Pa'Lante!(パランテ!)

ジャズじゃ、ロックじゃ、サルサじゃ、ソウルじゃ、ファンクじゃ、歌謡曲じゃ、ジャージャー。

「銀の記憶」は儚い系。

2005-09-14 23:16:14 | 日本のロック・ポップス
先日、iTunes Music Storeで、ショードー買いしました、谷山浩子サンのベストですが、その中でも、コノ曲がですねぇ、スバラシ過ぎ。

「銀の記憶」(1994)

谷山サンと言えば、斉藤由貴、という連想もありまして、そう言えば、「May」(1986)という、これもまたスペシャルな超名曲がありました。
今回取り上げさせて頂いた「銀の記憶」と共通するのは、「儚さ」でありましょうか。アノ曲では「出られない」というコトバが、そして、この曲では「届かない」というコトバがとても印象的です。

決して思いを届ける事ができない相手に対する、華奢で、繊細で、今にも壊れそうな、愛おしむような感情を、結晶化して音楽にしたら、奇跡的にこんな音楽ができました。というコトなのでしょうね。
まぁ、この天才にとっては、「奇跡」ではないのでしょうが。
(実生活では、「届いた」そうですし・・・)
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それではこれも「ギンギンのロック」(死語)なのか?

2005-09-14 07:37:54 | Rock / Pop
さて、暗ウツではないのが「ギンギンのロック」なら、これはどうでしょうか?

ドゥービー・ブラザーズ(The Doobie Brothers)
「Stampede」(1975)

ん~。
違いますね。コレは「ギンギンのロック」ではありませんね。
「ギンギンのロック」は馬に乗りませんからね。

まぁ、馬に乗らない、というか、もう少し拡げて言うと、要は土臭過ぎるとチョット違う気がする。「アメリカの大地」みたいなものは似つかわしくない。と、言う事でしょうか。アコースティック・ギターも禁物のようです。
コトサラ都会的をアピールする必要はないですが、逆は違う、というコトが分かりました。今日の収穫です。

(まだまだ続く)
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