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漱石が辿った道・小説「草枕」道中の道をJR九州ウォーキングで歩く

2013-11-07 23:36:31 | イベント

JR九州ウォーキングで 文豪夏目漱石の小説「草枕」のモデルとなった

小天温泉への道中を巡るコースを歩きました

草枕   夏目漱石

 

 【夏目漱石の桃源郷・小天】

明治30年の暮れも押し詰まった頃。漱石先生は、熊本市から金峰山系の二つの峠を越え、小水温泉(おあまおんせん)・前田案山子(かがし)の別邸にやって来たのでした。この旅が、「草枕」のモデルとなった、いわゆる草枕の旅というわけです。当時、漱石先生がたどった旧道筋に沿って設定された「草枕」の道(ハイキングコース)には、いたるところにその足跡と往時のおもかげが残されています。
(パンフレット『「草枕の旅」読本』冒頭より抜粋)

オレンジ色草枕ハイキングコース グリーンは県道
 

 

JRのウォーキングでは、上熊本駅から峠の茶屋公園までバスで行き、草枕温泉てんすいまで

約 13キロを歩きました

    峠の茶屋

 

 

 

 

◆ ◆ 草枕の道 ◆ ◆

 

金峰山北麓の道

 

 

 

石畳の道

 

 

 

あっという間に、雲で先が見えなくなる時もありました

 

この日は、時々雨がぱらつく、少し残念なお天気でしたが、草枕道を満喫できた気分

結構、大変だったけど、楽しかったです

 

ようやく、那古井の里へ到着

鏡ヶ池

  

漱石が泊まった前田家別邸に隣接し、いずれも当時は前田案山子の別邸であったこの庭池が「鏡が池」のモデルの原型です。普段は、個人の住宅の為見る事は出来ないのですが、この日は特別に見る事ができました。



「私が身を投げて浮いている所を、苦しんでいる所じゃないんです。やすやすと往生して浮いている所を、綺麗な画に書いてください」     「草枕」より

「鏡が池」をめぐる画工と那美の会話のこの部分を描いたのが『草枕絵巻』の中の「水の上のオフェリア。」そして、この元になった絵が英国の名画「オフィーリア」(ミレイ作)。

この、オフィーリア、実は映画「崖の上のポニョ」の原点にもなった絵だそうです。漱石は、英国で「オフィーリア」に出会い、小天の「鏡ヶ池」が甦り「草枕」で融合させたのではないかと言われています

 

前田家別邸

 

小天温泉で漱石が逗留したのは小天の郷士・前田案山子(かかし)の別邸。『草枕』は、そこでのエピソードを下敷きに書かれたもので、物語のヒロイン「那美さん」は、案山子の次女・卓(つな)がモデルになっているといわれます。「那古井の宿」として登場する前田家別邸は木造3階建てで、後ろの斜面にせり上がるように配置された離れが温泉客用の建物となっており、玄関右手奥に半地下の湯殿がありました。漱石が泊まったという部屋は六畳と四畳半の二間で、四畳半の部屋からは、庭を隔てて母屋の廊下が見下ろせます。

『草枕』の印象的な描写は、前田家のこの独特な間取りから生まれたもので、主人公が「徘徊する振袖の女」を目にするなど、非日常的な物語の舞台として効果を発揮しています。

 

草枕の浴場 

半地下に造られていて、男風呂にはお湯の出るところが有るのですが、

女風呂にはお湯は出ないそうです

    男風呂

女風呂     

  風呂で主人公と「那美さん」が遭遇する幻想的な場面です。小説『草枕』は、もちろんフィクションなのですが、風呂の場面は実際にあった出来事で、卓がその時のことを述懐した記述が残っています。浴室は明治初期としては最先端のセメント造りでモダンなものでしたが、当時、お湯は男湯からだけ出ており、それを女湯に引いていたので冬場の女湯はぬるかったのだそうです。夜更けに風呂に入りに来た卓が、「もう遅いので誰も入っていないだろう」と思って温かい男湯に入ろうとしたところ、漱石と山川信次郎が入っていて驚いて出たというのです。ということは、『草枕』の場面「七」の画工と那美の風呂場のシーンは、作者自身の実体験を脚色して描いたものだったわけです。『草枕』に確かなリアリティを与えたその貴重な浴室は修復されており、今も前田家別邸で見ることができます。

 

  漱石が使った離れの客室

 

これで、草枕の旅は終わりなのですが・・・・

ここから、この坂を上りました

 

 

坂を登ると、ようやく ゴール    

 温泉と  美味しいご飯でゆっくりしました

 

 

 

 

<最後に この日の秋の風景> 

デジブック 『熊本の天水の秋』