海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

今日も辺野古の海の破壊が進められている

2020-09-18 23:59:02 | 米軍・自衛隊・基地問題

 18日(金)は朝、カヌー8艇で松田ぬ浜を出発した。抗議船は不屈と平和丸の2隻が出たが、現在、新型コロナウイルス対策のため、乗船は定員の半分以下に抑えている。カヌーメンバーは1班の4名が平和丸に乗って先に大浦湾に向かった。

 2班がK4護岸沿いに漕いで辺野古崎まで来ると、午前8時32分頃、K8護岸ではランプウェイ台船が接岸し、土砂の陸揚げが始まっていた。2班はそのまま漕ぎ続け、長島の間を抜けて大浦湾に出た。

 午前8時43分頃、海保に守られてガット船2隻(松龍丸、國喜18)が大浦湾に入った。安和の琉球セメント新桟橋や本部港塩川区で積み込まれた土砂が、早ければ翌日には大浦湾に運ばれてくる。今日もまた辺野古の海の破壊が始まった。

 カヌーと抗議船で航路の手前まで迫り、プラカードを掲げ、船からスピーカーで抗議の声を上げた。新聞やインターネットで見れば、単に情報を確認するだけだろうが、松田ぬ浜から半時間かけてカヌーを漕ぎ、目の前を通り過ぎるガット船を見ると、怒りが込み上げてくる。

 このあと、入れ替わりにガット船2隻が大浦湾から出て行った。

 長島の間を抜けて辺野古崎側に戻り、K8護岸でのランプウェイ台船の入れ替え時に抗議するため、オイルフェンス沿いで待機した。

 この日は1隻目から積み込まれている土砂の量が多く、陸揚げを終えてショベルカーが台船を降りたのは、午前10時50分頃となった。

 1隻目の台船が下が、2隻目の台船が近づいてきた午前11時8分頃、いっせいにカヌーを漕ぎ進め、土砂陸揚げに抗議した。

 オイルフェンスから台船までは距離があるので、海保の弾圧があるなか、台船を止めるのは困難だが、少しでも近づいて抗議することは大事だ。同じ事実を前にしても、傍観者として認識することと、実際に抗議する中で認識することは、まったく意味が違う。

 海保に拘束されたあと、午後12時頃に松田ぬ浜に戻された。上の写真でも雲行きの怪しさが分かるが、海上行動を終えてカヌーを片付けたあと、強いにわか雨が降った。

 午前1時43分頃、瀬嵩の海岸から大浦湾の様子を見ていると、K9・K8両護岸ともにランプウェイ台船の入れ替えが行われていた。K9護岸には土砂を積んだ台船が着岸し、K8護岸は抗議した台船が離岸していた。

 明日から4連休。19日(土)、20日(日)は本部町営市場のゆくい処で海上行動の写真展が開かれる。土曜日は午後1時から6時まで、日曜日は午前10時から午後5時まで。

 


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