日本には、丼物という独特な食のジャンルがあります。丼のご飯の上におかずを載せて、いちいちおかず、ご飯の間で箸を往復する手間をはぶいた、簡易な食べ方です。
たんにおかずとご飯が別々になっているというだけでなく、味の違いもあります。天丼の場合、天丼の上に載っている天ぷらにはすでに濃いめの味がついていて、そのつゆがご飯のほうにも染みわたっているため、ご飯の味わいが増す。牛丼の場合はそれが顕著で、つゆでご飯がひたひたになった状態を「つゆだく」と言って好む人もいる。カツ丼にいたっては、味そのものがはっきり違う。とんカツ定食の場合は、とんカツソースの味で食べますが、カツ丼の場合は醤油ベースの味付けです。
韓国では、15年ほど前、私が駐在を始めたころ、日本式とんカツの店がソウルに増え始めていましたが、日本人街にある日本人相手の店をのぞいて、カツ丼を出す店は少なかった。私が懇意にしていた武橋洞のとんカツ屋の主人によれば、一時メニューに載せていたことはあるが、ぜんぜん売れないのでやめた、どうも韓国人の口には、あの醤油と砂糖とみりんの味が合わないようだと言っていました。
韓国にも丼物に近い食べ物があります。トッパプです。
トッパプを分析すれば、トプ+パプで、トプはトプタ(掛ける、被せる、覆う)という動詞の語幹、パプはご飯、すなわちトッパプは「かけごはん」になります。日本の丼は容器の名前なので、必ず丼に入ってきますが、韓国のトッパプは名称に器のしばりがないので、容器にはこだわらない。
フェトッパプ(刺し身かけごはん)は日本の丼、チェユクトッパプ(精肉かけごはん)やオジンオトッパプ(イカ炒めかけごはん)は平皿で出てきます。一部の日式チプ(イルシク屋、日本料理屋)には天丼もあり、「テンドン」と名前もそのままだった気がします。「てんぷら」という日本語は解放後、醇化対象用語として追放され、韓国語のティキムという新造語に置き換えられましたが、ティキム・トッパプというのは聞いたことがありません。
フェトッパプ(刺し身かけごはん)も日式で人気のメニューですが、これは日本の海鮮丼とは様相がだいぶ異なる。あたたかいご飯の上に大量のきざみサンチュ、きざみケンニプ(エゴマの葉)、そしてマグロ、ブリなどの刺し身が載っている。そこへ、これまた大量のチョコチュジャン(酢唐辛子味噌)を注いで、満遍なく掻き回す。すると、ご飯と生魚と生野菜が渾然一体となった、真っ赤で生温かい混成物が生成されます。これは決して日本では味わえない異次元料理。韓国出張ではときどきこれが食べたくなります。
日式でのもう一つの定番がアルパプ(魚卵ごはん)。これは石焼きビビンバのような石鍋(トルソッ)に入っていて、上に何らかの魚の卵(アル)が載っています。卵の大きさ(小さい)、色(黄色)と食感からして飛びっ子(飛魚の卵)と思われます。これをビビンバのようにこねくり回すと、飛びっ子が石で焼かれて、プチプチと音を立ててはじけ、香ばしい食べ物となります。
中華料理屋へいくと、中華丼に似たいくつかのトッパプ(ただしトッパプという言葉は使わない)があります。ご飯の上にチャプチェ(雑菜)という韓国惣菜をのせたチャプチェパプ、麻婆豆腐をのせたマパパプ、メニューにはないけれど、注文すればチャジャンパプというのも作ってもらえます。これはチャジャンミョンのチャジャンをご飯の上にかけた、黒い食べもの。普通、ポックンパプ(いためご飯、チャーハン)を頼むと、チャジャンが出てくるので、チャジャン・ポックンパプになるのですが、チャーハンじゃなくて白飯の上に掛けたいという韓国人も少なからず存在する。
日本では丼ものを掻き回して食べる習慣はありません。しかしビビンバ(混ぜご飯)の国、韓国では、トッパプもたいてい掻き回される運命にあります。私は天丼や鰻丼を徹底的にこねくり回している韓国人をたくさん見ました。
カレーライスも同様です。私は家でカレーライスを食べるとき、韓国にいたときのくせで無意識にカレーを掻き回すことがあるのですが、そのたびに家族から嫌な目で見られます。どうせ口の中で混ざるだから同じことなんですけどね。
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