犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

日本人にとって易しい言語、難しい言語

2016-10-21 23:02:09 | 言葉

 金川欣二さんという言語学者のホームページ(→リンク)に「何語が楽か」というコラムがあります。

 そこに面白い表が載っている。世界の20言語について、日本人、あるいはアメリカ人が、どの言語を難しいと感じ、どの言語を易しいと感じるかをまとめたもの。出所は大学書林という出版社だそうです。

 対象となる20言語は、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ギリシャ語、チェコ語、ハンガリー語、中国語、韓国語、アラビア語、トルコ語、ヒンディ語、ウルドゥ語、タイ語、ベトナム語、インドネシア語(マレー語)、スワヒリ語(インドネシア語とマレー語は同じ言語として数えました)。

 
これによれば、日本人にとって「易しい」言語は、韓国語、トルコ語、マレー語/インドネシア語、スワヒリ語の4つ。

 逆に、「大変難しい」言語は、ロシア語、アラビア語、ヒンディ語、ウルドゥ語、英語の5つ。

 英語が大変難しい言語とされているのが目を引きます。

 一方、アメリカ人にとって易しい言語は、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、スワヒリ語の6つ。

 大変難しい言語は、アラビア語、中国語、韓国語、日本語の4つ。

 ここに日本語が入っています。

 アメリカ人が中国語とともに日本語を難しがるのは、まあそうだろうなあ、と思います。日本語には、かな以外にたくさんの漢字があり、一つの漢字にたくさんの読み方があったりするからです。

 その点、日本人にとって、英語が「大変難しい」とされるのは意外な感じがします。日本人にとって英語は、最近では小学校から習い始めますし、日常的にももっとも身近な外国語だからです。

 英語がなぜ日本人にとって難しいのかについて、逆に「易しい」とされている韓国語と比較しながら考えてみることにします。

 難易度の判断基準として、だいたい、発音、文字、文法、語彙の4つが思い浮かびます。順に見ていくと…

【発音】

 日本人にとって、ある言語の発音が難しいか否かは、日本語にない音がその言語にどれぐらいあるかに関わると思います。

 まず子音。

 日本語の子音は、k、g、s、sh、z、j、t、ch、d、ts、n、h、b、p、m、y、l、wの18。

 英語は、p、b、t、d、k、g、ch、dj、m、n、ng、f、v、th、th(有声)、s、z、sh、j、h、w、y、r、lの24。日本語にない音は6つ。

 韓国語はp、b、p’ 、ph、t、d、t’ 、th、s、s’ 、ch、j、ch’ 、chh、k、g、k’ 、kh、h、m、n、ng、r、w、yの25。日本語にない音は7つ。(「‘」付は濃音を、「h」付は激音を表します)

 次に母音。

 日本語は、a、i、u、e、oの5(他に拗音、長音あり)

 英語がa、ae、e、i、e(曖昧)、o(広)、o(半広)、o(狭)、uの9つ(他に長母音、二重・三重母音あり)。日本語にないのは4つ。

 韓国語がa、ao、o、u、u(iの口でu)、i、ae、e、uiの9つ(他に半母音w、yとの複合あり)。日本語にないのは4つ。

 子音や母音の数は、数え方や、学者によって諸説あり、音素の表記法も便宜的なものです。こう見ると、英語も韓国語も日本語に比べれば子音、母音の数が多く、日本語にない音も多い。韓国語のほうがやや多いものの、大差はないでしょう。

 上の子音は、音節の最初にくる子音(頭子音)ですが、音節の最後に来る子音(末子音)もある。

 日本語には母音で終わる音(開音節)が多く、末子音はn(撥音)と声門閉鎖音(促音の「っ」)の二つしかないのですが、韓国語には7つある。

 英語はよくわかりませんが、頭子音のほとんどが末子音になりそうな気がするので、20ぐらいか。

 また、日本語や韓国語には重子音(子音が二つ以上連続するもの)がないのに対し、英語は頭子音にしろ末子音にしろ、二重、三重になる場合がたくさんある。

strengths

という単語
は頭子音も末子音も3重子音の例です。

 日本人は末子音や重子音に慣れていないので、ついつい子音の後や間に母音を挿入してしまい、いわゆる「カタカナ読み」になってしまうんですね。

 音節構造まで考慮すれば、英語のほうが韓国語よりいくぶん難しいとは言えるでしょう。

【文字】

 英語は、いうまでもなくアルファベットの26字ですべての単語、文章を表すことができます。

 それに対して韓国語はハングル。世宗大王という王様(実際にはお抱えの学者)が創製した科学的文字で、韓国人の自慢の種です。これは、アルファベットと同じ表音文字。詳しく言うと、アルファベットは1文字が音素を表す表音素文字であるのに対し、ハングルは1文字が音節を表す表音節文字。ハングルは、さらに1文字を分析することができ、子音と母音の音素記号を組み合わせて1文字ができています。表音節兼表音素文字といえるでしょう。ハングルが正確に何文字あるかはわかりませんが、たぶん2000字前後と思います。

 それぞれの文字は、音節とほぼ一対一対応しますから、ハングルの発音規則さえ覚えれば、初見でも正しく読むことができます。

 しかし、末子音に関しては、異なる子音が同じ音で発音される場合があり、書くときはいくつかの可能性の中から正しい綴りを選び出す必要があります。

 一方、英語はどうか。

 日本人は10年ぐらい英語を勉強し、すでにたくさんの単語を覚えてるからそんな気がしないかもしれないけれど、あらためて英語のスペルと発音の関係(フォニックス)を考えると、滅茶苦茶ですね。

 ローマ字の基本的な音価を覚えても、英単語を正しく発音することは不可能。

 基本的な言葉として、1から10までの数詞を考えても、まともなのは6と10ぐらい。

 ローマ字の音価からの類推で読むなら、オネ、トゥウォ、スレエ、フォウル、フィヴェ、シックス、セヴェン、エイグフトゥ、ニネ、テンとでも読みそうなものなのに…。

 同じアルファベットを使う言語(フランス語、ドイツ語、スペイン語など)と比べても、英語の不規則さは群を抜いています。

 これは、一つにはもともと古代イタリア語(ラテン語)の文字を、英語に流用したからです。英語の音素を一対一対応で表すには、アルファベットの26文字は少なすぎる。

 その点、ロシア語を表すために作られたキリル文字、韓国語を表すために作られたハングルは、当たり前ですが、その言語の音素を表すための十分な文字数が揃っている。

 もう一つは、英語が書かれるようになってからの歴史が長いこと。言語の音声は、時間の経過とともに変化します。しかし、綴りのほうはいったん決めてしまったら、音の変化に応じて変えるということをしにくい。長い時間が経つうちに、文字は発音と大きく乖離していきます。

 ハングルが「創製」されたのは500年以上前ですが、現代のハングルは、100年ほど前に正書法が整えられ、20年ほど前にも大きな改訂がなされたため、発音と綴りが非常に規則的に対応しています。

 文字の数の点では英語が少ないけれど、読み書きのしやすさという点では、もう圧倒的に韓国語に軍配が上がります。

【文法】

 言語を、屈折語、膠着語、孤立語に3つの類型に分ける方法があります。

 いわゆるインドヨーロッパ語の多くは「屈折語」に分類されますが、英語はやや特殊。屈折語の特徴は語形変化(用言の活用や名詞・形容詞の格変化)の多さにあります。

 英語は、その点、変化がきわめて少ない。

 フランス語などは、各時制、法ごとに、動詞が複雑に人称変化します。名詞には女性と男性があり、それを修飾する形容詞は性・数に応じて変化する。ところが英語の人称変化は「3単現のs」のみ。時制変化もシンプルです。ロシア語やドイツ語に見られる格変化もわずかに人称代名詞に痕跡をとどめるのみ。名詞の性もありません。

 そのため、英語を屈折語ではなく、中国語やタイ語と同じ「孤立語」に分類する人もいます。

 一方、韓国語と日本語は同じ「膠着語」に分類されます。名詞に助詞がついて格を表したり、用言の語幹に語尾をつけてさまざまな意味を表したりする言語です。

 また英語は、その孤立語的性格から、文の意味を決めるのに語順が非常に重要な要素になります。

 基本的な語順はSVO。すなわち、主語+動詞+目的語の順です。格を表すための格変化や格助詞を持たないため、主語の省略は難しく、その位置も固定的です。

 韓国語と日本語の語順は、SOV(主語+目的語+動詞)で、同じ類型に属します。また、格を表す助詞が発達しているため、動詞(述語動詞)が必ず文末に来る以外、その他の成分の位置は自由で、主語を省略しても文は成り立ちます。

 とにかく、日本語と韓国語の文法は瓜二つといっていいほどの類似性を示しています。

【語彙】

 最後に語彙。

 最近では、日本語の中にたくさんの英語が外来語として入ってきています。その点、日本人が英語を学習する助けになります。

 日本語と韓国語の文法がとても似ているので、素人目に、二つの言語に何か系統的な関係があるのではないかと思いたくなりますが、学者の意見は否定的。日本語と韓国語には、基礎語彙の面での共通性が少ないんだそうです。

 ところが、韓国語を勉強し始めてすぐ気づくのは、韓国語に日本語と似た言葉が多いこと。

 道路はドロ、家具はカグ、学校はハッキョ、学生はハクセン、教授はキョスなど。

 こうした単語はみな漢字語なのですね。

 日本も韓国も、ともに「漢字文化圏」に属し、古来から中国の漢文の影響を受けて、多くの漢字・漢字語を共有してきました。

 さらに35年間の「日帝時代」とその前後の時期に、日本で作られた和製漢語(欧米語を翻訳するときに日本人が作った漢字語)が大量に韓国語に取り入れられました。

 そのせいで、日本語と韓国語の間には漢字で書けば同じ言葉をたくさん共有しているわけです。韓国語の勉強がある程度進んだ段階で、漢字の韓国音を覚えれば、韓国語の語彙が飛躍的に増えること、請け合いです。(→リンク

 語彙の豊富さに関していうと、英語も日本語も韓国語も、多い。英語は、歴史的経緯からローマやノルマン人、フランスなどに侵略されたり支配されたりしたので、韓国語に日本語が入ったように、主にラテン語系の大量の借用語があり、それが本来のゲルマン語系の単語と併存して、豊かな語彙を持つに至っています。

 一方、日本語(や韓国語)も、もともとあった大和言葉に加え、豊富な漢字語がある。

 つかう/使用する、かう/購入する、かく/記述するなど、実質的に同じ意味を大和言葉と漢字語で言い分けます。それが日韓でほぼ共通しているので、語彙の多さが学習のさまたげにならないわけです。

 以上、【発音】、【文字】、【文法】、【語彙】の面で英語と韓国語を比べてきましたが、日本人にとって、【発音】を除き、韓国語が英語よりも学びやすい言語であることは明らかです。

 冒頭の「言語の相対的難易度」の表で、日本人にとって英語が「大変難しく」、韓国語が「易しい」とされていたのは、一見意外に見えて、実は理由のあることなんですね。


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2 コメント

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なるほど (のりみ)
2016-10-27 09:35:27
私がかつてあれだけ勉強したのに1ミリも英語ができない理由がわかった気がします。

>日本人は末子音や重子音に慣れていないので、ついつい子音の後や間に母音を挿入してしまい、いわゆる「カタカナ読み」になってしまうんですね。

韓国人もパッチムで終わる名詞(特に人名)のあとにやたら이を入れますよね。(상혁이가 왔다のように)
やはり子音で終わるというのが「座りが悪く感じている」からではないでしょうか?
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人名のあと… (犬鍋)
2016-10-28 00:19:50
女性の名前のあとには「ア」をいれたりもします。

>子音で終わるというのが「座りが悪く感じている」

鋭い!

用言の最後が子音で終わることはない(つまり文章が子音で終わることはない)ことを見ると、そうかもしれません。
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