ロックとか言われてますが、言われてるほどハード・ロックじゃないっていうコトで、堂々「ギンギンのロック」王者の候補になりました。
しかし、正しくはジェイムス・ギャングというよりは、ジョー・ウォルシュ(Joe Walsh)が「ギンギンのロック」野郎なんでしょうなぁ~。後期イーグルスの「ギンギンのロック」度の高さも、ジョー・ウォルシュの色だしなぁ~。

(このテーマは、続きマス!)
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「山下洋輔、中野サンプラザで自主規制を倒す」の巻

2005-09-11 21:58:48 | Jazz / Cross Over
「筒井康隆断筆祭全記録」(ビレッジセンター刊 1994)

ハイ。これは、立派に書籍なのですがCDが付いておりまして、ここで聴ける山下洋輔氏のプレイがスバラシイ。

本自体は、こういう本です。(版元サンのHPより)
 ↓
「1994年4月1日に東京中野サンプラザで行われた『筒井康隆断筆祭』を、山下洋輔の責任編集でまとめた全記録集。付録CDには、当日演奏された筒井康隆+山下洋輔による『スターダスト』他3曲が収録されています。」

まぁ、3曲と言っても、一つは白石冬美サンの朗読(w/斉藤ノブ氏のコンガ)ですので、曲としては2曲です。
一つは、「山下洋輔&Panjaスイングオーケストラ」による、フリージャズ的色の強い「断筆宣言」なる曲。
そして、もう一曲が、ご存知あの「スターダスト」。
あの素敵なスタ-ダストのメロディ。
そうです。「スターダスト」です。

コレ、何と筒井康隆&山下洋輔のデュオで演っております。
筒井先生はクラリネットですね。
クラとピアノのデュオです。
先生のクラリネットは、まぁ、もちろんプロのミュージシャンではありませんので、それほどのものではナイんですが、この曲での山下洋輔のピアノが、本当に素晴らしい!
イントロを除くと、ほぼオーソドックスなプレイに終始してるんですが、実に見事にスウィングするんですワ。
ここで、とにかく上手いのが、聴き手の中にリズムを作らせるコト。
左手の裏拍の使い方。それから、レガートとスタッカートの使い分けの上手さで、聴き手の中に「持続するリズム」を産みつけてしまうワケですね。絶妙です。

メロディやハーモニーの面では、アウトしたりするような形で緊張感を持たせるようなコトは一切ナシ。緊張感は全てリズムだけで形成してます。しかも、当然ですが、強い「緊張感」を聴き手に意識させるコトの無いさり気なさ。だから、全体の印象としては、ゆったりとして美しい、やっぱり、あの「スターダスト」。
オーソドックスなスタイルのジャズピアニストとしての山下洋輔もやっぱりスゴイ、と思う次第でアリマス。

蛇足ですが、筒井先生もノーミスです。特にスウィングはしませんが。
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「ホテル・カリフォルニア、俺の経済を倒す」の巻

2005-09-11 09:42:54 | West Coast Rock
「ホテル・カリフォルニア」が収録された皿を何枚持っているか、ふと考えた。もちろんライヴ・ヴァージョンは除くのであるが。

1. アナログ盤LP
2. ドーナッツ盤(アナログ盤EPってコトよ。若いヒトに、念の為。)
3. 87年頃に出たベスト盤CD(The Best Of Eagles)
4. 普通のジャケのアルバムCD
5. 例のボックスのヤツ(Selected Works 1972-1999)
6. 例のDVDつきベスト盤(The Complete Greatest Hits)
7. 紙ジャケのアルバムCD
(買った順ですワ。)

ドーナッツ盤まで持っているトコロが我ながら意味不明だ。
もちろんワタシは、ミックスの違いやら、マスタリングの違いなどを気にするタチではないので、この重複は真にムダである。
というコトで、「ホテル・カリフォルニア」はワタシにとって、一番不経済な楽曲なのでアリマシタ。
良かったな!ドン・フェルダー!
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「妖怪人間ベムとベロとちっちゃい爺さん、ノブさんを倒す」の巻

2005-09-10 17:45:57 | Latin American Music
「The Conga Kings」(2000)

まん中のヒトが妖怪人間ベムです。
左側のヒトが成長してチョット太ったベロです。

と、思いましたが間違いでした。あい済みません。

真ん中の人はキャンディド(Candido)。
左の人はジョバンニ・イダルゴ(Giovanni Hidalgo)。
右の人はカルロス・パタート・バルデス(Carlos Patato Valdes)。

タイトルからすると、コンガの王様三名でございます。タイトルは正しいです。間違いございません。

キャンディドとパタートは、1950年頃からキューバン・ミュージックとジャズの橋渡しを続けてきた偉人です。
パタートは、一人のプレイヤーが複数のコンガを操るスタイルを産み出した歴史的偉人でもあります。ジャズのヒトには、ケニー・ドーハムの「Afro-Cuban」(1955)でコンガ叩いていたヒトって言った方が分かりやすいですかね。(あそこでのクレジットは何故か「Patato」が「Potato」になってますが。)
キャンディドもアチコチのジャズのアルバムで名前を見る事ができる人ですね。その上、70年代~80年代には、サルソウル方面でも活躍しまして、今になってみるとクラブ系にも橋渡ししてしまったヒトです。

そして、ジョバンニ・イダルゴは、テクニック的には、おそらく現在世界最高のコンガ・プレイヤー。もちろん、そのテクニックはバンドサウンド全体をグルーヴさせる為に正しく使用されております。

というコトで、ラテンジャズ界において、あまりにも有名なコノ3名の王様が集結したこの企画モノ、派手なパーカッション・バトルをフィーチャーしたスーパー・ラテン・ジャズ・アルバムかと思ったらサニアラズ。
とてもシブ~イ、侘び寂びのラテンになってゴザイマス。
どれくらいシブイかと言うと、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(Buena Vista Social Club)から、ホーンとピアノとベースを抜いて、その上、歌謡曲的なゴラク性も抜いた音、と言えば大体近い。
要するに、声と、打楽器と、トレスというギター族の楽器(アルペジオに終始する)だけでほぼ出来ている。(たまにフエの音が聴こえますが。)
おおよそ、ワタシは娯楽性の無い音楽には耐性がないので、基本的にはこのスタイルはすぐ飽きるのですが、コレは、たまに無性に聴きたくなります。どこに惹かれるのかは未だに分かりません。ラテン・リズムの麻薬性というヤツかもしれません。そして、グルーヴは確実に存在しております、ムキ出しの骨格で。

渋いのが好きな方は、是非どうぞ。

(言ってオキマスガ、コンガプレイヤーとして、王様達の研究をするにはモッテコイのアルバムです。)
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「電気女ノラ、ゼブラーマンを倒す」の巻

2005-09-06 07:49:41 | Salsa / New York Latin
Nora
「Electric Lady」(1996)

どことなくファンク感覚を感じさせるファンキー・サルサ。
セルヒオ・ジョージ(Sergio George)快心のプロデュース、か?
音の方は・・・。ま、DLGと同じです。
細かいコトはどうでもイイです。
とにかく快作ですワ。

しかし凄ぇジャケット・・・。
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「谷山浩子、B'zを倒す」の巻

2005-09-06 01:21:52 | 日本のロック・ポップス
48時間ぶりのゴブサタでゴザイマス。

さて。
実は、昨日、iTunes Music Storeのトップページにタニヤマヒコロさんを見つけてどビックリしました。コンナ派手なトコロに居ていいんですかぁ?って。そんなトコに居たらノド痛めますよ~って。ねぇ~。

しかし、この人の息の長さ、尋常じゃナイですね。
オレ、詳しくは追っかけてないから知らないけど、ほとんどブランクなしでしょ。

デビューアルバムは確か1972年で、15歳!!!スゲッ!!!

その後、しばらくブランクあって、1975年に再スタート。これでも18歳。(その間、NHKの、タイトル忘れたけど番組に出ていて、太田裕美サンとそこでは同期なんですってさ。)
そんでもって、本格再デビューアルバム「ねこの森には帰れない」が1977年ってぇから、ここで20歳。
こっからは、ほぼ毎年アルバム発表してるっしょ?
今年も春先に出したしねぇ。

ハッキリ言うとココ17~18年は、ワタクシ、新しいの聴いてなかったので、ムカシの印象のままだったンんですが、そのぉ、iTMSの試聴で聴く限り、80年代末頃以降の浩子サン、スゴいです。(ちょっとハマリそうです)
ヘンナたとえになるんですが、谷山浩子という人は、中島みゆき姐さんと遊佐未森ネエサマの中間に存在するカラーだと思ってたのね。そしたら、遊佐サンよりズッとアッチに行っちゃえるヒトだったんですねぇ。
ファンのヒトには当たり前なのかも知れませんが、この方、音楽的発想じゃないトコから音楽を作っているように思えます。そのイマジネーションの豊かさって、トンデモナイですね。
80年代後半からは、ご自身もアレンジャーとして名を連らねてマスが、恐らくは、デジタルテクノロジーの進化が、そのイマジネーションの具現化をどエラク推進したんでしょうねぇ。

まぁ、ソンナコトで、ワタクシのiTMSでのアルバム初購入は谷山浩子サンの「Hiroko Taniyama '90s」と「Hiroko Taniyama '80s」の二枚になったのでアリマシタ。(イキナリ二枚かよ・・・。ホントはハイ・ファイ・セット物色してたんだけどなぁ。)

ジャケ写は「'80s」の方です。
オリャ~!
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大人のゴラク。

2005-09-03 21:55:54 | Salsa / New York Latin
ウィリー・ロサリオ(Willie Rosario)
「Fabuloso Y Fantastico」(1962)

今もバリバリ現役、ウィリー・ロサリオの粋な一枚。
マンボ時代(というよりパチャンガ時代か)とブーガルー時代をつなぐ音楽性。サルサ一歩前な曲もあるし、イヤ、これはシビレますね。

今は踊れるサルサの第一人者であるロサリオですが、マンボ~ブーガルー~サルサと、スタイルは変化して来てもダンサブル一辺倒である事はこの頃からずっと同じ。踊れねぇ音楽なんかやってられっか、とばかりに、やっぱりコムズカシイことは一切排除致しました、な音楽。踊れる事と、トロケさせる事だけを考えて作った音楽。(当然ボレロは美しい)
このアルバムでも、狙いはミゴトに当たって、実に粋な一枚になりました。

オトナのゴラクは、やぱりこういう所に到達すべきじゃないのかねぇ~。実にいいよ~。
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